9月23日()

 事務所において来客対応・資料整理

 

9月24日()

 当たり前とは

 菅首相は就任記者会見で「何が当たり前なのかをしっかりと見極めたうえで、大胆に実行する。これが私の信念である」とともに「国民のために働く内閣」を強調したが、このフレーズは極めて当たり前のことである。

 さらに菅首相は「国民の感覚から大きくかけ離れている当たり前でないことが残っている」としデジタル庁の設置や携帯電話料金の値下げなど様々な規制改革に取り組むことを表明した。

 一方、森友問題、加計問題、桜を見る会の問題については、菅総理も加藤官房長官も決着済みとしている。行政の私物化であるにもかかわらずである。

調査も責任追及もしないということは当たり前のことではない。

森友問題、加計問題、桜を見る会の問題にフタをすることは許されることではない。

菅総理は「安倍政治の継承」といっているが、国民はこれらの問題を調査しないことまで引き継ぐことを了としているわけがない。 

 様々な規制改革を行う前に、まずは行政の信頼回復から始めるべきである。

 当たり前とは何か、一口に言うなら常識である。常識がスルーされても批判が起きない社会でいいはずがない。当たり前でない社会が続くことは、これすなわち異常社会である。

 

9月25日()

 一か月以上国会を開かないのは当たり前と言えない

 自民党の森山国会対策委員長の話によれば臨時国会の召集時期が来月23日か26日になるという。なぜそんなにずれこむのか理解できない。

 安倍首相の辞任を受けて行われた自民党総裁選挙は「政治空白を避ける」ため党員・党友選挙を省いたはずである。

 しかも菅新総理が誕生した。内政・外交の諸課題にどう臨むのか、国会で総理は所信を明らかにする責任がある。

 菅総裁が首相に指名されたのは9月16日である。次の臨時国会まで1か月以上間が開くことになる。

 総裁任期の途中で首相が交代した過去の例はどうだったのか調べて見た。

 福田康夫、麻生太郎首相ともに内閣発足の五日後には所信表明を行い代表質問にも応じている。

 政治空白を避けるために党員・党友選挙を省略したことを踏まえると、国会を開かず政治空白を1か月以上作ることは明らかに矛盾である。

 首相が代われば所信表明演説を行うことは国民にとって当たり前のことである。

 

9月26日() ~26日(日)

 休暇