2017年09月10日

「ゼルダ〜全ての始まり〜」妻の役割 ⭐︎⭐︎⭐︎(⭐︎)

総合評価 ⭐️⭐️⭐️(⭐︎)
脚本 ⭐️⭐️⭐️⭐︎
配役 ⭐️⭐️⭐️
演出 ⭐️⭐️⭐️
映像 ⭐️⭐️⭐︎⭐︎
音楽 ⭐️⭐️⭐️



DVDがないのかamazonで販売されていない作品ですが、Amazon primeで観ました。

ゼルダは、以前に感想を書いたグレート・ギャッツビーの作者F・スコット・フィッツジェラルドの妻の名前です。

第一次世界大戦後、アメリカはNormalcy(正常化)するだけでなく、1920年代は国の暴力的支配である戦争に抗うかのように禁酒法に隠れて皆が酒を飲み狂乱した「狂乱の20年代」を迎えます。

いつの時代にも注目されるカップルがいるものかもしれませんが、彼と彼の妻ゼルダは伝統を破壊した時代を代表するかのようなカップルでした。

冷笑的作風のF・スコット・フィッツジェラルドは、その時代を象徴したショートヘアでコルセットを外し自由に恋愛を楽しむ伝統を破壊した女性像であるフラッパーを描写するにあたり、妻ゼルダの言葉を作品に取り入れ、1920年刊行の「楽園のこちら側」で一世風靡しました。



彼と結婚する前、ゼルダは2州で1番とスコットが評するほど人気を集め、いつも沢山の男性に囲まれていました。

プリンストン大学に通っていたスコットは、裕福な判事の美人な娘ゼルダを巡る競争に勝ちたくて求婚しますが、彼の生活力に疑問を抱いたゼルダから小説家として成功したら結婚するという厳しい条件を突きつけられて拒絶されてしまいます。

そして、多数の出版社にリジェクトされ改編を重ね諦めそうになりながらも、貧しさに苦しみながら虚勢を張り自信満々な彼は傷つきながら、出版を達成します。多数の論文をリジェクトされ続けた作者の部屋に貼られたリジェクトを伝える手紙の数に圧倒され、その苦悩に共感しました。

そんな闘いのなか、作者には彼女が女神であり、生きる希望であり、成功の象徴だったのだろうと察しました。事実、10-20代のゼルダは輝いていたことでしょう。しかし、彼の抱いた幻想は一時の儚い夢。

結婚すれば、裕福な家で育ったゼルダは浪費家で、彼は妻の浪費のために小さな仕事に時間を割きすぎたという批難も上がるほど、ゼルダは悪妻として名を馳せてきました。

そんな享楽的な女性ゼルダの未来を今シーズンでは描かれていません。恐慌が起き、ヨーロッパに渡り、夫以外の男性との不倫をして引き離され発狂したゼルダは、1930年に精神科病院へ入院し自伝的小説を刊行しますが全く売れず、30代から病院暮らしを続け精神科病院の火事で1948年に亡くなります。

スコットもこの時代の後、世間から認められることはなく、妻の暴露本に対し夫婦生活の暴露本を刊行しますが売れず、ハリウッドへ移り過去の栄光で生き延び孤児院から成り上がった美人ゴシップ記者に養われ第二の人生を過ごし子供の養育費を稼ぎますが、1940年40代前半アルコール依存症、心臓発作で逝去。

若さに満ちた絢爛豪華なこの時代の2人には想像すらできなかった結末かもしれませんが、ドラマを観れば2人が着実に破滅への階段を歩んでいることに気づける部分もありました。



南部の田舎町で判事の次女として産まれたゼルダは、優しい母親と厳しすぎる父親のもと、黒人の家政婦にかしずかれて育ちます。

お嬢様育ちで、やんちゃなゼルダは、戦争へ向かう兵士を癒すという正当化のもと、全ての兵士と踊り、好きな男性とはペッティングやキスをして付き合ってみたり、これまでの貞淑な女性とは違う人生を似たような女友達で群れて、暴力から逃れるスリルを享楽的に楽しんでいました。

フラッパー特有のショートカットではなく、コルセットを外した略装に反発していましたが、参政権を求める女性運動に参加するなどゼルダは活発で、婚前交渉をもつなど自由に恋愛を楽しみ、自立を目指す、この時代の女性像そのものでした。

戦争に向かう若い男性のなかには、夜道を車で送ろうとしたり、裕福な若い女性を狙い暴力に訴えたりする者もいたはずです。フラッパーと呼ばれる当時の女性達は、そうした戦時中に暴力を経験した被害者が環境に抵抗した結果、生まれた文化かもしれないと想像してしまいました。



