今年1年、このブログを訪問していただき、ありがとうございました。おかげさまで、少しずつですがアクセス数が増えていることを大変うれしく思います。
来年も引き続き訪問していただけるよう、続けて更新していきたいと思います。
2012年が皆様にとりまして、よい年になりますよう、北京から心よりお祈りしております。
なお、来年の更新は、仕事が落ち着いたらということで。
今度は北京で中国政治の新しい動きを見つけ、 私の見方を紹介します (since 2011.9.1)
その論評は人民時評の欄に張鉄「“鳥坎転機”がわれわれに何を提示するのか」というタイトルで掲載されていた。
広東省陸豊鳥坎事件が、21日に広東省党委副書記を組長とする工作組が陸豊に派遣され、省党委書記の重要な指示が伝達されたことで、解決に向かうことになった。この一連の事件から、何を教訓として学ぶべきかということ論じた文章だ。
文章は、この事件を次のように理解している。
―「今年9月以来、一部の村民がたびたび陳情(上訪)したのは、村幹部の土地、財務、人事などの問題への不満に端を発している。もし(村幹部が)その都度、利益要求をしっかりつかみ、事件発生前に真剣に耳を傾け、公正に評価・判断し、速やかに解決していれば、小さなことが大きなことになり、(問題が)レベルアップし、群体性の衝突になることはなく、鳥坎事件は異なる結果になりえた」
―「広東省の工作組は『群衆の主な要求は合理的である』と肯定している」
―「鳥坎事件を直接誘発した土地問題は、全国各地で目新しいものではなく、・・・『偶然的』な衝突の背後には、『必然的』な動機がある」
教訓として次のことに言及している。
―「鳥坎事件では、末端政府の最初の過ちは、村民の合理的な利益要求を直視なかったことで、理性的な陳情(上訪)を過激な行動にエスカレートさせてしまった点にある」
―「社会管理の善し悪しは、対立(矛盾)や衝突が存在するかどうかではなく、対立や衝突をうまく受け入れ、解消できるかどうかである」
鳥坎事件は今年9月に発生し、12月に入り新たな展開が見られ、注目されてきた。しかし、いつものことだが、『人民日報』は全くこの経緯を紹介することなく、教訓だけを論じようとするのだから、読者に親切ではない。注目されているのだからみんな詳細は知っているだろう、ということなのか。それともあまり経緯は知らせたくないけど、解決に向かっているので一応報道しないわけにはいかないので、高尚に論じたつもりなのか。いずれにせよ、新聞報道としてはダメだろう。それとも機関紙だからこれでいいのか。
まあ、報道の仕方についてはこれくらいにして、鳥坎事件に対する私の理解は、9月に村民の陳情が聞き入れられず、暴動にエスカレートして、12月になって首謀者5人が捕まってそのうち1人が取調中に死亡したことで、その死亡原因をめぐり再び村民と地元政府のあいだに緊張が高まったというもの。だいたい合っているだろう。詳細は日本のメディア、ニュースサイトでも紹介されているので、そちらを参考に。
一件落着しそうになったところで『人民日報』も初めてこの件を伝えた。この文章は、群衆側を肯定し、地元政府の対応を批判するという構図である。しかし、群衆側をここまで肯定するのはなんとも気持ち悪く、群衆に対する物わかりの良さを強調して、どことなく群衆に媚びている感じがしなくもない。それもこれも事件に対する分析がないので、この文章の判断が正しいのかどうか分からない。
こうした事件は全国で多発していることはこの文章も伝えている。地元政府の対応能力が低いことは分かっているが、それをこの文章が示唆するように個々の地元政府の原因と割り切っていいのか。やはり政治体制そのものの問題なのではないか。広東省で今年だけでも、いくつかの末端騒ぎが全国で注目された。これは広東当局にも対応に問題があるのではないか。もっと突っ込んだ分析をすればいいのに。