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2010年01月08日

歴史の逸話を聞かせてください

1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/25(金) 19:36:41.64 ID:RqjQVWxK0

お願いします。



4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/25(金) 20:18:41.22 ID:PG8X+gX+O
ナポレオンのチンコはメチャメチャ小さかったそうだ。
ホルモン異常で発育が悪かったらしく、死後に検死した医師が「お、女?」と間違えたほど。

ルイ十六世も短小、しかも重度のカントン包茎でセックスはまともに出来なかったんだと。
マリーアントワネットが浪費に走ったのは、夫婦生活が営めず欲求不満だったから、なんて説もある。

逆に巨根で有名なのは道鏡、「雪道を歩くと足跡が三本できる」なんて逸話もあるくらい。



5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/25(金) 20:37:25.31 ID:1A12NL0m0
>>4
それはでかすぎるだろwwwwwwwww


7 名前:コピペ :2009/12/25(金) 21:05:56.21 ID:LhdntmmP0
中世ヨーロッパの話
教会では「インキュバスは若い女を孕ませる事が出来るか」
という議論が真面目に行われた記録がある
この背景には家族がキリスト教の教えにそって若い女は結婚まで家に閉じ込めておく
ようにしていたが聖人でもない庶民の若者の情欲は抑えがたく
内緒で夜な夜な逢瀬を交わし妊娠してしまった時に若い女が
「インキュバスに犯された!」という妊娠の言い訳が横行した社会背景があったようだ



9 名前:コピペ :2009/12/25(金) 21:07:19.79 ID:LhdntmmP0
その昔中世フランスではレイプ事件が横行していた
それもその辺の道ばたを歩いていて〜なんて話ではない
普通に家の中にいたにも関わらずである
当時若い男の間ではレイプが横行していたと思われ
男同士が徒党を組んで若い女の暮らす家に目を付けては中に両親がいようが
関係無しに扉をぶちぶって若い女を暴行する(場合によっては複数人で朝まで)という事件が多発していた
自体を重く見た領主が犯人を捕まえてみてもそのほとんどが初犯であり常習犯はほぼいなかった
こうしたレイプ事件は当時のフランスの若者の間で流行していたと思われている
このような影響のせいでドアが内開き、
初夜のさいには血の付いたシーツを見せるという習慣の一因になった可能性がある…らしい



12 名前:コピペ :2009/12/25(金) 21:16:28.63 ID:LhdntmmP0
バビロニアでは婚前に神殿に使えて見知らぬ男相手に処女を捨てさせるという事が行われていた
相手が見つからない場合には何年も神殿にいなくてはならなかった



15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/25(金) 21:23:39.92 ID:tHE9Jolb0
昭和天皇の話

終戦直後、マッカーサーの元に昭和天皇が訪ねてきた
てっきり命乞いをしに来たのだと思ったら
「わが国民は飢えている、私の処分はどうなっても構わないのでこの有価証券類で国民を食わせてほしい」
と言った。
自分に直接の責任が無いのに自分の身よりも国民の飢えのほうを安否した昭和天皇に対して
マッカーサーは正直ぐっときた、と回顧録に残している。




17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/25(金) 21:26:12.80 ID:LhdntmmP0
浄土真宗中興の祖である本願寺蓮如には二十七人の実子がいた
最後の子供が生まれた時には84歳だった
浮気はしなかったものの生涯五度結婚しこの記録を作った



19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/25(金) 21:32:50.79 ID:LhdntmmP0
中世ヨーロッパの話
結婚前に性交させないために歳頃の女は家や尼寺に隔離されていた
しかし皆が聖人に成れるわけではない
ある尼寺でほとんどの尼が妊娠している事が発覚
何故妊娠したのかというと唯一出入りが許されていた知恵遅れの男が姦通していたのであった
男は処刑、尼は追放された

別の話では女が街にいない為性欲を持てあました男達が暴発
街にゲイが氾濫し社会問題となった
教会で娼館を開く案まで真面目に検討された



22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/25(金) 21:41:46.94 ID:hkuQniAU0
1.黄疸にかかったものの1週間で病院を抜け出し、戦場に戻ったところ、前線で暴れてる間に快癒した。
2.戦場で部下を助けるため着陸したものの離陸できなくなり地上から基地に戻った。
この時軍用犬に追っかけられたり冬に川を泳いだりしたものの捕まらなかった
3.片足に重傷を負い、6週間の入院を命じられるも八日で退院して戦場に復帰。
4.あまりにも武勲を立てすぎて新たに勲章を作られた。
5.片足を失うも、6週間で義足を作って自主退院し、前線に復帰。
6.爆撃機に乗りながら、エース。
7.制空権を完全に奪われた中から爆撃機で別地域の空軍基地まで無傷で飛行。
8.葬儀の時に空軍が自主的に追悼飛行。

全部同一人物の仕業です。




23 名前:コピペ :2009/12/25(金) 21:46:49.11 ID:LhdntmmP0
山内上杉憲政の家来に、大谷休伯という男がいた。侍と言うよりも、
農政を担当する文官であった。
天文二十年(1551)の平井城落城により、山内上杉憲政は越後の長尾景虎の元に逃れるが、
休伯は軍役に関わらなかったため許され、金山城主、由良成繁の元に身を寄せた。

しばらくすると休伯は、成繁の妻輝子の実家である館林城主、赤井氏より相談を受けた。
彼の領地、館林の開拓をやってくれないか?と。

館林を調べたところ、その地は利根川と渡良瀬川という二つの大きな川による水害、
冬の強風(からっ風)で火山灰や赤土が舞う風害、
火山灰などの吸水性からくる水不足に慢性的に悩まされ、農民達も多くが貧窮していた。
特に水不足は深刻で、田植えの時期になるたびに水争いが起こる有様であった。

「これは、大変な事業になります」

この土地の問題を解決するには、長い時間と、莫大な資金と、労力が、どうしても必要であることを説明し、
それに対して覚悟があるのかということを、休伯は赤井氏に確認をした。
彼らも、覚悟をした。
休伯は館林へ居を移した。事業が始まった。

永禄元年(1558年)、防風林開発に着手。
場所は館林西南多々良沼のすぐ側、館野ヶ原と呼ばれる土地で、
被害の大きさと新田開拓を見越してのものである。
館林に大量の松苗はないので、由良成繁の金山城のある
金山から分けてもらうことにした。

