4月3日の清明節で1日から3日までを3連休にするために、中国では今日明日の土日が出勤日になっています。
1面に評論員の「穏中求進の総基調をしっかりと理解しよう」と題する文章が掲載されている。
―「穏中求進は、党中央が確定した今年の工作の総基調」「『穏』はマクロ経済の経済政策の基本的安定を維持し、経済の安定した比較的速い発展を維持し、物価総水準の基本的安定を維持し、社会の大局の安定を維持すること」「積極的に有効に各種の矛盾と隠れたリスクを取り除くことが『社会を安定させる』」
―「さまざまな思潮の中で、思想に定まった力はなく、発展の力を凝集させることは困難である。入り交じった環境の中で、心は他のことに気をとられて本職をおろそかにしっているようであり、極めて簡単に発展のチャンスを失ってしまう。困難やリスクを恐れないために、雑音やノイズにかき乱されないために、伝聞やデマに惑わされてないためには、ただ思想認識を中央の決定に統一し」
―「世界情勢、国情に継続的に深刻な変化が発生している今日、わが国の経済社会発展に現れた新たな段階制の特性に直面し、穏中求進の総基調をしっかりと理解し、動揺しない、気を緩めない、いじくらない」
―「われわれは、胡錦濤同志を総書記とする党中央の周囲に緊密に団結し、統一の思想と行動で改革創新を加速させる力を凝集し、しっかりとした信念と自信で人々の知恵を集め、中国の特色を持つ社会主義事業の新局面を切り開くことに奮闘しよう」
26日から突如として1面に関連付けが明記さていない評論員論文が掲載され、29日に続き今日が3本目。明記されていないが、その内容から薄煕来解任劇と関連していると見るのが自然だろう。
しかし、そのために、26日が学習、29日が両会、30日が穏中求進、を持ち出してくるのは、正直無理があるような気がする。露骨に薄煕来と言えないので、こうした題材でカモフラージュしているということだろう。
「思想の統一」、「胡錦濤同志を総書記とする党中央の周囲に緊密に団結」といったフレーズは、過去の陳希同や陳良宇がパージされ、事態を収拾し、安定させるときにも使われた常套句。
そう考えたとき、昨日、インタビュー記事とはいえ、左派の李慎明が登場したことはいったい何だろうか、分からない。つまり、左派の巻き返しか、それとも左派の屈服か。
そう思って、この1週間ぐらい『人民日報』の気になる掲載記事を見て、左派の動きが読めないか、検証してみた。(以下、冒頭の日付は掲載日)。過去のエントリーと重複する場合もある。
23日 周永康が全国政法宣伝工作会議(上海)に手紙よる指示
―「ここ数年、胡錦濤同志を総書記とする党中央の正確な指導の下、政法、宣伝の2つの戦線の同志らが団結協力し、創造的に政法宣伝工作を立派に行い、政法機関が忠実に法定職責を履行するために、良好な世論環境を作り上げてきた」
23日 「雷鋒時代化の思考」連載①李■「雷鋒精神は過去の物か」
23日 最近、郭伯雄が陜西駐在の部隊と軍隊院校を調研
―「さらに緊密に胡錦濤同志を総書記とする党中央の周囲に団結し」
―「部隊が自覚的に思想的に政治的に党中央と高度の一致を維持することを確保し、党中央と中央軍事委、胡主席の指揮にしっかりと従わなければならない」
26日 評論員「学習を執政能力を高める根本的な方法とする」
26日 「雷鋒時代化の思考」連載②周人傑「もともと思い起こす必要はなく、永遠に忘れることはできない」
27日 周永康、全国政法委書記第1期培訓班開班式で講話
―「政治方向を立派につかまなければならない。これが政法委書記に対する第1の要求である。揺るぎなく党の政法工作に対する指導を堅持し、党の事業が至上であり、人民の利益が至上であり、憲法法律が至上であることを堅持し、しっかりと政治的鋭敏性と政治的鑑別力を強化し。原則的な是非の問題で、党中央との高度な一致を維持し、実際の行動で党の領導を守り抜き、人民民主専制政権を守り抜き、中国の特色を持つ社会主義の道を守り抜き、改革・発展・安定の立派な情勢を守り抜かなければな
らない」
27日 李源潮、湖北省を調研(24~25日)
―「中央の『穏中求進』の総基調に沿って」
28日 「雷鋒時代化の思考」連載③陳家興「自らをさらに良くすることは難しいか」
29日 評論員「両会の精神を立派に貫徹することに精力して勢力を注ごう」
―「両会の精神を立派に貫徹実現するには、思想を統一して行動を一致させることができる」
―「さらに自覚的に胡錦濤同志を総書記とする党中央と高度な一致を維持し、原則的な是非において頭をはっきりさせ、路線原則の立場を固めなければならない」
―「全国両会はすでに処理のうちに終わったが、改革発展の偉大な過程は続く。われわれは満ち満ちている熱情、自覚的な態度、着実な工作で両会の精神を立派に貫徹実現させ、胡錦濤同志を総書記とする党中央の周囲をさらに緊密に団結させ、科学的発展観を深く貫徹実現させ、すべての人が心を1つにして、開拓を先取りし、ずば抜けた成績で第18回党大会の勝利を迎え入れよう」
29日「改革認識論を深める」連載③「重要領域、重点突破」
―改革の具体的な内容への言及
30日 李慎明「率先してマルクス主義の古典著作を真剣に学習しよう」
―ソ連・東欧の社会主義諸国の崩壊に加え、「改革・開放と社会主義市場経済の進展による資産階級とその他の搾取階級の各種腐った思想のつまらない人間が権勢を握ることで、わが国の思想政治領域に各種の雑音が出現した。これら政治の方向や根本的な原則に関わる重大問題に対し、各種の敵対的な思潮の侵害に対し、党の中高級領導幹部は旗幟を鮮明にし、胸を張って闘争を進めなければならない」
周永康、郭伯雄、李源潮の発言、さらに3本の評論員論文は、党中央の意向に沿ったものである。また、雷鋒については、胡錦濤が3月12日に全人代での人民解放軍代表団の会議で「新情勢下での雷鋒に学ぶ活動を深く展開」する指示しているので、胡錦濤のお墨付きのキャンペーンだということが分かった。こうして検証してみると、おそらく薄煕来解任以来、『人民日報』上では左派は抑え込まれているものと推測される。
そうなると、30日の李慎明の文章については、昨日のエントリーできちんとその内容を紹介しなかったので、よく読んでみると上記のような発言が見られた。「マルクス主義」という言葉を用いているものの、党中央の意向を反映しているように読むことができる。左派の代表格の李慎明の発言だけに影響は大きいし、その意味も深い。左派の主張を展開したというよりも、むしろ党中央の意向に屈服することを表明し、左派としての主張の許容範囲を示しているように思われる。
主流は固まっている。しかし、こうした思想統一、政治統制のやり方も、「文革」方式に近いものがあるように思うのは私だけだろうか。薄煕来を擁護するつもりはないが、自分たちのことを棚にあげて、というやり方は、「勝てば官軍」で、権力闘争とはこんなものかと。王立軍がアメリカ総領事館に駆け込んだがためにこんなことになって、薄煕来にはアンラッキーなお話だ。
―「もしマルクス主義の理論の基礎が不足していれば、胡錦濤同志を総書記とする党中央の一連の重大な戦略配置を自覚的に貫徹することはできないし、科学的発展観を貫徹する中で大きく割り引くことになる」