佐々木順一日誌

言葉に責任を持つ、約束を果たす、それが政治だ!

2012年07月

県議会の新会派名を「希望・みらいフォーラム」と決定

7月21日(土)
 「国民の生活が第一」の思想的原点は「民のかまど」である。
 小沢一郎氏が2006年9月、野党・民主党代表の立場で上梓した「小沢主義」の著書の中に間接的ではあるが記されている。
 ご存じのとおり、民のかまどは「日本書紀」に仁徳天皇のエビソートとして取り上げられているが、小沢氏は、政治の使命・役割は、この仁徳天皇の逸話に尽きると説いている。
 すなわち「ある日、仁徳天皇が皇居の高殿に登って四方を眺めると、人々の家からは少しも煙が立ち上がっていないことに気付いた。天皇は『これはきっと、かまどで煮炊きできないほど国民が生活に困っているからに違いない』と考えて、それから三年間の間、租税を免除することにした。税を免除したため朝廷の収入はなくなり
そのため皇居の大殿のはぼろぼろになり、あちこちから雨漏りがするようになった。
 しかし、その甲斐あって、三年ののちには国中の家から煮炊きの煙が上がるようになった。この時詠んだとされるのが「髙き屋に のぼりて見れば 煙り立つ 民のかまどは にぎはひにけり」という歌である。
 こうして高殿の上から、あちこちの家のかまどから煙が立っているようすを確認した天皇は皇后にこう語った。「私は豊かになった。もう心配ないよ」。
 それを聞いた皇后が「皇居がこのように朽ち果て、修理する費用もないというのに、なぜ豊かとおっしゃるのでしょうか。今お聞きしたら、あと三年、さらに無税になさるとというお話ではないですか」と聞き返すと「天皇の位は、そもそも人々のために作られたもの、だから、人々が貧しいということは、すなわちわたくしが貧しいということであり、人々が豊かであるということはすなわち私が豊かになったということなのだ」と仁徳天皇は答えた(原文のまま)。
 小沢一郎後援会が初当選以来発行している後援会報も、これらを裏付けるように「暮らしと政治」というネーミングになっている。 

7月22日(日)
 石鳥谷町の新亀家の加藤綱男ご夫妻結婚50周年金婚式納涼ビアパーティ(新亀家)に出席。


7月23日(月)~24日(火)
 岩手県議会県土整備常任委員会県内調査に参加
 初日は、釜石市湾内の釜石湾口防波堤の被災状況を視察するとともに、同市平田地区の災害復興公営住宅や同市花露辺地区における防災集団移転事業を調査。釜石市内泊。
二日目。釜石市役所において、市側と社会資本の復旧・復興状況などについて意見交換を行うとともに、国の南三陸国道事務所において三陸復興道路の整備状況について説明を受けた後、大槌町役場内において社会資本の復旧・復興状況などについて意見交換。その後、赤浜地区の復興まちづくり、大槌地区災害廃棄物破砕選別等施設、鎮魂の森の現地等を調査した。

7月25日(水)
政治にとって政策と言葉が命である。平然とマニフェストを破り国民を裏切った民主党政権は、政治不信を極限まで高めてしまった。
 今後、マニフェストをつくる政党や候補者は出てこないと思う。民主党は次の選挙で何を訴えるのだろうか。

7月26日(木)
 盛岡市内において、県議会民主党会派を離脱した10人の県議会議員が一堂に会し、新会派名、結成の趣旨、活動基本方針、基本政策などを協議、会派名を「希望・みらいフォーラム」と決定、夕方、岩手県議会事務局に正式に届け出た。
 今月30日、午前9時30分、県議会内において記者会見を行うことも決めた。

7月27日(金)
 新会派「希望・みらいフォーラム」の代表として岩手県議会各会派代表者会議に出席。
 県議会の会派構成が変わったことから、議席、所属委員会等を変更しなければならないことから開催されたもの。
 議長から、県議会の交渉団体の要件をこれまで所属議員5名以上と定めていたものを4名以上に変更したい旨提案があった。
 この件については、岩手県議会の先例は一貫して5名以上で運営してきたこと、また、昨年9月の県議会議員選挙後、議会運営委員会で半年間にわたり同問題を協議、結論として4名は認められないことで決着していること、さらにこれまで民主党と自由民主クラブの二会派で議会運営を決定してきたが、今度、新会派が結成され、結果として三会派で議会を運営することになり、多様な意見が反映されることから、「希望・みらいフォーラム」としては「すでに決着済みであり、提案すること自体認められない」立場を表明した。
 国の三党合意が県議会にも伝染してきた。すなわち三会派談合という形で。

