佐々木順一日誌

言葉に責任を持つ、約束を果たす、それが政治だ!

2014年05月

 集団的自衛権行使容認の賛否のみに終始するメディア、さながら世論誘導合戦

5月21日(水)~22日(木)
 一泊二日で岩手県議会総務委員会県外視察に参加。
 初日の21日は、宮城県女川町へ。東北電力(株)女川原子力発電所内において、「同発電所における防災対策などの現状について」津幡所長をはじめ現地職員と意見交換。(仙台市内 泊)
 二日目、22日は、午前、仙台市太白区の「あすと長町仮設住宅自治会」、午後は、名取市に移動し、「津波被害復興祈念資料館=閖上の記憶」をそれぞれ訪れ、関係者と取り組み状況や運営状況などについて意見交換を行った。夕方帰省。

5月23日(金)
 第95回(社)南部杜氏協会自醸清酒鑑評会(石鳥谷生涯学習会館)に出席後、岩手県議会へ。県議会代表者会議に出席。

5月24日(土)
 花巻市立新堀小学校、同立大迫小学校各運動会、特別養護老人ホームサンガ落成式(ホテル花巻)にそれぞれ出席。

5月25日(日)
 小沢一郎後援会新堀支部総会に出席。

5月26日(月)
 岩手県猟友会総会(盛岡グランドホテル)、岩手県美容業生活衛生同業組合花巻支部定時総会・懇親会(ホテルグランシェール花巻)にそれぞれ出席。

5月27日(火)
 社会福祉法人・宝寿荘理事会に出席。

5月28日(水)
 集団的自衛権行使容認の賛否のみに終始する大手新聞、さながら世論誘導合戦
 
朝日、毎日、読売、産経といえばだれでも知っている日本を代表するマスメディアである。
 しかし、先般の安倍首相の「集団的自衛権行使容認」発言に対し4メディアは世論誘導に終始している感がある。
 その最たる例が世論調査である。
 例えば、読売は行使容認が71%、産経も容認70%、逆に朝日・毎日ともに「行使反対」が56%ということのようであるが、全体的論調は戦争賛成、反対論に終始している。
 正面から憲法論を捉えているとは到底言えないし、安倍首相の解釈改憲のどこに問題があるのかということもスルーしている。
 世論調査の質問の設定も極めて誘導的である。
 例えば、朝日、毎日は「集団的自衛権行使に反対か賛成か」の二者択一になっているとのことであるが、読売と産経は集団的自衛権について「全面的に使えるようにすべき」、「使えるようにすべきではない」のほかに三択として「必要最小限度で使えるようにすべき」という選択肢が追加されているという。これでは回答者は三択を選択することは当然といえる。
 どうやら大新聞も安倍首相と同じように正しい議論、本質的問題を国民に提起しようという意志はさらさらないと言わざるを得ない。
 

解釈改憲による集団的自衛権行使は憲法改正と同じ効力を持つ

5月16日(金)

解釈改憲による集団的自衛権行使は憲法改正と同じ効力を持つ

 昨日の首相の私的諮問機関「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」の報告書を受け、安倍首相が「集団的自衛権行使を認める憲法解釈変更を本格的に検討していく考えを表明したことに批判が広がっている。

 自衛権は自然権として憲法を超えて国際的に認められており、国連憲章第51条でも明確に認めている。

 当然我が国においても個別的・集団的を問わず自衛権を自然権として保持し行使できると考えられるが、我が国では日本国憲法9条「戦争の放棄」が存在する。

すなわち、第1項「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」。

 第2項「前項の目的を達成するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権はこれを認めない」。である。

 これにより、自衛権の行使は①急迫不正の侵害が日本にあったとき、すなわち日本が直接攻撃を受けた時と、②周辺事態法にいう、放置すれば我が国が攻撃を受ける可能性があるなどの日本の安全が脅かされる場合、この二点に限って日本は自衛権を行使できるとされている。これ以外は国際紛争を解決する手段としての武力行使は禁じる、というのが9条の正しい解釈である。

しかしながら、安倍首相は事例を列挙するなど限定的な集団的自衛権の行使を念頭に置いていたが、そもそも戦争という特殊かつ異常事態下では何が起こるか予測することは困難であり、あらかじめ具体的事例を想定することは非現実的と言わざるを得ない。仮に戦争状態に突入した場合、想定外のことが起きることを想定しなければならない。

