サソウクニタケのアンテナ

元P&Gブランドマネージャー、今は等々力在住のエスノグラファー兼場デザイナー。最近のアンテナは、人間中心デザイン、禅的生活、創発ワークショップ、新興国エスノグラフィー、アジャイル開発とユーザー共創など。

2013年度の御礼

今年も残すところ後少し。 振り返ってみると、今年は「定」という漢字がぴったりくる一年でした。 留学中の様々な経験や、出会い、そして、帰国後頂いた機会や出会いを通じて、 「大人の創造性を最大限に発揮させる環境を創ることで、子供が創造力を発揮するのを阻害しない環境、ひいては社会を作る」 というミッションが自分の中で腹落ちし、その理想をイメージしながら、日々出来ることをする、という形で過ごすようになりました。 おそらく、一生実現はしない理想だとは思いますが、自分の周りから、少しずつ、出来ることをしていきたいと思います。 そして、もう一つの振り返りは、本当に尊敬するべき素晴らしい人たちに囲まれた一年間だったと思います。日々の出会いから、会話から、とても多くの学びがありました。そして、ワクワクを頂きました。そういう人に囲まれているというのは何より一番の贅沢ですよね。ただただ、そういうご縁と時間を頂いて感謝です。 来年は、今までの人生で一番大きな変化が訪れるように思います。そういう時期だからこそ、粛々と、地固めをしながらゆっくり歩いていく、そういう一年に出来たらいいな、と思います。今年以上に、いろいろ仲間の力に身をゆだねる、という感覚を大事にして日々を過ごしていきたいと思います。 本年度お世話になりました。そして、来年も、今年以上に宜しくお願いします! 皆様、良いお年を! P.S.11月にスタンフォードD schoolの創業者デビットケリーの新刊の書評を書かせていただいたのも、このミッションに一番感覚が近い本だったから、です。2013年の自分の考えをもっとも凝縮して表す文章ということでを改めて近況報告代わりに共有させていただます。 http://enterprisezine.jp/bizgene/detail/5318

2013年度の御礼

今年も残すところ後少し。 振り返ってみると、今年は「定」という漢字がぴったりくる一年でした。 留学中の様々な経験や、出会い、そして、帰国後頂いた機会や出会いを通じて、 「大人の創造性を最大限に発揮させる環境を創ることで、子供が創造力を発揮するのを阻害しない環境、ひいては社会を作る」 というミッションが自分の中で腹落ちし、その理想をイメージしながら、日々出来ることをする、という形で過ごすようになりました。 おそらく、一生実現はしない理想だとは思いますが、自分の周りから、少しずつ、出来ることをしていきたいと思います。 そして、もう一つの振り返りは、本当に尊敬するべき素晴らしい人たちに囲まれた一年間だったと思います。日々の出会いから、会話から、とても多くの学びがありました。そして、ワクワクを頂きました。そういう人に囲まれているというのは何より一番の贅沢ですよね。ただただ、そういうご縁と時間を頂いて感謝です。 来年は、今までの人生で一番大きな変化が訪れるように思います。そういう時期だからこそ、粛々と、地固めをしながらゆっくり歩いていく、そういう一年に出来たらいいな、と思います。今年以上に、いろいろ仲間の力に身をゆだねる、という感覚を大事にして日々を過ごしていきたいと思います。 本年度お世話になりました。そして、来年も、今年以上に宜しくお願いします! 皆様、良いお年を! P.S.11月にスタンフォードD schoolの創業者デビットケリーの新刊の書評を書かせていただいたのも、このミッションに一番感覚が近い本だったから、です。2013年の自分の考えをもっとも凝縮して表す文章ということでを改めて近況報告代わりに共有させていただます。 http://enterprisezine.jp/bizgene/detail/5318

風立ちぬ

プロフェッショナル仕事の流儀 宮崎駿さん。創り手魂に見てて涙が出てくる。特に震災のあと全スタッフに風立ちぬを作るにあたって寄せたメッセージは鳥肌もの。 アトリエの姿を見ていつも帰宅してマンガを書いていた漫画家だった祖父を思い出した。 ------ 誰もが浮かれていたり、終末に気づかない頃に終末が近いというのはファンタジーになる。ナウシカのように。しかし、その時代は終わった。 もっと物質的にも時間的にも窮迫した中に生きなくならなくなるだろうと思うんです。その時に自分たちは何を作るのか。それが十分に予想される時に、女の子がどうやって、生きるかというふうなことでは済まないだろうと思いました。 風立ちぬというのは、実は激しい時代の風が吹いてくる。吹き荒む。その中で生きようとしなければならない、という意味です。それは時代の変化に対する自分たちの答えでなければならないと思います。 宮崎駿

MITオットーシャーマー教授のMOOC

僕のもっとも尊敬しているグル、MITのオットーシャーマー教授が、今月3回のウェブ講座(はやり言葉でいうとMOOCという世界中でオンラインで見れる講座)をやっています。彼は、MITのスローンスクール(MBA)で、リーダーシップを教えている教授です。留学中に色々な人に出会って対話をしましたが、その中でも圧倒的に素晴らしいな、と影響を受けた思想家です。

あんまり日本語で彼の最新の考え方は紹介されていないので、その内容を少しご紹介っ。

彼は、今の世界が抱えている課題を三つの格差、に凝縮しています。

1.社会的なギャップ(social divide)〜いわゆる貧富の差(SELF≠OTHERS)
2.環境上のギャップ(ecological divide)〜いわゆる環境問題 (SELF≠NATURE)
3.スピリチュアルギャップ(spiritual divide)〜いわゆる精神の病(SELF≠SELF)

