更紗のタペストリー(L)

auoneblogから引っ越してきました。 主に、アート・書籍・音楽・映画などについて語ってるブログです。 もうひとつのブログ(http://sarasata.seesaa.net/)では、日経新聞の連載小説の感想を綴っています。

ウラン

『テンプリズム』に(もしかしたら)見られる原発批判

 連載開始時に「ビッグコミックスピリッツ」で序盤だけ読んだ曽田正人先生の『テンプリズム』という漫画(原案・瑞木奏加氏)が完結したので、電子書籍で一気読みしました。

 「ビッグコミックスピリッツ」は定期購読はしていないのですが、なぜ、連載開始時の号を手に取ったのかというと、当時、『美味しんぼ』が原発事故をテーマにしており、山岡が鼻血を出すシーンが「不謹慎」だの「非科学的」だの「風評被害」だのと批判され、ネットで炎上していたからです。
 私は原発事故前からとっくに反原発なので、『美味しんぼ』を応援する意図で「ビッグコミックスピリッツ」を買いました。その時に丁度、連載が開始されていたのが『テンプリズム』だった…というわけです。(『ちなみに、『僕はコーヒーが飲めない』という漫画も、このタイミングで連載が開始されたので、印象に残っています。) 

 さて、『美味しんぼ』のついでという形で読んだ『テンプリズム』の序盤でしたが、当時はさっぱり面白いとは感じられず 、「なんで80年代後半に『ドラゴンマガジン』あたりで連載されていたような類の古臭いファンタジー漫画を青年誌で連載するんだろう?」と思いました。
 おそらく、登場人物のファッションが中途半端に現実っぽいのは『ONE PIECE』、絵のタッチが妙にカスカスした感じなのは『進撃の巨人』を意識したものと思うのですが(違っていたらすみません)、絵としては見易いとはいえ別段魅力的には感じられず、なにより主人公のツナシが「止むに止まれぬ衝動で行動しているわけではなく、ユイという人物に言われるがままの行動しかしていない」というカラッポさがどうにも面白くなく、3話以降は全くチェックしていませんでした。

 冒険ファンタジーとしての面白くなさは別の機会に記事にするとして、今回私が指摘したいのは、3巻で事九(コトキュー)というキャラが「努力で結果を出すことの意味」について、ヒロインのニキと禅問答じみた会話をしている部分です。



 最初にこの部分を読んだ時は、「冒険ファンタジー漫画なのに、努力で結果を出すことを否定的に描くなんて、変わっているなぁ」程度しか思わなかったのですが、この漫画の中で重要な役割を持つ「ライタイト」という物質の説明が4巻に出てきた時、「あれ?もしかして3巻の事九のあのセリフは、遠回しに原発を批判していたのでは…?」という疑問が湧いてきました。



 ライタイトという物質は「自然界には存在できない」という設定になっており、「原材料」を「科学処理」して「化学反応」を起こすことによって人工的に作り出されるのですが、どう考えてもこれはプルトニウムをモデルにしています。ライタイトをプルトニウムに置き換えれば、「原材料」はウラン、「科学処理」はウラン精製、「科学反応」は核分裂に対応します。

 ライタイトをプルトニウムそっくりの設定にする必然性は物語の中では特に感じられず、もし、その必然性があるとするならば、現実に起こった原発事故を読者に想起させる以外の目的があるようには私には思えず、だとしたら、この漫画には原発批判の意図が織り込まれているのでは…?と思い至りました。

 「原発批判」目線で、改めて3巻の「努力で結果を出すことを否定的に捉えている部分」を読んでみると、私にはどうも、連載開始時(=『美味しんぼ』が鼻血問題で炎上していた頃)に蔓延していた「努力力すれば原発はコントロールできる」「努力すれば原発事故は終息できる」「努力すれば放射能汚染地域に住める」という危険なガンバリズムに対する批判が込められているような気がしてならず、もし、本当に曽田先生がその意図を込めて3巻の事九とニキの会話を描いたのだとしたら、「編集部に分からないように原発批判を織り込むという苦肉の策」だった可能性があるのではないか…と思いました。

 もちろん、これは私の考え過ぎの可能性があります。原発など関係なしに、「努力で結果を出すこと」を否定的に扱いたかった可能性の方が高いとは、私も思います。
 …と、いうのも、この漫画は明らかに「努力・友情・勝利」のジャンプイズムの真逆を狙った構成になっており、「友情」と「勝利」の逆を描くのは簡単でも「努力」の逆を描くのは難しく(「裏切り」と「敗北」は物語を盛り上げますが、「努力しないこと」は物語を盛り上げません)、そのために、事九とニキの会話という形で「努力(によって結果を出すこと)を否定する」という表現方法を取った…という可能性は、かなり高いのではないかと思います。