 「武力行使をする」=「軍」を動かすということは、政治の最後の手段である。

集団的自衛権行使の容認は、「武力行使をする」=「軍」を動かすことを前提にしており我が国の防衛政策の変更という政策論で終わる問題ではない。戦後のわが国の在り方の大転換につながる問題であり、ひいては憲法問題に直結する重大問題である。

 解釈改憲のみで集団的自衛権行使に踏み切るということは、憲法改正と同じ効力を持つことになる。国民の判断を仰がないで事実上の憲法改正に踏み切ることは危険極まりない。権力の暴走以外の何物でもない。



5月17日(土)

改憲解釈は立憲主義の否定

「国民主権」、「基本的人権の尊重」、「平和主義」。日本国憲法の三大原則である。これに「国際協調」が入って三大原則プラスワンということになる。事実上の四大原則として機能してきた。
 一方、憲法前文には「主権」は国民が有し、「権力」は国民の代表者が行使し、その「福利」は国民が享受すると謳われている。この前文を軽視してはならない。第二次世界大戦の反省を踏まえた国民の総意ともいえる決意であるからである。
 さて、憲法はその国の最高法規であって国の形を決めるものであり、国民が権力者に勝手なことをさせないように、その力を縛るものである。
 すなわち、国民が、権力を行使する者に対して、憲法によって「国民の権利を守るように」と命令していると受け止めても全く問題がない。しかし、安倍政権は憲法の要請を誤解して憲法9条を拡大解釈しようとしている。
 憲法改正と同じ効力を有する解釈改憲のみによって、集団的自衛権を行使するこは立憲主義を完全否定する行為である。憲法虫の誹りそのものである。



5月18日(日)

花巻市大迫町内川目小学校、亀ケ森小学校両地区民合同運動会開会式に出席、社会福祉法人・ルンビニーのまつりに参加。その後、岩手県副知事ご尊父の葬儀に参列。



5月19日(月)

 花巻工業クラブ第25回定期総会懇親会(花巻温泉)に出席

5月20日(火)
 ゜「保守」の定義、永遠にわからない
 社会主義政治勢力と対峙していた時代の自民党は「自由」「民主」を掲げたリベラル政党であったと思うが、今日では「国家主義政党」に変質しつつあるように思えてならない。
 政権交代をなしとげた「民主党」は人間一人一人を尊重する政策を掲げていた。基本的人権の尊重を政治の舞台で実現しようとした。この点は大いに評価できる。
 一方、自民党は対立軸を作るため対抗政策として、個人に着目するよりも、政策的差別化を図るため、国家を尊重する政策を掲げざるを得なかったのではないだろうか。
 それにしても国民生活の実態を軽視して国家主義的政策展開を志向する現政権は真の保守とは言えない。    保守の定義を説明できる人は、これからもいないと思うが、ただいえることは、保守をことさら強調する政治家は今まで以上に増えると思う。
 保守を標榜する政治家の真贋を見定めるのは一人一人の国民に他ならない。 







 


 


 


 


 


 

憲法解釈変更による集団的自衛権行使容認は立憲主義に反する

5月12日(月)
「和」と「同」とは意味も性質が違う
 とかく人間の考えは対立するものである。
 政治の世界では特に顕著だ。
 論語に「君子は和して同ぜず。小人は同じて和せず」がある。
 一般的には「和して同ぜず」。
 その意味は「徳の道を歩む者は、人との調和を求めるが、雷同はしない」ということのようである。
 すなわち「雷同」とは自分の考えを持たずにむやみに同調すること。
 「立場上、反対」という釈明がその象徴の一つではないだろうか。
 「流れや雰囲気に任せる」という姿勢も同じであろう。
 おそらく、孔子は「自分の意見や主張を持って、互いに意見を交わしたうえで、他者と調和ささせていく、そういう人物を目指してほしい」と願ったものと思う。
 「和」と「同」とは意味も性質が違う。 
 「人格者は他人と調和はするが雷同はしない。凡人は雷同するが調和はしない」ということが本質的な孔子の教えである。
 少なくとも政治家は、「付和雷同」 の誹りを受けてはならない。
  