貧富の差はよく言われてる話ですが、彼はあのアメリカから「アメリカンドリームの世界の終わり」と言っています。アメリカンドリームは、資本主義市場経済のシステムにおけるエンジンの考え方。それ自体は素晴らしい考え方ですが、その行き過ぎによる富の偏在が特にアメリカでは目に余るレベルになってきている、という問題意識です。

また、社会のパフォーマンスを測る指標としてブータンをきっかけに知られるようになった国民総幸福度の考え方と、その国が持つ資源の消費スピード(ecological footprint)の考え方を組み合わせたHappy planet indexという指標で改めて世界を見ることを提案しています。いずれも、経済成長している国が必ずしも幸福度が高くない事実(日本、中国、インド、韓国など)や、逆に、幸福度が高い国が必ずしも資源を持続可能な形で消費していないことが紹介されます。(この両方の切り口での優等生は実は、コスタリカだったりします)

このギャップは、皮肉にも現状の仕組みの中で経済成長を目指せば目指すほど、人々の貧富の差は大きくなり、資源はさらに消費され、早いスピードの中で自分の心を失っていく、そういう構造にあるといいます。

彼が指摘する根本的な課題は、自由市場経済システム(2.0)をベースにする物の見方そのもの、であり、Social market(社会的な経済システム:3.0)そして、Co-creative market(共創マーケット4.0)へ変えていくための物の見方に転換することが必要だといいます。(Collective co-reative awarenessというい言葉を使っていました)

以前お会いしたときにも言っていましたが、これを解決するには個人同士が離れ、分割する西洋的な思考から、個人同士の繋がりを共創していく東洋的な価値観への転換が必要だといいます。これは、アジアの中の成熟国、かつ、共創的なマインドセットの強い日本のような国にとってはとても大事なメッセージではないかと思います。

この手の話は、往々にして大きくと難しい話、になりがちなのですが、彼がすごいのはこの問題の解決は「視座」の転換、以外にないと言い切っていること。このセッションは、常に、自分がどういう気持ちになるか、どんな感情を持つかを問いかけられながら進められます。そして、宇宙に降り立った宇宙飛行士たちの物語と視点がビデオで語られ、その視点から見たときに改めて今の自分の状況がどう見えるか?を問いかけられます。

このセッションは、ウェブ上で英語で公開されているもので、70ドルかかりますが、おそらく誰でも見ることが可能です。日本からは3人の参加のようですが世界30か国から参加しており、世界中のコミュニティメンバーによる共創を目指している、彼の思考の今が見える場ですので、もし「次世代のイノベーターの持つべきリーダーシップの素養」に興味がある方はぜひともお勧めです!(英語ですが、、、)

Webセッション

https://www.presencing.com/programs/leading-emerging-future-2014


Leading from the Emerging Future: From Ego-System to Eco-System Economies
http://www.amazon.co.jp/Leading-Emerging-Future-Ego-System-Eco-System/dp/1605099260/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1381142195&sr=8-1&keywords=ego+to+eco

Reinventing Yourself〜ハーバード流 自分の潜在能力を発揮させる本



ハーバード流 自分の潜在能力を発揮させる技術
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 MBAに行った友人から聞いたことがあった本。変化の過渡期のまっただ中にいる今の自分にはとても響く言葉が多かった。心に残った言葉をメモ。

ー人生で出会う問題のほとんどは、難しいから解決できないのではなく、直面した瞬間に無意識に感じる「自分には無理だ」という感情が解決を阻む。問題が生じても心の平衡感覚を失うことなくに最善の対応をして、効果的な対策を出来る力、が重要なのだ。

ー心のソフトウェアは「自分の経験の積み重ね」から出来ている。中には、自分たちを抑圧し、状況の変化に適応する力を奪う経験もある。そのような経験を心のソフトウェアから取り除くことが出来れば脳が変わる。成人の脳には、外部からの影響に適応して変化する可塑性があり、考え方が変われば神経回路も変化する。

ー人間の脳は物理的に右脳と左脳に別れているだけでなく、二つの心があって、それぞれが現実を異なった方法で処理し、互いに補完しあっている。新しい不慣れな環境に対処する時には右脳が重要な役割を果たす。実際に、先の見えにくい状況に遭遇した時には、右脳の動きが活発化することがわかっている。それに左脳は言語を使って伝達するが、右脳は身体の感覚、画像、記号、感情を使う。ここでの問題は、私たちは志向に対しては注意を向けるが、自分の感じたことや直感に関しては注意を向けないこと。自分が自分のことを規定しているアイデンティティは左脳を通して形成された者が圧倒的に多い。そして、自分たちに課している限界、つまり現実を見るときのフィルターもまた、左脳の役割なのだ。左脳の動きを時にストップさせる時間を作ることで新たな現実が見えてくる。

ー平和とは、ほかの絵に描かれている凪いだ海や青い空といった穏やかな世界からえら得る者ではない。どんな過酷な状況にあったとしても自分の大切なことに集中し続ける力から生まれるものなのだ。集中力はそれを向ける場所にって平和の源にもなれば、不穏の種にもなる。

ー注意を向ける先をコントロールする能力は、きわめて大切である。そのための実践的な方法としては、2つの方法がある。1つは、全ての注意を今その瞬間にやっていることに向けること、そしてもう1つの方法が「問いを発する」という方法。

ー人は「もうここまでだ」、「これで終わりだ」、「こんなことはこれ以上続けられない」という境地に達しないと、勇気を出して道の世界に飛び移ろうなどとはなかなか考えないものだ。それでも、ちょっとしたことや人との出会いから刺激を受けて破れないと思っていた殻を破り、新しい自分になって羽ばたくケースがある。

ー姿勢や身体の動かし方も、実は感情や心理に大きな影響を与える。脳が全てをコントロールしていると思いがちであるが、姿勢をかえることで感じ方や認識が変わる。 ー心の状態を変化させるには4つのステップが必要である。  

