私の総合評価 ⭐️⭐️⭐️
脚本 ⭐️⭐️⭐️⭐️
配役 ⭐️⭐️⭐️⭐️
演出 ⭐️⭐️⭐️
映像 ⭐️⭐️⭐️
音楽 ⭐️⭐️⭐️



「埋もれる」を観ました。

職場は、多かれ少なかれブラックなものです。そんなブラックな組織を告発する勇気をなかなか誰でも持てるものではありません。グレーゾーンが、殆どブラックに化している組織もあるでしょう。

この映画には、ゴミ屋敷の住人が現れます。彼女は、気が狂っているなどと近所で噂されていて、溜め込み強迫の話かと思いきや、隠された真実に主人公が気付いてしまう、ゾッとする話でした。

真実は、仄めかされるだけで明示されないのですが、二人が別れるには十分な理由だったのかもしれません。



主人公は、大手食品会社の営業マンでした。

主人公は、会社の食品で表示が不正だと気付き、悩んだ末、消費者のため会社を変えるためだと信じてマスコミに告発します。しかし、身元を明かさない約束をしたマスコミに裏切られます。「チクリ」と娘は学校でいじめにあい、妻には離婚を切り出され、家族と仕事を彼は失います。

会社は支社へ責任をなすりつけました。トカゲの尻尾切りのように、沢山の人がリストラにあいます。主人公は、その恨みを買っただけでした。

「正義のヒーローのつもりか、会社は何も変わらないんだ、コンプライアンス委員会など内部のもの」と上司は、主人公を非難します。「部下を守るって言ったらしいが、先に退職にしてやった」といわれ顔を上司に叩かれ主人公は挑発されました。

直後、退職を切り出された主人公は、理想と現実のギャップを受け止めきれなかったのか、上司を殴り、社員達からとり押さえられます。さらに、ICレコーダーを持っていないかどうか、社員達に身体検査を主人公はされていました。

トラウマになりそうな屈辱的退職を主人公は経験しました。そもそも主人公が会社を辞めたのは、このパワハラ上司の元で不正に巻き込まれ、働き難かったから告発したのではないか、と苦痛に共感しました。



ここまで戦った末の転職は、なかなか出来ません。

東京で働けなくなったことからも、大変なことだったのだろう、と理解できます。

パワハラの相談をしたいなら、公務員以外なら厚生労働省の心の耳相談ダイヤルが無料です。有料なら心療内科やカウンセリングがあります。診断書の発行は、内科より心療内科で記載してもらいやすいようですが、お金がかかります。

人事課にハラスメント相談窓口があることが多く、50人以上の雇用者がいる企業では、産業医も話を聞いてくれるはずです。中小企業は、余力がなく凄惨なことになっていることも少なくないようです。大企業なら大丈夫とも言いきれず、産業医が企業に雇われている以上、当てにならないことも少なくないとか。

公務員以外なら、業務内容が労働法違反かどうかは労働者相談センター、人権侵害は法務局、違法残業等は労働基準局に相談できます。犯罪は匿名通報や直接相談などを無料で相談できます。それにより上司や会社が調査を受ける可能性もあります。公務員は人事院などを人事課から教わることもあるのだとか。

マスコミは影響力を持ちますが、自分も影響を受けかねません。ツイッターなどで訴える表現者が勝利を収めていたこともありますが、所属長の謝罪があれば御の字で賠償責任などはあまり期待できないでしょうか。

労働局介入の労働紛争の調停は無料ですが強制力がありません。弁護士相談では、短期の労働審判や20万円くらいから訴訟もあるようです。成功報酬が見込めると言われても、期待通りの成功にならなくても弁護士に賠償責任はないはずです。その他雑費を手にする弁護士に貢献するだけという印象も持ちます。

様々な手段はあります。ただ、そこまでして戦う勇気がある人は一握りでしょう。多くの労働者は、周りの人達への影響や次の転職先を探し難くなることに怯えて、時期をみて転職したり、異動を希望したり、受診して休職して時間を稼いだりしそうです。

正義を追求した告白は、決して格好よいものではなく、不適応行動にすら見えてしまいましたが、この映画では、真実はそれでも大事なのだと伝えるサスペンス映画のようでした。



主人公は、退職にされた後、故郷に逃げ帰り田舎に埋もれます。

市役所に再就職します。中学の同級生が係長で上司。大企業を辞め、東京を離れ、主人公は後悔します。

孤独に実家で一人暮らし、市役所に再就職して働くなか、主人公は市が強制撤去しようとしているゴミ屋敷を訪問することになります。

そこに、誰とも会話をしない老婆が、自由気ままに暮らしていました。優しい主人公すら、その老婆と意思疎通が困難でした。



ゴミ屋敷の隣家で、偶然にも中学生時代に告白してフラれた初恋の同級生と再会します。

彼女は、その老婆と意思疎通をとれていたのです。

次第に二人は惹かれ合い、お互い離婚したことを知ります。

主人公は、中学生の息子を育てる彼女を支援します。釣り道具を見つけ、失踪した父親が好きだった釣りに主人公は彼女の中学生の子供を誘って出かけます。

湖で魚を釣ると、すぐに彼女の息子は魚をリリースして「深いね」と不気味に語るのでした。中学生の息子が夢見ているのは、弁護士になって母親を守ることだと主人公は知ります。



市役所も、実は正しいことばかりの仕事でもなく、市長のご機嫌をとる政治絡みの仕事だと気づきますが、主人公はもう告発などしないよう努力します。

規則に従い、見積もりが安い企業を必死に係長に提示しても、公務員特有の例年通りの仕事を維持する働き方を主人公は見せつけられます。例年通りの見積もりを出すよう上司に跳ね除けられてしまったのです。主人公は職場を改善したい情熱をまた空回りさせてしまいます。

