2017年03月04日

「ビフォア・サンライズ 恋人までの距離」恋のマジック⭐︎⭐️⭐️⭐️



監督リチャード・リンクレイター
脚本リチャード・リンクレイター
キム・クリザン
製作アニー・ウォーカー=マクベイ
出演者イーサン・ホーク
ジュリー・デルピー
音楽フレッド・フリス
撮影リー・ダニエル
編集サンドラ・エイデアー
シェリ・ギャロウェイ
配給アメリカ合衆国の旗 コロンビア映画
日本の旗 東宝東和
公開アメリカ合衆国の旗 1995年1月27日
日本の旗 1995年9月2日
上映時間105分
製作国アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
オーストリアの旗 オーストリア
スイスの旗 スイス
言語英語
ドイツ語
製作費$2,500,000
興行収入$5,500,000(北米)


wikipedia

yahoo映画レビュー ⭐️⭐️⭐️⭐️ 4.0
2016.3.4時点

 
私の総合評価 ⭐️⭐️⭐️⭐️
脚本 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
配役 ⭐️⭐️⭐️⭐️
演出 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
映像 ⭐️⭐️⭐️⭐️
音楽 ⭐️⭐️⭐️



映画に出てくるチェックのシャツをロングスカートに巻きつけた女優のファッションやレコードを視聴している2人の場面を眺めていると、これはいつの時代の作品だろうと思いました。

何だか私の高校時代の映像に近いと思いながら懐かしく眺めていると、1995年公開の映画でした。

どうでもよい私的な事情ながら、私はイーザン・ホークのファンではなく、中学時代からレオナルド・ディカプリオとジム・キャリーのファンでした。2人の名俳優の勢いを感じなくなりつつある最近ようやくこの映画を観る機会がありました。もっと早く観ればよかったと後悔するほど映画は名作でした。

いや、青春が終わり歳を重ねた今だから理解できるのかもしれません。旬な若い俳優の演技も良かったですし、名言になりそうな哲学的な甘い台詞が散りばめられた脚本を素敵だと思えました。現実のヴィーンの一夜を切り取ったかのような演出が上手く、映画の時間に酔えました。

因みに、この映画でリチャード・リンクレーター監督はベルリン国際映画祭監督賞を受賞していますが
、この脚本や演出も素敵だと私は思いました。

きっと多くのファンがこの映画を共有して、理解しようとした人気がある映画なのでしょう。



アメリカ人のジェシーとフランス人のセリーヌは旅の途中、同じ車両に乗り合わせた他人でした。

ドイツ人の夫妻によるドイツ語の怒鳴り合いを目撃して、読書の邪魔になる怒鳴り声に耐えかねて、ヒロインはたまたま主人公の近くの席に移動して、2人とも読書の邪魔をされたので冗談を言って苦笑いしてやり過ごしていました。

気の合う2人は、ジェシーの誘いでカフェテリアへ移動して、お互いのことを語り始めます。旅の行き先や目的を尋ねるのは一般的な他人の距離だと思いましたが、お互いの生い立ちまで初対面で話していて、対人距離が近いと私は思いました。2人は初めから惹かれ合い距離を縮めようとしているようでした。

実は物語が進むと、ジェシーは遠距離恋愛の女性に振られていて薬物を使っていたり、セリーヌは暴力彼氏に捨てられて精神科を受診して彼氏を殺したい妄想を抱いて精神科医に心配されていたり、2人とも自暴自棄になっていて衝動的な時期だったことが分かり、リアルな設定に妙に納得する部分もありました。

臆病な日本人女性の私だからかもしれませんが、旅先で初対面で、明日はアメリカに帰ってしまう異性に誘われたからといって、途中下車してアバンチュールを楽しむというような危険な行動は、今後の人生においても私ならとらないと思います。私の人生には起こりえない話のはず。

いや、本当にそんな時期はなかったのか。どんなきっかけから他人だった2人の恋愛が始まったのか思い出せるでしょうか。意外と、ありえないような危なっかしい時期を通り過ぎてきたのかもしれません。この映画の出逢いの場面は、もうほとんど干からびているかもしれない観客の目を潤してくれそうです。



2人の人生が呼応するような恋愛を眺めていると、出会いはこういうものなのだろうか、と思いました。

セリーヌは、一見幸せそうな両親は仲が良い家庭で拝金主義で過干渉な父親に苦しみ育ち、仲の良い夫妻の愛情は冷めていることや、祖母が普通の家庭を築きながら人知れず秘めた激しい恋に憧れていました。