ステップ1: 「無自覚の機能障害」を「自覚している機能障害」に変える(認知)  
ステップ2: 「自覚している機能障害」を「自覚している機能」に変える(新たな習慣の始まり)  
ステップ3: 「自覚している機能」を「無自覚の機能」にする。(習慣の身体化)

ー目標よりも、今向かっている方向性の方が重要。「今何が重要か」を明らかにすれば、正しい道は自ずと見えてくる。

ー決まったパーソナリティにとらわれて、それに慣れきっているときは、言ってみれば拘置所にそれと知らずに監禁されているような状態だ。つまり、自分が安心して楽に過ごせる「コンフォートゾーン」にいる状態だが、それは一方で自由になる可能性を奪われている状態でもある。このゾーンにいるときは、考え方も感じ方も、血液中に化学成分も変わることがなく、感情を表現するときもすでに出来上がった回路の条件反射で反応するだけである。  

ー多くの神秘主義者は神と一体化する過程で、混乱、悲しみ、恐怖、孤独と言った「魂の前夜」を体験するという。偽りのアイデンティティを捨てたいと思った時に、たいていこのような思いにとらわれる。この状態になると、ぼーっとして思考力が低下し、霧がかかったようにどうしていいかわからなくなる。偽りのアイデンティティは、言葉や志向を使って攻撃をしかけ、探検をあきらめよう、元の場所に帰ろうとそそのかす。でも、実はこの状態は「今が踏ん張り時」というメッセージなのである。

ーコンフォートゾーンから抜け出すには、戦う気持ちだけでなく、暗闇の中でも前に進み続けるという不屈の精神と勇気と自信が必要である。暗い夜がつらいのは、やんでいるからではない。「自分には確固たるアイデンティティ」があるという深淵が崩れ、感情がそれを感じ取ってなんらかの反応を起こしている為だ。芋虫が蛹になり、酵素によって分解されて蝶になるように、私たちも新しい自分になるには分解の過程が必要なのである。このとき、なんとかしようとしてあがかないこと。逆に、心を開いて、自分の感情をしっかりと受け入れなくてはならない。

ーネルソンマンデラの大統領就任演説での引用した言葉。「私たちを最もおびえさせるのは、闇ではなく光なのです」

劇場的な一日の記憶〜壮行会ラン

昨日はあまりに印象に残る一日だった。明日3時50分起きでシンガポールにたつややせわしない気分では有るのだがぜひとも記録しておきたいと思う。

昨日はいつもやっている皇居ランの会だった。8月の頭からシカゴにたつ僕にしてみると最後の会になるので、以前からランのメンバーで壮行会をやってくれる、ということだった。

当日は大雨。壮行会をやってもらうという名目で雨の中無理してみんなを走らせるのも悪いな、と思い幹事の子に、「雨が強いようだったら無理に走らなくてもいいからね。例えばカラオケとかもありだよ」みたいなメッセージをラインで送ると、「最後だから走ろう!」という予想外の強いメッセージが帰ってきた。思えば、このときから気付くべきだったのだが。

ランで集合すると雨のせいもあってか集まっているメンバーも6人ほど。「懐かしの人も来るよ」という事前の告知通り、初期メンバーで久しぶりに会うメンバーも1人いて、今日はこじんまりとでも楽しくラストランするか、と思った。

皇居を走り出すと妙に要所要所で写真撮影タイムがとられる。これも想い出作り、ということなのかなあーと、思いながら時速5キロくらいの過去ないくらいゆっくりのペースでランがスタート。

皇居はあちこちに休憩スポットみたいなものがあるのだが、知らないうちにいつの間にか5人くらい人が増えている。すごくご無沙汰な顔も多くびっくりする。そしてパチリ。そのまま通過すると、走るかっこはしてないエキストラ、みたいなメンバーがまた3−4人。このあたりから、だんだん意味がわかってくる。これが、サプライズなのだと。

その流れで、半蔵門を通過すると一挙に人数が増える。どこから出てきたのか、というくらいで一挙に人数が25人を越える。しかも、よく見ると、一緒にベトナムに行った某君も走りに混じっている!ランのメンバーと一緒にいるはずの無いメンバーが一緒に走っている事実がよくわからない。そう思ってみると、ニコンの一眼レフを持ちながら自転車に乗ってる怪しい姿のベトナムジャーニーメンバーの姿が遠くに見える。

混乱しながらさらに前に進むと、東京駅近くの長い直線のところの石の上に列になって8人ほど応援している人がいる。よく見ると、勉強会や、ベトナムに行ったメンバー。小学校時代や大学時代の親友までいて撮影している。このあたりから完全にわけがわからなくなりつつ、集団は40人くらいになりながら走る。明らかに普段着でいた友人も走る。

そして、一周が終わり竹橋に到着すると、フットサルの友人が出迎えてくれ、そのまま胴上げ。3回宙に舞うとそのまま、解散、ということで、その場に現れた30人あまりはあっという間にいなくなる。嵐のように現れ、夢の如く去っていった。興奮と喪失感の入り交じった気持ち。

最後に最初に集まった6人でランステに戻り、二次会へ向かう。そこで、某君から「ちょっと人生相談があるのだけど、、、」ということで、二次会にいくまでの間カフェに二人で行くことになる。

色々話をしているだが、別にたいした悩みがあるようには思えない。これは、もしかして、次に何かが仕掛けられているのか、、、という予感。とはいえ、何が仕掛けられているかは全く想像がつかず、二次会の場所がどこなのかすら明かされていない状況で、きっとその場所が次なるサプライズに違いないと思う。

そして、彼につれられていくとそこは、神田の千代田プラットフォームスクエア。忘れもしない、勉強会仲間のオフィスがある場でもあり、伝説のベトナムコクリエーションジャーニーのキックオフワークショップが行われた場所である。