初年に植えた松は日照りにより枯れるものが多かった、
それを館林の農民達は馬鹿にした。「ほら、無理なことだ」と。
しかし翌年に、館野ヶ原に祠を造り松の成長を祈ると、今度は無事に成長した。

戦国時代である。事業は戦乱に巻き込まれるたび中断を余儀なくされたが、
着実に進行して行った。
が、暗雲は一気に訪れた。
永禄五年(1562)二月、北条氏についていた館林赤井氏は、
上杉謙信の軍勢の襲来により滅ぼされてた。
事業主体が、消滅してしまったのだ。
休伯達は呆然とするより他無かった。
もはや、この事業は続けることが出来ない。

その時である




24 名前:コピペ :2009/12/25(金) 21:47:32.88 ID:LhdntmmP0
館林の村落の者達が、休伯の下に次々とやってきた。
「どうか事業を、止めないでください」

資金に関しても人手に関しても、出来うる限り協力する、と言う。
農民達は、休伯らが、自分達のために働いていることを、いつしか理解していたのだ。
ここに彼らの活動は、地域事業となった。

住民達の協力により、二十年の歳月をかけて、五百十八町、518haの防風林は完成した。
この事業に必要とした松苗は115万本という。現在の多々良沼の松林はこの松の子孫である。
これにより風害が減り、開拓が行いやすくなった。
防風林開発が軌道に乗ると、休伯らは堤防と用水路の開発を同時に進めることにした。

この地方の水利から渡良瀬川と多々良沼が用水に適していると判断。
荒山小左衛門の協力の元、現在の太田市内ヶ島付近から
明和町大輪、十七ヶ村、五百九十九町に至る「上休伯堀」という長大な用水路を開発。

さらに休伯は、独力で館林市多々良沼から明和町江黒、十八ヶ村、
四百九十七町に至る「下休伯堀」を開発。
休伯堀は合わせて三十五ヶ村、約千二百町に及んだ。
これにより1000haもの土地に水が供給されるようになった。
堤防の開発も進み、地域一帯の農作物の生産性は大幅に上がった。

休泊はこの大事業を、ついに成功させたのだ。

天正六年(1578)、休泊は病気により自宅で養生するようになる。
熊倉善三郎に後を任せ、天正六年八月二十九日、
数年前に娶った妻と、三歳になる息子作太郎に看取られ静かに息を引き取った。
法名「大谷休泊関月居士」。

領民は誠実な人柄で開発事業を指揮してくれた休伯の死を悼み、
松苗の成長を祈った館野ヶ原の祠を神社とし、篤く弔った。
この神社は「大谷神社」と名付けられ、今も館林の人々により、大切に保存されている。

時が過ぎて昭和二十八年、四百年にわたって領民を支えた大事業に敬意を表し、
休泊の墓所は県指定史跡とされた。


戦国の、戦わなかった英雄のお話。



25 名前:コピペ :2009/12/25(金) 21:49:15.31 ID:LhdntmmP0

毛利元就は尼子と断交し、大内の傘下に入った。

英雄、尼子経久から家督を継いで間もない孫の晴久をはじめ、尼子家中はこれに怒り、「毛利討つべし!」との
声が大きくなった。その中、一人反対した者がいた。晴久の叔父、経久の弟、尼子久幸である。

「元就は、お前たちが考えているような、簡単な相手ではない。」

ここは戦よりも、外交的解決を図るのだ、と言う久幸に、主戦派は怒った。たかだか安芸の一国人に過ぎぬ
元就ごときに、数ヶ国を領する大尼子がなめられたままでよいと言うのか。
この久幸、かねてより、物事を戦にならないように謀り、経久の頃でさえそれが無謀と考えれば、その戦に
反対していた。

「下野守(久幸)殿は戦が恐ろしいのじゃ!だからいつも戦に反対しなさる。臆病野州と呼ぶが良かろう。」

臆病野州。あるいは野州比丘尼。主戦派は彼のことをこう呼び嘲った。彼はこの屈辱にじっと耐え、あくまで
この戦に反対したが、天文9年(1540年)、晴久はついに毛利征伐の命を下した。



27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/25(金) 21:57:46.96 ID:LhdntmmP0
一般にはあまり知られていないが東太平洋にまたがる広大な帝国が存在していた
それもガレオン船のような排水量の大きな船ではなくカヌーによって行き来していた
その帝国は内乱と縮小、西洋列強に保護されつつもオセアニアでは唯一
旧来の万世一系の王家が元首として統治するトンガ王国として君臨している




30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/25(金) 22:02:55.01 ID:LhdntmmP0
一般にはあまりしられていないが東南アジアを中心に
台湾、セイロン島にまでまたがる広大な王国が存在していた
その名はシュリーヴィジャヤ王国
しかしあまりにも文献が少なく巨大な交易国家であったと言うこと以外はほとんど不明である




31 名前:コピペ :2009/12/25(金) 22:07:25.06 ID:LhdntmmP0
立花家家臣小野鎮幸が加藤清正の家臣になっていたときのこと
清正と鎮幸が談笑していたが次第に清正が自虐トークを展開し出した

「ガキの頃から戦ばっかで読み書きなんてやる暇無かったよ。
おかげでいつも書状のやりとりが大変で大変で…
書状のやりとりに難が無い和泉(鎮幸)がうらやましいよ(´・ω・`)」

当時、叩き上げの武将が文盲なのは珍しくなかったが
清正のような大身にもなると書状のやりとりも多くなる
その上読み書き出来ない奴は畜生以下と見られる風潮も存在していたため劣等感もあったのだろう
若い頃やっておけば良かったというのはいつの時代も変わらぬ嘆きである

これを聞いた鎮幸は笑って
「いやいや、実は私も61歳までいろはのいの字も読めなかったんですよw
昔、朝鮮の陣の時に毛利から書状が来たんですがこれが全然読めない(笑)
60歳近い、それも立花家の家老とあろう者が読み書き出来ないなんて
他所に知れたら私の恥だけじゃ済みませんからね。
冷や汗ものでしたよw背中なんてビチョビチョでしたからねw
運良くちょうどその時内田玄恕が通りましてね。彼に返書を書かせて事なきを得たんです。
こんな事があったんで一念発起しましてね。
帰国してからウチの女房に読み書き習いましたw
最近やっとにじり書き出来るようになったんですよ〜。」