大学まで進学してもおかしくないほど文学少女で頭も良く、クラシックバレエの公演を依頼されるほど才能に恵まれていましたが、F・スコット・フィッツジェラルドの求婚により、ゼルダは経済格差を飛び越え、実はよく知らない名声を手にした男性に夢を抱き家族の反対を押し切り衝動的に恋愛結婚します。

彼が住むニューヨークを訪ね、ゼルダが結婚式を終えると、夢のような豪華なホテル暮らしの始まりでした。しかし、プライバシーや夫婦二人の時間を得がたいかもしれないほど、連日、断酒法を無視した飲酒と乱痴気騒ぎに、内心ゼルダは苦悩していました。

ゼルダが初夜に南部の母親へ電話をするシーンがありましたがホームシックになりそうだと察しました。



しかし、若かりし日のゼルダは、ニューヨークという欲望が渦巻く狂った環境にすら適応していきます。

初夜のホテルでの乱痴気騒ぎに対しては、寝室からゼルダは全裸で現れ、夫を返してくださる?と語り、周りを驚かせて自己主張を通してしまいました。裸で湖に飛び込んだり、公の前で裸になりたがる傾向を統合失調症の発症に繋がりそうなエピソードだと思いました。

2人が騒ぎを起こすたび、ゴシップ記事に書かれるので、2人は小説の宣伝活動と考えたようでした。若さで前向きに捉えているのですが、危なっかしい雰囲氣を感じてしまいます。

ゴシップばかりの女優や詩人からのお茶の誘いを、嫌がりながらも怯まず挑んでゴシップなど語りたくないとゼルダは主張します。南部スタイルを嘲笑される視線にストレスを感じたのか、ホテルで衝動的に髪を切りゼルダはホテルマンに制止されましたが、結局フラッパーのショートカットにしてしまいます。

ニューヨークらしいスーツを着ることに抵抗して夫に与えられた流行のブランドのスーツを拒みますが、男を魅了できない衣類には興味がないと語り南部のフリル付きドレスを手放さない反発を示しアイデンティティを失うことに戸惑いながら、ゼルダは少しずつ街や時代の流れに支配されて染まっていきます。



ニューヨークだけでなく彼自身が狂っていた面もあったかもしれません。

「楽園のこちら側」の大ヒットをうけて、プリンストン大学から公演に招かれて訪問すると、緊張感が高まりすぎて、彼は聴衆や教授をこき下ろしてしまいます。彼の高圧的態度の背景には不安があると友人が語っていて、彼の不安をなだめる役割を示唆されているようでした。

さすがの彼女も慌てて、学生時代の彼が浮いていなかったか周りに尋ねていて、初めて彼が大学中退したことを知るなど、彼はゼルダが知らない面も沢山抱えていたのでしょう。

世間から注目されすぎ、節度を失いスコットは権力依存を起こしたのかもしれませんが、資産家の友人達まで敵対視して批判して見捨てられてしまい、車で送ってくれる友人を失い、電車で二人は帰宅します。

彼の父親は失敗したとだけ語られていて、彼の家族は一度もドラマに出てこず、フラッパーとしては家族間の付き合いなど結婚に伴いません。スコットは生まれる前に破産した父親に嫌悪感を抱いていたといいます。彼の作品からはトラウマと依存性を感じ、家庭内の問題に苦しんだのかと考えてしまいました。

飲みに行けば、彼は酔っ払って、ダンサーのいる舞台に上がり、コート預かり所で寝てしまいます。アルコール依存症と大酒飲みに明確な境界はないそうで、気づけば依存症になっているのだとか。10代から多量飲酒を繰り返していたスコットは、既に依存症だったのではないでしょうか。

育ちの良いゼルダは妻の重責を感じてしまいますし、多少はそんな役割もあるものかもしれませんが、誤った適応という可能性もありそうです。ゼルダは彼の不安をなだめようとしていましたが、本来、彼が回避せず向き合うべき課題であり回避を促進して一時的な精神の安定を図っても家庭は暗くなりそうです。



夫から強烈な愛情を受け、突然に全米で注目された社会的役割からの没落も辛かったかもしれません。

豪華なホテル住まいは、資産家でもない彼等が永遠に続けることはできず、家賃を滞納していることすらゼルダは知らないので、今まで通りのバブリーなお金の使い方を続けました。しかし、借金に追い詰められていた夫は彼女の浪費癖を責め始めます。

