更紗のタペストリー(L)

auoneblogから引っ越してきました。 主に、アート・書籍・音楽・映画などについて語ってるブログです。 もうひとつのブログ(http://sarasata.seesaa.net/)では、日経新聞の連載小説の感想を綴っています。

2011年01月

『エレファントカシマシ EPIC 映像作品集 1988-1994』(DVD)

ブログネタ
音楽 おんがく に参加中!
 「eZ」「eZ a Go! Go!」で観たエレファントカシマシの記憶を辿っていたら、きちんと昔の映像を見たくなったので、『エレファントカシマシ EPIC 映像作品集 1988-1994』というDVDを買いました。

 「eZ a Go! Go!」で『奴隷天国』を歌った時に、宮本氏が曲の最後でマイクを投げ捨てていたはず…という私の記憶は合っていたのですが、メンバー全員ではなく、宮本氏一人で登場していました。別の回の出演ではメンバー全員で登場しているので、どうやら、この2つの放送の内容が頭の中で混ざっていたようです。申し訳ありません

 約20年ぶりに「eZ」の映像を観ましたが、シンプルでありながらも刺激的で、「ファンというわけではないけどなんとなく観ていた」だけの私の脳裏に焼きついていたのも納得でした。

 私の中では、「eZ」を観るたびにエレファントカシマシが登場していたような印象があり、「そんなわけないよなぁ~。たまたまエレカシが登場した回ばっかり観ていただけだよなぁ~」と思っていたのですが、ブックレットを読んでみたら、実際にエレファントカシマシの登場回数はやたらと多かったようです。
 当時、「eZ」で楽しみにしていたのは遊佐未森とか詩人の血あたりのアーティストだったので、エレファントカシマシが登場するたびに、「どんだけこのバンドが好きなんだよ、この番組のスタッフは!」と思ったのですが……ブックレットにも同じことが書いてありました。(注1)

(注1)《港区外苑前の青山スタジオで撮影。『どれだけエレカシが好きなのさ?eZスタッフ!』番組最多登場記録更新!?の宮本浩次。》(ブックレットの7ページより)


 このブックレットは、撮影の裏話が色々書いてあって、楽しめるといえば楽しめるのですが……気になるのは、当時のEPICソニーの偉い人が、「eZ」でのエレファントカシマシがどんな風だったのかを、すっかり忘れている(というか、そもそも知らなかった?)ことです。

 ブックレットの1ページ目には、「(自分の記憶とは違い)あの頃のエレカシは優しい顔をしていたんだ(と気づいた)」(注2)なんていう、元EPICレーベル代表の方のメッセージが載ってるんですけど、この方の記憶の中にある「エレカシの顔」が「怖いイメージ」しかなかったということは、この方にとって、「eZ」という番組はその程度のものでしかなかった…ということになってしまいます。

(注2)《この映像をあらためて見ると、2つのことに気づいた。ひとつめは私の記憶と違っていて、あの頃のエレカシは優しい顔をしていたんだ。ふたつめは、この映像を撮った故坂西伊作の映像チームがどれだけエレカシを愛していたのか、誇りに思っていたのかが明白に画面に表現されている。》(ブックレットの1ページより)

 当時「eZ」を観ていた人が一体どれくらいいるのかは分かりませんが、「eZ」でエレファントカシマシの映像を観た人の中で、彼らに怖いイメージを持った人がいるとは、到底思えません。確かに、のちの「eZ a Go! Go!」では、彼らを「キレているイメージ」で演出していましたし、『FMステーション』に載る彼らの記事も「キレた」という内容ばかりでしたけど、少なくとも、「eZ」という番組の中では、そんなイメージなど演出していませんでした。

 一体どういう事情があって彼らの売り出し方を変えたのかは分かりませんし、もしかしたら「eZ」の映像スタッフだけが特別だったのかもしれません。でも、彼らを売り出していた側の人間から、こんな言葉が出るなんて…。「eZ」という番組が好きだった私は、なんだか馬鹿にされたような気分です。

 にも書きましたけど、「eZ」放送当時の私は、はっきり言ってエレファントカシマシの曲は嫌いでした。嫌っていたのに、「見守りたい」という気分になっていたのは、「eZ」の映像の良さに影響されたからだということを、今回のDVDを観て私は確信しました。「eZ」という番組は、曲を聴いただけでは伝わらないアーティストの魅力を、「映像」を通すことによって視聴者にアピールすることに成功していたんです。

 今になってDVDという形で映像作品集が発売されたということは、おそらくは、ソニーミュージックが「今なら確実に利益を上げられる」と判断したからなのでしょう。つまり、現在の「売れているエレファントカシマシ」の存在がなければ、EPIC時代のエレファントカシマシの映像が当時のEPICの偉い人にきちんと評価されることはなかった、ということです。

 ついでに言えば、現在の「売れているエレファントカシマシ」の存在がなければ、EPIC時代のエレファントカシマシのマイナーっぷりを「武勇伝」扱いすることもできませんでした。いくらDVDのブックレットで当時の彼ら褒めちぎったところで、当時の彼らがマイナーだったことには変わりはないわけですから…。



 最後に、ちょっと補足を。
 DVDに収録されている『奴隷天国』の一つ目(eZ a Go! Go! 14th)に、モンキーダンスを踊っている人達の映像が一瞬だけ挟まれていて、違和感を感じた方が多いかと思うのですが、これは確か、番組内にモンキーダンスのコーナーがあり、それとの関連でこういう映像が差し挟まれていた記憶があります。(記憶違いだったら申し訳ありません。)




エレファントカシマシ EPIC映像作品集 1988-1994 [DVD]
エレファントカシマシ EPIC映像作品集 1988-1994 [DVD]
出演:エレファントカシマシ
Sony Music Direct(Japan)Inc.(SME)(D)(2011-01-01)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

アメリカビール『ROGUE ALES』

ブログネタ
世界のお酒 に参加中!