5月13日(火)
 花巻工業クラブ関係者と意見交換。 

5月14日(水)
 なぜ農協改革だけなのか。
 政府の規制改革会議が農業改革案を公表した。◎農協法に基づく中央会制度の廃止、◎JA全農の株式会社化、◎単協信用事業の農林中金・信連への移管、◎准組合員の事業利用制限、◎理事会役員構成の見直し等である。
 農協組織の地方分権化か?。
 本格議論はこれからであるが、ただ、政府の規制改革会議のメンバーは企業役員、弁護士、マスコミ幹部、大学教授などである。ワーキンググループの構成を見ても、農業分野のメンバーは株式会社化した農業生産法人の代表に限定されている。
 偏った内容という疑念はぬぐえない。素朴になぜ農協だけなのか?。TPP対応を意識したものなのか?。漁協や森林組合はどうなるのか?。疑問は尽きない。

5月15日(木)
憲法解釈変更による集団的自衛権行使容認は立憲主義に反する、5.15事件の起きた日に記者会見とは

 安倍首相が記者会見を開き正式に憲法解釈変更による集団的自衛権行使容認に強い意欲を表明したことに伴い、岩手日報社から生活の党岩手県総支部連合会としての見解を求められたので要旨下記のコメントを寄せた。

「いかなる国であろうとも個別的であれ集団的であれ自衛権は自然権の一つとして当然保持しているが、我が国は、日本国憲法9条があることから、〇我が国が直接攻撃を受けた時、〇周辺事態法でいう放置すれば我が国が攻撃を受ける可能性があるなどの日本の安全が脅かされる場合以外は、国際紛争を解決手段として自衛権を行使してはいけないというのが憲法9条の考えである。
 限定的とはいえ憲法解釈変更のみで集団的自衛権行使に踏み込むことは、明確な憲法違反であり、立憲主義を正面から否定するものである。
 また、個別具体の事例を列挙されていたが、戦争という特殊な状態をあらかじめ個別の事態として想定することはまったく意味をなさない。
 安倍政権が我が国の安全保障政策上やむを得ないというのであれば憲法9条を改正した上で行うべきでありこれが政治の王道というものである。
 事柄の性格上、政治、政策的判断を超えるものであることから主権者たる国民の信を問う必要がある」。

 
それにしても今日は、昭和7年(1932)に海軍将校が時の政府の粛清を求め決起した、いわゆる5.15事件が起きた日である。
 また、沖縄が正式に日本に返還された日(昭和47=1972)でもある。
 こうした日に、集団的自衛権行使容認の記者会見を開くとは。感情的にも無神経の誹りは免れない。

 第57回高村祭(花巻市太田山口・高村山荘詩碑前)に参加。
 昭和20年5月15日は、高村幸太郎が花巻に疎開した日であることから、毎年5月15日に「高村祭」が行われている。

 

 

 アダム・スミスの予測

5月6日(火)
 関税以外のTPP問題はどうなっているのだろうか?
 4月の日米首脳会議で大筋合意に至らなかったTPP問題。
 マスコミ報道も「先送り」、「実質合意」の見出しにみられるように180度割れている。
 12日から主席交渉官会議が始まるようであるが、これまでメディアに取り上げられるのは関税の問題だけである。
 TPP問題は関税を含め24分野が協議されているはずだ。
 例えば、国民皆保険制度、知的財産権や投資家・国家訴訟条項(ISD条項)などの交渉はどうなっているのだろうか。
 すべてがブラックボックスの中である。

5月7日(水)
 石鳥谷ライオンズクラブ例会出席。

5月8日(木)
 「原発ゼロで日本経済は再生する」(角川書店)=著者・城南信用金庫理事長・吉原毅氏)
 福島原発事故などまるでなかったかのように、原発輸出、原発再稼働で政界、経済界、学界、言論界(大手マスコミ)等が足並みをそろえた今日において、小泉純一郎、細川護熙両元総理が、昨日(7日)、原発ゼロに向けて自然エネルギーの普及を目指す一般社団法人「自然エネルギー推進会議」を設立した。
 こうした中にあって、「原発ゼロで日本経済は再生する」(角川書店)=著者・城南信用金庫理事長・吉原毅氏)が注目を呼んでいる。
 例えば、①リスクの高い原発をなぜ電力会社は再稼動させたいのか、②政界や経済界で原発依存社会ヘの回帰を望む声が多いのはなぜか、③世界有数の地震国にである日本になぜ多くの原子炉が建設されるに至ったのか、④原発がすべて止まったままだと、日本経済は本当に壊滅的な打撃を被ってしまうのかなどのについて、「信金」と「銀行」の違いを含め多岐にわたり判りやすく記している。
 信金理事長が脱原発を唱えるというギャップも興味を引く。お勧めしたい一冊である。