 夕方、第38回岩手県消防操作競技会出場者報告会に出席。

7月28日(土)
 岩手日報社から、民主党の分裂を受け、本県の市町村議員で民主党に入党していた90人のうち、66人が離党したことが明らかになったことから、離党した元幹事長としてどう受け止めているか、との取材があったことから、下記のコメントを寄せた。
 「大量離党は野田政権はもとより民主党の限界を感じ取ったものと思う。この現象は、基本政策などが明らかになることによってさらに加速するだろう」

7月29日(日)
 大迫町亀ケ森地区行政区7区、8区合同親睦ビアパーティに出席。


「国民の生活が第一」岩手県組織の結成準備会を立ち上げる

7月16日(月)
 海の日の休日。
 平成5年に始まった政治改革は19年間の時間を費やした今も、未完のままである。
 二大政党制の実現を目指した新進党は、一回目の挑戦をしただけで空中分解、その後、民主党と自由党の合併より足腰を鍛えた民主党は、「自民、公明の連立政権と違う政治をやる」と主張、09年の総選挙で政権交代を実現させたが、今やその民主党は「自民、公明、民主」の事実上の三党連立政権と化した。
 政権与党でありながらももはや崩壊過程にある。
 小選挙区制度をとっている限り、必然的に二大政党制にならざるを得ないが、総選挙を1年以内に控え今の国政は、星雲状態、群雄割拠、応仁の乱状態である。
 国会議員の頭の中は、どの党で選挙を戦えば自分が有利になるのかこの計算のみであろう。
 そこにはこの国の将来をどうするという発想がまったくない。
 しかし国会議員を選んだのは国民である。
 今度こそ、本物の国会議員を選ばなければならない。

7月17日(火)
 第31回石鳥谷地域いきいきスポーツシルバー大会(いしどりやふれあい運動公園)及び石鳥谷町消友会(りんどう亭)に出席。


7月18日(水)
 先に民主党を離党した10人の県議会議員で新会派の名称を含め設立目的などについて県議会内において協議。今月末までに、会派結成の趣旨、目指す基本政策などを決定し、議会に会派届を提出することを決定した。

7月19日(木)
 岩手県議会環境福祉常任委員会が、今年4月に岩手県立中央病院付属大迫地域診療センターに併設開業した特別養護老人ホーム「結の郷」の調査研究を実施、地元県議として同調査に参加。


7月20日(金)
 盛岡市内のホテルにおいて、岩手県から民主党を離党し「国民の生活が第一」の新党に合流する小沢代表を含む国会議員6人、県議会議員10名、さらに達増知事らが出席し新党の岩手組織立ち上げのための協議を行った。
 「新党岩手県連設立準備会」(仮称)の世話人を国会議員、県議会議員で構成することを確認した。
 

「信なくば立たず」はどこへ

7月13日(金)
 これまで自民党の公約破りはひどかったが、民主党のマニフェスト破りは自民党の比どころではない。
 民主党は消費税増税と引き換えにマニフェストの信頼性を反故にした。
 民主党の背信によってわが国の民主政治の基盤が崩れかけている。
 そういう意味において相当罪が重いと思う。
 次の総選挙でにどんな立派なマニフェストを訴えても、有権者は何も信用しないだろう。
 平成6年、「自、社、さ」政権が誕生したが、首相は、自ら所属する政党のよって立つ基本政策をことごとく撤回した。
 その結果、その政党は平成8年の総選挙で壊滅的な敗北を喫した。
 一つの歴史の教訓である。
 まさに「信なくば立たず」である。 
 09年の民意は漂流し続けたままである。
 もう一度、09年の民意を引き寄せなければならない。

 
7月14日(土)
 「責任を取らない政治」が続いている。
 政権が、そして国政が弱体化し一番喜ぶのは、官僚。政治主導はどこへ行ったのだろうか。
 それにしても民主党にとどまった国政、県政に携わっている政治家の皆さんに言いたい。
 思想、良心の自由によって人は離れることはままあるが、礼節を尽くすことによって人としての価値は定まるのではないだろうか。
 「人間」として心の中で小沢さんにお世話になったという気持ちがあれば、直接、間接を問わず礼を尽くすべきである。
 悲しいことに礼節を知らない人間が多すぎる。