市長と癒着のある業者を選ぶことを批判した主人公は、係長からまた告発する気なのか、と釘を刺されます。後輩からも僕も告発しようかな、とバカにされると、会社が好きな奴じゃないと告発なんて出来ないんだ、と語り威圧します。

とにかく主人公はもう告発を繰り返しませんでした。



そもそも、いったいどんな状況で、人は告発という選択肢を選ぶのか。

初恋の相手と食事に出かけ、告発のことと現状を打ち明けると「周りの人のことを考えていない、逃げだ」と批判され、彼女に席を立たれてしまいます。

主人公は、守れなかった後輩や相談せず決めて転居や転校が必要になった娘や妻に、独りよがりだったと謝罪します。

同級生の係長もそうでしたが、家族を抱える人は、パワハラや汚職が多少あろうとも、声を荒立てず生き延びてきていました。その人達の人生を否定することを主人公は出来ませんでした。

新しい彼女との関係をまた失うことに主人公は怯えて、二度と告発などしないと主人公は誓います。



しかし、転機が訪れます。

ゴミ屋敷に、多量のゴミを業者が捨てているという通報が市役所に入ります。係長、主人公、部下で駆けつけると、ゴミから出火していました。

そこで、ゴミ屋敷の主を保護して、消火活動とゴミ整理を始めると、スーツケースが出てきました。

それを見たゴミ屋敷の住人は、なぜか絶叫し始めます。そこに、同級生の彼女が駆けつけて、なぜか主人公へ帰宅を促します。



主人公は、ゴミ屋敷の主がなぜああなってしまったのかを知りたくて、不正までしてしまいます。

皆が帰宅した後、こっそりと戸籍登録を調べて、ゴミ屋敷の主が夫と別れた理由を調べあげますが、失踪したとしか分かりません。

すると、帰宅したはずの係長が戻ってきたため、主人公は必死でパソコン画面を隠します。「誰だって誤ることがある」と係長は主人公の不正へ寛容に接します。

結局、主人公は、人を助けたい気もありますが、他者配慮は苦手で、好奇心と衝動性が強く、誰かの不正を許せず正義感に駆られ行動する一方で、平気で自分はルールを破る、パズルを解くのが好きな人だから告発したのだ、と気付きました。



ゴミ屋敷の主の抱えるパズルは、主人公の恋人とも繋がっていきます。

大雨の日、彼女の息子はゴミ屋敷の主と何かを相談していました。彼は湖にボートを出し、びしょ濡れで帰宅していました。心配して帰りを待っていた彼女に息子がぶたれる姿を主人公は目撃します。

近所のおじさんは、繰り返し中学の同級生の家に入り浸っていることが町で噂になっていると主人公へ忠告します。それから、彼女の夫が、ゴミ屋敷の主の娘を車で轢き殺してしまって以降、酒に溺れるようになったという話を近所のおじさんは教えてくれました。

係長は、意外にも主人公の熱意に動かされ受注先を検討し直すよう命じ、係長と主人公の距離が縮まります。すると、係長は、夫が失踪後、生活保護を受給しに来た際に彼女の相談へのっていると、夫から彼女も息子も暴力を受けていたことを教えてくれました。

主人公は、パズルの断片を繋ぎ合わせ、真実に半分意識せず気づいてしまったのでしょう。



その疑問を彼女に問い正し、真実を追求して、また大事な人を主人公は傷つけ失ってしまいます。

彼女と家族になることを真剣に考えていると伝え、主人公が隠し事を尋ねると彼女は否定します。

しかし、主人公はスーツケースの中身が気になり始めます。確認強迫のような拘りにも見えます。

ゴミ屋敷の主が出かけた隙にゴミ屋敷を漁り、主人公がスーツケースをこじ開けようとした瞬間、彼女が現れます。「扉を開けても誰も幸せにならない」と彼女は制止します。制止を遮り、主人公は真実が気になりスーツケースを開けてしまいます。

結局、中には大量の土が入っていただけでした。



真実を追求してよいことなどあるのだろうか、と不信感に苛まれそうな状況を娘が救ってくれました。

独りになった主人公のもとへ娘が遊びに来て、二人で湖に行きます。そこで、「深いね。ここに何かを沈めても見つからないね」とポツリと娘が語ります。

最後に、中学生の息子が狂人を装うゴミ屋敷の主と母親を守っている姿が描かれていました。彼女も確信犯、という真実に主人公は気づいたのか青ざめます。

主人公は、もう犯罪を告発しませんでしたが、共犯者にはならず距離をとる方法を選ぶようになった、という成長を描いていたのでしょうか。



告発をしないで過ごせた方が、出世しやすく適応の良いことを理解します。ただ、正しさを全く無視すると、犯罪者の共犯になっていたり、罪を着せられていたりする面もあります。

役所での不正を元秘書が告発し、結局、市の政治家は失脚しました。主人公の上司は、主人公が拘る正しさを尊重したから、不正が明るみに出た際、巻き添えを逃れた部分もあるかもしれません。

嘘ばかりついて権力におもねり適応し過ぎるのも依存症のようです。正しさに拘り社会へ適応できないのも発達障害のように見えてしまいました。

誤解かもしれませんが、どちらの行動の背景にも、その人の特性が働くのかもしれませんし、バランスが取れない時は、いずれにも偏りうる気もします。

告発は、大部分の労働者がしないことかもしれず、普通からの偏移と考えれば異常な行動にも捉えられます。しかし、告発して戦う勇気のない人は、気をつけないと周囲に流され共犯者になったり、罪を着せられていたりする難しさもあります。

健康ということは、この両極端のバランスのほどほどの位置に留まるということなのか、と考えると、どことなく惹きつけられ、この時期の私にはとても染みる内容でした。 






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