5月9日(金)
 石信会会員交流会並びに信金職員歓送迎会に出席。

5月10日(土)
 アダム・スミスの予測
 資本主義社会を歴史上で初めて構造的にとらえた「国富論」といえば、英国の経済学者・アダム・スミスである。
 その第4巻では「株式会社は株主の利益のみを追求する傾向があるため、株式会社が増えることは、国家にとって道徳的な問題を含めて望ましくない」という節を残している。
 恐らく「経済は共感と連帯と相互扶助の精神のもとに成り立たねばならない」ということであろう。
 18世紀中ばの段階ですでに「拝金主義」、「市場経済絶対主義」がもたらす社会の欠陥を予測していたといえる。
 モラルの大切さが今問われているといえる。

5月11日(日)
 115人の選手の参加のもとに恒例の「春季佐々木順一杯ゴルフ大会」(盛岡南ゴルフ倶楽部)を開催。 

 



集団的自衛権行使は改憲によって行われるべき

5月2日(金)
 公約を無視する政権が道徳の必要性を説くとは
 「4年間は消費税を上げない」=民主党。
 「聖域なき関税撤廃を前提にする限り、TPP交渉参加に反対」、「原子力に依存しない経済・社会構造の確立を目指す」=自民党。
 直近の両党の国政選挙での代表的公約である。
 「国会議員の定数削減が実現するまでの間、歳費を削減する。通常国会で結論を出す」。
 以前、党首討論で自民、民主党首同士が合意した事項である。
 いずれの言葉も国民は忘れていないと思う。
 一般社会において約束違反は、周りから白眼視される。
 特に、深刻な約束違反の場合は社会的制裁を受けることになる。
 当時政権党であった民主党は総選挙で国民の制裁を受け政権を失った。
 さて、次の総選挙で現政権はどのような鉄槌を受けることになるのか。
 それにしても平気で公約無視を行う政治が現代社会のモラルの低下を引き起こしているような気がする。
 こうした政権が教育カリキュラムに「道徳」を盛り込んだ。
 ブラックユーモアにもならない。
 悲劇そのものである。 

5月3日(土)
 集団的自衛権行使は改憲によって行われるべき
 67回目の「主権在民」、「基本的人権」、「平和主義」、「国際協調」を基本理念とした「憲法記念日」であるが、安倍政権は、憲法9条の「解釈変更」をすることにより、集団的自衛権の行使を可能にしようとしている。
 かってない岐路に立つ日本国憲法。
 憲法9条が容認している自衛権の行使は、我が国が直接攻撃を受けた場合、及び周辺事態法に言う日本の安全が脅かされる場合において、同盟国である米国と共同で攻撃に対処するような場合に限り認められてきた。これ以外の日本に直接関係のない紛争のために、自衛隊が同盟国の軍事行動に参加することは、歯止めなき自衛権の拡大につながりかねないものであり、憲法9条の許容範囲を超えるものである。
 「安全保障の環境が変わった」、「日本の外交政策上必要である」などの理由から60年間余り言い続けてきた政府の憲法解釈を変更することはあまりにも軽薄であり、乱暴である。
 その時々の国会の多数の意図やその時々の内閣によって、これまで確立されてきた憲法規範の解釈を根本から覆すことは、そもそも「立憲主義」を否定することである。 
 必要以上に改憲を唱える自民党であり安倍政権である。
 一時は憲法96条改正に強い意欲を示した安倍首相である。
 政策判断として我が国が集団的自衛権行使をしなければならないのであれば、正面からそのことを国民に訴え、これを禁じている憲法9条改正を堂々と国民に問うことこそ政治の王道である。
 それにしても国民の声を聴こうとしない現政権は問題である。
 
 午前、平成26年度高女子ふれあいソフトボール大会(石鳥谷町・ふれあい運動公園)開会式に出席。東北各地から18チームが参加。
 明日まで熱戦が繰り広げられる。

5月4日(日)
 午前、花巻市東和町の第27回全国泣き相撲大会(毘沙門堂)に出席、その後、遠野市へ。友人の結婚式に出席。 

5月5日(月)
 石鳥谷町八重畑の「南関口最上参り無人会」(南関口会館)に出席。


岩手県議会議員 佐々木順一
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