2011/02/08
妄想小説1(梨沙子×あなた)
昔、GREEのほうで書いたものを再掲載します。
菅谷梨沙子ちゃんがあなたの妹だったら、という視点で読んでください。
はっ、はっ、はっ、はっ……。
全力で走る。
はあっ、はあっ……。
やたら息が切れるのが早い。
「やっぱり運動しないとだめだな……」
しょうもない独り言をつぶやきながら、さらに走る。
そんな俺を、すれ違う人は皆怪訝そうな顔をして見ていく。
そりゃそうだ。
俺が走っているのは、学校の廊下。
避難訓練の時ですら『走らないように』といわれる場所だ。
でも今は、そんなこと構っちゃいられない。
一刻を争うんだ。
2階から1階へ降り、正面玄関を突っ切って、校舎の東棟へ。
この一番奥。
あーもう、なんでこんなに遠いんだよ!
一旦立ち止まり、呼吸を整え、気合いを入れなおしてまた走り出す。
途中、生活指導の先生とすれ違った気がしたが、知ったこっちゃない。
後で事情を説明すれば許してくれるだろう。
「……やっぱり遠いわ、ここ」
やっと着いた。
息も絶え絶えな俺がたどり着いたのは――保健室。
梨沙子が、部活動の最中に倒れた、と連絡があったのだ。
もともと、ぜんそく持ちで気管支の弱い梨沙子。
だけどそれを強くしたいから、と自分の意志で吹奏楽部に入部。
頑固だから、反対しても聞かないだろうと思ったけど(実際聞く耳持ってもらえなかった)、
あいつのことだから、無理をするんじゃないかと心配はしてたんだ。
あまりひどい発作だと命にかかわるから、急いで病院に連れていかないと……。
だから、ここまで全速力で来たんだ。
ドアノブを握る手に自然と力が入る。
「梨沙子!」
覚悟を決めて、俺は保健室のドアを開けた。
「あ、来たよお兄さん」
「お、お兄ちゃん!?」
――?
保健室には、予想だにしなかった光景があった。
ベッドの上で、目をまん丸くしている梨沙子と、
その傍らで、椅子に腰かけて俺を見てほほ笑んでいる女の子。
その笑みは端的に言うならば「しめしめ」といった所だろうか。
わざとらしい笑みで、俺と梨沙子を交互に見つめている。
――!!
俺は、すべてを悟った。
「……愛理ちゃん?」
俺は、その女の子の名を若干の怒りをこめて呼んだ。
彼女は鈴木愛理といい、梨沙子の大の親友である。
また、同じ吹奏楽部に所属していて、何かと面倒を見てくれている、のだが……。
「どういうことかな、愛理ちゃん?」
「どういうこと、愛理!」
俺と梨沙子が一斉に食って掛かる。
愛理ちゃんはしたり顔のまま答える。
「どうって、梨沙子が倒れたからお兄さんに連絡した、それだけですけどぉ」
「『けどぉ』じゃないよ!すごい深刻そうな声で電話してきて!」
そうなのだ。
愛理ちゃんからの電話はものすごく慌てた風で、本当に重病じゃないかと思ったんだ。
なのに、実際はこうだ。
梨沙子は発作を起こしているわけじゃないし、いたって普通の様子である。
「お兄ちゃんには連絡しなくていい、って言ったじゃん!」
今度は梨沙子が愛理ちゃんを問い詰める。
「でも、梨沙子が倒れたのは事実だし、あたしも部活に戻らないといけないし……だったら、ねぇ」
そこで満面の笑みで俺を見られても。
「じゃ、そういうことで。あたし、部活に戻るから」
そう言い残すと、愛理ちゃんはそそくさと保健室を出て行った。
去り際に、いたずらっぽい笑顔で手を振りながら。
はぁ。なんだかなぁ。
要するに、兄妹そろって弄ばれたわけね、結局。
「……愛理のバカ」
梨沙子はそうつぶやくと、布団を頭からかぶってしまった。
……倒れたのは本当なんだよな(信用していいのかどうか悩むところだけど)。
でも、梨沙子の状態を見る限り、ちょっとだるそうだったけど、
顔色はそんなに悪くなかったし、倒れるほどでもないような気がする。
俺は、空いた椅子に座り、梨沙子に聞いてみることにした。
「倒れた、ってのは本当なんだな?」
「……うん」
布団の中から、蚊の鳴くような声がする。