32 名前:コピペ :2009/12/25(金) 22:08:09.87 ID:LhdntmmP0

なんと鎮幸、60の手習いに挑戦しているという
しかし清正は自虐モードに入っていたのか

(´・ω・`).oO(どうせ謙遜してる嘘を付いているんだろう)

と思って間に受けなかった

後日、旧立花家家臣にこの事を聞いてみた
しかし帰ってきた答えは予想に反して「鎮幸の言っているこ事は本当である」との事だった

清正は感嘆して
「昔から偽りなきを武士とはいうが和泉(鎮幸)のような者は稀である
和泉こそは真の武士の典型だろう」
と言い、鎮幸を重用したと言う

小野鎮幸は62歳でその生涯を終えた


生涯勉強!
学問を始めるのに年齢は関係ない!
君も「ああすれば良かった」、「こうすれば良かった」と終わった過去を嘆かずに
今から挑戦してみよう!m9(`・ω・´)



39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/25(金) 22:34:33.43 ID:pMcwbh9h0
>>32
この小野鎮幸の子孫がオノ・ヨーコ…



33 名前:コピペ :2009/12/25(金) 22:10:34.27 ID:LhdntmmP0
まとめに無かったで有名な前田利家の晩年の話を一つ

晩年の槍の又左

利家は死の床で妻の松にこう言われた。
松「あなた様は今まで散々殺生を行ってきました。私が地獄に堕ちないように
  経帷子をこしらえて置きました。これを死の旅路にお使い下さい。」
  利家に着せようとした。

その問いに利家は
利家「わしは戦場にて敵を多く殺してきたが、無意味に人を殺したり、
   苦しめたことは一度も無いぞ!!だから地獄に堕ちる事は無い!!それでも
   ワシを閻魔が地獄に堕とすなら、先に行った者どもと一緒に地獄の閻魔
   を相手にひと戦してくれようぞ!!」着るのを拒否した。

武人とは最後まで武人と言うお話。



34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/25(金) 22:22:04.77 ID:LhdntmmP0
仏教における羅刹とはヒンドゥーにおけるラクシャーサであり
その根城は南のランカー島(セイロン島)の事であるとされている
セイロン島に住む人を羅刹として見ていたようだ

次いで仏教で修羅とされる阿修羅は世界の中心である須弥山の北を根城にしている

さて、古代にはシュメールという文明が存在しその北側にはアッシリアがあった
アッシリアの主神はアンシャルと言う神である

須弥山はサンスクリット語でスメールと言いこれに関連づけて
須弥山=シュメール
阿修羅=アンシャルとし古代の信仰の名残ではないかと見る向きがある

歴史のロマンですね




35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/25(金) 22:27:13.42 ID:NoFPZwF60
イエス=キリストがゴルゴダで処刑された時、
同時にもう一人イエスという男が処刑されている…

いろんな妄想的推理ができて好きなエピソード



37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/25(金) 22:31:15.49 ID:LhdntmmP0
フィリピンはあれだけの規模があり大陸からも比較的近く
古来から大陸と交易を行っていた節があるのに
スペインが来る前までの歴史は文献があまりに少なく
ほとんど判っていない(すぐ下のボルネオ島や台湾は少ないながらそれなりに史料がある)




38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/25(金) 22:33:27.35 ID:NoFPZwF60
古代シュメール人

交易によって栄えて地中海の歴史には欠かせない民族なのだが
侵略されたり虐殺された記録が特に見られないにも関わらず滅亡した
なぜかは分からないが自分達の民族に誇りを失ってしまったことが原因らしい



40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/25(金) 22:41:30.45 ID:IKXak3DkO
>>38
日本大陸にシュメール人が来て日本人になったって説があるよね。
信憑性はどんなもんなの?



42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/25(金) 22:44:15.67 ID:NoFPZwF60
>>40
専門家じゃないから分からない…
ただ日本人もこのままだと数千年後に同じこと言われてそうな気はするね
滅びるとしても侵略とかじゃない気がする



43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/25(金) 22:47:18.36 ID:pMcwbh9h0
>>42
日本はカルタゴでしょ
ローマに戦争で負けて軍隊取り上げられて
今度は商業重視で復興したけど滅んだ



45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/25(金) 22:51:38.44 ID:dB31bYEU0
皆は日本に核爆弾が落とされた事は良く知っていると思う。
そして一番メジャー・・・と言っちゃ悪いかな。
とにかく有名なのは広島。何故か長崎に落とされた事は知られていない。
それは何故か?

まぁ簡単に言えば、アメリカはキリスト教を信仰している事くらいは知ってるよな。
長崎にB29が来た時には厚い雲がかかっていたんだよ。
んでしょうがないから勘で核投下
投下した地点に丁度キリスト協会。
もちろん跡形も無く蒸発。カケラも残らなかった。
だがそこにあった事くらいは調べれば普通に分かる
これが米国国民にバレたらヤバイ
もうヤバイ ヤバイなんてもんじゃない
戦争で金使い果たしてんのに講義の嵐。
もうたまんない。んでやる事は1つ
証拠隠滅 口封じ TV等での詳しい詳細は伏せた

んでそのなごりって話




48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/25(金) 23:07:26.29 ID:LhdntmmP0
アフリカのマリ帝国の皇帝マンサ・ムサはイスラム教徒であり
メッカ巡礼の為にエジプトを通った際、2鼎發遼賃腓蔑未龍發鬚个藜き
エジプトの金相場を長期間に渡って下落させた
当時のマリは金の主要な産出国であったためこのような事が可能であった


が、メッカ巡礼の為に行きで旅費をほとんど使い果たしてしまい
帰路は貧乏旅だったようだ



49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/25(金) 23:15:59.54 ID:LhdntmmP0
ロシアの雷帝ことイヴァン4世の幼少期の趣味は
クレムリン宮殿の塔か犬や猫を突き落とす事であったという
皇帝になってからは処刑や拷問に自ら加わっていたという

また大聖堂を作らせた時の話、イヴァン4世はその大聖堂の美しさに感激し
その大聖堂以上に美しいものを作らせないため設計者の両目を潰させたという

またある日後継者であった息子と些細な口論となりカッとなって杖で息子を殴打
倒れる息子に我に返り抱きかかえるが息子は死亡
その死に嘆き悲しんだという



53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/25(金) 23:32:05.60 ID:LhdntmmP0
有名なスペインの無敵艦隊は実はイギリス側の呼称
皮肉が込められておりどちらかといえば「無敵艦隊」というより「無敵艦隊(笑)」である



