2017年03月21日

「最高の人生のはじめ方」生きていれば⭐️⭐️⭐️(⭐️)

最高の人生のはじめ方 [DVD]
モーガン・フリーマン
アメイジングD.C.
2013-03-06


監督ロブ・ライナー
脚本ガイ・トーマス
製作ロブ・ライナー
アラン・グライスマン
ロリー・マクレアリー英語版
デヴィッド・ヴァルデス英語版
サリー・ニューマン
製作総指揮マーティン・シェイファー
リズ・グロッツァー
ジャレッド・イアン・ゴールドマン
出演者モーガン・フリーマン
ヴァージニア・マドセン
エマ・ファーマン英語版
マデリン・キャロル
キーナン・トンプソン英語版
ケヴィン・ポラック
フレッド・ウィラード
音楽マーク・シャイマン
撮影リード・モラーノ
編集ドリアン・ハリス
製作会社キャッスル・ロック・エンターテインメント
リヴェレーションズ・エンターテインメント英語版
サマー・マジック
ファイアブランド
配給アメリカ合衆国の旗 マグノリア・ピクチャーズ
公開アメリカ合衆国の旗 2012年7月6日
上映時間109分
製作国アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
言語英語
興行収入$102,388[1]

yahoo .映画レビュー 3.8
2017/3/21時点

私の総合評価 ⭐️⭐️⭐️(⭐️)
脚本 ⭐️⭐️⭐️⭐️
配役 ⭐️⭐️⭐️
演出 ⭐️⭐️⭐️
映像 ⭐️⭐️⭐️
音楽 ⭐️⭐️⭐️⭐️


最高の人生の始め方は、モーガン・フリーマンが珍しくも主演の映画です。

The magic of Belle Isleが原題ですが、「最高の人生の見つけ方」という大ヒット作に因んだ邦題がついついます。監督とモーガン・フリーマンでタッグを組んだようですが、興行収入はふるわず日本未公開となった作品です。

そんな作品ではありますが、モーガン・フリーマン演じるモンテに訪れた幸福を描いた作品は、鑑賞後も心が温まり、私は惹きつけられるところがありました。

若くして命を落としたり、障害を負ったり、自暴自棄になりお酒に夢中になったりして、周りから見れば廃人のように見えたとしても、そうしてでも生きのびる時期を人生で経験する人もいるかもしれません。

そんな時、本人も周りの人達も生き延びることに意味があるのかと考えて希望を失いそうになる時もあるかもしれませんが、この映画は生きる意味や希望を観客に与えるため、そんな時に響くと思いました。



主人公モンテ・ワイルドホーンは、名の知れられた小説家でしたが、最愛の妻の死後、創作意欲を失ってしまい連日一人で酒を飲むだけの廃人のような暮らしをしています。

モンテは、下肢麻痺のため電動車椅子に乗る身体障害者ですが、プライドが高く斜に構えたキャラクターで人を寄せ付けません。

そんなモンテを心配した甥の誘いで、モンテは田舎の湖畔にある家に越すことになります。犬の世話を頼まれたものの、モンテが言うことを聞かない犬スポットは硬直して痛むというお尻ばかり舐めています。モンテはお酒ばかり飲んで1人で叫んでみたりして荒んだ生活をしていますが、犬と暮らし始めました。

ある日、隣のオニール家からもモンテに似た叫び声が聞こえて来て、モンテは自分に似た苦しみを抱える顔の見えない隣人に1人共感を覚えます。



隣家には、両親が離婚する直前に父親から引き離された三姉妹を抱える美しい母親が越してきたばかりでしたが、モンテは交流を拒絶していました。

叫んでいたのは、オニール家の次女フィンでした。隣家の女性達は、モンテに興味をもちます。そのなかで、小学生高学年くらいの年齢に見えるフィンは、モンテがミミズを食べそうなどと語り、悪態をついていました。モンテに性格が似ていたのかもしれません。

ある日、一方的で強引なモンテのファンである町民に誘われて会ったこともない男性の死を悼む送別会に出席させられた2人は、偶然話す機会があります。田舎の主な行事は葬式なのでしょう。