「ぜんそくじゃないんだろ?」
「……うん」
「じゃあ、何?」
「……」
答えが返ってこない。
「梨沙子」
「……」
「黙ってちゃわかんないだろ」
「……」
「何があったんだよ」
相変わらずだんまりを決め込んでいる。
「おーい」
「……」
「……梨沙子?」
だんだん腹立ってきたぞ。
兄貴がこんなに心配してるってのに。
「何を隠してるんだ?」
「……」
こいつは。
こうなったら、力づくで聞くしかないか。
「いい加減に――」
いよいよ布団を無理やりはがそうとした時、梨沙子の顔が上半分だけぴょこっと出てきた。
「あのね……」
そう言った梨沙子の顔は、なぜか少し赤くなっている。
視線もなんだか落ち着かない。
「聞いても笑わないでね」
梨沙子は真顔で(目だけだからわかんないけど)言う。
どういうことなのか、さっぱりわからない。
倒れる理由に笑いの要素なんか入る余地があるのか。
「笑うわけないだろ」
「ほんとに?」
「本当に」
「絶対だよ?」
「わかったわかった」
ものすごい念のおされよう。
ここまで言われると、原因が何なのか変にわくわくしてしまう。
「じゃあ、言うよ?」
「うん」
梨沙子の声が小さくなる。
反射的に、俺は耳を梨沙子の顔に近づけた。
「――、だって」
え?
あまりにも声が小さすぎて、全然聞こえなかった。
「何?聞こえないよ」
俺はさらに耳を梨沙子に近づける。
梨沙子は、一度大きくため息をついてから、覚悟を決めたように布団から顔を全部出して、
「お腹の減りすぎ、だって!!」
と、保健室中に響く声で叫ぶと、また布団をすっぽりとかぶってしまった。
耳が痛いよ、もう。
それにしても……お腹の、減りすぎ?
要は、空腹すぎて立ちくらみがした、ってことか?
「ぷっ」
俺は慌てて両手で口をふさいだが、一瞬早く口から笑いが漏れてしまった。
「もうっ、笑わないって言ったのに」
布団の中から、梨沙子の拗ねたような声が聞こえた。
ばれたらしょうがない。
俺はしばし思いっきり笑ってやった。
これは、笑うなって言う方が無理だろ。
アニメの食いしん坊キャラじゃないんだから。
あ。
そういえば。
ひとしきり笑った後、昨日から梨沙子が朝食を食べていないことに気がついた。
「3食食べないと死んじゃう~」なんて言ってたやつが、朝食を抜くなんて、妙だと思ってはいたんだけど。
まさか、昼も抜いてたのか?
「なんで、そんなになるまで食べてないんだ?」
布団が丸まって、蚕(かいこ)のようになっている梨沙子に聞いてみる。
蚕はもぞもぞと起きだし、ベッドの上にちょこんと座りなおした。
「……ダイエット、しようと思って」
お。
梨沙子の口から、初めて「ダイエット」という単語を聞いた。
「こないだ、健康診断あったでしょ?」
「うん」
「その時に、去年より体重増えてて、初めて50kg台になったの」
梨沙子は眉をハの字に下げ、泣き出しそうな顔をしている。
50kg……身長から考えたら、全然太った部類に入らないし。
「だからがんばって痩せないと、と思って、断食してたんだけど……」
断食ねぇ。
梨沙子いわく、一番お金がかからないダイエット法だったから、ということらしい。
で、結果、2日目で立ちくらみ。はぁ。
「バカだなぁ」
俺は、梨沙子の頭をぽんと叩いてやった。
「梨沙子には断食なんて無理だよ」
「なんで!?」
「食べることが何よりも好きなやつが、食べるのをやめるなんて無理に決まってんだろ。
カラオケ好きからマイクを取り上げるようなもんだ」
「……例えがよくわかんないけど」
あれ。冷静に突っ込まれてしまった。
我ながらいい例えだと思ったんだけど。
「でも、お兄ちゃんの言うとおりかも」
梨沙子はそう言うと、俺の向かいにくるようにベッドの端に座りなおす。
「どうせダイエットするなら、健康的な方がいいもんね」
そうそう。それが一番。
「だ・か・ら」
そう言いながら、梨沙子が不意に顔をぐっと近づけてくる。
な、なんだ?
