Call me.(はーちぇる)その手のぬくもりを

2017/10/22

笑顔の約束(いしどぅー)



いやー、今日も動いた動いた。
ダンスリハは疲れるけど、やっぱ体動かすのって楽しい。


ツアーのダンスリハと並行して、
武道館用の曲もリハーサルが始まった。

いよいよだなぁ。

武道館、しっかりやらないとな。



ハルは、飲み物を出そうと自分のバッグを探る。

「あれ」

ないや。
水があったと思ったんだけど。


しゃーない、買ってくるか。

ここ、スタジオから販売機までちょっと遠いから、
買いに行くの面倒なんだよな。


スタジオを出て、販売機までの廊下を歩く。

なんだろう、すごく静か。
自分の靴音がやけに響いてる気がする。

他のメンバーもいるはずなんだけど、こっちに来てないのかな。


「……っ」

その時、何か音がした。
誰かの声みたいだったけど、なんだ?


ハルは、声のした方へゆっくりと近づいてみる。


販売機の手前の曲がり角。
声はここを曲がったとこから聞こえた。

ここ曲がっても「関係者以外立入禁止」の部屋しかなかった気がするんだけど。


「うっ……ふっ……」


角を曲がろうとした足が止まった。



誰かが、泣いてる。


ハルは、壁に体を寄せ、こっそりと曲がり角の先を覗いてみた。



廊下にひとつ、置かれたベンチ。

その上に膝を抱え込むようにして座っていて。

その膝に顔をうずめて、声が漏れないようにしていて。

それでも、嗚咽がここまで聞こえていて。

両肩を震わせていて。



顔は見えていないけど、わかる。

泣いていたのは、あゆみん。



あゆみんが涙ぐんでるのは見たことあるけど、
あそこまで本気で泣いている姿は見たことがない。

何があったんだろう。


普段のハルなら、すぐに駆け寄って声をかけるんだけど、
何故か足が動かない。

普段とは違うあゆみんの姿が衝撃的すぎて、
何をしたらいいのか、わからなくなってしまった。


なんで、あんな泣いてるの?

どこかケガした?誰かにひどいこと言われた?


頭の中でぐるぐると考えが巡りっぱなし。




「あゆみん」


え。


ハルは無意識に名前をつぶやいていた。


ハルの声が聞こえたのか、
あゆみんの体がピクッと動いた。



——やべっ、こっち見られる。


ハルは、その場を早足で離れた。




「なんで逃げる必要あったんだよ」

販売機の前で、ミネラルウォーターを一気飲みしてひとりごちた。

なんで逃げちゃったんだろ。


なんだか、見ちゃいけないものをみたような気がしちゃったんだよなぁ。

あゆみんのあんな姿、
これまでハルたちに見せたことなかったし。


休憩時間終わって戻んなきゃいけないのに、
顔合わせづらいなぁ。

「あー、もうっ」

ハルは乱暴に自分の頭をかいた。



「どぅー」

飲み干したミネラルウォーターのボトルを
ゴミ箱に捨てようとした時だった。

背後から、ハルを呼ぶ声。


あゆみんの声。


「動かないで」

振り向こうとしたハルを、あゆみんが制する。


「こっち向いちゃダメ」

あゆみんの声は、さっきより近くなっていた。


ふと、背中に温かいものが触れた。

それと同時にあゆみんの細い腕がハルの腰に巻きつく。


「ねえ、さっきの見てた?」

あゆみんがハルに聞く。

ハルの背中にあゆみんの吐息の熱が伝わる。


「なんのこと?」

バレバレだとは思うけど、ハルはとぼけてみる。


「ごまかさないで」

「……見ちゃった」

あゆみんに強い調子で言われ、ハルは正直に白状した。


「そっかぁ。見られちゃったかぁ」

あゆみんは、わざとらしく大きな声を出した。


「どぅーだけには見られたくなかった」

あゆみんの両腕にぐっと力が入る。


「今日、武道館用の曲のリハしたじゃない?」

「……うん」

「それで、『どぅー卒業するんだなぁ』って実感しちゃってさ」

「………うん」

「そしたら……我慢できなくなっちゃって……」


あゆみんの声は震えていた。


ハルは、自分の腰にあるあゆみんの腕にそっと自分の手を重ねる。


「少し、このままでいさせて……?」

震える声でハルに聞いてくる。
ハルはそれには答えず、あゆみんの腕を軽く撫でた。

ハルを抱きしめる力がまた強くなる。


背中に感じるのは、あゆみんの不規則な息づかい。
声は押し殺しているのか、ハルには聞こえてこない。

体全体が小刻みに揺れているのが、ハルの体にも伝わる。


ハルは、黙ってあゆみんの腕をさすり続けていた。

かける言葉を探しながら。

中二っぽいフレーズならぽんぽん出てくるのに、
こういう時にどういう言葉をかけてあげたらいいのか。

いろんな言葉が頭の中で浮かんでは消える。


「……ごめんね……」

あゆみんが、やっと聞こえるくらいの声でつぶやく。


胸をぎゅっとつかまれたような気がした。

なんで謝るのさ。
あゆみんは悪くないじゃん。

泣いてるのは、ハルのせい、なんだから。


「よしっ」

あゆみんが、今度は強い口調でつぶやいた。

同時に、あゆみんの腕もハルから離れる。


「あたしね、決めたことがあって」

あゆみんが、ハルの背中に語りかける。

「絶対に、どぅーを笑顔で送り出してやろうって」

あゆみんの両手が、ハルの背中に触れる。

「どぅーがボロボロに泣いてても、
 絶対にあたしは笑顔でいてやろうって、そう決めたの」

その手が、ハルのシャツを掴む。


「だからね」

シャツが引っ張られる。

次の瞬間。

ハルの体は、あゆみんによって回れ右をさせられた。



「もう大丈夫」

そこには、笑顔のあゆみんがいた。
いつもハルにくれる優しい笑み。



目、真っ赤じゃんか……。



「わかった」

ハルはそう言って、あゆみんの頭をわしゃわしゃと撫でた。

あゆみんが今度はくすぐったそうに笑う。


「なんだよぉ、年下のくせにかっこつけちゃってー」

あゆみんが背伸びしながら、ハルの頭を撫で返す。


ふたりで頭を撫で合いあがら、笑い合う。




わかったよ、あゆみん。

当日、楽しみにしてるね。





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sarishin at 18:22│Comments(0)モーニング編 

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