そこで、モンテは、ファンの町民にまた強引に追悼文を町民の前で読む社会的役割を与えられ、町のなかでの居場所を与えられます。

ジャックナイフを自慢するやんちゃなフィンは、隣に住む小説家に興味を持ち、文章の書き方を教えてほしいとモンテに頼みますが、モンテは取り合いません。



モンテは、人付き合いを拒み、自宅に引きこもっていましたが、強引なフィンはモンテの家のドアを開けてズカズカと浸入してモンテに近付いていきます。

34ドル18セントというなけなしの貯金を差し出して、小説の書き方をレクチャーしてほしいとフィンはモンテに交渉を持ちかけるのです。

モンテはなぜかレクチャーを引き受け、初回はイマジネーションについての授業をします。別の日には、欺瞞について。また別の日には、映画の題名にもあるBelleの小さな道を眺めて、そこに見えないものを語れるように少女は訓練を受けて物語を作れるようになります。

覚えたことを真っ先にお母さんへ伝えたくてフィンは大喜びで自宅に駆けていきます。

その姿を見てモンテは自分のなかに凍りついていた愛情に再び気づけるようになっていくのでした。



モンテ宅の近所には、カールという知的障害を抱える大きな肥満児が住んでいてカンガルーのように飛び跳ねて過ごしていました。

彼の母親もモンテに助けを求めていました。カールの父親は、生まれて来た子供に障害があることを知り家を出てしまったのだといいます。

カールの母親は、カールに誰からも電話がかかって来たことがないので、一度だけでもカールに電話をして欲しいとモンテに頼みますが、モンテは戸惑います。お酒が切れたモンテは、店に食料品を買いに出かけますが、酒を運んでもらうためカールを誘い出します。

同情してもおかしくない状況に同情しないモンテは、カールにディエゴという名を与えて、敵に追われている格好よいヒーローとしての役割を演じさせます。カールにカンガルー飛びはディエゴとして相応しくないことをモンテは伝えます。

単純なカールは、早速カンガルー飛びをやめて格好よいディエゴとして誇りをもって振る舞おうとします。しかし、残念ながらディエゴに相応しいとカールは考えて水中ゴーグルを付け始めてしまいます。

カールは、モンテの思い通りにはなりませんが、モンテと一緒に酒やサラミを買いに出かけるようになり、モンテの相棒になります。



オニール家の夕食にモンテは招かれたり、末娘の誕生会に招かれたり町の地味なイベントが続き、オニール家の女性達とモンテは交流を深めていきます。

オニール家の夕食で、高校生くらいの長女は、ニューヨークでの都会暮らしに戻りたがっていて、父親と連絡を取ろうとしたり母親に反抗しています。オニール家の幼稚園児くらいの末娘は、父親が誕生会に来てくれると信じていて、象が大好きだと語り、モンテの小説に象が出ないのでガッカリしていました。

母親は、ピアノが得意で皆のためにベートーヴェンをひいてくれます。隣家から聞こえるピアノの音がモンテの創作意欲を掻き立てるようになり、モンテは象の小説を書き始めるのです。そうして、モンテは隣人とのコミュニケーションを自覚し始め、彼は酒の支配から逃れて人生を取り戻していきます。

誕生会では、オニール家の母親の美貌に惹かれた若い白人の村人が手品師の格好をして子供達の気をひいています。モンテは、その男性に、マジックで自分の目前から消え失せろなどと語り競争心を刺激されています。

わんぱくなフィンが手品師の商売道具を壊すと手品師は子供達に切れて怒鳴り始めます。すると、モンテは拳銃を空に向かって打ち手品師を威嚇して、なんと拳銃を手品師に向けて立ち去るよう脅すのです。かなりクレイジーな展開ながら、守られたオニール家の母親はモンテに感謝します。

さらにモンテは、父親が誕生会に来れず泣き出した末娘に象さんの物語をプレゼントします。末娘は大喜びします。

母親は、モンテの自分に対する愛情に気づき始めます。



モンテはオニール家の次女に必要とされて、末娘と母親へ象の物語の続編を捧げるために、創作に向けて酒を飲まなくなっていました。

モンテは理想を求めていて、現実が理想とかけ離れたから酒に逃げ、現実が理想に近付いたから酒をやめたのだと知人に語ります。ただ、またいつか飲み始めてしまうのだろうと語っていました。