「ジョギングしよ。お兄ちゃんも一緒に」
「ああ、ジョギングはいいかも……って、俺も?」
「うんっ」
予想外の展開。
なんだって俺まで。
「だって、お兄ちゃん保健室に入って来たとき、ゼーゼー言ってたよ。
運動不足なんじゃない?」
ギク。
なんでそんな所に気がつく。
「ねえ、いいでしょ?一緒に走ろ?」
梨沙子は俺の手を取ると、上下にぶんぶんと振りながら俺の顔を見上げてくる。
断る理由は……ないよな。
運動不足はさっき自覚したし、俺が一緒に走れば今回みたいなこともないし。
「わかった。走るよ」
「ほんと!?」
俺が答えると、梨沙子は飛び上がらんばかりに喜んだ。
「ひとりで走るの心細かったんだぁ」
梨沙子の本心はこの辺にありそうだが、まあいいや。
「じゃあ、明日からは早起きだな」
「ええっ!?」
梨沙子の表情が一瞬にして曇った。
「そりゃそうだろ。夕方は梨沙子が部活あるし。やるとしたら朝しかないよ」
「早起き……無理だよぉ……」
「大丈夫。毎朝バッチリ起こしてやるから」
「大丈夫かなぁ」
「あのなぁ、俺は入学以来無遅刻だぞ。どっかの寝ぼすけとは違うの」
「寝ぼすけじゃないもん」
「どうだか」
他愛もないやり取り。
保健室であることを忘れてしまいそうである。
「じゃあ帰ろうか」
「うん――あ」
そう言って、梨沙子が靴を履こうとした手をとめた。
ん?
「あ、あのね……」
梨沙子は、ゆっくりと靴を履きなおしながら、俺に向きなおる。
「ごめんねお兄ちゃん。心配かけて」
そう言うと、恥ずかしそうにうつむく。
いまさら何を謝ってるんだか。
だけど、梨沙子らしいといえばらしいかも。
いじらしいやつだなぁ、もう。
「気にしなくていいよ」
また梨沙子の頭をぽんぽんと叩いてやる。
「うん。あ、あと、あとね」
俺が手を離すと、梨沙子はもう一度俺を見上げて。
「……来てくれて、ありがと」
今度は耳まで真っ赤にしながら。
「ちょっと、嬉しかった」
言われたこっちも恥ずかしくなってしまう。
そんなに恥ずかしいなら言わなきゃいいのに、とも思ったけど、
言わなきゃ言わないで引っかかるんだろう。
我が妹ながら、いいしつけしたなぁ。
ほんと、愛すべき妹だ。
「どういたしまして。兄として当然のことをしたまで」
「うん!」
俺が答えると、梨沙子は満足げに笑った。
「時間も時間だし、何か食べて帰るか?」
俺は梨沙子に聞いてみた。間違いなく空腹のはずだ。立ちくらみするほど食べてないんだし。
「え?でも、ダイエット……」
「その分、明日走ればいいんだろ」
成功しないダイエットの典型だな、これは。
「そうだよね。うん、食べて帰る」
……本当にダメかも。
自分で言っておいてなんだけど。
「お兄ちゃん、ラーメン食べて帰ろうよ」
梨沙子が俺の腕にじゃれつきながら言う。
ラーメンとはまたハイカロリーな。
「ラーメンはこの間食べたろ?」
「あれは醤油でしょ?今日は味噌が食べたいの。
近所に札幌ラーメンのおいしいお店ができたんだって。ね、行こうよ」
「はいはい。わかったわかった」
……本当に痩せる気あんのか、こいつは。
俺はそんなことを思いながら、梨沙子と二人で保健室を後にした。
菅谷梨沙子ちゃんがあなたの妹だったら、という視点で読んでください。
はっ、はっ、はっ、はっ……。
全力で走る。
はあっ、はあっ……。
やたら息が切れるのが早い。
「やっぱり運動しないとだめだな……」
しょうもない独り言をつぶやきながら、さらに走る。
そんな俺を、すれ違う人は皆怪訝そうな顔をして見ていく。
そりゃそうだ。
俺が走っているのは、学校の廊下。
避難訓練の時ですら『走らないように』といわれる場所だ。
でも今は、そんなこと構っちゃいられない。
一刻を争うんだ。
2階から1階へ降り、正面玄関を突っ切って、校舎の東棟へ。
この一番奥。
あーもう、なんでこんなに遠いんだよ!