56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/25(金) 23:41:00.81 ID:LhdntmmP0
蒙古襲来絵詞で有名なこの場面

mouko_shuurai_ekotoba









竹崎季長に立ちふさがる元兵三人は実は後世の加筆であり史料価値がない


57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/25(金) 23:42:55.82 ID:NoFPZwF60
>>56
知らなかった…
この絵自体は恩賞もらうための自己アピールなんだよな



59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/25(金) 23:44:47.80 ID:LhdntmmP0
>>57
現在ではそれも否定されている
絵詞が書かれたのは海東郷を恩賞に貰ったかなりあと



64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/25(金) 23:56:55.98 ID:hEg5d80+O
ドイツかどっかでミサイル作ってたフォン・ブラウン
設計図→ソ連へ流出
ブラウン自身→アメリカの捕虜に

ソ連→ミサイルを改良、人工衛星に
アメリカ→「宇宙への進出は遅れをとったが、ソ連よりも先に進歩してやる!」
→初の月面着陸へ




108 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 01:07:36.93 ID:ehUADQSN0
>>64
ちなみにフォン・ブラウンのロケット構想を紙面でバカにしたニューヨクタイムスは、後年その事を一面で謝罪した


65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/25(金) 23:58:10.36 ID:LhdntmmP0
マゼランが太平洋の島に寄港していた時のこと
船の荷物が地元民の泥棒にあった
マゼランは憤慨しこの島民を「救いがたい盗人」としている

しかしマゼラン一行は太平洋で半場遭難に近い状況で食料が不足しており
この島で略奪を行っている



70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 00:16:18.54 ID:rKInaClmO
寝ているナポレオンの顔に家来がカマンベールチーズを持っていくと、ナポレオンが一言
「ジョゼフィーヌ(妻)今夜は勘弁してくれ」




71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 00:17:08.57 ID:uP62Z/O20
ナポレオンはださい逸話が多いよな



73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 00:17:55.07 ID:n7fKsqBZ0
ジョセフィーヌはひどいワキガだったんだよね?
ナポレオンはそこに耽溺していたとか…



76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 00:22:57.46 ID:JB+PgMDr0
ジョゼフィーヌもろくな話無いよなww



86 名前:コピペ :2009/12/26(土) 00:30:49.60 ID:b5nmNgMz0
森長可
・初陣で一向一揆勢に単身突撃して27人の首を取る
・関所を通してくれない門番(味方)を殺害
・橋を通してくれない番人(味方)を殺害
・関所や橋で番人を殺した後、片付けをした家来に「そのような心遣いは不要だ」
・天皇も閲覧する馬揃え(パレード)の日に他家の気に入らない馬丁を殺害
・気に入らない武将に喧嘩を吹っかけようとわざと刀の鞘を当てる(昔なら即刃傷沙汰)も無視される
・戦場では信長の命令をも無視して勝手に攻撃開始
・味方に先に城を落とされたのを悔しがって信忠の命令を無視して攻撃
・高遠城攻めで三ノ丸にある屋敷の屋根に上がると上から鉄砲隊で乱射
・ついでに屋敷の中にも撃ちまくって非戦闘員を虐殺
・武田攻めで飯を食わせてくれなかった寺に放火、本尊を寺の前の畑に置いて焼け落ちる様子を見せる
・武田攻めで飯を食わせてくれた寺に太鼓を寄進したがその太鼓は別の寺から奪った物
・信長死後の信濃撤退で国人から取った人質を盾にして国境までたどり着いたところで全員殺害
・木曽義昌(味方)が暗殺しようとしたが先んじて城に入り息子を人質に撤退
・弟の葬式の日にかねてから気に入らなかった近隣の城を攻め落とす
・蛇を祭った神社で主と思われる蛇を見つけて殺して食う(しかも別の神社でも同じ事をする)
・死んだ際敵にも「味方にも」喜ばれた
・遺書に「もしこの戦で味方が全滅したら、城に火をかけてみんなで自決してください」と書いてあった




88 名前:コピペ :2009/12/26(土) 00:32:32.27 ID:b5nmNgMz0
宇喜多直家
・祖父は謀殺され父も若くして死去、仇を油断させるためにうつけを演じ周囲にドン引きされる
・母を通じて浦上宗景に使えて城主にまで出世するも土地が貧しく収入として盗賊家業に精を出す
・主君から仇の抹殺権を得るために長年掛けて親しくなった舅の中山信正を酒宴の場で暗殺、城を乗っ取る
・主君から中山の謀反と聞き駆けつけた祖父の仇である島村盛実を油断させて暗殺
・直家の妻は父である中山信正を殺されて自決(尼になったとも)
・男色の気のあった禾最所元常に美少年の刺客を送り込んで暗殺
・美作を支配していた後藤美作守、谷川久隆を暗殺
・直家の2番目の妻は父である後藤美作守を殺されて自決
・隣国の大名である三村家親が大軍で攻めてくるも狙撃という日本初の手段で暗殺
・家親の弔い合戦で攻めてきた元親が大軍で攻めてくるも敵の一部を寝返らせ快勝(明善寺合戦)
・明善寺合戦で日和った松田氏の重臣である宇垣兄弟を鹿と間違えたと称して暗殺、後に松田氏を攻め滅ぼす
・松田氏に嫁いでいた直家の娘は自決
・金光宗高を他家に内通していると言いがかりを付けて切腹させる
・主君の嫡男である浦上宗次を暗殺
・浦上宗次に嫁いでいた直家の娘は自決
・主君を追放後、擁立していた若年の浦上久松丸を母親ごと暗殺、下克上を達成して戦国大名に
・織田に肩入れしていたとして後藤勝基を攻め滅ぼす
・後藤勝基に嫁いでいた直家の娘は自決



89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 00:33:33.72 ID:b5nmNgMz0
・松田氏を滅ぼす為に篭絡していた伊賀久隆を暗殺
・伊賀久隆に嫁いでいた直家の娘は自決
・毛利側に付いていた直家はある日戦に勝った毛利家の重臣二人を帰り道で酒宴に誘う
 重臣二人はこの申し出を無視。直後に直家は織田に寝返り。
 もしかしたら重臣二人の首を狙っていたのかもしれない
・死ぬ直前、直家は家臣に殉死してくれるかと尋ねたが
 「人を殺した私達が死後に付いて行っても地獄の道案内しか出来ないので坊主を殺してそちらに送ります」
 と暗に地獄行きを皮肉られる
・直家の死後、弟である宇喜多忠家は
 「兄は恐ろしい男だった
 腹黒く、なにをたくらんでいるかわからないところがあった
 それゆえ兄の前に出るときは、かならず衣服の下に鎖帷子をつけたものだ。」
 と語っている。
・忠家は直家からの暗殺を恐れ直家の手をつけたものしか食べなかったという



93 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 00:41:54.39 ID:KgLSlvPMO
豊臣秀吉の右手には親指が二本あった。秀吉の同僚で大老の前田利家が死ぬ少し前に
その事を述べており、また宣教師の記録にも残っている。だが様々な事情によりなかった事にされている



97 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 00:48:04.65 ID:atqxYH1e0
ソ連ができたのは日本のおかげってほんと?