そこに行くと幹事の子が再び現れる。僕の引率係の彼と何やら打ち合わせをした上で、しばらく待たされ、そして一緒に入る。

入ってみると、プラットフォームスクエアの一階が貸し切りになっており、花道が出来ているではないか!しかも、ランのメンバーに限らず、え、こんな人まで!という顔が多々見える。特に、高校の友人や、振り返りの会を一緒にやっている、普段あんまりランと繋がりのなさそうなメンバーが多々いることに驚かされる。たぶん、50人くらいいる。すごい人数。

木村カエラのButterflyの曲で花道を入場するのは結婚式の二次会みたいだな、と思いながら、そのまま前に出ると、新郎新婦席的なものが用意され、そこにはなんと、僕のメンター吉澤さんと、うちの母親が座っているではないか!!これは本当にびっくりした。

そのまま、結婚式二次会風の会がスタートする。いきなりウェルカムスピーチをすることになり、そのまま母親をいろいろな友人に紹介。その場も結婚式の二次会風にいろいろな友人が入り交じっていて収拾がつかない感じ。

二次会では、親友の弁護士が裁判官役をやっての「佐宗の罪(個人的には限りなく無罪に近い微罪だと思うけど)を断罪する」裁判が開かれたり、最後には、過去3年間の写真のスライドショーに、当日の企画のメイキングビデオがすごいスピードで出来上がっていて流されたり、Steve jobsのStay hungry, Stay foolishで有名なWhole earth catalogをプレゼントしてもらったり、と普通の結婚式の二次会に勝るとも劣らない凝った企画が作られていた。

何でも、この企画はベトナムジャーニーメンバーと、ランの共同企画で、それぞれのさらに個人的に繋がっている友人経由で様々なコミュニティへの連絡がいったものだったらしい。

あらゆる瞬間が意図されており、そしてそれは当然のように僕の予想を越える者だった。
信頼している仲間ばかりが自分のために集まってくれたその場は、今まで経験した中でも一番居心地の良い温かい場だった。
夢だった自分の家族(特に母親)と、素敵な友人が混じり合う場ができた。
過去3年のスライドショーを見ていて、この3年の想い出がフラッシュバックのように蘇る。思わず涙が出てくる場面もある。
そして、何より、一人でありながら結婚式二次会のイメージをすでに持つことが出来た。

長々と書いてきたが、この日1日に経験した全てのことは、削ぎ落すことがあまりにも惜しいくらい貴重な瞬間だった。誇張ではなく、今までの人生で一番幸せな一日だったと言っても過言ではない。

この企画に直接、間接的に関わってくれた全ての人に、心から感謝したいと思います。

皆様のお陰で、何の心残りもなく日本を離れることが出来そうです
心から感謝を込めて。

創業者の凄み@京都 嵐山の料亭

先週末は、京都の嵐山の桂川をみながらの極上の天ぷらを食べながら、最高に知的興奮溢れる会食に参加することが出来た。

某一部上場企業の創業者の方と、その跡継ぎと目されている息子との週一回の対話のディナーに同席させてもらったのだ。

その家族は月に二度ほど日曜日に夕食を共にするという。跡継ぎの彼にしても、帝王学を学ぶとてもいいチャンス。貴重な機会なのだろう。

その会話で感じたのは、19歳からたたき上げで上場企業を作り上げた経営者の魅力だった。

周囲で起こっているいろいろなことに対して、深く直感的に洞察している会話がとても印象的だった。

料亭のお姉さんが渡してくれた名刺に、「お守り代わりにしてくださいね。」と言った兄。その言葉をみて、「お守り」ってどういう意味を込めてたんだろう、という問いかけを家族に投げかける父。

はたまた、一つ一つの食事に対して、なぜ、それが良いと思ったか。なぜそれが良いと思わなかったのかを問いかける姿。

そして、料亭での大将と、息子のやりとりをみながら、その裏にどういうことが起こっているのか、ということを議論する姿勢。

見えていることだけではなく、見えていないことをいかにみようとするかという姿勢。

頭ではなく、感じようとする姿勢。それが、いろいろな苦難を乗り越えてそれでも大きくしてきた経営者としての生き方なのだろう、と感じた。

また、未来の話をした際に、100年スパンの未来を考える、300年考えていた孫正義さんへライバル心をだす姿。今更アジア行っても仕方ない。20ー30年を考えたらアラブ、南米、アフリカだと言い切った姿。また、逆に、一方では、先は読めない、ということを知り尽くしていて、その場その場でバランスを考えて決断をしようとする姿。
頭の使い方の根本が違う。でも、だからこその、人間としての深みがある。

経営者は生来のエネルギーと、楽観的な性格がかけ合わさって始めてできることだということも印象的。

何よりぐっときたのは、自分はこの瞬間に目の前の瞬間を勝負しているという雰囲気が伝わってきたこと。

改めて、サラリーマンばかりと付き合っていてはダメになるとも感じたし、一方、自分の生き方としての視座を高めてくれる時間を自分は今心から欲していることも感じた。

そろそろ、上の方と付き合い、学ぶフェーズに入ってきているのだ。その課題が見えてきたとても良い時間だった。

父が息子に残した経営者としての心得、あれは宝物。せっかく見せていただいたのだし、僕も徹底的に消化しようと思う。

サンフランシスコ出張を終えて

1週間のサンフランシスコ出張が終わった。出発一週間前前までツアー自体の成立が危ぶまれ、メンバー間のコミュニケーションも十分に取れていなかったことを考えると、望外と言えるくらいとても良いツアーだったと思う。

去年8月にやったベトナムのラーニングジャーニーのツアーの経験があったこともあって、エスのグラフィーツアーのコーディネートについてはそんなに違和感もなくできた。プライベートでやったプロトタイプを大規模に拡大した形で会社でできているのは、大きな一歩だったと思う。