一旦立ち止まり、呼吸を整え、気合いを入れなおしてまた走り出す。
途中、生活指導の先生とすれ違った気がしたが、知ったこっちゃない。
後で事情を説明すれば許してくれるだろう。
「……やっぱり遠いわ、ここ」
やっと着いた。
息も絶え絶えな俺がたどり着いたのは――保健室。
梨沙子が、部活動の最中に倒れた、と連絡があったのだ。
もともと、ぜんそく持ちで気管支の弱い梨沙子。
だけどそれを強くしたいから、と自分の意志で吹奏楽部に入部。
頑固だから、反対しても聞かないだろうと思ったけど(実際聞く耳持ってもらえなかった)、
あいつのことだから、無理をするんじゃないかと心配はしてたんだ。
あまりひどい発作だと命にかかわるから、急いで病院に連れていかないと……。
だから、ここまで全速力で来たんだ。
ドアノブを握る手に自然と力が入る。
「梨沙子!」
覚悟を決めて、俺は保健室のドアを開けた。
「あ、来たよお兄さん」
「お、お兄ちゃん!?」
――?
保健室には、予想だにしなかった光景があった。
ベッドの上で、目をまん丸くしている梨沙子と、
その傍らで、椅子に腰かけて俺を見てほほ笑んでいる女の子。
その笑みは端的に言うならば「しめしめ」といった所だろうか。
わざとらしい笑みで、俺と梨沙子を交互に見つめている。
――!!
俺は、すべてを悟った。
「……愛理ちゃん?」
俺は、その女の子の名を若干の怒りをこめて呼んだ。
彼女は鈴木愛理といい、梨沙子の大の親友である。
また、同じ吹奏楽部に所属していて、何かと面倒を見てくれている、のだが……。
「どういうことかな、愛理ちゃん?」
「どういうこと、愛理!」
俺と梨沙子が一斉に食って掛かる。
愛理ちゃんはしたり顔のまま答える。
「どうって、梨沙子が倒れたからお兄さんに連絡した、それだけですけどぉ」
「『けどぉ』じゃないよ!すごい深刻そうな声で電話してきて!」
そうなのだ。
愛理ちゃんからの電話はものすごく慌てた風で、本当に重病じゃないかと思ったんだ。
なのに、実際はこうだ。
梨沙子は発作を起こしているわけじゃないし、いたって普通の様子である。
「お兄ちゃんには連絡しなくていい、って言ったじゃん!」
今度は梨沙子が愛理ちゃんを問い詰める。
「でも、梨沙子が倒れたのは事実だし、あたしも部活に戻らないといけないし……だったら、ねぇ」
そこで満面の笑みで俺を見られても。
「じゃ、そういうことで。あたし、部活に戻るから」
そう言い残すと、愛理ちゃんはそそくさと保健室を出て行った。
去り際に、いたずらっぽい笑顔で手を振りながら。
はぁ。なんだかなぁ。
要するに、兄妹そろって弄ばれたわけね、結局。
「……愛理のバカ」
梨沙子はそうつぶやくと、布団を頭からかぶってしまった。
……倒れたのは本当なんだよな(信用していいのかどうか悩むところだけど)。
でも、梨沙子の状態を見る限り、ちょっとだるそうだったけど、
顔色はそんなに悪くなかったし、倒れるほどでもないような気がする。
俺は、空いた椅子に座り、梨沙子に聞いてみることにした。
「倒れた、ってのは本当なんだな?」
「……うん」
布団の中から、蚊の鳴くような声がする。
「ぜんそくじゃないんだろ?」
「……うん」
「じゃあ、何?」
「……」
答えが返ってこない。
「梨沙子」
「……」
「黙ってちゃわかんないだろ」
「……」
「何があったんだよ」
相変わらずだんまりを決め込んでいる。
「おーい」
「……」
「……梨沙子?」
だんだん腹立ってきたぞ。
兄貴がこんなに心配してるってのに。