 『テンプリズム』の感想で、原発批判の可能性を指摘している書き込みは、私のTwitterのツイートと読書メーターの記録だけのようですし、作者の曽田先生や原案の瑞木氏が原発に対して何らかの否定的な見解を示している様子もないので、もう本当に、「原発批判の可能性」が私の頭に浮かんでしまったのは「ただの深読みし過ぎ」なのかもしれませんけど、「そういう解釈も可能である」という意見の一つくらい、ネットに転がっていてもいいですよね…ということで、この記事をアップしておきたいと思います。

 

『人形峠ウラン鉱害裁判』(土井淑平・小出裕章/著)

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 「ゆかりんノート」のサービスが終了したので、今まで作った「本の抜粋のまとめ」(ここは覚えておきたい、と思った部分をTwitterでツイートし、それをまとめたもの)をブログの方に掲載することにしました。
 このまとめは、『人形峠ウラン鉱害裁判』(土井淑平・小出裕章/著)の抜粋をまとめたものです。

Date:2013年08月12日

『人形峠ウラン鉱害裁判』

土井淑平・小出裕章/著





 

核燃料輸送問題(その3)

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その2からの続き) 


 『ポスト・チェルノブイリを生きるために―暮しと原発』(藤田祐幸/著)には、アメリカで起こった核燃料輸送トラックの事故によるウラン汚染の話が載っていたので、ご紹介します。

 一九七七年九月二七日深夜、アメリカのコロラド州で粉末ウランを積んだトラックが三頭の馬に衝突して転覆した。トラックにはイエローケーキ(転換以前の酸化ウラン粉末)のドラム缶五〇個が積まれていたが、そのうち三二個がトラックから投げだされ、一七個の蓋がはずれ、トラックに残ったもののうち一二個の蓋も外れてしまった。そのため約五.五トンのウランが飛散し、一部はトラックの内部に残ったが約三トンは地上に散乱した。現場周辺は立ち入り禁止になり、約半月かかって汚染された土壌を回収し除染作業が行なわれた。

  『ポスト・チェルノブイリを生きるために―暮しと原発』190ページより

 ATOMICAの「核燃料物質等の輸送および貯蔵中の事故 (04-10-03-06)」というページには、上記以外の事例も乗っています。


核燃料物質等の輸送および貯蔵中の事故 (04-10-03-06)
http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_Key=04-10-03-06


 コロラド州の事故の場合、除染には半年が費やされたとのことですが、その半年間、ウランが吸着した砂や埃は舞い上がりまくっていたわけですから、時間とともに汚染は拡大していたはずです。周辺住人は確実にウランで内部被曝していますし、除染にあたった作業員も同様です。(上記でリンクを張ったATOMICAの中の記事によると、「公衆や除染作業員が吸入したU3O8の量は、許容線量に比べてはるかに少なかったと報告されている」とありますが、当時のことですから許容線量はかなり高めに設定されていると思われます。そもそもウランには重金属としての毒性があるわけですから、吸引したこと自体が大問題です。)

 それに、除染した後の土壌は、いったいどこに持っていったのでしょうか? 「除染」では放射能は消えません。移動するだけです。汚染された土壌は、まとめてどこかで管理されたのでしょうか? それとも、薄めて拡散されたのでしょうか?

 日本では、核燃料輸送トラックの転覆事故は今のところ起きていませんが、追突事故は起きています。上記のATOMICAの中の記事では「年間数百回に及ぶ核燃料物質の輸送が行われているが、輸送に関する事故は輸送容器の損傷を伴わない単なる車両追突あるいは接触事故以外、全く起っていない」とだけ書かれ、「輸送容器の損傷を伴わない単なる車両追突あるいは接触事故」の内容が書かれていませんが、『ポスト・チェルノブイリを生きるために―暮しと原発』には、その一例が載っています。


 昨(一九八四)年十二月一一日午前四時一五分頃、熊取の加工工場から福井県大飯原発に向かう核燃料輸送トラック隊の最後部を走っていた交代の運転要員を乗せたマイクロバスに大型トラックが追突するという事故が発生した。さいわい輸送車そのものに影響はなかったが、どのように警戒したところで事故は起こるということを実証した例である。隊列の間に一般車両も混ざってしまうことが多く、前後をダミーの車で守ってみても本隊の車両に追突などの事故がおこる可能性は皆無ではない。最も恐ろしいのは、対向車線から飛びこんできた車と正面衝突するケースであり、この種の事故に対する術はないといってよいだろう。タンクローリーと衝突して火災を発生した場合に、どのような手段があり得るのだろうか。

  『ポスト・チェルノブイリを生きるために―暮しと原発』193ページより

 この事例の恐ろしい所は、テロではなく偶然に起こった事故だということです。それなりに警戒態勢をとっていたにも関わらず、です。
 ・・・ということは、自爆の覚悟さえあれば、大型トラックで突っ込むテロなど簡単に起こせる、ということを意味します。