一方で、現地では、むしろ自分の無力感を感じる局面も多かったのも事実。

僕の強みである、多様性なバックグラウンドの人を交え合わせて化学反応を生む場を作る、という面については再現性の高い強みとして継続的に発揮できたと思うが、英語の環境の中でのエスノグラフィーについてはインサイトの洞察、ダウンロードセッションの進め方などは、チームのメンバーにおんぶにだっこだったことも否めない。

結局無い場を作る、という場作りのリーダーシップはあるけれど、洞察力、分析力、コンテンツ開発力についてはまだまだ、だと感じさせられた。

やはり、自分が作る、という意気込みでエスのグラフィーにいかないと学びも不十分になってしまうのだと思う。自らが創り手側に回る。

共創ファシリテーターから、共創プロデューサーへの変態。

目の前に留学を控えたタイミングで、良い気づきになった。

もう一カ国インドネシアを見ることで、新興国エスノという点もカバーでき、この3年の良い総決算にしたいと思う。

ライフスタイルとしての禅

今年のGWにご縁を得た禅との出会いは、とても、とても大きなきっかけになるかもしれない出会いだと感じている。

1縁がある
世の中とてもたくさんのものとの出会いが日々、意識的にも無意識的にもある世の中の中で、深い縁でつながっている、という感覚のある縁はとても大事にすべきだし、筋がよい出会いだと感じている。過去の経験からも、ご縁を感じる出会いは、あれよあれよという間に物事が進んで行き、世界が広がって行くもの。

今回の出会いは、なかなかすごくて、大学時代お世話になった先輩と会いに京都に行ったところ、そこは、偶然にもうちの父が眠るお寺の総本山であり、大学時代恋愛相談に乗ってもらった優しい先輩は、その総本山の副住職。うちのお寺の若い住職さんも大の仲良し、ということだった。

それだけでもすごいのに、さらに自宅の近くで坐禅をすることを進められたお寺の住職に連絡をしたところ、小学校時代の塾で同じクラスだった同級生が今副住職をしていることが判明。20年ぶりに近い再会を果たすことができ、毎週日曜日はそこで坐禅会に参加することになった。

繋がる感覚。広がる感覚。

2自分の好きな世界観との共通点
僕がP&G時代からずっとアメリカ的な合理主義的な部分に頭ですごいと感じているものの、親近感を感じなかったことに対する、反発で探して行く中で出会った様々な分野。

人材開発のコーチングや、ポジティブ心理学、U理論、エスのグラフィーなどは、実はその根本の哲学を東洋思想を元にしている。自分を捨てることで新たな未来が開ける。自分の中にすべてのものはある。という考え方。これは、西洋の今ないものを探し求める、というアプローチとは逆で、自然との共生をしてきた東洋ならではの考え方。

禅の言葉をみていると、このあたりの分野がすべて凝縮されている世界観がある。今まで興味を持ってきたいろいろな世界をすべて統合するものとなりうる。

3不安との向き合い方というスキルとしての禅
今の日本に住んでいて、日本企業で働いていると、あらゆるものが右肩下がりである、という世間の流れの真っ只中で、淀んだ空気の中で過ごすことになる。

その中で、世界中とメールで繋がり、周囲のあらゆる知り合いとSNSで繋がる中情報量も増え、心を落ち着ける、ボーッとする時間があまりにも少ない。すなわち、アドレナリンを日々出して麻薬のように動いているしか、落ち着きを得られない日々。

そんな中、もともといつ死ぬかわからない先がみえない諸行無常の世界で生きていた当時のインテリ層に禅が広がったように、今の時代のビジネスマンにとって、日々のライフスタイルとして、そして哲学としての禅は、足りないものを補ってくれるような部分があると思う。最低でも今の僕の生活にはとてもよい補完関係になっている。

4海外に発信して行く東洋的価値として
スティーブジョブスは、禅的哲学をデザインに凝縮し、ipodなど一連の商品を作った。今これから海外でデザインを学びに行く僕としては、東洋思想のエッセンスを発信出来るのはまたとない日本人としての強みを生かすチャンス。

これからの自分のキャリアとも繋がる。

というわけで、このGWの出会いは、とても筋がよい出会いだと感じています。

ここ2ー3日朝6時おきでちょっと坐禅をしてから会社に行くようにしているのですが、心なしか気分も良いです。目指すは禅的エスのグラファー。禅の心を持って世界中の生活者とふれあい、新たなイノベーションの種を植える。そんなビジョンに向けての哲学的基礎をしっかり作って行きたいこの3ヶ月です。

禅の考え方は、体験から学ぶこと。そして、続けること。着実に守って行きたいと思います。

半農半Xの生活

GWの後半は、半年に一度訪れている八ヶ岳の麓にある農家での農体験に言った。3年前に行って以来、農家のオーナーご夫妻とも仲良くしていただき、今では春と秋にお伺いして2泊し、帰りに清里に寄って帰ってくる、というのが恒例のコースになっている。

都会で生まれ育ち、都会で暮らしている僕にとっては、対極な生活。いつも行くと、幸せとは?ということを強く考えさせられる体験になる。もちろん、普段都会生活をしているが故に感じられることでもあるのだが、そこで感じたことを振り返ってみようと思う。

1.情報が少ないため、五感が研ぎ澄まされる
オーナーの方が自ら設計したコテージに宿泊した夜は、完全無音の生活。音が無いと、頭からツーンという音が聞こえるのだが、これはなかなか普段都会生活をしていると経験できないもの。テレビもないし、スマートフォンをいじろう、という気もなくなる。普段都会生活ではノイズの多さに五感が自らの働きを鈍らせることで自己防衛しているのだと思うが、普段眠っている五感が動いているのはとても心地が良い。