 昨日はベルギービールをご紹介しましたが、本日はアメリカのビールをご紹介します。
 昨日のラベルと比べると、こちらのサンタクロースはかなり渋いです。


 
 ROGUE
↑ROGUE ALES
(ローグエール)

 ラベルの上の方に「Santa's Private Reserve」と書いてあるんですけど…。これ、どういう意味なのでしょうか?

 「サンタクロースが、自分が飲むためにとっておいたお酒」ってことでいいのでしょうか?

ベルギービール『Chouffe N'Ice』

ブログネタ
世界のお酒 に参加中!
  昨日に引き続き、本日もクリスマスにちなんだベルギービールに関する記事です。

シュフ・ナイス

↑Chouffe N'Ice(シュフ・ナイス)

《アシュフ醸造所の冬限定発泡酒。大麦のみで造ったこげ茶色のコクのある商品です。スパイスの香りと独特のフルーティーな味わいが特徴です。
(スパイスが使われているため、法令上ビールと表示できません。)》



 ラベルに描かれているサンタクロースが肩に担いでいるのは、プレゼントの入った袋ではなく、大麦とホップです。

シュフ・ナイス(アップ)

ベルギービール『Gouden Carolus Christmas』

ブログネタ
世界のお酒 に参加中!

 今頃になってクリスマスにちなんだビールを紹介するというのも間が抜けていますが……なにぶん、ブログの引っ越しがちょうどその時期だったものでして……すみません

GOUDEN-CAROLUS

↑Gouden Carolus Christmas
(グーテン・カルロス クリスマス)


《ヘットアンケル醸造所のこげ茶の発泡酒。濃厚な甘みと苦味のバランス、複雑なスパイスのハーモニーと舌に残る優雅な後味が印象的な発泡酒です。
(スパイスが使われているため、法令上「ビール」と表示できません。)》

 
 サンタクロースのそりを引く動物といえば、トナカイのはずなのですが、どう見てもこのラベルに描かれているのは馬ですね

GOUDEN-CAROLUS(アップ)

小学館の『小学四年生』2月号(その3)

ブログネタ
雑誌 に参加中!
(その2からの続き)


 自分の「肉体」を見つけた昴は、さっそく戻ろうとしますが、なぜかすり抜けてしまい、うまくいきません。

 …それを見ていたつぼみは、あるアイデアを思いつきます。

4年生2月号5


「あたしの体に入って! あたしの体を通してなら入れるかも…。ううん! 絶対入れる! あたしも強く念じるから! そのために、あたしたちは出会って、ここに来たのかもしれないから…!!」


 う~ん…どういう理屈なのでしょうか
 「モノには触れるけど、自分の肉体には触れない」→「つぼみの肉体には憑依できる」→「つぼみ経由でなら元の肉体に戻れる」
 …??? ちょっと意味不明です。

 つぼみは 自分がここ(=病院)に来て「昴の生霊を昴の肉体に戻す」という行為に挑むことになった経緯を、あたかも「運命」のように言っていますけど、それが本当なのだとしたら、つぼみの祖母は、その「運命」のために死んだことになってしまいます。つぼみの祖母が死ななければつぼみが墓地に行くことはなかったわけでだし、そうなると、墓地でじーっとしていた昴に会うこともなかったわけですから。

  …そもそも、なんで昴(の生霊)は、第一話では墓地でじーっとしていたんでしょうか? 昴の肉体が病院にあるのだとしたら、その肉体から出てきた生霊が、なぜ、墓地に行く必要があるのでしょうか。
 アストロツインがどーたらいう話が出てきた時は、あたかも、それが「つぼみと昴が引き寄せられた理由」的な描写になっていましたけど、「アストロツインだから引き寄せられた」という説が本当であるのなら、昴は幽体離脱した直後につぼみの肉体に引き寄せられたはずです。

 もしかしたら、また、ピアノの件みたいに、とってつけたような設定が出てくるのでしょうか? 昴の父親がまだ登場していませんから、「あの墓地には昴の父親のお墓があった」とか何とかいう設定が出てくるのかもしれませんね。


4年生2月号6


 「お願い、戻って…!! ふたりが同じ星のもとに生まれた意味があるのなら…。昴くんがあたしを救ってくれたように、今度はあたしが…、昴くんの力になる…っっ!!」

《3月号につづく》




 と、いうわけで、どうやら昴が元の肉体に戻ってめでたしめでたし、というオチになりそうですね。

 …あ、そうそう、前回の話では、美奈子のお腹が微妙に膨らんでいたのですが、今回の話ではその膨らみがなくなっていました。わずかの時間の間に、美奈子の体に何が起こったのでしょうか…? 謎です。



4年生2月号7











←先月号の美奈子。
(緑の矢印に注目)





4年生2月号8











←今月号の美奈子。
(緑の矢印に注目)






東京国立博物館『対決 巨匠たちの日本美術』(2008年)

ブログネタ
博物館の展示イベント に参加中!
 『韃靼の馬』の最終回の記事にも書いたとおり、去年開催された『長谷川等伯展』のチラシを紛失してしまったので、代わりに、2008年に同博物館で開催された『対決 巨匠たちの日本美術』という展覧会のチラシをご紹介します。

 去年開催された『長谷川等伯展』の詳細が気になる方は、↓こちらをご覧下さい。

http://www.kyohaku.go.jp/jp/tokubetsu/100410/tokubetsu.html
(京都国立博物館のHP内の『長谷川等伯展』のページ)

 私は東京国立博物館での展覧会しか知らなかったのですが、京都でも開催されていました。(情報を提供して下さったRenyさま、ありがとうございました!)