 1993年の『Newton』に掲載されていた鈴木篤之氏のインタビューでは、プルトニウム輸送に関する話が出ていますが、「輸送容器については国際基準があって、火災がおきてもとけないことを確認する必要があります」と言っています。いったいどの程度の火災を想定しているのかは、このインタビューからは分からないのですが、こういった場合は大抵は「不測の事態」は過小して想定されるのがお約束です。
 このインタビューだと、核燃料輸送のリスクは、「放射能汚染」よりも「核ジャック」の可能性の方を重視している雰囲気になっています。これは、おそらくはこの当時はまだアメリカ同時多発テロが起こる前だからだと思われます。(アメリカ同時多発テロは2001年、インタビューは1993年。) 当時は、自爆覚悟で核燃料輸送車を襲うテロが起きる可能性など、全く考えていなかったのでしょう。

 では、アメリカ同時多発テロが起こった後、核燃料輸送のリスク評価が変わったかというと、おそらくは、何も変わっていないと思われます。リスク評価が変わったところで、自爆テロに対する対策など、やりようがないのですから。

 核燃料輸送問題に言及している本はなかなかないのですが、もし、見つかったら、またブログでご紹介していきたいと思います。


ポスト・チェルノブイリを生きるために―暮しと原発 [単行本]

核燃料輸送問題(その2)

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その1からの続き)


 それでは、『ポスト・チェルノブイリを生きるために―暮しと原発』(藤田祐幸/著)という本の中から、核燃料輸送問題に関する記述を紹介していきたいと思います。
 
 机の引き出しを整理していたら、何年か前に付きい合いで加入した「損害保険」の定款が出てきた。そこには、まるで読まれることを拒否するように小さな青い活字がびっしりならんでいる。なにげなくぱらぱら繰ってみると『保険金を支払わない場合』といった条項が目に止まった。『当会社は次の事由に起因する事故による損害については、保険金を支払いません』とあって四つの場合が示してある。その(1)は被保険者の故意による場合であり、(2)地震、噴火または津波、(3)戦争とつづき、最後に(4)核燃料物質とある。
 詳しく条文をあげてみると『核燃料物質(使用済燃料を含みます)もしくは核燃料物質によって汚染された物(原子核生成物を含みます)の放射性、爆発性その他の有害な特性またはこれらの特性による事故』となっている。ついでにいくつかの会社の損害保険の定款を調べてみたが、どの会社でも同じ条文を使用していることが分かった。

  『ポスト・チェルノブイリを生きるために―暮しと原発』179ページより


 損害保険の定款に核燃料物質の記述があることを知ったのは、この本が最初でした。
 いったん原子力災害が起きてしまったら、その補償額はあまりにも巨額になってしまうので(・・・というか、どんなにお金をかけても補償なんかできっこないわけですけど)、保険などかけようがない、という指摘は以前からされています。それに対する原発推進者側の言い分は、「原発事故は起こらない」でした。

 原発そのものの事故の確率は、「シビアアクシデント」と呼ばれるレベルのものは、だいたい20年に一度の割合で起こっています。(スリーマイルの事故は1979年、チェルノブイリは1986年、福島第一原発の事故は2011年。)
 20年に一度というのは、相当な高い確率です。こんなに高い確率なのに「原発事故は起こらない」もへったくれもありません。原発ですら事故を防ぎ切れていないというのに、これが核燃料輸送の車の事故だったら・・・? いくら運転を気をつけたとしても、自爆覚悟のテロリストがトラックで突っ込んで来たらどうしようもありませんし、輸送車が自然災害に巻き込まれる可能性だってあります。輸送車が事故を起こした場合の放射能汚染の範囲は、原発事故よりは少ないでしょうけど、周辺住民の被曝は避けられませんし、いったん放射能汚染されてしまった土壌は完全な除染など不可能です。
 それに、核燃料の輸送は、地上だけではありません。海上での輸送もあります。海上輸送の場合は、船舶の衝突事故も考えなければならないのです。

 原発推進側が言うように本当に「事故は起こらない」「放射能汚染なんて大したことない」のであれば、保険会社が上記のような定款なんて作るはずがないんです。原発事故のリスク、核燃料輸送のリスクが分かっているからこそ、上記のような定款を作っているわけです。
 原発推進を擁護する人達には、子供の健康を心配するお母さん罵るヒマがあったら、保険会社に文句を言って、定款の内容を変えさせるくらいのことをしていただきたいです。定款の内容は、まさに、原発を擁護する人達が言うところの「不安を煽る内容」に他ならないのですから。


その3に続く)


ポスト・チェルノブイリを生きるために―暮しと原発 [単行本]

核燃料輸送問題(その1)

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 半年前の出来事なので、ちょっと古い内容なのですが、今回ご紹介するのは、2013年6月14日の日経新聞朝刊に載っていた記事です。