あと、俺が知ってるのは、お前らの学生時代は(ryということ。



98 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 00:50:16.84 ID:W6Jpn7/HP
>>97
確か当時の日本政府がある軍人に工作資金100万渡して
ソ連を革命してこいって命じた
結果成功



99 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 00:53:08.02 ID:KgLSlvPMO
徳川家康は三方ヶ原で武田信玄に大敗した。家臣で夏目漱石の先祖、夏目吉信を身代わりにして
ほうほうの態で脱出した家康であったが、ふと気が付くと尻に違和感が。
なんと家康はあまりの恐怖に脱糞していたのだった。
だが、家臣の前でうんこ漏らしたなどと言える筈がない。
家康はこれは昼飯の焼き味噌であると言った揚げ句に、
それを証明する為に近くにいた部下の石川数正にそのうんこを食べさせた。
後に数正は豊臣秀吉の元に出奔した。



109 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 01:07:50.90 ID:9oaG4HDpO
>>99
脱糞した自分の姿をすぐに当時は忌み嫌われていた自画像にして醜態を忘れないようにし、
それが現在も自画像として使われてるって聞いたことある



133 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 01:50:14.78 ID:KgLSlvPMO
実は西ローマ帝国は滅亡直前に蒸気機関の発明に成功していた。
あと数十年西ローマ帝国が続けば実用化された可能性は充分あり、
その結果人類の歴史は10世紀以上早く進歩していた可能性がある。



150 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 03:32:43.32 ID:2RSVFg6mO
張献忠は中国史の中でも有名な殺人狂。



160 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 08:54:34.57 ID:yjE/6XF7O
>>89
暗殺し過ぎなのもあれだが妻と娘巻き込みすぎだろw
しかもこれだけの事してんのに畳の上でしんでやがるw



185 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 12:25:32.77 ID:Igun/5xL0
ある時、不意にむかついたので自分の息子や妻妾たちを皆殺しにした。
その事を忘れて、息子や妻妾たちを呼び出そうとしたのだが、現れることがなかった。

これオカシイだろww
>>150の人



153 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 06:08:20.26 ID:Eb2LoMSeO
世界史ではインパクトのある存在であるゾロアスター教
最大の支持基盤であるササン朝が滅んだあとも信者は各地で行き延びていた
インドのタタ財団一族やQueenのフレディはその末裔だそうだ
ちなみに日本では神戸あたりに組織があるらしい



161 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 09:14:11.10 ID:almZ363U0
第二次世界大戦終戦後
外務大臣に就任した吉田茂に頼まれ、戦連絡中央事務局の参与に白洲次郎が就任した。
白洲がGHQ相手にイギリス仕込みの英語で主張すべきところは頑強に主張してた時のこと・・・

民政局長コートニー・ホイットニー准将「あなた英語うまいですね」
白洲次郎「あなたももう少し勉強すれば上手くなるよ」
コートニー・ホイットニー「( ゚Д゚)……‥‥‥・・・(゚д゚)」

この時、白洲が話していた英語はオックスブリッジアクセントであった。
彼はそのことも知らないないで「英語がうまいですね」と言った准将に
1.俺のほうがすげぇ英語を話してるだろ!!
2.オックスブリッジも知らないのか!!バカ!!
3.てめぇも悔しかったら勉強しろ!!
と皮肉を含めて言ったのであった。
そして彼は「従順ならざる唯一の日本人」と言われるようになったのである。

※オックスブリッジはオックスフォード大学とケンブリッジ大学だけで習うことができる特殊なアクセント




166 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 10:34:58.62 ID:b5nmNgMz0
トロイア遺跡で有名なシュリーマンだが実は日本に来たことがあった
彼が日本に入国する際のこと
船頭が日本に着くと運賃をシュリーマンに要求してきた
その金額にシュリーマンは驚いた
運賃が安いのである
普通ならふっかけてきて驚く所だがシュリーマンは日本に来る前に中国に寄っており
大いにふっかけられたので日本でもふっかけられるのが当たり前だと思っていた

その後税関に荷物を運び入れると官使が「おはよう」と言いながら近づいてきた
その後お辞儀をしたあと中身を調べるから荷物を開けろと要求
荷物は多くシュリーマンは面倒なので官使に賄賂を過ごしてやり過ごそうとした
が、官使は胸を叩いて「ニッポンムスコ(日本男児?)」と言い賄賂を受け取ろうとしなかった
おかげでシュリーマンは荷物を開く羽目になったが簡単なチェックだけで済み
それが終わると深々とお辞儀をし「サヨナラ」と手を振ったという
この対応にシュリーマンは好感を得たようだ



171 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 11:19:38.78 ID:dQS0+RlyO
かの太陽王、ルイ15世は歯無し。
「病気は歯から」という言葉を真に受け健康な歯も含め歯を全部引っこ抜いた。
肖像画も口周りに違和感が出ているのが分かる。
因みに肖像画で彼はハイヒールを履いているが理由は身長が小さいから。
関係ないがルイ15世の寵姫であった元下町娘で娼婦だったデュ・バリー夫人。
彼女はギロチンにて貴族の中で唯一、暴れて命乞いをした人。
やはり育ちの悪さか。



174 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 11:24:48.49 ID:b5nmNgMz0
大航海時代、イエズス会は中国にて布教をしていたが
ある宣教師が中国に既にキリスト教徒が存在するという噂を聞きつけた
宣教師が興味に駆られて中国の奥地に入っていくと彼が見たのはキリスト教徒ではなく
なんとユダヤ人であった
このユダヤ人は北宋の時代にシルクロードのの交易によってやってきて定住したようだ
この中国最古のユダヤ人社会は宣教師が発見した頃には
既に海上貿易に押され衰退し孤立していた
彼らは近代まで存続していたが現代に入る事には消滅してしまったという



