日経新聞で連載中の『琥珀の夢』(伊集院静・著)が、現在、関東大震災の話になっているので、こちらのブログでも関東大震災に関連する記事をアップします。


番号121 明治聖徳 第10巻
大正7年11月20日 講演
【最近に於ける地震学の諸問題】 今村明恒
http://www.mkc.gr.jp/seitoku/pdf/m10-7.pdf




 ↑上記の講演記録は、「明治聖徳記念學會のホームページ(http://www.mkc.gr.jp/seitoku/search.htm)で公開されている資料です。
 タイトルには「最近」とありますが、実際には大正7年の講演です。

 大正時代の地震といえば関東大震災が有名ですが、関東大震災は大正12年(1923年)の出来事なので、この講演が行われたのは関東大震災の5年前にということになります。

 この講演記録を読むと、日本で地震を一つの学問として研究し始めたのは明治の頃であり、その当時、地震に関する学問的な文献はイギリス人のマレットという人物が書いたイタリアの地震に関する本が一冊だけだったのだそうです。

 関東大震災の前のことだけあって、この講演では、震災の被害といえば建造物の倒壊のことばかり気にしており、火災の危険性については全く触れていません。
 この講演の中では日本並の地震国として比較の対象に上がっている国はイタリア(伊太利)なのですが、イタリアの地震の解説においても火災による被害は挙げられておらず(おそらくは木造の建造物が少ないせいだと思われます)、そのせいで日本人の地震の研究者が火災の危険性が頭からすっぽり抜け落ちることに繋がってしまったようです。
 現在は「震災には火災の危険性が付き物」というのは“常識”となっていますが、この“常識”は関東大震災以前には存在せず、それだけに、いかに関東大震災による火災が悲惨を極めたかが、この講演内容から想像できます。

 火災のみならず、この講演では津波の危険性についても全く触れられておらず、当時は地震と津波を関連付けて研究している研究者がいなかったのかどうか気になったので、ネットで検索をかけてみたら、明治期に吉田東伍氏という地理学者が、貞観地震と貞観津波を研究の対象としていたそうです。ですが、その後研究が進まず、再び津波の研究が開始されるまで、80年以上もかかったとのことです。


 それにしても、大正7年の講演記録であるというのに、イギリスの雑誌『ネイチャー』(論文の中の表記は『ネーチューア』)で日本の地震研究が評価されたことを講演者が自慢げに語っている部分があるのは、まるで現在の日本のようです。
 ここ最近で『ネイチャ―』がらみの話題というと、やはりSTAP細胞騒動でしょうか。小保方晴子氏がマスコミで持ち上げられた直接のきっかけは『ネイチャー』に論文が載ったことがであり、研究内容が評価されての報道というわけではなく、『ネイチャー』という“権威”のお墨付きが凄いから報道した…という感じでした。
 日本国内で行われている研究の評価を「海外からの評価」を基準にし、それを根拠として権威付けを行う…という流れが、大正時代も現在も変わらないのは、良くいえば謙虚ですが、悪く言えば自国というものを客観的に評価することができない…と言えるでしょう。