日経朝刊2013-6-14


核燃施設で容器2つ接触
横須賀、臨界の恐れなし

 原子力規制委員会は13日、核燃料加工施設のグローバル・ニュークリア・フュエル・ジャパン(神奈川県横須賀市)の燃料加工工場で、二酸化ウラン粉末の入った容器2つが接触したと発表した。臨界の恐れはなく、作業員の被曝(ひばく)や放射性物質漏れなども確認されていないという。

 グローバル・ニュークリア・フュエル・ジャパン(GNF-J)のホームページ(http://www.gnfjapan.com/)を見ると、この接触事故の説明は、下記のようになっています。

加工施設内におけるウラン粉末缶の接触事象に関する報告について(2013/06/13)

2013年6月13日に、11時39分頃、第2加工棟第2-3階酸化ウラン取扱室(第1種管理区域)の入荷した粉末を輸送用容器から社内の貯蔵缶へ移し替えを行うフードの搬送コンベアにおいて、核的制限値の管理に係るインターロック(2つの缶が近接しないように搬送コンベアの動作を制御するためのインターロック)が作動せず、2缶のウラン粉末缶が接触しました。 なお、本事象による、作業者のけが・被ばくはなく、また周辺環境への影響もありませんでした。

(添付資料 :粉末缶移し替えフードの搬送コンベアにおける核的制限値の管理に係るインターロックの作動不良
(URL→http://www.gnfjapan.com/news/important.html#130613


 ちなみに、日経電子版の方は、日経本誌よりも詳しい文章になっています。(相変わらず・・・。)
核燃施設で容器が接触、規制委に報告 横須賀
2013/6/13 22:17

 原子力規制委員会は13日、核燃料加工施設のグローバル・ニュークリア・フュエル・ジャパン(神奈川県横須賀市)の加工工場で、二酸化ウラン粉末の入った容器2つが接触したと発表した。臨界の恐れはなく、作業員の被曝(ひばく)や放射性物質漏れなども確認されていないという。

  同工場は原子力発電所向けの核燃料を製造している。規制委と同社によると、13日昼、二酸化ウラン粉末16キログラムが入った金属缶2つが工場のローラー式のコンベヤーの誤動作で接触し、警報が鳴った。作業員がすぐに容器を離し、影響はなかったという。容器の損傷や転倒はなく、ふたは外れていなかった。

  同社では容器2つが接触しても臨界に至らないように容器の容量などを工夫しているという。原子力規制庁の保安検査官が現場に入り状況を確認している。

  規制委は今回のトラブルを国際的な事故評価尺度(INES)で、8段階のうち最も低い「0」(安全上重要ではない事象)と暫定評価した。
日経電子版→http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG1303N_T10C13A6CC1000/


 日経本紙は日経電子版で、わざわざ「臨界の恐れはなく・・・」と書かれているのは、恐らくは、核燃料施設といえば、原発問題に関心のある人なら、誰しも「東海村JCO臨界事故」を連想するためだと思われます。
 GNF-Jのホームページには、「臨界」の文字はありませんが、添付資料のPDFファイルの方には、「臨界」の文字が出てきます。

 ↓ 添付資料より一部抜粋 
粉末移し替えフードの搬送コンベアにおける核的制限値の管理に係るインターロックの作動不良

1.事象の概要
平成25 年6 月13 日(木)11 時39 分頃、第2 加工棟第2-3階酸化ウラン取扱室(第1種管
理区域)の入荷した粉末を輸送用容器から社内の貯蔵缶へ移し替えを行うフードの搬送コンベア
において、核的制限値の管理に係るインターロック(2つの缶が近接しないように搬送コンベア
の動作を制御するためのインターロック)が作動せず、2缶のウラン粉末缶が接触しました。
 事象発生直後に2缶の接触に気が付いた作業者は、接触した缶のうち、1 缶を離れた場所に移
動し、製造1課課長へ連絡しました。
 なお、弊社では、核的制限値管理に係るインターロックの他に、1缶中のウラン量を最小臨界質量の45%以下に制限しており、2つの缶が接触しても臨界には至らない管理をしております
 また、本事象による作業者のけが・被ばくはなく、周辺環境への影響もありませんでした。
* 加工施設の敷地内建物配置を図1に、第2 加工棟3 階の平面図を図2に、当該設備の概要図
を図3に、発生事象の模擬写真を図4に示します。

(添付資料→http://livedoor.blogcms.jp/blog/sarasata/article/edit?id=65836996


 上記の説明によると、ウラン粉末缶は「接触」程度の「事故」であるのなら、臨界には至らないように管理されているそうです。(この資料では「事象」という単語が使われていますが、私は敢えて「事故」という単語を使わせてもらいます。原子力業界では、「事象」という単語は「事故」の言い換えに過ぎないので。)