176 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 11:39:53.44 ID:b5nmNgMz0
ゾロアスター教を国教にしていたサーサーン朝ペルシャがイスラム帝国に滅ぼされ
ペルシャの難民が続々インドに逃れた
しかしインドの藩主は「お前らにやる土地はない」と難民の受け入れを拒否
すると難民の代表がパフォーマンスを始めた
まずコップにミルクをすり切れ一杯注ぎ
その中にスプーン一杯の砂糖を入れたがミルクはこぼれなかった
その上で「我々はこのように地域に溶け込み甘くすることが出来ます」と一言
これに感銘を受けた藩主はゾロアスター教を布教しないという条件で定住を許可した

彼らは後年イギリスの植民地経営で他の民族よりも高い地位を任され
現代ではタタ財閥などの産業を興してインドに貢献している



183 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 12:17:52.79 ID:b5nmNgMz0
日本の城の天守閣に乗せてあるシャチホコは防火の魔除けであるが
そのシャチホコに雷が落ち城に置いてあった火薬に引火して爆散した城がある



189 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 14:04:21.29 ID:j/z+u4AeO
新選組の有名な浅葱色(薄い水色)の羽織。
実際に使われはしていたが、当然目立ってしまうため、早々に廃止。池田屋事変の際には用いられていない。
その後に採用されていたのは真っ黒い着物で、「烏」などと呼ばれていた資料もある。




190 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 14:09:07.20 ID:j/z+u4AeO
創設期メンバーの永倉新八や斎藤一が大正まで存命だったのは有名だが、
では最後の「新選組」はいつまで居たのかというと、これが昭和13年。
稗田利八(池田七三郎)で、元々は商家の生まれ。斎藤と共に会津で投降している。齢99の大往生。




191 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 14:20:54.37 ID:j/z+u4AeO
2ちゃんでもよく画像の出回っている土方歳三。写真は2枚残っていて、
胸より上のアップと椅子に腰掛けたものがある。
身長165cmという、当時にしては高身長に加え、見て分かる通りの色男。
「こんなにモテちゃってwww」などとモテっぷりを自慢する手紙を故郷・多摩に送った話は有名である。
この土方の生家、当時のものが平成まで残っていた。
が、老朽化に耐え兼ねた子孫が自治体(東京日野市)に保護を要求するも拒否されており、
自腹で大黒柱を残すのみとなっている。
また、つい最近まで土方義理の兄佐藤彦五郎の館が日野駅近くにあり蕎麦屋を開いていたが、現在はない。
立派な門が道路沿いに建っていた。

上記の手紙は「小島資料館」で閲覧が可能。かなり貴重な資料が至近距離で見れるのでオススメ。



128 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 01:38:23.14 ID:ML0zinLi0

インカ帝国の初代皇帝のマンコ=カパックは

ソノ名に反して、性風紀を正すことに尽力した





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この記事へのコメント

1. Posted by 名無し   2010年01月08日 18:09
あらま
更新してる
2. Posted by さくらこ   2010年01月08日 18:14
2?
3. Posted by さくらこ   2010年01月08日 18:16
わーい2だた
更新たのしみにしてます♪
4. Posted by あ   2010年01月08日 18:21
4げと
5. Posted by 名無し   2010年01月08日 19:07
くそ……更新が楽しみなのにリアタイで読んだスレが来るとは……
6. Posted by ささやかな@名無し   2010年01月08日 19:08
マンコ=くぱぁっク
7. Posted by ナナ名無し   2010年01月08日 19:13
明けおめこ
8. Posted by ささやかな@名無し   2010年01月08日 19:50
マンコ=カパックwwwwwwwwwww
9. Posted by ささやかな@名無し   2010年01月08日 22:52
フィリピンがスペイン統治時代までの歴史が殆ど記録されて居ないのは、フィリピン地方を構成する莫大な小島の数が原因だそうです。
古代は、東南アジア経由で移住した先住民や華南の地から移住した先住民族が多く、それらが別々に島ごとに別れ統治していた。
彼らの言語は島ごとに違いがあった可能性があり、言語の疎通や言語の統一に失敗する。
島が多すぎて統治機関の設置や多数の言語により意思疎通の方法が乏しく、長くフィリピン地方を統一出来る勢力も育たず、長い古代の時代を過ごす事になったそうな。
外圧により古代から中世に移行した典型的な例かもしれない。

実は、台湾もフィリピンに似ていて、先住民同士でも部族により言語に差があったことが記録されている。
結局、台湾も華人により外部から制圧されて古代から中世に移行する。
10. Posted by ささやかな@名無し   2010年01月08日 23:00
22はまだ逸話が色々あるんだよな
ルーデルさんまじパねぇっす
11. Posted by ささやかな@名無し   2010年01月08日 23:25
いい話が多いのに最後の>>128で台無しだなw
いやむしろ、すべては>>128の前フリ・・・か・・・!?
12. Posted by あ   2010年01月09日 00:21
アキヒトの偽善者っぷりには腹が立つ
原爆落とされる前とか特攻隊が出来る前に何故命懸けで戦争を辞めろと言わなかったのか
国民の大多数が死んだ後にそんな事言ったって死んだ人達は戻ってこないんだよ!
13. Posted by ささやかな@名無し   2010年01月09日 00:45
鎌倉幕府以降の歴史が示すとおり天皇に実権は無く、いわんや明治から大日本帝国憲法が存在し、たとえ戦時中で有っても国民の偏った選択であれ選ばれた国会議員が開戦・戦争の継続を決めたことに天皇陛下の一存で議会の決定を覆すことは、立憲君主制の否定であり国内に混乱を招く。との思いから首相からの上奏を否定せず認めた。ヨーロッパ諸国の王国の状態を知っていた昭和天皇には強権を発動させることはあの時の日本を否定することに思えたのではないだろうか。
14. Posted by ささやかな@名無し   2010年01月09日 00:55
>>171
太陽王で歯無しなのは14世だな。
背が低かったのはどっちか知らん。