元来、面倒見がよい性格のモンテは、誰かに必要とされたかったのでしょう。田舎町にはモンテを必要とする人達がいました。モンテは町の人達と暮らすようになります。

母親や妹に優しくしたモンテに嫉妬して、モンテを拒絶した可愛いフィンに、モンテは最後に自分のリアルな人生を素直に打ち明けます。

自分を信頼してくれたフィンのおかげで自分の人生が変わったことへ感謝を伝え、フィンが購入したモンテの小説で欠けていた最後のページをプレゼントするのでした。

亡くなった妻との人生や自身の失敗を回避することなく誰かに語れること自体、モンテが過去の自分と折り合いをつけることができて自分を取り戻せた回復ということなのでしょう。



今回、誰かを育てる役割に立てたモンテの成長や恋愛がモンテに人生を意味あるものだと感じさせたのかもしれません。

華やかにベースボールの投手としてメジャーリーグ昇格の話をもらい、妻に報告しようと喜んで車で帰宅したモンテ。しかし、交通事故にあい下肢麻痺になってしまい離婚も覚悟した過去。

それでもモンテを支えてくれた妻のおかげで、小説家としてモンテは再起を遂げたものの、その妻に先立たれてしまい絶望して酒に溺れた彼の人生。

妻とモンテは子供を持ちたいと願っていて、もし子供を持てたなら君のような娘を育てたかったと語るモンテにとって、フィンは彼の夢のような大事な存在だったのだと気付かされました。

フィンにとっても、両親が離婚するという人生早期の危機に、隣人モンテの愛情に救われ、小説家から小説の書き方について手ほどきを受けるいう貴重な経験を積むことができて、今までと違う最高の人生の始め方になったのかもしれないと思いました。



オニール家の子供達は、湖の対岸にある島へイカダを作って乗り出して、大樹の根元から子供の頃に母親が書いた日記を見つけて、両親が離婚したことを悲しんでいた子供の頃の母親に出会います。

長女は離婚調停を進める母親に反発することをやめて母親を気遣うようになります。三女はサンドウィッチをランチボックスに入れて母親にプレゼントしようとします。二女は余り同情に流されることなく、淡々と姉妹と行動を共にします。

離婚を繰り返してしまう家の子供が多い母親を見ていると依存症の家族に生まれたのではないかと心配になります。離婚しても依存症を抱えるモンテに惹かれてしまうのは、先行き不安も感じないわけではなく、束の間の恋愛やコミュニケーションに人生を見いだすモンテも不安定です。

ただ、この話は深みのなさが物語を軽くしていて見ていて気楽ななかもしれず、今を楽しんで誠実に暮らそうとするそれぞれの生き方に癒されました。



モンテと隣人達は、身体障害や精神障害を抱える障害者であり、母子家庭、妻に先立たれた独り身、裕福でもない境遇のなか、健気に平凡に暮らしています。舞台も、華やかな都会ではなく、田舎の小さな町の些細な日常が選ばれていて、制作費もあまりかかっていないかもしれません。

物欲主義を離れて、どんな立場に陥っても、支えあえば人は生きていける、それが出来れば人生は最高になりうると伝える理想郷を描くかのような話で、逆境にあっても生命力に癒されるような作品でした。

アルコール依存症を治すには、同じ立場の障害者同士で支え合う自助会へ通うようですが、地域で支えあえれば病が治るという理想をこの映画は主張するのではなく、そう上手くいかない現実を前に、たまたま幸運が訪れた現実を描いているように感じられました。

映画の興行収入が伸びないのは、華やかで最高な娯楽、虚栄を求める人の方が観客に多いのかもしれず、内容が理想的すぎて現実的な観客の共感を得られなかったからでしょうか。揺るぎない信念を持つ人の話では決してありませんが、環境に容易に左右される弱い一人の男性を描いた話も素敵だと思いました。

確かに、人生の悲しみが訪れる未来には、モンテ自身が回避や否認に陥らず次こそ乗り切れるよう祈るばかりです。主人公がまるで廃人のようになっても、周りの親戚が諦めず愛情を持って支えることは、簡単なことではないかもしれません。