 新聞では小さい扱いでしかないですし、爆発や放射能漏れを起こした事故でもないのに、なぜ、私がこの事故を気にかけていたのかというと、ちょうどこの事故があった時に読んでいた『ポスト・チェルノブイリを生きるために―暮しと原発』(藤田祐幸/著)という本に、核燃料の輸送問題に関する記述があったからです。


ポスト・チェルノブイリを生きるために―暮しと原発 [単行本]


 この本の中に出てくる核燃料製造会社は「JNF」(「日本ニユクリア・フユエル株式会社」の略)というのですが、これは、グローバル・ニュークリア・フュエル・ジャパン(GNF-J)の前身にあたる会社です。(会社概要→http://www.gnfjapan.com/company/
 「日本ニユクリア・フユエル株式会社(JNF)」が設立されたのは1971年ですが、この会社が、2000年に「株式会社グローバル・ニュークリア・フュエル・ジャパン(GNF-J)」に名称を変えたわけです。つまりは同じ会社です。
(ちなみに、『ポスト・チェルノブイリを生きるために―暮しと原発』が出版されたのは1987年です。)

 2013年6月13日に起きた事故は、ウラン粉末缶の「接触」だったため、放射能漏れには至りませんでしたが(とはいっても、本当にこの事故が「接触」という表現で済まされるレベルだったのかどうか怪しいものですけど・・・)、仮にこのウラン粉末缶が、車での輸送時に交通事故を起こしたら、一体どうなってしまうのでしょうか? 爆発・炎上ということにでもなったら、ウランが飛び散り、とんでもない規模の放射能汚染が生じてしまうのではないでしょうか?

 ネットでは時々、「確率的に考えれば原発事故よりも自動車事故の方が危険」と言って、原発事故を過小評価する書き込みを見かけますが、そういう人は核燃料が車で運ばれていることを知らないのでしょう。 「確率的に考えれば原発事故よりも自動車事故の方が危険」なのであれば、核燃料の輸送などもってのほかということになります。
 核燃料を輸送しなければ原発は動かせないのですから、核燃料の輸送の危険性を考慮すれば「原発は動かすべきではない」という結論にしかなりえないというのに、「原発事故よりも自動車事故の方が確率が高いのだかから原発事故のリスクなど大したことはない」と言い張る人は、一体何を考えているのでしょうか。核燃料が「どこでもドア」で運ばれてくるとでも思っているのでしょうか。

 原発の是非が問われる時、注目されるのは大抵は「原発事故」のリスクのみであり、原発の稼働とセットになっている「核燃料輸送」や「ウラン採掘」のリスクはほとんど無視されています。ウラン採掘のリスクに関しては、過去に何度かブログで取り上げているので(2012年7月5日2012年8月28日2013年8月13日)、今回は核燃料輸送のリスクについて取り上げてみたいと思います。


その2に続く)


【ウラン採掘のリスクを取り上げている本】

日経新聞の「J−PARC」の放射能漏れ事故の記事(その18)

その17からの続き)

 今回ご紹介するのは、2013年7月30日の日経新聞朝刊です。

↓2013年7月30日の日経新聞朝刊42面


日経朝刊2013-7-30



秋にも運転再開判断
■「J-PARC」3施設

 放射性物質漏れ事故の影響で運転を停止している茨城県東海村の加速器実験施設「J-PARC」のうち、事故が起きた「ハドロン実験施設」を除く3施設に関し、今秋にも運転再開の可否を判断する見通しとなったことが29日、分かった。施設を共同運営する日本原子力研究開発機構と高エネルギー加速器研究機構が進める組織見直しや地元への説明状況を、事故を検証する有識者会議が評価して判断する。

日経電子版
【秋にも運転再開判断へ 「J-PARC」3施設】(2013/7/30 2:54 配信)
http://www.nikkei.com/news/print-article/?R_FLG=0&bf=0&ng=DGXNZO57895500Q3A730C1CR8000&uah=DF_SOKUHO_0010


秋にも運転再開判断へ「J-PARC」3施設
(2013/7/30 2:54 )

 放射性物質漏れ事故の影響で運転を停止している茨城県東海村の加速器実験施設「J―PARC」のうち、事故が起きた「ハドロン実験施設」を除く3施設に関し、今秋にも運転再開の可否を判断する見通しとなったことが29日、分かった。

  施設を共同運営する日本原子力研究開発機構と高エネルギー加速器研究機構が進める組織見直しや地元への説明状況を、事故を検証する有識者会議が評価して判断する。有識者会議の作業部会が同日、ニュートリノ実験施設など3施設の設備を検証し、同様の放射性物質漏れの恐れはないと結論付けた。〔共同〕