2.深呼吸が自然に出来る
周りにほとんど遮る物がない開放的な空間。おいしい空気。そして、普段の日常のタスクと遮断された世界。この中で、思いっきり空気を吸う、ということが自然に出来る。深呼吸が出来ていると、自然に身体は楽に、心地よくなってくる。セロトニンもバンバン出ている。これは、当たり前のことなのだが、都会ではなかなか難しい。

3.ご飯がおいしい
朝早くから身体を動かしているからかもしれないし、その場で作った農作物やお米を食べているから、かもしれないが、とにかくご飯がおいしい。野菜がとてもおいしいからか、脂っこい肉を食べなくなくなり、代わりに野菜やお米をたくさん食べてしまう。3食お代わりをする、など考えられないのだが。

4.子供が元気になる
毎回農体験にいると必ず子供連れの家族の人が多いのだが(むしろ僕のような独身は少ないらしい)、例外無く子供は農作業好き。いろいろな虫をとったり、作業をして褒められたり、そこで出会った他の子と遊んだりしている間に彼らはとても大事なことを学んでいるのだと思う。少なくとも小さいうちは、子供を田舎で育てる、というのはとても良いことだと思う。

こう書いてみて、心身にとってもとっても充実感のある生活、100%すぐに移行とはいかないまでも、近い将来次第にこういう環境で自然に生活をして、心身に開放的な生活を送る為の準備をしていきたいと思った。

間近なところで言うと、コテージを友人と共同で借りて、協生農法で農作物を自然に近い生態系で育てつつ、コテージをオフサイトミーティングにも使えたり、家族との旅行にも使えたりするような場を設計し、仲間と10人くらいで共同で借りる、なんてことも全然出来ると思う。

一方、どこにいても仕事ができるようなスキルと経験を積むこともとても大事だし、その点は今後も頑張っていかないと行けないのだが、その先にこういう生活が待っていると思うと頑張れる気がする。

関西で繋がった過去・現在・未来

僕の社会人の原点に触れることができた関西の旅。とっても大事なことを感じていたと思うので、備忘録代わりに書いてみようと思う

まず、社会人を始めた当初の僕の周りにいた職場の先輩や、上司とのやり取りから学んだことの貴重さ。あそこまで頭が良く、かつ実現力がある人が圧倒的な濃度でいる場は、その後であっていないし、おそらく今後の人生でも一生ないくらいの環境だった。P&Gの神戸からの移転をきっかけに、日本でマーケター養成の場がなくなってしまう、ということを意味するということでもあり、その場にいられたことが本当に僥倖ともいえるありがたいことだった。

また、久しぶりに会った方と話していて気づいたこと。当時の僕は
、自己認識では安定して落ち着いた生活をしていたように感じていたけど大間違いで、自分の精神的な脆さを周囲に悟られまいとピリピリした空気感を与えていたらしい。「この3年くらい本当に大変なことを乗り越えはったんですね。今なら安心して見てられるので何も気にせず前に進みなさい」といってもらったのはとても勇気が出た。そういえば、以前は「あなたは何を考え、感じているか、周りの人はわからないから不安になるのではない?」と言われたのを思い出した。この3年キャリアとしては停滞期だったという印象があったのだが、むしろ、人間的な意味での成長の時期だったのかもしれない、と安心した。

一方で、合理的で、功利的な立場から引いてみると、僕の純粋な熱さは危うい一面を持っている、とも見えることも良い気づきだった。確かに、振れ幅がとても大きいところがあると思うんだけど、それは、未だに理想主義を純粋に信じている、性質によるものが大きいのかもしれない。家庭を持つようになったら変わるのかもしれないけど。

と、いろいろ離れて気づいたこともあるが、今回の何よりの収穫は、禅と自分のご縁がつながったこと。たまたま訪れた大学時代の先輩は、僕の実家の檀家である臨済宗妙心寺派の総本山の副住職であった。そして、禅はこれから学ぶデザインの分野の思想的な礎となるものでもあり、個人的にもとても興味があった分野。過去の自分、現在の自分、未来の自分が繋がる点と出会うというのはとても筋の良い出会いだと思った。

時あたかもP&Gの六甲アイランドからの移転が決まり、導かれるようにいった関西。良い出会いが多かった。感謝。

そして、旅は続く。

京都の禅寺の住職との対話より

今日は、大学時代の先輩が住職をしている京都の太秦にある妙心寺退蔵院を訪れた。

京都のお寺、というと、高校時代のつまらない修学旅行先であり、大人になってからは紅葉の時に良い観光地だったわけだが、あくまで観光客の一人という形で関わっただけだった。

しかし、大学時だの先輩が副住職をやっているというご縁に加え、禅の教えにとっても興味を持っていたタイミングだけにとてもいろいろ感じいることが多い旅路となった。

そもそも訪れて始めて知ったのだが妙心寺というのはとてつもなく大きい寺がたくさん集まったところであり、お寺のコングロマリットのようなところ。その中の退蔵院というお寺は、中に石庭があるとても美しい庭のお寺だった。

印象に残っていた話はたくさんある。

1アメリカの経営者の中は禅の教えというのがとても大事にしており、とても勉強している、ということ。

オラクルの元CEO?ラリーエリソンや、コストコのCEOなど、かなりえらい人がわざわざ日本を訪れる際に京都を訪れている。そして、極限までシンプルにした上で本質を凝縮して表現する、という哲学をこれからの時代のとても大切な考え方だと思っているという。

逆に住職としても伝える時には、極力シンプルで本質をバーンとぶつけて伝えるようにしている、ということだった。

2「自分が死んだあとのために仕事をする」

京都のお寺さんは600年あまりの歴史があり、企業なんて目じゃないくらいの伝統がある場所。そういうところで働いている先輩からしていみると、祖父の代に植えた桜や庭が今になって花が咲いて人が集まるようになる、くらいのタイムスパンで物事が変わってきており、今年、来年の自分の利益のため、という考え方は仕事の考え方としてなじまないということです。