対決(上野)

↑こちらが、2008年に東京国立博物館で開催された、『対決 巨匠たちの日本美術』という展覧会のチラシです。
 「若冲vs蕭白」だけやたらに目立っていますが、他の対決のラインナップは、「鉄斎vs大観」「歌麿vs写楽」「応挙vs芦雪」「大雅vs蕪村」「円空vs木喰」「仁清vs乾山」「宗達vs光琳」「光悦vs長次郎」「永徳vs等伯」「雪舟vs雪村」「運慶vs快慶」です。


対決(上野)アップ
↑チラシの一部のアップ


《日本美術の歴史に燦然と輝く傑作の数々は、時代を代表する絵師や仏師、陶工らが師匠や先達の作品に学び、時にはライバルとして競い合う中で生み出されてきました。優れた芸術家たちの作品を比較すると、興味深い対照の妙を見出すことができます。本展では、このような作家同士の関係性に注目し、中世から近代までの巨匠たちを2人ずつ組み合わせ、「対決」させる形式で紹介します。国宝10余件、重要文化財40件を含む計100余件の名品が一堂に会し、巨匠たちの「対決」を、実際に作品を見て比較できるのが本展の最大の魅力です。》

 …だそうで、ちょっと変わったコンセプトの展覧会だったようです。
 「若冲 vs 蕭白」をやたらに目立たせているのは、恐らくは、一時期の伊藤若冲ブームに乗っかったのでしょうね…。若冲目当てのお客さんの興味を、他の画家の方へも向けさせたかったのではないでしょうか。



等伯(上野)
↑チラシの裏面より、長谷川等伯の『松林図屏風』(右隻)


永徳(上野)
↑チラシの裏面より、狩野永徳の『檜図屏風』



 新連載の『等伯』の方でも、等伯と永徳の対決はあるのでしょうか? 楽しみです

『韃靼の馬』(434)

《エピローグ 利根 4》

 昨年五月、新井白石さまがお亡くなりに。新井さまの施策はことごとく見直され、関与された裁判についても同様で、朝鮮通信使軍官殺害事件で犯人として処刑されたのは別人で、真犯人の対馬藩士阿比留克人は国外に逃亡したことが明らかになりました。
 桟敷城内での催しは、世にも不思議な宴でした。
 兄は、いえ、金次東は、朝鮮語しか話しません。それを椎名さまと雨森先生が交代で通訳するのです。小百合さまは終止うつむいたきりで、ひと言も声を発しませんでした。
 もう一方の若い朝鮮人、気持よいほど目が輝いて、まるで十五年前の兄を髣髴とさせるような方でしたが、この方は対馬に残り、のちに藩に召し抱えられ、名も柳川調行(しげゆき)と改め、椎名さまの配下となりました。
 岬はちょうどヒトツバタゴの花が満開で雪化粧を施したよう、真紅の帆を上げた船を浮かべた海面も花を映して、白一色に染まっておりました。
 暑い日でした。兄を乗せた船が遠ざかって行きます。遥か彼方に半島のかげが仄みえて、船は次第にその中へ溶け込んでゆき、やがてみえなくなりました。

=完=










 …というわけで、ついに『韃靼の馬』は最終回を迎えました。
 ウルルンドの話の時の、「鷹が云々」という意味深な描写が、なにやら不吉な雰囲気を醸し出していたのですが…。これは、マウルで何かが起こっていることを暗示していたのでしょうか…。気になります

 私は冒険小説は好きな方なので、今回の連載小説はかなり楽しめました。そして何より、宇野亜喜良先生の挿絵! これほど挿絵を楽しみにしていたのは、『望郷の道』以来です

 さて、次回からは『等伯』が始まりますが…。
 上野の国立博物館で去年開催された「長谷川等伯展」チラシを、先日から探しているのですが……見つかりません
 確かに、手元にあったはずなのですが…

 代わりに見つかったのが『対決 巨匠たちの日本美術』という2008年の展覧会のチラシで、このチラシでは、等伯のライバルは永徳ということになっています。(この件については、別途で記事を書きます。)


 明日から始まる『等伯』からは、Seesaaのブログ(http://sarasata.seesaa.net/)の方だけでアップしますので、ご了承下さい。
 

 

エレファントカシマシ『奴隷天国』(by「eZ a Go! Go!」)

ブログネタ
このアーティストこそロックだぜ!! に参加中!

 本当は動画をアップしたかったのですが、YouTubeで見つけた『奴隷天国』の動画が、私が「eZ a Go! Go!」で観たものと違っていました(私が観たバージョンでは、ボーカルの宮本氏が、歌い終わった後にマイクを床に投げ捨てていました。)
 おそらく、『エレファントカシマシ EPIC 映像作品集 1988-1994』というDVDには、私が「eZ a Go! Go!」で観た『奴隷天国』の映像が収録されていると思うので、気になる方は、そちらをご覧になって下さい。

 さて、先日の記事にも書いた通り、私がエレファントカシマシを知ったきっかけは、高校生の頃に観ていた「eZ」という深夜番組でした。
 当時の私のエレファントカシマシに対するスタンスは、「嫌いだけど見守っている」という感じでした。聴くたびにイライラしていましたが、行く末がとても気になるバンドだったのです。

 「eZ」が「eZ a Go! Go!」という番組名になり、放送時間も深夜から夕方になった時、凄く気になったのは、「EPICソニーはエレファントカシマシをどう宣伝するんだろう?」ということでした。

 当時のエレファントカシマシの音楽スタイルは、「eZ」のような、ただただPVを流し続けるだけの深夜番組だったからこそ、活かされていました。果たして、夕方の「音楽バラエティ番組」で、今まで通りのやり方で彼らをアピールできるものなのか…?と、ファンでもないくせに、私は考えてしまいました。

 そして、エレファントカシマシの登場の回で、『奴隷天国』を歌う彼らを観た時、私は、二つの意味で「やってくれたよ」と思いました。
 一つは、「この時間帯の音楽番組でよくやった」という、褒め称える気持ちですが、もう一つは、「あちゃ~、やっちゃったよ、EPICソニー」という、呆れた気持ちでした。