 7月15日(日)
 第19回大迫外川目地区郷土芸能フェスティパル(外川目地区社会体育館)に出席。

さらば民主党

7月9日(月)
 午後1時本会議開会。
 本会議開会前の議員総会で、昨年9月の改選後、務めてきた県議会民主党会派代表を本日の本会議終了後に辞任することを表明した。
 最終本会議の採決では、本年度補正予算案など議案25件を原案通り可決した。
 注目の「消費増税関連法案の廃案を求める請願」、「消費増税に反対する請願」は、23議席を占める民主党会派から14人が賛成にまわり、可決された。
 民主党分裂の影響は、必然的に県議会民主党会派の分裂を誘発、県議会の議案にも影響を与えてきた。
 一方、午前の知事の定例記者会見で、知事は「民主党を離党し、新党に参加すること」を明言、一部議員から7月3日の一般質問の知事答弁と異なる。
 よって、緊急質問をおこなって知事の見解を質すべきとの要請が自民、地域政党いわて、社民党などが主張、民主党会派も残留の意向を示している議員から緊急質問を容認する雰囲気があったことから、結論は緊急質問を認めることとなった。
 本来、緊急質問は、緊急性、妥当性、必要性など総合的に判断して行うべきものである。これまでも、一般政策を中心に緊急質問を認めてきたことはあるが、「知事が記者会見の場で行った、いわゆる伝聞情報に基づくもので、しかも政治的問題について緊急質問を認めた」ということは、岩手県議会の歴史の中でただの一度もなかったものと記憶している。
 よって、今回、初めて我々の任期の中で岩手県議会が政治問題がらみの緊急質問を認めたこになる。
 新たな先例となることは間違いがない。
 先輩議員が良識を発揮し阻止してきた政治問題の緊急質問は解禁となった。
 しかも伝聞に基づくものでも可能となった。
 議会史に汚点を残すこととなり極めて残念である。

  それにしても緊急質問に対する、達増知事の「民主党は終わった」との答弁はすべてを物語っていた。

7月10日(火)
 昨日の緊急質問に対する知事答弁を踏まえ、「一党一派に偏しない知事職の政治的中立性を求める」、「復興を成し遂げるためには与党にとどまるべき」との主張が聞こえるが、前者は、「政治活動の自由を拘束する」ものであり、後者は「首長が野党であれば、与党は復興に協力しない」と言っているようなものである
 非常に不思議な見識である。

7月11日(水)
 小沢新党旗揚げの日。

 午前11時、民主党県連に県議会議員10人の「離党届」を提出、午後2時から、県庁県政記者クラブにおいて記者会見を開き、離党の理由や新党に移行すること等を表明した。
 今の民主党は、09年のマニフェストで約束したことをやらないで、マニフェストに書いていないこと=消費税増税やTPP参加に一心不乱に取り組んいる。
 まぎれもないマニフェスト違反、公約違反である。
 政治のモラルハザートを民主党が極限まで高めてしまった。
 「筋が通らない」という言葉があるが、民主党は「筋が通らないことの積み重ね」によって自壊の道を選んでしまった。
 すなわち、民主党は09年の政権交代選挙の正統性を消費税増税の法案採決に伴う分裂で、歴史的業績(国民の一票で政権交代を行ったという、いわゆる歴史上はじめての政治革命)を自ら崩壊させてしまった。
 国民の期待が大きかった分その失望はいまや大きな怒りに変わりつつある。
 「うそつき民主党」の烙印を自ら押してしまった代償は、民主党の自壊を招くのみならず、我が国の選挙と議会制民主主義の信頼を根底から損ねてしまった。この罪はあまりにも大きい。

  政権与党である事のみの理由で民主党にとどまるというのであれば、そこには政治家としての主義、主張はない。
 あるのは、「与党病」、「大臣病」といわれる損得勘定のみである。
 造反しながら民主党にとどまっている国会議員もいる。
 民主党ブランドで選挙を戦ったほうがプラスになると思っているのかもしれないが、これでは節操がない、と言われても仕方がない。
 私は、政権交代可能な健全な政党政治に基づく真の議会制民主主義の確立をめざし政治活動を行ってきたが、民主党の分裂により、途中でその道が絶たれた。
 民主党にとどまる必然性はないし、このまま民主党にとどまれば、私は「うそつき佐々木順一」となる。
 この不名誉なレッテルを張られたまま生涯を送るような生き恥を私はさらしたくない。

 09年の民主党へ託した政権交代の民意は、民主党がこれを否定したことから、その民意は、今宙に浮いたままの状態にある。
  今、国政は民主党、自民党、公明党の事実上の大連立政権である。
 「自、公政権ではだめだ」と主張し政権交代を実現したのに、この主張を国民は全面的に支持したのに、いとも簡単に民主党は09年の民意を捨て去った。