ただ、そんな時期も生き延びる意味は、この映画のように最高な人生を始めることのできる機会が人生には待っているからなのだと信じられる映画でした。

人のなかで癒されていくモーガン・フリーマンの演技が流石だと味わえる、生きていれば良いこともあるということを信じられる、人生に希望がもてる作品でした。
 

sasa320 at 14:25|PermalinkComments(0)洋画 | ドラマ

2017年03月11日

「ハゲタカ」お金と不幸 ⭐️⭐️⭐️⭐️

ハゲタカ
大森南朋
2013-11-26





私の総合評価 ⭐️⭐️⭐️⭐️
脚本 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
配役 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
演出 ⭐️⭐️⭐️
映像 ⭐️⭐️⭐️
音楽 ⭐️⭐️⭐️

ハゲタカは、真山仁の小説が2007年にTVドラマ化され、イタリア放送協会主催イタリア賞をとるなど高い評価を受けたドラマだったようです。2009年に映画化されたこの映画を私は観ましたが、時代背景に合わせて脚本が大幅に変更されたようです。2008年にはリーマン・ショックがありました。

主人公を演じた大森南朋という俳優を私は2017年になり初めて知りましたが、日本アカデミー賞を獲得するだけの魅力的な演技だと思いました。

映画の内容では、主人公が呟いていた言葉が印象的でした。映画がわかりやすくまとまっていて主張がストレートに伝わると思いました。

世の中には、2つのタイプの不幸があり、お金のない不幸とお金のありすぎる不幸がある、ということに私も心から共感できました。



主人公鷲津は、世界を股にかけ活躍する金融ブローカー。

三流大学を出て銀行に就職しましたが、200万円を回収するため、ある会社社長を自殺のような形に追い込んでしまった過去を持ちます。その後、銀行を辞め、海外へ渡り帰国。日本で活躍していましたが、日本の体制に嫌気が刺し、隠遁生活をしていました。

そこへ、アカマ自動車で執行役員を勤める高校の先輩芝野が主人公に仕事の依頼にきます。会社の悪評を立てる集団がいるため、自社買収を狙われているらしいと芝野が疑ったためです。

やがて、中国の残留日本人だという劉一華が表に立ち、日本を代表する自動車会社であるアカマ自動車をブルー・ウォール・パートナーが買収する計画をプレス発表します。日本企業に都合がよすぎるほど甘い条件で高値という旨すぎる話でした。

鷲津は彼に対抗して、より高値でアカマ自動車を買収することをプレス発表します。ブルー・ウォール・パートナーも更に値上げします。両者の値上げ合戦となった末、鷲津達の限界を超える資金でブルー・ウォール・パートナーによる買収が決まりかけてしまいます。

実は、ブルー・ウォール・パートナーは中国国家が裏で資金提供していることがわかりましたが、ブルー・ウォール・パートナー代表の劉一華は人気があり、株主は中国が支援していても支持する割合が高い状況でした。劉一華は、アメリカ時代は鷲津の後輩で、鷲津に対抗心を燃やしています。

スパイとして森山という若い派遣工を劉一華は囲い込みアカマ自動車内でストライキを計画させます。また劉一華は鷲津に恨みがある女性記者をそそのかしストを報道させようとします。そうして、劉一華は、アカマ自動車の社長を脅しあげます。

すると、アカマ自動車の社長は、劉一華が属するブルー・ウォール・パートナーズと提携するとプレス発表してしまいます。



そんな鷲津達の信用が落ちるかもしれない状況のなか、鷲津は想定内だと語っています。

鷲津は自らドバイに飛び、富豪にオイルマネーの支援を受けに出掛けていました。

鷲津の先輩芝野は、社長に抗議して、ブルー・ウォール・パートナーは表向きの甘い条件提示の裏で、アカマ自動車の本社もろとも中国へ会社を移転する計画を裏で立てていることを突き止め報告しますが、社長の判断は翻りません。

鷲津らの調査で、人気を集めていた劉一華は、別人が劉一華に成りすましていることが発覚します。劉一華を語る青年の生い立ちは、貧しい農村で母親が血液を売りながら育てた中国人青年だと判明します。