 「eZ」では、エレファントカシマシを「荒々しいイメージ」で演出していましたけど、決して「キレたイメージ」にはしていませんでした。ライブではどうだったのかは私には分かりませんが、少なくとも、「eZ」を観ていた時の私は、エレファントカシマシを「キレたバンド」だと思ったことは一度もありませんでしたし、ましてや、「ワル」のイメージを持ったことなどこれっぽっちもありませんでした。どんな映像を観ても、「歌詞も歌い方も破天荒だけど、きっと根は真面目なんだろうな」と思わせるような演出になっていたんです。

 ところが、「eZ a Go! Go!」で『奴隷天国』が放送された時のエレファントカシマシは、明らかに「キレたイメージ」で演出されていて、おまけに、「ワル」のイメージまでくっついていました。
 もしかしたらその時は本当にキレていたのかもしれませんし、ワルの部分だってあったのかもしれませんが、私には、あの時の演出は「あざとい」としか感じられませんでした。 

 あざとい演出に呆れる一方で、「お手軽なラブソング」や「ノリがいいだけの曲」に飽き飽きしていた当時の自分には、あの『奴隷天国』の放送に胸がすくような気分を味わったのもまた事実で……。嬉しいんだか悔しいんだかよく分からない、なんともいえない微妙な心理状態になりました。

 おそらく、当時のEPICソニーには、「エレファントカシマシはライブを売りにしよう」という腹積もりがあったのではないでしょうか。「eZ」や「eZ a Go! Go!」での特殊な演出は、「CDを売るための戦略」には到底思えなかったからです。
 「eZ」の方は、それなりにライブへの呼び水になった可能性がありますが、残念ながら「eZ a Go! Go!」の方は、あまり成功しているようには思えませんでした。潜在的なファンが大勢見込めるようなバンドだったのならともかく、当時のエレファントカシマシは、ロック好きの中でもごく一部の人のニーズにしか合わないようなバンドだったわけですから…。
 その上、私のように「ちょっと気になっている」程度の興味しか持っていない視聴者から「あざとい」と思われるような演出をしてしまっては、逆効果にしかなりません。(もちろん、あの時の放送がきっかけで、エレファントカシマシのファンになった方もおられるとは思いますが…。)

 当時の私は『FMステーション』という音楽雑誌(1998年に休刊)を読んでいたのですが、たまに載るエレファントカシマシ関係の記事といえば、「ボーカルの宮本がまたキレた」という内容ばかりでした。確か、「司会者(もしくはDJ)を殴った」という内容の記事もあったように記憶しています。
 一応、編集側はEPICソニーに許可を貰って記事を載せているでしょうから、こういう記事が載るからには、EPICソニー側が「エレファントカシマシをこういうイメージで売り出そう」という計算があったはずで、それが当時の私にはやっぱり「あざとい」と感じられてしまうのでした。

 今にして思えば、イメージ作りのための単なる演出に、何をいちいちイライラしていたんだろう?と思いますが……まぁ、当時は私も若かったんですね…。
 ましてや、一度もライブを見に行っていない私が、「これはきっと彼らの本質ではないだろう」と思ったところで、そんなのは単なる勝手な想像でしかないわけで…。全く説得力がありませんよね すみません

 その後、TVでエレファントカシマシの曲を聴くことは全くなくなり、私も結婚だの出産だの色々あって音楽全般への興味が薄らいでしまい、再びエレファントカシマシに気を止めるようになるまで4年ほどかかるのですが……その話は別の機会に。







エレファントカシマシ EPIC映像作品集 1988-1994 [DVD]
エレファントカシマシ EPIC映像作品集 1988-1994 [DVD]
出演:エレファントカシマシ
Sony Music Direct(Japan)Inc.(SME)(D)(2011-01-01)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

『韃靼の馬』(433)

《エピローグ 利根 3》

小百合さまが、ほんとうに対馬にお帰りになりました。
「もうすぐフタツバタゴの花も満開ね」
 それから三日後のこと、椎名さまから連絡がありました。明後日、夕刻までに桟敷城にお越し下さい、迎えの駕籠を差し向けます、という内容です。
 小百合さまと私は、駕籠に乗って出発しました。この駕籠は、藩主の奥方様がお乗りになるものだそうです。
 府中のまちに入ると、駕籠は雨森先生宅に立ち寄りました。奥様のお世話で、お城へ伺候する身なりを整えるためです。程なく椎名さまがおいでになりました。
 藩主さまが、金次東と徐青という、天馬を運んでくれた朝鮮のお二方を招いて、慰労の宴を催される……と椎名さまは説明しました。
「そんな席に、なぜわたしたちを?」
 朝鮮人のお一人は兄にまちがいないと確信しつつ、あえてたずねましたが、椎名さまはお答えになりませんでした。









 椎名と利根は、かつては結婚を約束していた間柄でしたけど、過去の描写の雰囲気では、どうも、利根が椎名を心底愛していたようには見えなかったんですよね…。無意識心理では、「兄の親友と結婚することにより、兄との結びつきをより強くしたい」という思いがあったんじゃないですかねぇ…。

小学館の『小学四年生』2月号(その2)

ブログネタ
雑誌 に参加中!
(その1からの続き)


 一体何がツボにはまったのかはよく分かりませんが、ひとしきり大笑いした美奈子は、「これからあの子に会いに行くんだけど…、一緒に行く?」とつぼみに聞きます。
 で、美奈子の車につぼみが乗るんですけど…


4年生2月号3

 …おもいっきり、後ろの座席で、つぼみは昴と会話しています。美奈子から見たら、つぼみは完全に「独りごとを言っているアブナイ子」ですね。

 ちなみに、このシーンの2人の会話は、↓こんな内容です。


「…ま、いきなり幽霊とか言っても信じてもらえるわけないよな」
「じゃ、昴くんちでピアノ弾いて証明する?」
「つぼみが弾けないこと知らなきゃわかんないでしょ」
「う…。そっか

 
 はい、もう、完全に作者は「昴はモノには触れる」という設定を忘れていますね。

 …それとも、あれですか? 昴は「パンツとボールにだけは触れる」とかいう設定でもあるんですかね?



