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2005年06月19日

どうして大豆が総合になりえるのか

大豆の教材性 最初に書いておくと、大豆を取り上げたからといって、それで総合的な学習が成立するわけではない。以下に大豆を総合で扱う上での考え方について記しておく。
 
 
 まず、今年度の総合的な学習の目標は、簡単に記すと以下の5つに集約されると考えている。
 
○ くらしの中にあるさまざまな大豆製品について興味をもったことを、見通しをもって調べていくことによって、次第に我が国の食糧問題に対する課題を明確にしていくことができる。(課題設定の能力)
○ 自分の見つけた課題を明らかにするために、書籍やインターネット、インタビュー、電話取材など適切な手段で情報を収集し、自分に必要な情報を選択し整理する。(問題解決の能力、情報活用の実践力)
○ 調べたり体験したりしたことを基に、わかったことや考えたことをわかりやすくまとめると共に、自分の考えが伝わるように内容や方法を工夫してWebページを製作する。(表現する能力)
 ○ 自分たちのくらしが大豆によって支えられていることを理解し、我が国の食糧問題と自分のくらしとのつながりについて考えたことから、これからの自分のくらしを見直そうとする。 (自己を振り返る力)
 
 
 では、これらのねらいを実現するために、大豆は教材としてどのような特性を持っているのだろうか。
 
 わたしたちが日頃口にする食材には、醤油、豆腐、納豆など、大豆を原料とするものが多くある。大豆食品を口にしない日はないくらい、大豆はわたしたちの生活と強く結びついている食材である。(親和性)
 
 その使用頻度は意外なまでに高く、醤油・大豆油などの二次使用も含めて考えると、大豆製品を口にしない日はないと言ってもよい。しかし、大豆は、その姿のまま用いられることは少なく、また、これだけ製品がありふれていながら、その原料の多くは海外からの輸入に頼っている(意外性)。
 
 日本で生産されている大豆の多くは、減反による転作作物として栽培されており、寒江校区においても、大豆栽培が進められている。(地域性)
 
 一方、大豆は日本人の食生活に重要な役割を占めているにもかかわらず、国内自給率の大変低い作物であり、また、残留農薬、遺伝子組み換えなど、食の安全保障という観点から今日的な問題をはらんだ食材でもある。以上のように、大豆は、いくつもの視点から問題を広げ発展的に追究することが可能であり、自分自身のくらしをふり返りながら食環境を考えるきっかけとなりえる教材である。(今日性=今日的な問題との関連)

  大豆の栽培に関しては、農業を専業とする地域ボランティアの協力が得られるので、実際に助言を受けながら自分たちで栽培し、その過程で、大豆を生産する上での留意点や苦労を体験的に学ぶことができる。 そのため、書籍やインターネットの資料で得た知識を、体験を通して強化したり見直したりしながら学習を進めることができる。豆腐、味噌などの自作経験のある地域人材もあり、それらの人々とかかわりながらさらに体験的に学習を進められる。(地域性、親和性)
 
 これら、さまざまな諸条件から、大豆を教材として取り上げることによって、総合で目標とする力を高めることができると考える。
 

 また、大豆を教材とすることによって、社会科(これからの食料生産)、理科(植物の発芽と成長)、家庭科(作っておいしく食べよう)などで、教科学習との関連を図ることができる。さまざまな場面で教材として取り上げることができることも、大豆の教材としてのよさである。(教科との関連)
 

 自分たちの身近な存在である大豆が、どのように生産され、加工されているかを調べ、さらに、自分たちで実際に栽培活動や食品加工を行うことによって、大豆がいかにわれわれの生活を支えているのかを実感し、その背景となる食糧問題や食を巡る環境の問題へと考えを広げながら、それらの問題に対する自分たちの考え方を深めながら追究していく子供の姿を期待するのである。
 
 
 と、長くなったけど、こんなところでわかっていただけるだろうか>高橋さん。


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