しかし、そもそも考えてみれば、自分の仕事がまだ見ぬ子供達のために、と思って仕事をするってとっても素敵な考え方だな、と思いました。

3禅の修行について

禅とは?という話をしたとき、「ライフスタイルだ」、という話をされていたのがとても印象的だった。頭で理解するより、実践して自分の生活にいかに取り入れるか、ということが大事ということだった。

坐禅についても、ほんとうの意味で空になるには修行をされていても3年くらい時間がかかる、ということ。むしろ、自分の頭の中にあるものを一度すべて出し切り、何もインプットがなくなったところから、無の境地がスタートするのではないか、という話が印象的だった。

今後人間中心デザインを勉強する僕にとって、禅の教えとミニマリズムはとても相性がよい考え方。そして、日本人としてそれをしっかりと学んでおくことも世界にたいする発信という意味でも大事だし、何より、これだけの情報が多く、先が見えない世の中の中で、自分の拠り所として変わらない何かをみる、という禅的なライフスタイルは、とても実践してみたいと思った。

とてもよい再会であり、新たな世界との出会い、ご縁だった。心から感謝。

ブログやらSNSやら

僕は、2005年から実に6年くらい欠かさずブログを書いていた。そもそもブログを始めたきっかけは、マーケティングで日々勉強している自分のアンテナを敏感にするために、常にアウトプットをして、逆にいろいろな情報を引きつけたい、というもの。でも、結果的には、自分の感じていることを、書くことで確認し、処理をして前に進む、という心の日々の拭き掃除のような役割を果たしていた。

そして、翻って。Facebookが大流行りな今日このごろ、ご多分にもれず、僕もソーシャルな活動にはまり、SNSを通じて情報を発信し、リアルな人にいろいろ会い、ということにはまっていた。そして2年がすぎた。

最近の僕はかなりSNS疲れを感じている。何か投稿をすると、どういう反応があるのかが気になるのは人の常。刹那的にその場で感じた、「周囲に受けそうなもの」を無意識に選択して、軽い情報発信をする。

それを通じて、いろいろな返信がきて、その返信に対応する。

仕事も30すぎて忙しくなってきたため、何時の間にか空き時間は自分が投稿したことの\対応だけで精一杯、なんてこともあった。その最初は、自分がちょっといいね、を押して欲しい、という承認欲求から始まっているもので、自分を承認してもらうために、自分お空き時間を使っていることになる。

でも、これってなんのためにやってるのか?と考えると、ほんとうに大事な出会いが生まれるSN円酢の活動ってほんの一部。まったくやらない、というにはあまりにももったいないし強力なツールだと思うので、今すぐにやめようとは思わないが、使用頻度を減らすことにはまったく問題はないのだと思う。

改めて、しばらくやっていなかったブログの価値を再確認したい。別に、世の中に出るためでもなく、ただ今の言葉にならない思考の塊をありのままにだし、自分の今を見つめることができるブログ。

そんな位置づけで書いてみた。

久しぶりの関西から

このGWは久しぶりに関西に来ている。関西は、社会人卒業後五年間住んだ想い出の街。

最初は、友達もいなく、社会人生活にもpgのカルチャーにも慣れず大変なことも多かったのだが、終わってみるとすべての記憶は風化し美化され、こうやって良い想い出になるのだ。

さて、関西に来ていて、とても体が軽い感覚を感じていて、それがほんとうにひさかた経験したことがない経験だったものだから、とても不思議な気持ちである。

古き良き時代、なのかもしれないが、当時は社会人最初で経験の幅も極端に狭かったし、当時ごたごたがあった実家のしがらみを忘れることもできたし、当時はSNSで九百人とつながっていることもなかった。

たぶん、友達はせいぜい神戸では十人前後、会社の仕事に専念し、五年後の会社でのキャリアだけを考えていればよかった。そして、会社はとても、しっかりしていて、身を任せていれば良かった。

考えるべきこと、がほっといてもとても少ない環境の中でじっくりと物事に取り組むことができていた時期なのだろう。

翻って最近は、関西にきて始めて気づくくらい、心の自由度とか開放性がかなりなくなっていて、狭い発想の中で、日々過ごしていたな、と感じる。

例えば、もう少し自分の心とじっくり対話出来る情報量の少ない場所に住んで、心との対話のスペースを確保して生活したい、とか、アウトドアで遊んで生活したい、みたいな漠然とした願望は、東京で働いている以上難しいよね、といって日々に忙殺され、新たな人との出会い、というアドレナリンをかきたてる刺激によって日々、持たせてる。

また、自分だけの静かな場所を確保して、自立した生活を歩みたい、と常々思いつつ、家族と同居をしばらくせざるを得なかった状況の中で、何時の間にかそっちも諦めていた。

一言でいうと、周囲のしがらみの前に、賢く、大人の対応をして、受け入れて過ごしてきていたのだ、ということに気づかされた。

これは、別に東京生活が嫌なわけではなく、東京に帰ってきてから得られたものは計り知れない。いろいろな幅の人やメンタ〜的な人との出会い、多くのプライベートを共有できる仲間との出会い、良き理解者との出会い、家族との良い想い出、など。