 …さて、上のシーンの時点では、つぼみは「昴のお墓参り」に行くものだとばかり思っているのですが、美奈子がつぼみを連れていった場所は、つぼみの予想に反して、とある病院の一室でした。
 
 
4年生2月号4


 …はい、昴は生きていました。つまりは、つぼみにひっついているのは「昴の幽霊」ではなく「昴の生霊」だったということですね。

 美奈子曰く、「事故から1年近く経つのに、ずっとあのとおり…。ドクターは、目を覚ます可能性は低いって……」だそうですが、息子がこういう状態だというのに、随分とにこやかですね。
 作者は、「色々あったけど、今はふっきれて穏やかになっている」ということにしたいのかもしれませんが、不自然なバカ笑いの描写があったせいで、単に「ヘラヘラしている軽い人」にしか見えません



(その3に続く)

『韃靼の馬』(431&432)

《エピローグ 利根 1&2》

 いもうとよ
 ことしも郭公が鳴いていますね

 つつましいあなたは  答えないで
 夕顔のようにほほえみながら
 つるべにあふれる  碧空をくみあげる

 兄の詩の一節です。忘れたことはありません。
 ふた月ほど前のことです。朝鮮からひそかに大きな馬が運び込まれる、それも倭館からではなく数人の大陸の男がそれを連れてくる、という噂を聞いて、わたしはなぜかその一人が兄に違いないという気がしたのです。
 ほどなくして、椎名さまの使いが書き付けを届けにまいりました。
 ───この大仕事は、金次東という朝鮮人が担っている。天馬を港に降したあと、対馬に立ち寄るかもしれない、という内容でした。
 金次東が兄だ。すぐさま直感が働きました。
 末尾に、走り書きの小さな文字で、読み終えたらただちに焼き棄てるようにとの指示。

 わたしは、長崎の小百合さまに、天馬到来のことをお知らせせずにはいられませんでした。
 小百合さまはお母さまを亡くされてから、お父さまと長崎へ移られ、あちらでお見合い結婚されたのですが、五年ほど前にご主人がお亡くなりに。まだ小さい女のお子を連れて実家に戻られ、いまはお父さまについて医学を学びながら、家内(いえうち)のお仕事いっさいを引き受けて暮らしておられます。申し遅れましたが、わたしは三人の元気のいい男の子の母です。
 折り返しお返事がまいりました。できるだけ早く対馬に行くつもりです、と。
 あれから椎名さまの便りはありません。ひと月がたち、その間に、鰐浦に見知らぬ僧が現れ、寺子屋帰りの子供をつかまえて、わたしのことをしつこく尋ねたり、買物に出たわたしのうしろを誰かが尾けてきたり、不審な出来事が起こりました。
 知らせは思いがけない方向からもたらされました。
 網元講の副長を勤めている夫が寄り合いから戻り、最近、お船江に朝鮮から大きな船が入ったらしい、と言いました。
 この船から二人の朝鮮人が上陸し、桟敷城に入った。
 お船江の周辺を嗅ぎ回っている僧は、幕府から派遣されている対州表だろう。それに、府中のまちを漁師でも商人でもない人物が数人うろついている。











 小百合は未亡人になっていたんですか… 当時としては小百合は晩婚ですから、相手の男性は相当年上だったのかもしれませんね。
 利根の方はどうやら穏やかで安定した生活を送っているようですが、利根の夫は、利根が克人のスパイ活動の手助け(阿比留文字の翻訳)をしていたことを知っているのでしょうか?

渋谷区立松濤美術館『大正イマジュリィの世界』

ブログネタ
近世のモダニズム に参加中!
 染井さんと一緒に、渋谷区立松濤美術館で開催されていえる『大正イマジュリィの世界』という展覧会を見てきました。


大正イマジュリィの世界(チラシ)


 過去に染井さんと一緒に見に行った大正ロマン系の展覧会には『小林かいちの世界』(ニューオータニ美術館)、『高畠華宵展』(弥生美術館)、『夢二と謎の画家・小林かいち展』(竹久夢二美術館)がありますが、今回は特定の画家だけにスポットを当てた展覧会ではなく、「色んなタイプの画家を広く浅く紹介」し、「大正時代の印刷物を体系的に見ていく」というコンセプトの展覧会です。

 この手のコンセプトの展覧会だと、知らない画家を知る楽しみがある一方で、知っている画家の解説や展示数が物足りなく感じる、という、なんとももどかしい思いをすることになります。

 小林かいち、高畠華宵、竹久夢二あたりの「抒情系」の作品は、既に他の展覧会で目にしているので、「ああ、これだけかぁ…」という感じだったのですが、橘小夢の作品は実物を目にするのは初めてだったので、感激しました。(実は、橘小夢の絵は、前々からブログで紹介したいなぁ…と思っていたのですが、auoneでは削除される可能性が大だったので、諦めていました。livedoorなら大丈夫かもしれないので、そのうち、画像をアップして紹介したいと思います。)

 「これじゃダメだよ!この画家の魅力を伝えるには、これだけじゃダメなんだよぉ!」と思ったのは、古賀春江と長谷川潔。展示数が少ないのは、「印刷物」というくくりのせいでしょうけど、それならせめて解説をもっと詳しくしてほしかったです

 古賀春江に関しては、以前、記事にしたことがあるので、↓こちらをご覧下さい。

東京国立近代美術館『近代日本の美術』(2006年6月5日)
ブリヂストン美術館『雪舟からポロックまで』(2006年4月25日)

 長谷川潔に関しては、↓こちらの記事でちょっとだけ触れています。

丸善のリメインダーコーナーで買った本(2010年1月27日)

がんくうぐるめ(その16)