 記事の中身は「今秋にも運転再開の可否を判断する見通しとなった」と書いてあるのに、見出しは「秋にも運転再開判断へ」とは・・・。「どうせ運転を再開すること前提の有識者会議なんだろ?」という日経編集者の皮肉が込められているのでしょうか・・・?(日経編集者が、この記事の内容のあほらしさに自覚を持っているのであれば、少しは救いがあるのですが・・・

 元々、「日本原子力研究開発機構」は、過去にトラブルを起こしたいろいろな組織が統合や改組を繰り返してできあがった組織です。
 「日本原子力研究開発機」自体は、「核燃料サイクル開発機構」と「日本原子力研究所」が統合して2005年に設立された組織ですが、「核燃料サイクル開発機構」は「動力炉・核燃料開発事業団」を改組して1998年に設立された組織ですし、「日本原子力研究所」は1985年に「日本原子力船研究開発事業団」と統合しています。さらに、「動力炉・核燃料開発事業団」は元々は「原子燃料公社」という特殊法人が母体です。
 つまり、「日本原子力研究開発機構」は、「核燃料サイクル開発機構」「日本原子力研究所」「動力炉・核燃料開発事業団」「日本原子力船研究開発事業団」「原子燃料公社」が合体した“なれの果て”と言えます。(他にまだ私が見逃している組織があったら申し訳ありません。)
 これらの組織は、私が知っている限りでも、下記のようなトラブルを起こしています。

「原子燃料公社」がらみのトラブル
・人形峠のウラン残土問題(1950年代~現在)

「日本原子力船研究開発事業団」がらみのトラブル
・原子力潜水艦「むつ」の放射能漏れ事故(1974年9月1日)

「核燃料サイクル開発機構」がらみのトラブル
・人形峠のウラン残土問題
・もんじゅ、ふげんに関する情報の隠蔽

「動力炉・核燃料開発事業団」がらみのトラブル
・もんじゅのナトリウム漏洩事故(1995年12月8日)
・もんじゅ、ふげんに関する情報の隠蔽
・東海村再処理施設アスファルト固化処理施設の火災爆発事故(1997年3月11日)
・人形峠のウラン残土問題

 おそらく、調べればまだまだ出てくることと思います。
 要は、トラブルが発覚して世間から批判を浴びるたびに、名称を変えて「組織を改革しました!もう以前のような杜撰な運営や情報の隠蔽はいたしません!」と主張してきたわけですが、結局、な~んにも変わっていないというわけです。

 以前、このブログで『できるかな』(西原理恵子・著)という漫画を紹介したことがありますが、この漫画は、もんじゅのナトリウム漏洩事故の際に、旧動燃がどれほど世間からの信頼を失墜していたかが分かる、貴重な記録となっています。

できるかな (角川文庫)
できるかな (角川文庫) [文庫]

 この漫画では、西原先生が旧動燃から原発に関するレクチャーを受けているシーンがあるのですが、そのレクチャーの内容がものすごいインチキっぷりで、旧動燃が一般人向けのレクチャーでデマ情報を教えていたことが分かります。(西原先生自身は、そのレクチャーがインチキであることには気づいていませんが。)

できるかな

 旧動燃のレクチャーでは、西原先生は「日本やアメリカの原発は、核を丈夫なカマに入れているから事故が起きても放射能は漏れないけど、ソ連のチェルノブイリでは素ビルで核をいじっていた」との説明を受けており、おそらくこれは「原子炉格納容器」や「原子炉圧力容器」がいかに丈夫かということを強調したレクチャーだったのだと思われますが、「ソ連のチェルノブイリでは素ビルで核をいじっていた」という説明はミスリードを狙った悪質な説明です。ソ連型の原子炉には「原子炉格納容器」や「原子炉圧力容器」がないのは本当ですが、そもそもアメリカ型の原子炉とソ連型の原子炉はシステムが全く違います。「アメリカ型の原子炉には原子炉格納容器や原子炉圧力容器がついているから安全」というわけでは決してないのです。どんなに丈夫な原子炉格納容器や原子炉圧力容器があっても、冷却できなくなってしまえば意味がないことは、スリーマイルや福島第一原発の事故が証明しています。
 旧動燃のレクチャーでは、スリーマイルの事故で、溶けた核燃料が圧力容器の底でキャッチされていたことを、さも「事故を回避した」と言わんばかりの説明になっていますが、この状態は立派なメルトダウンであり、重大な事故です。しかも、スリーマイルの事故では放射性物質が漏れているので、「事故の時、放射能をもらさない」という説明は嘘です。(格納容器のおかげで、放出される放射性物質の量が減ったのは事実ですが、全ての放射性物質を防いだわけではありません。)

 アメリカ型の原子炉とソ連型の原子炉の違いについては、核科学者・久米三四郎氏の著書『科学としての反原発』に詳しく書かれていて、おすすめです。

科学としての反原発 (市民科学ブックス)
科学としての反原発 (市民科学ブックス) [単行本]