「何を隠してるんだ?」
「……」
こいつは。
こうなったら、力づくで聞くしかないか。
「いい加減に――」
いよいよ布団を無理やりはがそうとした時、梨沙子の顔が上半分だけぴょこっと出てきた。
「あのね……」
そう言った梨沙子の顔は、なぜか少し赤くなっている。
視線もなんだか落ち着かない。
「聞いても笑わないでね」
梨沙子は真顔で(目だけだからわかんないけど)言う。
どういうことなのか、さっぱりわからない。
倒れる理由に笑いの要素なんか入る余地があるのか。
「笑うわけないだろ」
「ほんとに?」
「本当に」
「絶対だよ?」
「わかったわかった」
ものすごい念のおされよう。
ここまで言われると、原因が何なのか変にわくわくしてしまう。
「じゃあ、言うよ?」
「うん」
梨沙子の声が小さくなる。
反射的に、俺は耳を梨沙子の顔に近づけた。
「――、だって」
え?
あまりにも声が小さすぎて、全然聞こえなかった。
「何?聞こえないよ」
俺はさらに耳を梨沙子に近づける。
梨沙子は、一度大きくため息をついてから、覚悟を決めたように布団から顔を全部出して、
「お腹の減りすぎ、だって!!」
と、保健室中に響く声で叫ぶと、また布団をすっぽりとかぶってしまった。
耳が痛いよ、もう。
それにしても……お腹の、減りすぎ?
要は、空腹すぎて立ちくらみがした、ってことか?
「ぷっ」
俺は慌てて両手で口をふさいだが、一瞬早く口から笑いが漏れてしまった。
「もうっ、笑わないって言ったのに」
布団の中から、梨沙子の拗ねたような声が聞こえた。
ばれたらしょうがない。
俺はしばし思いっきり笑ってやった。
これは、笑うなって言う方が無理だろ。
アニメの食いしん坊キャラじゃないんだから。
あ。
そういえば。
ひとしきり笑った後、昨日から梨沙子が朝食を食べていないことに気がついた。
「3食食べないと死んじゃう~」なんて言ってたやつが、朝食を抜くなんて、妙だと思ってはいたんだけど。
まさか、昼も抜いてたのか?
「なんで、そんなになるまで食べてないんだ?」
布団が丸まって、蚕(かいこ)のようになっている梨沙子に聞いてみる。
蚕はもぞもぞと起きだし、ベッドの上にちょこんと座りなおした。
「……ダイエット、しようと思って」
お。
梨沙子の口から、初めて「ダイエット」という単語を聞いた。
「こないだ、健康診断あったでしょ?」
「うん」
「その時に、去年より体重増えてて、初めて50kg台になったの」
梨沙子は眉をハの字に下げ、泣き出しそうな顔をしている。
50kg……身長から考えたら、全然太った部類に入らないし。
「だからがんばって痩せないと、と思って、断食してたんだけど……」
断食ねぇ。
梨沙子いわく、一番お金がかからないダイエット法だったから、ということらしい。
で、結果、2日目で立ちくらみ。はぁ。
「バカだなぁ」
俺は、梨沙子の頭をぽんと叩いてやった。
「梨沙子には断食なんて無理だよ」
「なんで!?」
「食べることが何よりも好きなやつが、食べるのをやめるなんて無理に決まってんだろ。
カラオケ好きからマイクを取り上げるようなもんだ」
「……例えがよくわかんないけど」
あれ。冷静に突っ込まれてしまった。
我ながらいい例えだと思ったんだけど。
「でも、お兄ちゃんの言うとおりかも」
梨沙子はそう言うと、俺の向かいにくるようにベッドの端に座りなおす。
「どうせダイエットするなら、健康的な方がいいもんね」
そうそう。それが一番。
「だ・か・ら」
そう言いながら、梨沙子が不意に顔をぐっと近づけてくる。
な、なんだ?