ブログネタ
ワイン に参加中!
 このタイトルの記事は、去年の6月22日の「帰ってきたがんくうぐるめ」が最後になると思っていたのですが…結局、また書くはめになりました。

 ブログの移行の関係で、過去記事に貼ってあるリンクは4月から無効になってしまうので、新しいURLでもう一度貼りなおします。


がんくうぐるめ
がんくうぐるめ(その2)
がんくうぐるめ(その3)
がんくうぐるめ(その4)
がんくうぐるめ(その5)
がんくうぐるめ(その6)
がんくうぐるめ(その7)
がんくうぐるめ(その8)
がんくうぐるめ(その9)
がんくうぐるめ(その10)
がんくうぐるめ(その11
がんくうぐるめ(その12)
がんくうぐるめ(その13)
がんくうぐるめ(その14)
帰ってきたがんくうぐるめ



 さて…私が「がんくうぐるめ」で記事を書くとすれば…そう、アレしかありませんね。
 神戸ワインのネタです!


ランチパック(メンチカツ)



 ↑山崎製パンの「ランチパック」シリーズより、『味わいメンチカツ』です。「神戸ワイン入りデミグラスソース」が使用されています。

《メンチカツと神戸ワインイ入りのコクのあるデミグラスソースをサンドしました。》

 …と書かれていますが、どうせなら、神戸ワインを使った理由も書いてほしかったです。どんなワインであろうと、デミグラスソースにしてしまったら本来の味の特徴など残らないでしょうに、なぜ、わざわざ神戸ワインを選んだのか、その「こだわり」を示してほしかったです。

 それにしても、「神戸ワインジャム」といい、「神戸ワイン石鹸」といい、見つかる商品は「神戸ワインを使った商品」ばっかりで、神戸ワインそのものはいつまでたっても都内では見つかりませんねぇ…。
  全国的な販売戦略は、通販以外は全く考えていない、ということなんでしょうか?「財団法人神戸みのりの公社」さんは…








『韃靼の馬』(428~430)

《原郷 26~28》

 清和号の敦賀入港は、享保十二年(1727)三月のはじめである。
 明けて享保十三年四月、将軍吉宗は、日光に向けて軍事示威行進を行なった。
 吉宗をして、「日光社参」を決断させたのは、三頭の天馬の到来である。
 吉宗の威光は、この「日光社参」によって弥増した。
 姜はそのまま天馬御用掛りとして召し抱えられ、江戸にとどまった。
 時計の針を一年前に巻き戻し、場所は対馬・府中。
 金次東は、藩主と側用人雨森のたっての希望で、対馬に立ち寄ってほしいという唐金屋の懇請に抗し切れなかった。
 十畳余りの狭い部屋に義誠、雨森芳洲、阿比留克人、椎名久雄の四人がいた。
「金次東どの、ご大儀でした。感謝申し上げる」
 義誠がやや緊張ぎみのしわがれ声でいう。は、とキムは朝鮮式に三拝する。

 では、まず一献」
 宗義誠が差し出した銚子を盃で受けたキムは、それがマウルで焼かれたものだということに気づく。……そうか、私の焼き物が対馬まで来ているのか。
「カムサ ハム ニダ(ありがとうございます)」
 キムの朝鮮語を椎名が藩主に通訳する。椎名は、江戸から対馬に帰って後、雨森のもとで朝鮮語の学習に励み、いまでは自由に操ることができる。しかし、十五年ぶりに会う克人と、どんなに日本語で、いや対馬の言葉で語り合いたかったことか! なぜだ、なぜそれほどに頑なに朝鮮人であろうとするのだ?
  雨森は、克人と再会したとき、唐金屋がマウルで克人をみたときとほぼ同じ感想を抱いた。目の前にいる男は、もはやかつての対馬藩士阿比留克人ではない。……別人のように大きくなった。
「韃靼への旅中で、何かひとつ、最も心に残った出来事を披露していただけないだろうか」と宗義誠が問いかける。
 キムが淡々と語り出したのは、チャハル・ハーンについてだった。
 ……チャハル・ハーンが匪賊の首領羅立生の生首を掲げると、一人の美しい女が髪振り乱して駆けてきた。
「アヌ・ハトン!」
 とハーンは呼びかけた。
「お情けです。わたしも殺して!」
 たしかに、キムの耳には韃靼語でそう聞こえた。直後に、ハーンの腰刀が一閃した。

「大変興味深い話であった。ところで、金次東どの、対馬はあなたを必要としている。朝鮮人金次東として、この対馬に止まり、藩のために働いてはもらえまいか」
「光栄に存じますが、御意に沿い兼ねます」
 藩主への通訳を終えた雨森がふり向いて、
「朝鮮で死ぬつもりか」
 と問うた。
 ……克人、一体、お前は何とたたかっているのだ。
 ふいに克人の頭の中に、少年の頃に作った詩の一節が浮かんだ。
 閏四月 しだれ柳は老いぼれていて……。
 ……人間はたったひとりでは生きられない。無論、ウルルンドの先生のような人物もいるだろう。しかし、彼は、鳥や獣や風をも仲間と数えているのである。克人は、あくまで村落共同体の成員として生き、死んで行きたいと思う。最終的に帰って行くべき原郷は、愛しいひとと友のいる場所、マウルだ。
「おいとま致します」
 金次東は静かに席を立った。
 玄関先で、椎名が打ち解けた調子の日本語で、
「唐金屋から聞いたが、つかい鳩を飼ってるんだってな」
 克人は悪戯っぽい笑顔でうなずいた。










 椎名がいつの間にか朝鮮語ペラペラに これは驚きです
 おとぼけキャラのイメージしかありませんでしたが、努力家だったんですね

日経新聞の新しい連載小説『等伯』

ブログネタ
時代小説 に参加中!