ついでだから逸話に+
15世がデュバリー夫人にのめりこむきっかけとなったのは
その前の愛妾、ポンパドゥール夫人を亡くしたからというのが定説。
このポンパドゥール夫人は、
最近流行のポンパカットの元ネタであり、
パイズリの発明者だったといわれている。
15. Posted by ささやかな@名無し   2010年01月09日 01:13
>>12
その国民の大多数とかは戦争を支持してたんだがな
16. Posted by ささやかな@名無し   2010年01月09日 01:19
※12

などと意味不明な供述を繰り返しており
17. Posted by ささやかな@名無し   2010年01月09日 01:35
戦争末期、本土決戦に備えて沿岸に配備された師団の小銃装備率は兵員の50%程度
目的は増援が来るまで文字通り肉壁となって時間を稼ぐ事
18. Posted by ささやかな@名無し   2010年01月09日 03:18
>マンコ=カパック
自分の名前がコンプレックスだったんだろうな…。
19. Posted by ささやかな@名無し   2010年01月09日 05:46
第2次世界大戦のさなか、アメリカ軍の歩兵のうち、
ライフルを発砲した兵士は全体の15%未満しかいない

人を殺すことを恐れ、または殺されることを恐れ
後ろで戦うフリをしているもの、または積極的に
負傷兵の養護や武器運びなど後方支援に名乗りを
上げるなどして前線送りを避ける者のほうが多かった

アメリカ軍の発砲率が飛躍的に上がるのはベトナム戦争あたり
仲間意識や心理的研究など兵士に人殺しを躊躇させない
教育理論が進んだおかげ
20. Posted by ささやかな@名無し   2010年01月09日 11:33
徳川慶喜は新撰組に坂本竜馬に手出すなと命令してたそうな。
何故なら坂本竜馬の考える新政府は徳川慶喜も議長として参加してるから。
でも実際に作られた新政府は大久保利通とか岩倉具視主導の物だったから
坂本竜馬を殺したのは新撰組関係無くて大久保利通辺りの仕業

…とする説もあるそうな
21. Posted by     2010年01月09日 11:56
>マンコ=カパック
自分の名前がコンプレックスだったんだろうな…
「志村!!日本語、日本語!!」
22. Posted by ささやかな@名無し   2010年01月09日 14:14
道鏡の話は真っ赤なウソだったんだが、
・・・まぁいいか
23. Posted by     2010年01月09日 15:55
↑誰でもわかるわいwwwwwwwwww
24. Posted by ささやかな@名無し   2010年01月09日 15:57
最後の逸話wwwwwwww
25. Posted by ささやかな@名無し   2010年01月09日 20:14
>12
日本語でおk。
26. Posted by ささやかな@名無し   2010年01月09日 20:16
※12
チョンさん日本語の勉強中?
句読点の使い方って知ってる?
それとも翻訳ソフトの問題?
 
27. Posted by ささやかな@名無し   2010年01月09日 20:25
マンコ=カパックはインカというよりその前身のクスコの創始者だな。
そして性風俗の規律を正すといいながら妹(姉?)と出来ちゃった。
28. Posted by ささやかな@名無し   2010年01月09日 23:52
今日もネト○ヨが大量発生していますねw
29. Posted by ささやかな@名無し   2010年01月10日 00:46
>>12
当時の日本天皇の名前を間違えているw さらに憲法下の君主の役割を知らないwww
>>28
具体的に指摘されたし。
30. Posted by ささやかな@名無し   2010年01月10日 04:39
どこまでホント?
2ch系って嘘書くやつ普通にいるから
信じていいのかどうなのか・・・
31. Posted by ささやかな@名無し   2010年01月10日 06:34
米30
ホントのこと知りたい人は2ch系はやめたほうが・・
32. Posted by ささやかな@名無し   2010年01月10日 07:20
少なくとも、ここに出たものを得意げに人に話すのはやめた方がいい
33. Posted by ささやかな@名無し   2010年01月10日 07:58
ルイ16世は包茎手術を受けて夜の夫婦生活は充実してたはずだが…
34. Posted by ささやかな@名無し   2010年01月10日 10:37
アッオゥアッオゥ
35. Posted by 774   2010年01月10日 17:38
>>98みたいな訳わかんないの載せんなよ
36. Posted by ささやかな@名無し   2010年01月11日 00:20
>>教会で娼館を開く案まで真面目に検討された

これほど綺麗な矛盾を俺は見たことが無い
37. Posted by ささやかな@名無し   2010年01月12日 15:53
※12は知らないな

特攻は、実行するまで知らされていなかった。
当然だ。天皇陛下が現場に行くわけないからな。だから上がる報告しか知らない。
そして特攻が実行されるとき、さすがにその報告をしないわけにいかないから、陛下のお耳に入れることになる。
すると
「さほどまでせねばならなかったのか…」
と絶句されたという。


いいか、責任逃れしようと思えば十分出来、かつそれをやっても誰からも責められないだけの根拠がある君主がだぞ、それだけのことをするということは、え?どういうことか解るか?
38. Posted by ささやかな@名無し   2010年01月12日 19:51
※3
7産
業で
39. Posted by ささやかな@名無し   2010年01月12日 21:26
>>45
長崎原爆が伏せられてるのがキリスト教会のからみって・・・。
イタリア戦線じゃ、教会に立て篭もったドイツ軍を砲撃して吹っ飛ばしてるよ。
他にもそういう話はいくらでもあると思うぞ。
40. Posted by 7時   2010年01月13日 01:39
西日本最強の戦国大名の毛利元就は最初、客に対しこんなことを聞くらしい。酒は強いほうかって。強い方だと客が答えると酒を、弱いほうだと客が答えると酒は体に毒とか言ってあらかじめ用意しておいた餅や菓子をふるまったらしい。それには理由があり、元就の父親と兄貴はアル中が原因でそれぞれ、37歳と24歳の若さで早死にしており、そのせいか元就自身もほろ酔い程度にしか飲まず、息子や孫にも酒の飲み過ぎには気をつけろと手紙で戒めている。
41. Posted by ささやかな@名無し   2010年01月13日 06:05
ペルーのプーノという町には

「マンコ・カパック・イン」

という名前の宿屋がある
42. Posted by けん   2010年01月13日 12:03
こんな歴史が(笑)
43. Posted by ささやかな@名無し   2010年01月13日 13:22
>>45
アメリカ本国での隠蔽工作はあるだろうが、文章内容に知らない人が間違った知識を得てしまいそうな記載が2ヶ所あったから指摘。