 「国民の生活が第一。」が立ち上がった。
 09年の民意を吸収する受け皿ができた。
 今後、新会派を結成し、その後、速やかに新党県連を立ち上げ、政権奪還に向けて総選挙勝利シフトを構築しなければならない。
 私にとって平成5年9月の自由民主党離党以後、新生党、新進党、自由党、民主党、5つの政党に籍を置いてきた。今回で6回目の移籍となる。
 そもそも政党は道具である。
 「政党とは、基本政策に賛同する同志で構成し、総選挙で過半数を制し、政権を獲得し、主権者国民に代わって権力をコントロールしながら、選挙で訴えた政策を実行し、国民の期待に応える」。
 これが政党の存在理由である。
 役に立たない政党であれば、国民は選挙のおける一票で躊躇することなく政治の舞台から退場させなければならない。
 また、政権を維持するのみの政党もある。国民にとってみれば有害以外の何物でもない。

 「復興に専念すべき」、そのとおりである。
 しかし、民主党政権の現在の復興取り組みに被災地の方々は不満たらたらである。
 一年以内には必ず選挙が来る。国会の情勢によっては早まる可能性が高い。
 そもそも消費税増税やTPP論議は復興の妨げとなっている。
 真の復興策を打ち立てるためにも政権交代をもう一度やり直さなければならない。

 今日は、私にとって「さらば民主党」の日である。
 同時に「国民の生活が第一。」を実現するため、政権奪取を目指す再スタートの日でもある。


7月12日(木)
 地元を中心に離党関係の説明にあたる。  

民主党分裂の中で始まった6月定例県議会

6月29日(金)
 県議会は議案調査のため休会。
 議案調査のため議会へ。

6月30日(土)
 「佐藤健三氏 藍綬褒章受賞祝賀会」(ホテル花城)に出席。

7月1日(日)
 第31回みちのく神楽大会(大迫交流活性化センター)に出席後、いわて花巻空港へ。

 空港で大阪から到着した小沢元民主党代表を出迎え、そのまま県庁知事室へ。
 達増知事、小沢元代表の会談に同席。
 「小沢元代表の民主党離党、新党結成が現実のものになった場合でも同一歩調をとることを」確認した。
 その後、小沢元代表は民主党県連内で県連役員などと懇談、今後の展望などを示した。

7月2日(月)
 午後1時、 昨日、小沢県連代表を含む5人の本県選出衆参国会議員が離党届を提出したことから、民主党分裂の中で再開した6月定例県議会再開。
 一般質問に佐々木大和(自民クラブ)、郷右近浩(民主党)、岩渕誠(民主党)の三議員が登壇、午後4時55分散会。

7月3日(火)
 「小沢新党の結成、今月11日」との報道が流れた中で行われた一般質問二日目。
 午後1時、本会議開会。
 一般質問に、軽石義則(民主党)、佐々木努(民主党)、久保孝喜(社民党)が登壇、午後5時2分散会。

7月4日(水) 
 午後1時、本会議開会。一般質問三日目。
 一般質問に、嵯峨壱朗(自民クラブ)、佐々木朋和(民主党)、佐々木茂光(無所属)が登壇、午後6時1分散会。

7月5日(木)
 午前10時、県議会の五つの常任委員会が開催、予算議案、条例議案、請願などを審査。

7月6日(金)
 岩手県議会東日本大震災復興特別委員会を開催、災害復興工事の入札ミス問題について集中審査。

7月7日(土)
 第64回岩手県民体育大会ソフトボール開会式(いしどりやアイスアリーナ)に出席した後、連合岩手三役会議に出席のため盛岡へ。

7月8日(日)
 小沢一郎後援会新堀支部総会(新堀振興センター)に出席。

 民主党分裂の中ではじまった6月定例県議会は明日で閉会する。
 民主党の分裂の引き金を引いたのは、壊し屋=小沢一郎ではない。
 マニフェストに書いているものを放棄して、マニフェストに書いていないもの=消費税増税先行処理にに政治生命をかけ推し進めている野田執行部である。
 野田さんが09年の政権交代選挙の際に訴えていた「シロアリ退治が先だ」という言葉はどこにいったのだろうか。
 09年の国民の民意のもとに誕生した憲政史上初めての政権交代という業績は過去のものとなった。
 そして政権与党として託された当時の民主党は、7月の2日の民主党分裂をもって自壊した。
 民主党に対する国民が抱いている怒りに近い失望感は、計り知れないものがある。
 
 自らの態度も明日は正式に表明しなければならない。



 


岩手県議会議員 佐々木順一
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