 『韃靼の馬』の連載は1月21日に終了し、22日からは阿部龍太郎氏による『等伯』が始まるそうです。挿絵は西のぼる氏が担当されます。


等伯(予告)


《今回の連載は安土桃山時代から江戸初期にかけて活躍した絵師・長谷川等伯が主人公。戦国の世にあって「天下一の絵師になる」という夢を抱き画業に打ち込んだ等伯の生涯を、歴史的事件を背景に描きます。》


 …だそうです。『韃靼の馬』は冒険モノの色が濃い小説でしたが、『等伯』は伝記っぽい感じになりそうですね

 『韃靼の馬』の連載の途中でauoneからの移行した関係で、現在、こちらのブログとSeesaaのブログ(http://sarasata.seesaa.net/)は、全く同じ内容で更新していますが、『等伯』が始まったら、日経新聞ネタはSeesaa、それ以外はlivedoor、という風に分けていこうと思います。

『韃靼の馬』(425~426)

《原郷 23~25》

「先生、ゆうべ話した金次東を連れてきましたよ」
 老人は皺だらけの細い首に頼りなげに載った頭を何度も振った。克人はおやと思った。老人の風貌の奥から、薩南示現流の奥義を伝授してくれた僧の面影がぼんやりと立ち現れ、やがて重なり、ひとつになった。
「おれはこの小汚ない小屋で八年間、先生と共に暮らしたんだ。……先生、どうかおれと一緒に来て下さい。このキムが先生を村に迎えてくれますよ」
「わしはもう余命いくばくもない身じゃ。いまさら島を離れるわけにはゆかん。獣は誰にも知られず、一匹でひっそり死んでゆく。わしもそのような末期の時を迎えたい。
 人の一生の短いのには呆れるほどだ。それなのに、どうしてあんたたち若い者は韃靼や日本くんだりまで、気軽に出掛けて行こうとするのか?」
 そのとき、突然、老人が怒りの声を発した。
「あの男は、わしの庭で何をしておる!」 

 姜は馬を走らせるために「老人の庭」の下検分を行なっていた。
 老人は、まるで姜の姿がみえているかのように声を荒げた。
 徐青は慌てて事情を説明し、庭で馬を走らせることの許可を願い出た。
「天馬か……。わしはもう馬を二十年もみたことも乗ったこともない」
 三人は船に戻り、三頭の馬を引き出した。
 平地を目にしたとたん、馬たちはなつかいしチャハル・ハーンの牧場を思い出した。
 三人は馬にいっせいに跨がった。
 姜の青鹿毛を先頭に、嵐の過去った晴天の下、朝の光を全身に浴びて、天馬が美しい肢体を躍動させる。
「いいぞ、いいぞ!」
 目がみえないはずの老人の口から賛嘆の叫びがくり返し発せられた。

「先生、乗ってみませんか」
 徐青が馬を止めて飛び降りると、老人を軽々と抱き上げ、馬に乗せた。先生を前に、自分がうしろに跨がって、ハイッと葦毛に呼びかける。
「いいぞ、いいぞ!」
 風を切って、先生の喜びの声がひびき渡った。
 あちこちから小鳥たちが集まってきて、馬の周囲を飛び回って、庭の餌をついばんだ。枯枝のてっぺんにいる鷹は、数日前に沖合で捕まえた鳩の味を思い出しながら、小鳥がそばを通るのを待ちかまえていた。
 翌払暁、清和号はウルルンドに別れを告げた。日が中天に差しかかる直前、キムは松島(現・竹島)の島影をみた。翌朝、薄桃色に輝く隠岐の島々を右舷にとらえた。
 清津を発って十日目の正午、清和号は敦賀の深い湾の中に滑るように入っていった。
 岸壁では、福井藩松平氏家中の三百名、対馬藩京都藩邸より派遣された百名が整列して迎えた。
 キムは、栗毛の顔に頬をすり寄せ、
「訣別の時が来た、ソル ジェ ロー!」
 といった。
 徐青も同様に葦毛と別れを惜しんだ。










 徐青の師匠、不思議な雰囲気を持つ人物ですね。存在感があるにも関わらず、どこか幻のようなふわふわした感じもあります。リョンハンも、こんなような部分があるキャラだったような気がします。

 さて、再び意味ありげに、鷹が登場しましたが…。これは悲劇の伏線なのでしょうか?

『韃靼の馬』(423&424)

《原郷 21&22》

 大嵐の来襲は予想よりはるかに早かった。あと一時間もすれば日が暮れて、ウルルンドは闇に包まれてしまうだろう。
「あれだ! ほら、裂け目があるだろう?」
「間切り走行、はじめ!」
 帆索手たちは、風上方向へと進もうと必死で動き回る。
「帆を降ろせ! 艫な櫓漕ぎ、開始!」
「ここだ!」
 清和号はするりと岩と岩の間に滑り込んだ。
 途端に、風と波の音がうそのように消えた。
「助かったぞ!」
 呉が徐青の手を握りしめた。全員が船首甲板に集まり、肩をたたき合った。その直後、大嵐本体が猛烈な雨を伴って襲いかかったが、入江の中には雨はほとんど振り込まなかった。

 克人が舳先で朝焼けの空を見上げていると、徐青が崖を駆けおりてきた。
「短筒の先生は?」
「先生は生きておられた。しかし……すっかり痩せて、咳き込んでばかりいる」
「癆咳だな」
 そこへ姜がやってきた。
「馬たちをこのまま閉じ込めておくと、おかしくなってしまう」
「……キム、あんたを先生に会わせたい」
 それから姜に向かって、
「あんたも一緒に来ないか。みせたいものがある」
 三人は崖に刻まれた九十九折りの道をのぼった。
 息を切らせて登り切ると、克人と姜は驚きの声を上げた。
 そこには三方を深い竹林に囲まれた平地があった。
「どうだい、千坪はあるぜ。馬を駆けさせるには充分じゃないかな」
 前方の竹林の中にある小屋から老人が現れた。
「先生を紹介しよう。もう目がみえないんだ」