「ジョギングしよ。お兄ちゃんも一緒に」
「ああ、ジョギングはいいかも……って、俺も?」
「うんっ」
予想外の展開。
なんだって俺まで。
「だって、お兄ちゃん保健室に入って来たとき、ゼーゼー言ってたよ。
運動不足なんじゃない?」
ギク。
なんでそんな所に気がつく。
「ねえ、いいでしょ?一緒に走ろ?」
梨沙子は俺の手を取ると、上下にぶんぶんと振りながら俺の顔を見上げてくる。
断る理由は……ないよな。
運動不足はさっき自覚したし、俺が一緒に走れば今回みたいなこともないし。
「わかった。走るよ」
「ほんと!?」
俺が答えると、梨沙子は飛び上がらんばかりに喜んだ。
「ひとりで走るの心細かったんだぁ」
梨沙子の本心はこの辺にありそうだが、まあいいや。
「じゃあ、明日からは早起きだな」
「ええっ!?」
梨沙子の表情が一瞬にして曇った。
「そりゃそうだろ。夕方は梨沙子が部活あるし。やるとしたら朝しかないよ」
「早起き……無理だよぉ……」
「大丈夫。毎朝バッチリ起こしてやるから」
「大丈夫かなぁ」
「あのなぁ、俺は入学以来無遅刻だぞ。どっかの寝ぼすけとは違うの」
「寝ぼすけじゃないもん」
「どうだか」
他愛もないやり取り。
保健室であることを忘れてしまいそうである。
「じゃあ帰ろうか」
「うん――あ」
そう言って、梨沙子が靴を履こうとした手をとめた。
ん?
「あ、あのね……」
梨沙子は、ゆっくりと靴を履きなおしながら、俺に向きなおる。
「ごめんねお兄ちゃん。心配かけて」
そう言うと、恥ずかしそうにうつむく。
いまさら何を謝ってるんだか。
だけど、梨沙子らしいといえばらしいかも。
いじらしいやつだなぁ、もう。
「気にしなくていいよ」
また梨沙子の頭をぽんぽんと叩いてやる。
「うん。あ、あと、あとね」
俺が手を離すと、梨沙子はもう一度俺を見上げて。
「……来てくれて、ありがと」
今度は耳まで真っ赤にしながら。
「ちょっと、嬉しかった」
言われたこっちも恥ずかしくなってしまう。
そんなに恥ずかしいなら言わなきゃいいのに、とも思ったけど、
言わなきゃ言わないで引っかかるんだろう。
我が妹ながら、いいしつけしたなぁ。
ほんと、愛すべき妹だ。
「どういたしまして。兄として当然のことをしたまで」
「うん!」
俺が答えると、梨沙子は満足げに笑った。
「時間も時間だし、何か食べて帰るか?」
俺は梨沙子に聞いてみた。間違いなく空腹のはずだ。立ちくらみするほど食べてないんだし。
「え?でも、ダイエット……」
「その分、明日走ればいいんだろ」
成功しないダイエットの典型だな、これは。
「そうだよね。うん、食べて帰る」
……本当にダメかも。
自分で言っておいてなんだけど。
「お兄ちゃん、ラーメン食べて帰ろうよ」
梨沙子が俺の腕にじゃれつきながら言う。
ラーメンとはまたハイカロリーな。
「ラーメンはこの間食べたろ?」
「あれは醤油でしょ?今日は味噌が食べたいの。
近所に札幌ラーメンのおいしいお店ができたんだって。ね、行こうよ」
「はいはい。わかったわかった」
……本当に痩せる気あんのか、こいつは。
俺はそんなことを思いながら、梨沙子と二人で保健室を後にした。