元々、判事の娘という何不自由ない暮らしだったので彼女が生活を続けられる役割を夫に期待しましたが、そうはいかなかったという現実。ゼルダの見る目に甘さがあったといえば、若さから誤ったのかもしれませんが、富を失うとゼルダだけ責められるのは不憫な気がしました。

新聞に注目され、映画への出演依頼をされ、高卒で何かを達成したわけでもないと批判されたゼルダが美貌で成功しそうになると、夫の嫉妬のためか自分の評判へデメリットだと制止され、夫の名声のため、愛情のため、ゼルダが成功する自由はありませんでした。ゼルダは夢を失い夫に恨みを抱きました。

注目された刺激的な生活から一転、家計の事情で、夫妻は海辺の賃貸一軒家に移ります。ゼルダは何とか馴染んだニューヨークや豪華なホテルという住まいを失いました。

家政婦や使用人まかせだった家事を、初めはゼルダが請け負い、意外と頑張ることになりました。しかし、ゼルダは普通の家事労働に疲れてしまいました。

ゼルダの社交性を誰もいない海辺では発揮できませんでした。夫は次回作を書かなければ食べられないので仕方なくゼルダは海を行ったり来たり何往復も泳ぐだけ。ゼルダの行動は、動物園にいる動物のような行動に見えて、捕らわれて収容される孤独と悲しみを感じました。ゼルダは繋がりを失ったのでしょう。

ゼルダもそんな憂さをアルコールに依存してしまい、もともとの情動不安定さに加えて、依存症の家族病理に巻きこまれて、健康を失っていくことに拍車がかかります。



ある時、遂に彼女は爆発します。

引きこもった書斎に彼女が侵入し彼を批判すると、夫は彼女のために日本人家政婦を雇い、ニューヨークから仲間を呼んで乱痴気騒ぎをしてくれます。

夫がその場しのぎの対応をして夫婦の関係に向き合っておらず、自分に思いどおりにならないことに爆発すれば解決するというゼルダの学習を促すと、キャラクターの歪みを際立たせそうだと私は心配になりました。それだけ彼女に対する夫の愛情や配慮が薄れている印象もうけました。

しかし、そんな夫の優しさを愛情だと錯覚したゼルダは近所の老婦人と付き合いを始め、好きなことをして過ごす女性と触れ合ったり今の環境に適応するため努力します。

彼女の趣味は、日記を書くことやクラシックバレエでした。しかし、夫は自分の作品に彼女の言葉を利用してしまい、彼女の内界は全世界に知られてしまうので、ゼルダはプライバシーやアイデンティティを奪われます。

彼女は1930年の発症前、クラシックバレエに打ち込んでいたようですが、リラクゼーションや趣味だけで解決できない課題も人生にはあるのだと思います。

ゼルダの孤独を励ます男性の友人を目にした夫は、嫉妬して他の女性と性交渉をしてしまいます。彼女はそんな夫達の姿を目撃して夫からの愛情を失い傷ついたはずですが、一切の怒りを表現しませんでした。

彼女はその環境で娘を出産して、結婚制度のなかギャッツビーのヒロインだったデイジーのように健闘しました。精神的なDV夫から早く逃げればよい、と現代の視点から考えるのは簡単ですが、親の反対を押し切った結婚に逃げ場はなかったのかもしれず、彼女は不倫に走るほど追い詰められていたのでしょう。

夫の社会的地位を考えれば、重責に疲れてもおかしくない環境で、アイデンティティが崩壊するようなことが続き、ゼルダは疲労を蓄積させていったのだと気付きました。

彼女が溜め込んで爆発する度、夫は振り回されたのかもしれませんし、それにより2人の関係性や精神衛生は負のスパイラルに陥っていったのでしょう。

精神科病院に入院してから暴露本を刊行するなど、バイタリティのある人だったに違いありません。



夫に全く非がなく彼女が単に悪妻だったのか? 彼女は本当に何もしていないのか?

威圧的な夫の被害者として、彼女の視点で眺めると、彼女なりの心労に納得できる部分もありました。

今シーズンをゼルダの視点で眺めてみると、今まで世間で言われていた見解とは違うストーリーが見えてきて斬新で、次のシーズンが楽しみです。

また、単なる幻想に左右されただけかもしれない動物的な若い2人の恋愛は自然なはずですが、自由な恋愛結婚のデメリットも考えさせられる内容でした。

sasa320 at 01:36│Comments(0)tvドラマ | 恋愛

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