 てっきり、徐青にとって、ウルルンドは辛くて悲しい思い出しかないのではないかと思っていたのですが、そういうわけではなかったようです。
 生活は厳しいものだったでしょうけど、「嫌な思い出しかない幼少時代」というわけではなかったようで、ちょっとホッとしました。

135(いちさんご)

ブログネタ
復活してほしいバンドは何ですか??? に参加中!
 私が一番復活を望んでいるバンド…それは、「135」です。「ひゃくさんじゅうご」ではなく、「いちさんご」と読みます。





 ↑「135」と聞いてもピンとこない人でも、この曲なら、聴いた覚えがあるという方がいらっしゃるのではないでしょうか?
 タイトルは『我愛イ尓(ウォーアイニー)』です。(「イ尓」←これでひと文字です。)

 80年代に、ビクターのCMで使われていました。

 

 

 バンド名の由来は、日本の子午線です。
 CDショップでCDを注文しようとすると、大抵の店員さんから、「これ、何て読むんですか?」と聞かれました

小学館の『小学四年生』2月号(その1)

ブログネタ
つまらない本 に参加中!

 ただでさえ『韃靼の馬』の記事が溜まっているというのに、YOUTUBEから動画を引っ張ってこれる嬉しさについつい音楽関係の記事をアップしてしまい、学年誌ネタが後回しになってしまいました。

4年生2月号1















←今月の扉絵





 う~ん…なんか…頭と体のバランスが妙なことになっていますね…。
 もしかしたら、顔だけやぶうちセンセぇが描いて、他はアシスタントが描いたんでしょうか?

 キャラの頭身のバランスだけでなく、ポーズも妙です。このイラスト、一見、「つぼみと昴が一緒に歩いているシーン」のように見えますよね? でも、2人の足に注目してください。昴の方は歩いているのに、つぼみは歩いていません。一緒に「並んで」いるのに、一人は歩いていて、もう一人は歩いていないって…なんなんでしょうか、このシチュエーションは…。
 もし、アシスタントが描いたのだとしたら、やぶうちセンセぇはもっとちゃんと監督した方がいいと思いますよ

 さて、前回、つぼみは意を決して、昴の母である「牛島美奈子」に「じつは今、ココに! 昴くんが! いるんですッ…!!」と言ったわけですが…。美奈子は全く信じようとせず、笑い飛ばします。


4年生2月号2













←異様なまでにウケている美奈子





 にも指摘しましたけど、昴は「物には触れる」んですから、昴の「霊」の存在を証明したいのであれば、ポルターガイスト現象を起こせばいいだけの話です。
 一番手っ取り早いのは鉛筆で文字を書くことですけど、つぼみ達が現在いる客間にはピアノがあるんですから、昴の「霊」がピアノを弾くという手もあります。

 …つぼみって、本気で昴の「霊」の存在を美奈子に伝える気があるんでしょうか? 単に、人の家に上がり込むのが好きなだけなんじゃないでしょうか。

(その2に続く)

『韃靼の馬』(420~422)

《原郷 18~20》

日本に近づくにつれ、克人の心は不安と怖れに震えはじめた。長いあいだ故国を離れていた人間が帰国するときに覚える故知れぬ不安と、外国人として異国に足を踏み入れるさいに抱く怖れとに引き裂かれていた。阿比留克人と金次東というふたつの人格に。
 克人が吊床からおりて、甲板に出ると、呉船長と操舵長の具、香工の安が、空を見上げて立っていた。
「今晩は。星月夜ですね」
「ご覧なさい」
 と操舵長が空の一角を指差した。
「雲が出てきましたね」
「いえ、雲ではありません。鳥です。いっせいに北をさして逃げてゆく」
「いったい何から逃げてるんです?」
「台風です。……昔、あのように鳥たちが逃げてゆくのをみたことがあります。そのとき、香工が、ただちに避難するよう警告してくれたのですが、私はそれを無視して航行をつづけた。しかし、香工の予言どおり、それは来た。生き残ったのは香工と私だけ。そのときの香工が、いまここにいる安です。私は裁判にかけられ、五年間、哥老会の懲役牢に……」

 黄甲板長が船首甲板にのぼってきた。うしろに寝呆けまなこの徐青もいて、キムにたずねた。
「何が起きた?」
「風が吹き荒れる虞れがあるそうだ」
 呉が広げている海図を徐青がのぞき込んだ。
「いま、どの辺にいるんですか?」
 呉が人差指の先で触れた箇所は、大海の只中だった。
「この標は、おれが育った島、ウルルンドでは?」
「ウルルンドは、島というより、いわば岩のかたまりで、嵐のときは決して近寄れない」
 ふいに、徐青の顔に笑みが浮かんだ。
「たしかに、ウルルンドには船を着けられるような岸や浜はない。しかし、一カ所だけ、どんな荒れたときだって高波の入ってこない場所がある。大きな岩が斜めに裂けて、その奥に小さな入江が隠れているんだ。外からでは絶対に分らない」

「……岩の裂け目の幅はおよそ八間、長さは二十間、入江の水深は五尋……」
「計ったのか?」
「おれは入江で潜って、魚や貝を獲っていたからね。先生は島人と共に、三年がかりで崖に道をつけた」
「これより進路をやや南に変更して、全速でウルルンドに向かう」
 香工が船首甲板に祭壇を設け、船神と海神への祈祷をはじめた。全員が配置につく。克人たちは足手まといにならないよう船室に引き揚げる。
 夜が明け染める。朝日に映える雲の峰が美しければ美しいほど、嵐が到来する予感が強まる。
 正午過ぎ、右舷にウルルンドの島影を捉えた。 

 










 前に朝鮮から日本に向かった時も、克人は嵐に遭遇していました。(107話参照)

 克人って、雨男ならぬ「嵐男」なんでしょうか

記事検索
月別アーカイブ
最新コメント
プロフィール

さらさ

読書メーター
更紗蝦さんの読書メーター

更紗蝦さんの読書メーター
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