ストライキを起こすようそそのかされ、脅迫に利用した後はストを妨害された森山は、騙されたことに怒り劉一華を訪問します。劉一華から400万円渡されて森山は反抗してお金をばら撒きました。

しかし、拾うよう強く言われると、結局、抵抗しながらも従って森山は這いつくばってお金を拾い集めてしまうのでした。森山が金を集めながら一瞬動きが止まり、また集めてしまう演技が哀しみを際立たせていました。貧しさの惨めさを劉一華は森山に伝えるかのようでした。

劉一華の虚栄は長く続きません。



帰国した鷲津は、アカマ自動車が提携するアメリカ企業を買収することを発表します。しかし、中国側にアメリカ企業は泣きつき、高値で中国側に買収されます。

すると、鷲津は突然買収した株全てを市場を閉める時間間際に売ります。困ったアメリカ企業はイギリス市場に賭けて頼りの綱を探るのですが、鷲津が先に手を回していて窮地に陥らせたのでした。

結局、アメリカ企業の信用が急激に低下して世界中の株主が売りに出したため、アメリカ企業は破綻してしまいます。

そして、アメリカ企業のほとんどの株を買い占めた中国の財力を背景としたブルー・ウォール・パートナーは、アカマ自動車を買収する余裕がなくなり撤退し、鷲津ファンドが勝利して日本企業を守りました。



勝敗により各々の人生が決まりました。

中国に操られていただけのブルー・ウォール・パートナー日本代表を解任された落ち目の劉一華は、雨のなか公園で強盗に財布から金を盗まれ刃物で刺されます。周りにいたホームレスが金に群がると、劉一華は赤土の泥水に塗れて這いつくばってホームレスを退け金をかき集めます。そして、鷲津に訳のわからない留守電を一方的にかけながら出血して命を落とします。

その頃、劉一華に騙された派遣工、森山は、お洒落をしてアカマ自動車の真っ赤な高級車を買ってドライブを楽しんでいました。

アカマ自動車社長は解任されて、先輩芝野が社長に就任しました。

鷲津は、劉一華からの留守電を聞いて嗚咽します。そして、彼は亡くなった劉一華を偲んで、中国の山間部にある貧困地域を訪問し、彼が子供の頃に描いた赤い自動車を眺めていました。

劉一華が育った村の村人は、死者がお金がなくて困らないよう紙銭を焼いていました。お金に信仰や風習が混じるほど貧しい地域で劉一華は育ったのかもしれません。



貧し過ぎると犯罪に手を染めなければ生き抜けず、抜け出したくて働いて巨額の富を動かす立場に立てば、沢山の人達の期待にこたえ、その地位を守り生き延びるために相手を蹴落とさなければならない苦しみが待っているものかもしれません。

日本企業の体質に失望して隠遁生活を鷲津は選んだという設定でしたが、お金に依存する人はこうした不幸に巻きこまれやすいので主人公は隠遁したくなったのだろうと私は察してしまいました。

生き伸びるために、誰かの命を奪わなければならない戦いから離れることのできる余裕は、両者の立場を経験して経済的余裕がもてるから生まれたものなのでしょうか。

一度は市場から撤退した彼が、日本を守るという正当化のもと戻って勝利したものの、敵は命を落とすという残酷な戦いの世界をまた味わい、生き延びています。

彼は映画の冒頭では、美女がビキニで駆け回る南国の海辺で昼間から酒を飲む自由な暮らしをしていました。彼はスリルを求めてしまっただけだったのだろうかと疑う部分もありましたが、彼の目的は何だったのでしょう。

理解しきれない部分も残ります。ただ、主人公が単なるお金や仕事へ依存して何も省みない人柄ではなく、戦った相手を人生の1人の大切な出会いとして大事にしようとする人生観をもっていたところから、私は鷲津に人間味を感じました。






 


sasa320 at 17:53|PermalinkComments(0)邦画 | ドラマ

2017年03月05日

「進撃の巨人」残酷な世界に慣れる ⭐︎⭐︎⭐︎

進撃の巨人のアニメを初めて観ました。一話からひきこまれました。

登場人物達のキャラクター描写がリアルで、各々、反発や抵抗をしながら生き延びていく姿は残酷で、トラウマを観客に与えるような効果があるのかもしれず、設定には謎が多く、内容には規制がなく反社会的ですらあるかもしれません。見応えがありました。