ジェシーは、夫からの暴力をイネイブリングをした挙句、子供達のために別れないと語る不仲な結婚生活を続け離婚した母親に産まなければよかった不要な存在のように扱われて苦しんで育っていて、愛情を求めていました。

小さい頃に死んだ祖母の幻覚を見て生死の境がつかないジェシーの危うさ、子供のように素直なジェシーの告白に、セリーヌは惹かれたのかもしれませんが、ジェシーはセリーヌの思いを理解して、こんな誘い文句でセリーヌを途中下車の旅に誘うのです。

いつか別々に知らない人と結婚して、その相手との恋が終わったら、思い出して幸福に浸れる若い時の恋愛の一つの時間を、未来の自分のために作っておこう、と。

そして、一夜限りの異国の地ヴィーンでのデートが始まります。



実は、2人とも相手に捨てられた失恋後という似たような時期を過ごしていたため、お互いに失恋の痛みを共有できて、お互いの人生や価値観も理解しようとし始めるのでした。

自分達がいくら相手を想っても、相手は忘れていたり、せいせいしていたりする事実に、2人は悲しみを抱えていました。

ヴィーンの観光地を恋人のふりをして歩き始めた2人は、旅で出会う人々やダンス、ポエムを共有して批判しあうことで、お互いの理解を深めていきます。

ジェシーは、一つの星が爆発した破片、無数に別れた魂が彷徨っているという世界観をジェシーは展開してセリーヌと一夜の恋を楽しみます。

セリーヌも2人で絵を眺めながら、この絵には建物や風景の方が人よりも長く存在するから強く描かれるから好きなのだと刹那を愛する価値観を示して応えます。

セリーヌは、ずっと自立した女性に憧れてきた一方、誰かを愛し愛される依存関係にも憧れています。

ジェシーは、今度こそ幸せな家庭を築き良い父親になりたいと願う一方、そんなことをしようとするのは時間を無駄かもしれないと考えて、何かを成し遂げる人生にも惹かれています。

そして、夕方には美しい景色を前に2人はキスをして腕を組んで歩く恋人同士になります。レストランでは、友人に電話をかけるふりをして、2人はお互いをどう思っているか想いを伝えあうのです。

一夜限りで別れることを考えると、これ以上関係を深めれば別れが辛くなることにセリーヌは戸惑ってブレーキもかけます。それでも、夜の遊園地やクラブで遊んだり、バーからワインをタダでもらう交渉をしたりグラスを盗んで悪ふざけをしたりするなかで、2人の距離はなくなっていきます。

セリーヌは、明日に迫る別れやアメリカ人がフランス女性を落とした自慢にしたいだけではないかと戸惑っていました。しかし、結局、ジェシーと夜中の公園で一夜限りの関係を結びます。



非日常の夢のような時間を2人は楽しみました。

初めからあなたに近づきたかった、という列車内の偶然に見えた出会いの真意を、まるで手品の種でも明かすかのようにセリーヌは告白します。

翌朝、ジェシーに膝枕されるセリーヌの姿がありました。そんな2人は現実に戻る別れの時を迎えると、貪り惜しむように熱いキスや抱擁を交わします。

結局、2人は一夜限りの関係で終わらせることはできず、半年後にこの場所でまた会おうと約束して別れるのでした。

飛行場へ向かうジェシー、列車に乗ったセリーヌの表情はうっとりとした夢見心地で、この一日の恋が2人の生涯に刻まれることを予感してしまいます。

人生はこんな最高の時間に巡り合うためにあるのかもしれないと、日常生活の価値観が揺らぎそうになるほど恋愛に夢をもてる映画でした。続編映画では、結局、2人は再開できず、別の機会の再開話を楽しめましたが、本作ほど見応えはなく残念でした。



この恋愛の仕掛け人、セリーヌの名言が恋愛を一言で表しているようでした。

If there's any kind of magic in this world, it must be in the attempt of understanding someone, sharing something.

この世界にマジックのような楽しいことがあるとしたら、きっと何かを共有して誰かを理解しようとすること。

2人のように、元恋人が自分に愛情すら抱かなくなって失恋した時に、新しい恋をしたくなるような人生の楽しみや希望に気付けるような癒しを与えてくれる映画だと思いました。




sasa320 at 15:31│Comments(0)洋画 | 恋愛

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