 上記の本では、人形峠のウラン残土問題で、旧原子燃料公社・旧動燃・旧核燃がいかに杜撰な対応をしてきたかも詳しく書かれています。

 人形峠のウラン残土問題に特化した本としては、『人形峠ウラン鉱害裁判』がおすすめです。

人形峠ウラン鉱害裁判―核のゴミのあと始末を求めて
人形峠ウラン鉱害裁判―核のゴミのあと始末を求めて [単行本]


 話が長くなってしまいましたが、私が言いたかったことは、「日本原子力研究開発機構」は旧組織の時代から隠蔽体質だったし、トラブルの対処も杜撰だった、ということです。日本原子力研究開発機構と高エネルギー加速器研究機構が進めると言っている「組織見直し」とやらが実施されたとしても、変わるのはせいぜい名称だけで、隠蔽体質やトラブル対処の杜撰さは変わらないでしょうね。


その19に続く)

科学技術館の『アトミックステーション ジオ・ラボ』(その4)

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その3からの続き)

 展示物の紹介は放射性廃棄物に関するものだけにするつもりでしたが、それだけだとちょっと物足りないので、ついでに原発そのものに関する展示もご紹介します。


 ↓こちらは原子炉の模型です。唯一、昔と同じコンセプトで作られている展示物です。


ジオ・ラボ7


 模型の中には水が入っていて、ボタンを押すと格子状の物(制御棒)が動いて、下の方から空気がブクブク出てきます。このブクブクは水が沸騰していることを表しているのですが、本当に沸騰しているわけではないので、原発の仕組みがよく分かっていない人は、おそらく、「なんか空気が出てきてブクブクいってるなぁ」くらいにしか思わないのではないでしょうか。

 ↓Youtubeに、古い方の模型の動く様子が分かる動画がありました。



 新しい方の模型は、模型の周辺が飾り立てられていますけど、模型そのものの構造は古い方も新しい方も変わっていません。

 古い模型の展示解説が知りたい方は、科学技術館_アトモス_展示解説.pdf←こちらの13ページと14ページをご覧下さい。

 2007年4月4日の記事でも書きましたけど、私は、この模型そのものは良くできた展示だと思っています。分かる人には、「原子力発電は熱エネルギーで蒸気を作り、タービンを回すことによって発電している」ときちんと分かりますから。

 でも、この展示を見て、放射性物質が含まれた温排水が海に捨てられていることや、原子炉内に猛烈な放射線が発生していることや、安全に処分する方法の確立されていない「使用済み核燃料」という名の高レベル放射性廃棄物が生じることを理解できる人が、いったいどれだけいるでしょうか?
  この博物館は、明らかに子供をターゲットにして作られています。この展示を見て、「原子力発電は熱エネルギーで蒸気を作り、タービンを回すことによって発電している」と理解できる子は、少数ながらいるでしょうけど、その少数の子供のうちの一体何%の子が、隠蔽されていることに気付けるでしょうか? 大人ですら何人気付けるかあやしいものです。私はたまたま原発に興味を持っていて、この博物館に初めて来た時にはある程度の予備知識がありましたけど、仮に私が全く原発に興味のない人間だったら、この模型の意味は全く分からなかったと思います。


 さて、お次はこれ。↓この黄色いモノ、一体何だと思いますか?

ジオ・ラボ8


 答えはウラン精鉱のレプリカです。ウラン鉱石を精錬すると、このように黄色の粉末となるため、イエローケーキと呼ばれています。

 ↓こちらはウラン鉱石のレプリカです。自然界ではウランはこんな状態なわけですね。

 ジオ・ラボ9

 「アトミック・ステーション ジオ・ラボ」は原発推進を目的としている展示室ですから、イケローケーキの解説には、ウランの採掘の危険性なんてもちろん書かれていません。

ジオ・ラボ8(ウランをとりだす)

 ↑ウーラくんの解説はご覧の通りです。ウランの採掘の際に作業員が被曝することや、採掘跡が汚染されることなんて、まったく書かれていません。
 日本では岡山県の人形峠でウランの採掘が行われていたことは、7月5日の記事で書きました。人形峠のウラン採掘で生じた残土の放射能汚染は、現在も問題になっています。


 イエローケーキといえば、↓こんな映画があります。残念ながら私はまだ観ていませんが、いつか観てみたいと思っています。



↑映画『イエロー・ケーキの真実~脱原発を決意したドイツから』予告



↑映画『イエロー・ケーキの真実~脱原発を決意したドイツから』ダイジェスト版


 ↑ヨアヒム・チルナー監督のインタビュー


その5に続く)

高野寛『人形峠で見た少年』

ブログネタ
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 前回の記事からの続きです。
 高野氏が過去に作った核に関連する曲のうちの一つは2ndアルバム『RING』に収録されている『アトムの夢』ですが、もう一つは3rdアルバム『CUE』に収録されている『人形峠で見た少年』です。私はこの曲で初めて「人形峠」という地名を知りました。


