『犬の10戒』という詩を元にして作られた映画『犬と私の10の約束』を観てきました。

 『マリと子犬の物語』よりはマシだといいなぁ…と願いつつ観に行ったのですが…

 …違う方向性でダメな映画でした…

 まず、『犬と私の10の約束』というタイトルに偽りあり。正しくは『私とお母さんの10の約束』です。だって、ここでいう『10の約束』って、お母さんがあかり(=主人公)に対して言い出したことであり、あかりはお母さんに対してその「10の約束」を誓っているんですから。「10の約束」をするシーンには一応ソックス(=犬)がいるので(なぜか病院なのに犬を連れてきている)、パッと見はあかりがソックスに対して誓っているように見えなくもありませんが、実際にはお母さんに対して誓っているのが明白です。だって、ソックスが死ぬシーンであかりが号泣しているのは、純粋にソックスの死に対して泣いているわけではなく、お母さんのことを思い出して泣いている部分が大半なんですから。
 既に映画をご覧になった方は、試しに、お母さんが普通に生きていて、「10の約束」がそこら辺の本屋で買ってきた本だったと想像してみてください。あの「ソックスが死ぬシーン」で、あかりがあそこまで激しく泣くと思いますか?

 …泣きませんよね?(少なくとも、あんなに激しくは。)

 あのシーンは、結局、「あかりのお母さんが死んでいる」ことが前提となって、やっと「感動できるシーン」として成立しているんです。あかりの号泣には、「お母さんと約束していたのに、今まですっかり忘れていて、ごめんなさい!」というお母さんに対する謝罪の気持ちと後悔の念が込められているんです。

 では、この映画はお母さんと娘の絆がテーマになっているのか?というと…実はそうでもないんです。だって、お母さんが死ぬ所は、軽~く流されてしまっているんですから。
 お母さんが死ぬシーンをちゃんと描いていないので、あかりがお母さんの死を悲しんでいるシーンはほとんど描かれていません。「心理的な理由(=母の死)で首が動かなくなった」というシーンはありますけど、ソックスのおかげ(ということになってるけど単なる偶然)であっさり治ってしまっているので、大して印象に残りません。
 ソックスが死んでいるシーンはやたらに大袈裟な演出をしているくせに、お母さんが死んだ直後の描写がショボくさいので、母親の身である私としてはどうにも納得できませんでした

 納得できないといえば、生前の母親の行動もどうにも納得できません。自分の余命があと僅かだと分かっているのに、なんでまたよりによって、やっておくべきことの最優先事項が「犬を飼う上での約束」なのでしょうか?他にもっと大切な事が色々あるはずでしょーに…。
 「自分がいなくなったことで生じるあかりの心の空白をソックスに埋めてもらおう」という意図なのは分かるのですが、あかりを心理操作して、「母親のいない寂しさを犬で紛らわせるように仕向ける」のって、母親として何か間違ってないですか?
 あかり自身がそれを望んでいるのなら、まぁ、仕方ないですよ。『マリと子犬の物語』の彩や、『あらいぐまラスカル』のスターリングも、ペットで母がいない寂しさを紛らわせていましたよ。でも、彩とスターリングの場合は、そうすることを自分の意思で選んだのであって、母親がそうするように仕向けたわけでは決してありません。

 この記事をご覧になっている方で、お子さんをお持ちの方がいらっしゃいましたら、想像してみて下さい。自分は余命いくばくもなく、娘は14歳。さて、どうしますか?
 …普通なら、これから生活していくための知恵(家事とかお金のやりくりとか)をなるべくたくさん伝えようとするか、もしくは思い出作りに励みませんか?いくら子犬を貰ってきたばかりだとしても、「犬を飼う上での約束」なんて長々とやっている暇なんてないでしょう?しかも、娘を心理操作して「母親のいない寂しさを犬で紛らわせるように仕向ける」なんてこと、しませんよね?
 娘が幼児だったら、仕方がないなぁと思う部分もありますよ。心の拠り所を残してあげようとするのも分かりますよ。でも、娘は14歳ですよ?「母親のいない寂しさをペットで紛らわす」なんていう年齢ではないでしょう。どんだけ精神年齢が幼い娘なんですか、あかりは(この件に関しては「その②」の記事の方でも詳しく書きます。)

 あかりの母親が絵本(=『ソックスとの10の約束』)という形式で「犬を飼う上での約束」を記したのは、自分が生きた証をカタチとして残すためだった、と考えられますけど、あかりがその絵本を思い出すのはソックスの死のまぎわです。しかも、それを思い出させたのはお父さんです。それまで、あかりは絵本の存在なんかすっかり忘れていたんです。
 あかりって二度も引越しをしているのに、母親が残した絵本を全く目にしなかった上に思い出しもしなかったって、おかしくないですか?父親が大事にしまっておいたのかもしれませんけど、それにしたって、あかりがその絵本の所在を全く気にしていないのは、どういうことなのでしょうか?あかりがこの絵本を日頃から眺めていれば、ソックスを疎ましく思うことなんてなかったはずなのに…。(しかも、疎ましく思った理由ってのが、「男と旅行できなかった」だの「一張羅を汚された」だの、超くだらねぇ理由 犬の飼い始めにそのくらいの事態は予想つくだろ


(その②に続く)