ダヴィンチコードを観た。といっても最近ではない。
公開初日に観にいった。それから感想を書く暇が無かったが、やっと書いてみようと思った。
とりあえず思いつくままに書いてみる。
文章構成もへったくれもない文になってしまう恐れもあるが、その方が率直な感想・思いが伝わると思うので敢えてそうする。
また、自分は原作を読んでいないが、キリスト教に関する知識はあったりしたのでほとんどは理解できたし、原作を読んだ人間とは多少異なる感想になると思う。

ここから先は、少しネタバレ的な要素を含むと思います。
まだ観てない方で知りたくない方は、この先を読まないことをお勧めします。
あ、映画の内容に触れる前に一言。
隣に座ってたおばさんが、上映開始早々、いびきをかいて寝てるんです。
ビックリしました。
「お前は何をしに映画館に来たのか?」と、小一時間問い詰めてやりたくなりました。
終盤起きてましたけど。話し分かってんのかなぁ・・・
ということで、すこしスペースを空けてから感想を書き始めます。











まず、率直に面白かった。ただ展開が非常に早いため、もう一度観てみたい気もする。
まず館長が殺され、その犯人が誰か巨大な力と結託している・・・
よくあるパターンだ。
そして主人公が犯人と間違えられて追われる身になる。
よくあるパターンだ。
ただ、普通のサスペンスは「誰が犯人だ」と、まぁ犯人さがしに入るわけだが、今回の主人公は暗号を解いていくことになる。
犯人はそのうち分かるのだが、とりあえず主人公は犯人さがしをしない。
それがちょっと新鮮に感じた。

それから、実際に映画を観て「なぜ世界中の教会が上映に対して反発しているのか」少し分かった気がした。
あの映画は、フィクションである。
確かにイエス・キリストは実在するし、ニケーヤ会議とかも本当にあった。
が、あくまでこの話はこれらの「事実」を巧みに組み合わせて作った「作り話」である。
映画の中だとニケーヤ会議について若干違ったニュアンスで説明されている。
その「違い」について書くとまた長くなるのでここでは書かないが、とりあえずちょっと違う。
しかもあのようなストーリーだと、何も知らない人が映画を観たり本を読んだ後、あのダヴィンチコードの話が「真実」であるかのような錯覚に陥ってしまう。
声高らかに叫びたい。
あれは作り話である。真実の話ではない。

映画を観て気になったのはこんなところか。
物語の終盤、あることが判明する。
はっきり言ってしまえば、イエスの子孫が出る。もっと正確に言えば「映画の中に出てくる誰かが、実はイエスの子孫だった」という事が判明する。
まぁ「やっぱりな」的なストーリー展開ではある。
観て損はないだろう。サスペンス的な要素もあるので楽しめる。
ただし、くれぐれも勘違いしないように。
あれは「作り話」である。