この話のオリジナリティは、北欧の神話である巨人をモチーフにしているところかもしれず、特に巨人を何処にでもいそうな知性が低い人として、裸で一つの感情だけ表情に浮かべて何もしないまま過ごして、人を食べることだけが目的という意味不明な設定にしたところに魅力を感じました。

作者インタビューで、インターネットカフェでバイトしていた作者が、酔っ払った客の対応をしていて、普通の人がみせる気味の悪さを表現しているような記事を読んだ気がしますが、漫★画太郎の漫画に出てくる登場人物にも似たような雰囲気を持つ自由な巨人だと私は思いました。

ガリバー旅行記で、巨人が小さな人間達に捕まった挿絵と、圧倒的に非力で小さな人間の集団である壁外調査兵団が巨人達を捕らえるアニメを見ながら、作者の創造力に驚くばかりでした。



3人の幼馴染がこのアニメのメインキャラクターでした。

主人公は、衝動的で正義感が強く、知性が低いかもしれない青年アレン。

医者グリシャと干渉的な母親なもと守られています。両親を犯罪で亡くして引き取られた有能な幼馴染ミカサと共に成長していて、博学でも体が小さくイジメられがちなアルミンをよく助けていました。

外の世界に憧れて両親から秘密の本を借りたアルミンは、外の世界の魅力をアレンに伝えます。

アレンも壁外に興味をもち壁外調査兵団に憧れるようになります。

現実的で、何故か喧嘩が圧倒的に強い女性のミカサは母親に言いつけて、命を落としかねない壁外調査兵団にアレンが入らないよう猛反対します。

人間は巨人との戦いのなか三重の壁を作り、その壁の中で数百年、平和な時を過ごしていたという環境設定のもと、3人も壁の内側で平和に過ごしていました。

国内では外の世界の情報を得ることを禁じられていて、まるで江戸時代の鎖国のようだと思いました。



誰もが意味もなく平和が続くことを信じていたある日、黒船来航のように故郷の城壁に巨人が現れます。

一体の大型巨人が壁を壊し、外の世界から多数の巨人が侵入し、街を混乱に陥れます。

平和に過ごしてきた街の人々は、東日本大震災で未曾有の津波を目撃したかのように何かに怯え、沢山の人達が命を失い、生き残った人達も茫然自失のショックを受け、トラウマを抱えながら生き延びることになります。

アレンとミカサは、母親を虫けらのように目の前で巨人につままれて食べられてしまいます。壁内警備をする知人男性に2人は無理やり巨人から引き離されます。命を助けられた2人は呆然としています。そんな時、普段は2人に助けられがちだったアルミン一家が食糧を確保したり、2人を気遣います。

しかし、せっかく助かった人命も、国家が食糧難を解決しようとして成人を壁外遠征に送ることを決めたため、アルミンの両親を含めた避難民の多くは殆ど全滅してしまい、国に殺されたような状況でした。

アレンは、悲劇が起きたことを自分の弱さに原因を求めて軍隊に入隊希望をします。ミカサは大事な家族をこれ以上失わないようにアレンを守りたくて入隊します。アルミンは、巨人や国家により身寄りを失い、いつも助けられてばかりいる2人と対等でいたいから影響を受けて自己鍛錬のために入隊します。



巨人が現れてから、軍隊入隊は国民にとって義務のような社会体制になっていました。

日本も巨大な国からの攻撃を受けた後、長州から明治維新の軍人達が生まれたように、自分や家族を守るため軍事力が必要になる時が来るかもしれないということを伝えているかのような話でした。

平和な時代には税金の無駄遣いと呼ばれ酒ばかり飲んでいた壁外調査兵団も、そんな時代には社会的需要が高まると地位が上がります。常時と災害時の自衛隊への評価の違いを彷彿とします。

被災者以外の出身者は、安全な内地勤務や体裁を保つため志願していました。一方、被災地域の志願者は目的意識が異なりました。

毎日、厳しい上官により厳しい課題が課され、落第者は農業に従事することになるなど脱落するなか、主人公達は、周りに頭を下げてでも助けを求め、障害物を乗り越えて、生き延びていきます。