1.「もちろん跡形も無く蒸発。カケラも残らなかった。」
浦上天主堂のことを言ってるなら一度現場見にこい。
確かに壊されたが崩壊しただけ(ただし礼拝していた信徒達が数多く被爆し亡くなっているし、蒸発した箇所もあるであろうが)。

鐘楼ドームや壁の一部、被爆した聖像などがいまも現地や爆心地公園などに移設されている。

広島の原爆ドームみたいに残せばよかったといわれているが取り壊したのは、アメリカによる隠滅工作疑惑はウワサされているけれど、地元のキリスト教信者が同じ地に天主堂を建て直したいという思いもあったから。
これ以上は長くなるからWikiの浦上教会を確認して。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%A6%E4%B8%8A%E6%95%99%E4%BC%9A

2.「投下した地点に丁度キリスト協会。」
も浦上天主堂のことを指してであれば厳密には間違い。細かいこと指摘してしまうが、爆心地は住宅地。天主堂は爆心地から数百メートルの地点だから。知らない人が見たら1.2.によって爆心地の下には教会があったと捉えられてしまいかねない。

普通の方なら理解している話。テキトーなこと書くな。
と、長崎人がマジレスしてみる。

ちなみに、爆心地から100mの地点で奇跡的に1人だけ生き延びた。
核兵器に強い体質とかじゃないぞ。防空壕にいて、爆風や熱線からある程度保護されていたことによって。関係者によるとまだ生きていらっしゃるらしいのだが、被爆体験を語って欲しいと何度もお願いしても、「幼いころに体験したあのときのことは今も語りたくない」と断っているのだそうだ。
44. Posted by    2010年01月13日 21:21
普通のやつは長崎の話なんか興味ねぇよ
田舎もんはNHK見て寝てろ
45. Posted by ささやかな@名無し   2010年01月14日 09:29
フランス革命の原因になった財政破綻は、アメリカの独立戦争に荷担したため。マリーアントワネットの浪費はたいしたことがなかった。
46. Posted by ささやかな@名無し   2010年01月15日 14:52
>>12
天皇は戦争反対だったが、ここで反対したら暗殺されちゃって軍に歯止めが効かなくなるのを恐れていたので仕方なかった。
ソースは「昭和天皇独白録」
47. Posted by ささやかな@名無し   2010年01月15日 15:03
マリーアントワネットで思いだしたけど。
ギロチンはせめて処刑される人が苦しまないように一瞬で首が切れるようと考案されたもの。
ギロチンの名前の由来となったジョゼフ・ギヨタンは医者で議員で死刑反対を訴えていた。
48. Posted by ささやかな@名無し   2010年01月16日 21:36
インカで思い出したがあそこの国でも魂が戻ってこれるようにミイラを作ってた、王様が亡くなるとミイラにしていつでも帰ってこれるように常に即位の状態で後継者を決める、その後継者が亡くなっても即位したままにする…
それで王様には日課があって必ず下々の者をみるために散歩に行く、それは公務でもあったんだがミイラのままでも担いで公務を執行する、なので最盛期には何体ものミイラが村や畑の周りに行列作ってた
49. Posted by ささやかな@名無し   2010年02月03日 20:20
※12
立憲君主制って知ってる?
たった一人の感情で日本の国体をゆるがすわけにはいかないの
ましては日本は民主主義国家で国民から選ばれた政治家が政治してるんだから巨大な影響力をもった天皇がいちいち口をはさんだらそれこそ今後の日本を大きく変えてしまうんだよ

天皇はもともと非戦派で悩んで悩んだ末に言った言葉が
三国同盟終結時に総理が報告に来た際に
「国民大変やねー」
と一言だけいって総理が青ざめたそうな
50. Posted by 7時   2010年02月06日 00:44
戦国DQN四天王の一人である森長可は戦死する少し前に部下にこう遺言している。自分の娘を武家ではなく医者に嫁がせろ、と。
51. Posted by 鉄平   2010年02月10日 08:44
3 上の記事と下の記事のコメント数の差にワラタww
52. Posted by ささやかな@名無し   2010年03月07日 11:26
※12
天皇なんてただのお飾り、
責任なんてあるわけねえよw
「我は現人神、その威光を世界に知らしめよ」
ってはじめた戦争じゃねえだろww
53. Posted by ささやかな@名無し   2010年04月10日 14:51
>普通のやつは長崎の話なんか興味ねぇよ

普通の日本人なら原爆の話に無関心ではいられない。
54. Posted by ささやかな@名無し   2010年04月12日 23:20
昭和天皇のかっこよさは異常
マッカーサーと並んだ写真でもマッカーサーがヘッポコに見える
55. Posted by ささやかな@名無し   2010年04月22日 20:55
>>マッカーサーは正直ぐっときた、と回顧録に残している。
かるっw
56. Posted by    2010年05月10日 01:26
>>22
なんというルーデス
57. Posted by ささやかな@名無し   2010年09月28日 17:17
>普通の日本人なら原爆の話に無関心ではいられない。

上記に同意。
欲を言えるなら、戦後、日本を陥れてきた韓国人、中国人
米国人達は一生罪を背負って生きるべき。日本に謝罪と賠償金を用意してくれ。

あと上の方で天皇をお飾りとか阿呆な発言があるが、
そのお飾りが、世界でどれくらいの地位に居るのか知って尚
お飾りだと言い切れるなら相当頭悪いな。
それとも恩知らずの在チョンか日教組さまなのか?
日本に居る以上、天皇の恩恵を受けてるんだよ。
58. Posted by ささやかな@名無し   2011年01月28日 18:29
フラヴィウス朝の皇帝であるウェスパシアヌスは有料公衆トイレを作った初めての皇帝。
現在でもイタリア語で「ウェスパシアーノ」といえば「公衆トイレ」の事である。
59. Posted by ささやかな@名無し   2011年01月30日 21:53
>>64
ウェルナー・フォン・ブラウンじゃなくてロバート・ゴダートについての事柄だな。
ニューヨークタイムズが社説で「ロケットが宇宙空間を進めるわけが無い。高校の物理でやるだろ。」って書いて、アポロ11号が月に行く前日に謝罪した、っていう事柄。
60. Posted by ゲンタ   2011年04月05日 13:38
あ、また地震だ
61. Posted by シャネル財布   2012年08月11日 10:53

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62. Posted by 腕時計   2012年08月11日 10:57
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63. Posted by バック   2012年08月11日 11:09
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64. Posted by Joshua   2013年05月26日 18:46
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