 この曲はYoutubeにはなかったのですが、下記のサイトでなら聴けます。

http://www.woopie.jp/video/watch/a704371ae8addfa1(Woopie)

 ↓歌詞はこちらで確認できます。

http://petitlyrics.com/kashi/40309/(PetitLyrics)

 
 ↓『CUE』のブックレットの『人形峠で見た少年』のページに書かれている注釈

※人形峠:岡山県に実在する峠の名前。1950~60年代にはウラン鉱石の採掘場やウラン精錬工場があり、その残土は今も高い放射能を出し続けているらしい


 この注釈を読むまで、私は日本でウランが採掘されていたなんて全く知りませんでした。しかも、場所は岡山県。この曲を知るまで、私は岡山に原発のイメージは全く持っていなかったので、驚きました。

 Youtubeには、かつて岡山の映画館で上映されたという人形峠に関するニュースの映像(『岡山ニュース』)がアップされています。画像は白黒ですが、BGMの雰囲気がとても明るくて、かつては原子力が夢のエネルギーであったことを感じさせます。


 


 
Wikipediaの「人形峠」のページの「人形峠鉱山」の解説


鳥取県側には1955年に発見されたウラン鉱床がある。一時はウラン濃縮原型プラントも建設され、盛んに国産資源活用の道も探られた。しかし、品質が低く採算に合わないため、採掘は中止。2001年にはウラン濃縮原型プラントも閉鎖。閉山までに採掘された鉱石は約9万トンで、濃縮され取り出されたウランは84トンであった。それらは燃料に加工され純国産燃料として1979年(昭和54年)の出荷を手始めに日本各地に出荷され、主に原子力発電の燃料や実験などに利用された。現在は日本原子力研究開発機構人形峠環境技術センターが開設され、研究が行われている。

人形峠のウラン探鉱活動で生じた残土は、2008年4月から日本原子力研究開発機構によってレンガに加工され、2010年12月13日までに約145万個が製造された。一般向けには「人形峠製レンガ」として販売している。このレンガにはごく微量のウランが含まれているが、レンガの放射線量は平均0.22μSv/hで花崗岩と同じ程度のため安全としており、現在までに各地で花壇や歩道の整備などに使われている。




 レンガの放射線量が平均0.22μSv/hもあるのに、「花崗岩と同じ程度のため安全」として「現在までに各地で花壇や歩道の整備などに使われている」んだそうで…。要するにこれって放射能のスソ切り(クリアランス)ってことですよね…。「混ぜて薄めて放射能を拡散」ってやつです。(クリアランスについては2011年5月16日の記事参照)

 花崗岩の放射線がどういうものなのか気になったので調べてみたら、日本地質学会のサイト(http://www.geosociety.jp/)に「花崗岩類からの放射線量」というコラムがありました。
 そのコラムによると、

ある種の花崗岩類がγ線を多く出すことは、1955年からの日本のウラン調査でジープに放射線測定装置を積んだカーボーン調査、地質家がガイガー・シンチレーション カウンターなどを持ち歩き測定する“マンボーン”調査などにより直ちに明らかにされた。

 …と書かれており、この文章のニュアンスから、世の中の全ての花崗岩から放射線がたくさん出ているわけではないということが分かります。残念ながらこのコラムには花崗岩のγ線の放射線量が書かれていないのですが、
 
このように私達が浴びる放射線量は地質、岩石の種類によって数倍以上は簡単に異なる。岩石名は主成分によって付けられるから、岩石名がわかっても詳しく調べなければ放射線量の多少はわからない。

 …と書かれており、花崗岩から発せられるγ線の量はかなり幅いということが示されています。「人形峠の残土で加工したレンガの放射線量は平均0.22μSv/hで花崗岩と同じ程度だから安全」という日本原子力研究開発機構の主張は、あまりに雑なような気がしてなりません。そんなにウラン残土入りのレンガが安全であるなら、日本原子力研究開発機構の役員の家の敷地に敷き詰めてほしいものです。(特に鈴木篤之氏。)


 話を『人形峠で見た少年』に戻しますが、私は、この曲は「未来の人々にとっての昔話(あるいは神話)」と解釈しました。
 日本人が何世代交代しても、人形峠のウラン残土の危険性は無くなりません。過去の記憶が薄れたり、記録が失われたりした場合、民族に残るのは「昔話(あるいは神話)」です。人間は都合の悪いことは「無かったこと」にしたがりますが、それは自らの身に「破滅」を呼び込むことになります。高野氏は、「日本人が何世代交代しても決して忘れてはいけないこと」を「昔話(あるいは神話)」のイメージにして『人形峠で見た少年』を作曲したのではではないか…と私は想像しました。(あくまで私個人の勝手な想像です。)


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