軍隊のなかで、厳しい訓練のなか切磋琢磨した同期との絆も生まれて、若い主人公達は厳しい運命のなかで刺激を与えあい成長していきます。



そして卒業を迎えると、巨人が5年ぶりに壁を壊しに現れます。

周りが怯えながら殺されていくなか、主人公だけが巨人を殺そうとして巨人に襲いかかりますが、突然、巨人は消えてしまうのでした。

また今回も5年前と同じ状況で、巨人が開けた穴から多数の巨人が侵入し、街でも市民を巻き込んだ戦いになります。新兵達の初陣は、復讐劇にも似ていましたが、成長した子供達は街を守れたでしょうか。

現実は残酷で、新兵達は初陣で殆ど全滅に近い状況となります。エレンは、巨人を前に身体がすくんで巨人に食べられかけていたアルミンを助けて、身代わりに巨人に食べられてしまいます。

ミカサは、後方の陣営を任されていましたが、アルミンとエレンを心配してかけつけると、アルミンはずっと残酷な光景にショックを受けて凍りついたままでした。大事なアレンを失なったことをアルミンから聴きだすと、ミカサはショックで自暴自棄な戦い方をして巨人に殺されかける危機を迎えます。

そこに、巨人と戦いミカサを助けてくれる、人類のために戦う巨人が現われ、人類は圧倒的に悲惨な被害を受けながらも抵抗できました。その巨人のなかからアレンが見つかりました。



他の巨人のアニメで超人ハルクを思い出しますが、せっかく生き延びた主人公は、ハルクと同様に国家から巨人化する危険人物として管理されてしまいました。

自分を殺せる力を持つかもしれないアレンに人類が怯えてしまい、アレンを牢獄へ幽閉しようとするなか、壁外調査団にいる人類最強の戦闘力を持つというレヴィン隊長だけは、自分なら巨人も殺せるという自信があったので、主人公の希望を汲み壁外調査団で引き受けて部下として育て始めます。

その後、アルミンやミカサも壁外調査団に入隊して、巨人の弱点を学び、巨人との戦い方を知り、巨人の襲撃に備え実践を重ねながら、命からがら傷つきながら対抗していくのです。主人公を手にしたことで壁外調査団、人類は巨人に負けなくなっていきます。

巨人には、アレンのように人間が巨大化するタイプの巨人がいることや、巨人を作り出したのは人類であること、外の世界で人類は死滅などしておらず巨人を使った2つの国の争いにアレンの家族や厳しい訓練で出会った仲間達がスパイとして巻きこまれていたことに主人公達は気づいて成長していきます。

遂に、彼らは武力でもって自分達の国内での地位を高めて国家に対してクーデターを起こします。



アジアの社会情勢が落ちつかない時代だからこそ、平和な日本を襲撃されない明確な理由はないはずで、未曾有の東日本大震災を体験した日本の若い世代が感じる朧げな不安に共鳴して、この作品は人気を博したのではないかと推察します。

一部地域では、戦争や内戦という残酷な世界が続いているなか、最も離れた過保護に育ったかもしれない日本の若者にとって、社会の残酷さを知る前に世の中に残酷な部分もあることを知ることが、平和ボケして突然ショックを受けるより、心の備えを養える作品になっているのかもしれません。

物語のなかで、非情でなければ何も変えることは出来ないことが繰り返しメッセージとして伝えられていたかもしれません。変革の時代が来れば、変革で正当化して法を破り暴力で争うことになるのだということを倫理を無視して徹底して伝えているような作品だと思いました。

善行を良しとする宗教的倫理観や国が法で規制してまで歪ませた社会認識に反発する反社会的な世界を描くことで、生き延びるために敵を騙し殺してでも戦えと説くアニメがウケる今の時代。

年功序列や大企業ブランドや既得権益を守るための若者達へのしわ寄せに対して、戦後から時間が経つと好戦的で革命を望む漫画が若い世代に流行るのは、時代の大きなうねりのようなものなのか。

残酷な世界を子供達が味わう時代が来ても、仲間と助け合って、きっと生き抜ける、というような闘志を与えるようなアニメだと思いました。

 

sasa320 at 16:19|PermalinkComments(0)漫画 | SF