でも、ちょっと長く同じ水にいすぎてきたのかもしれない。

理想のキャリアについてはさんざん振り返りを通じて考えてきたが、理想の生活についてはあんまりちゃんと考えていなかった。

でも、案外、今求めているのはそういうものなのかもしれない。

言葉にならない思いはすぐに消えてしまう。すこしでも今感じていることを捕まえたい、と思いひさびさにブログを更新してみた。

フロンティアの効用

フロンティア、があることは人のチャレンジ精神をかきたて、創造性を高め、そしてエネルギーを生む。フロンティアが無いことは、内向きになり内省的な文化を発展させる。

ルネッサンス時代から、大航海時代に入った後は一貫して、Go WESTがその象徴となっていた。アメリカ大陸の発見に始まり、アジア、アフリカの市場と労働力を取り合った20世紀。今まで搾取の対象であった国々は今は昔のアメリカがそうであったように大きな市場、そしてイノベーションの集積地へとだんだん変化していっている。

そして、アムステルダム→ロンドン→フィラデルフィア→ニューヨーク→サンフランシスコと移ってきた覇権都市も、上海、シンガポールに移っていこうとしている。

ルネッサンス時代、実は、ヨーロッパは中世の暗黒時代にあり、技術イノベーションを主導していたのは中国だった。後進国であったヨーロッパがそれらの技術を動力に繋げ、産業革命によって文字通り中華帝国と、ヨーロッパの地位の革命がおこった。

新興国といわれる東南アジアの国や、アフリカは、今の時代のフロンティアであることは間違いない。そして、ブラジル、インド、中国のような旧新興国がそのフロンティアの攻略に挑み、先進国はフロンティアを一歩離れて見ている。

このフロンティアもいずれは無くなる。ホリエモンが宇宙ビジネスに興味を持っていたのも、その次を発明したいという彼のフロンティア精神の表れなのだろう。

つれづれなるままに書いてしまったが、先が見えない時代だからこそ、大きな流れや原理原則に意識を持っていきたいものだ。

僕のフロンティアってなんだろう?

311後の一年を振り返って

久しぶりに、落ち着いてみて。振り返ってみると、この一年、ギアを入れっぱなしの一年だった。去年の全く進むべきキャリアが会社の中に見えない中もやもや感のある中での311の震災。

その中で、海外に出る、という方向性を決めて、インド、ベトナムらへの新興国への投資をしながら、人間中心デザインの専門性をつけるという目標を定め、去年の5月にアメリカの大学院への留学を決める。
社費留学に受かるか、そして、大学に受かるか、という二つの不確実な中、半年弱の勉強という、やや短めの準備での留学準備。

空いている時間は全て勉強、という半年を過ごしつつ、一方では、インド、ベトナムに仲間に行く企画を自分でやる。そして、そんな中、仕事も新興国×ユーザーのインサイト理解と、やりたかった分野に近づいてくる。千載一遇のチャンスということで、留学準備もしながら、仕事でも新しい企画を立ち上げてのフルスロットル走行の約一年間。

気づいてみたら、去年の311くらいまでは仕事とプライベートが5対5くらいのバランスで出来ていたものが、最近までは11対0くらいになっていた。そのバランスの変化にすら気づかなかった。

でも、この前大学の合格も決まり、シカゴへ行くということも決まる。また、会社の仕事も、立ち上げの時期が終わりやや安定走行に入ってきた。

ようやく、ギアを緩め、むしろ、「遊び」の時間を増やしてもいい、そういう時期になったのかもしれないなあ、と思います。身体が疲れていて動かないのもきっとそのサイン。今日のランチで友達から、「Take it easy!」という言葉をかけてもらったけど、むしろ、Take it easyの方に舵を切りたいな、と思った。

しばらく、意図的に遊ぶ、そういう時期にしてみようと思います。マジメな企画は夜にはできるだけ参加せず、緩む。堕落する。

シカゴ、ピッツバーグツアーを振り返って

アメリカツアーの全日程が終了し、明日帰国をするのを待つのみ、となった。

得られたものは計り知れない。年齢31にして仕事にも社会にも慣れ、あまり上がり目がなさそうに見える日本国内の中で、未来をあまり見ないようにして生きてきたこと。一方、一つ突き破ってみると、そこには自分の力次第でどうにでも未来を創ることができる世界が広がっており、そう信じている同世代、もっと下の世代の人たちと出会うことが出来た。

・改めて、P&Gでやってきた6年で得られたものの大きさを改めて感じる。カーネギーメロン大学は、まぎれもない世界のトップ大学だったが、そこの学生と話しても相手にスピードを落としてもらわなくても遜色なく議論もできるし、話す内容もたくさんある。これは単純にP&Gのカルチャー自体が、アメリカの一流大学の雰囲気をまとったエスタブリッシュメントなものだったということを再確認できたし、社会人の最初に英語環境という形で、それに触れることができたことはとても大きな財産だったことを実感した。

・そして、こちらでいろいろな人と話をするたびに、P&G時代に働いていたハーバードMBA卒の上司との関係を思いだす。彼は、僕が彼のブランドを去るとき、「アメリカ人のマーケティングのメンバーと比べても、戦える実力がある」という言葉を残してくれた。その言葉に恥じない人となろうという意識は常に持っていたし、彼の言葉、彼との関係が今の自分を作ってくれたことも再確認できた。それが、アメリカの人たちと話すときの自分の自信のよりどころとなっている。

・P&Gを退職した後、誘われたイノベーションコンサルティングファームの設立のお話。これが、今僕が進みたい方向の原型となっている。イノベーションコンサルティングファームIDEOに憧れ、でもそれはあまりにも遠いものだった。しかし、今回訪れた学生たちは当たり前のようにIDEOやDesign continumなどのイノベーションファームを目指しており、それは逆に自分も当然のようにそう考えられるのではないか、というある種の錯覚に陥ったくらい自然なことだった。5年越しで憧れていたものの姿がぼやっと遠くに見えた。

・今の会社に入社してから、得られた仲間と試行錯誤してやってきたこと。ワークショップ、ベトナムのジャーニーや、レゴシリアスプレイなど。そして、それを会社でも実践しているという事実。そして、会社でアジアの新興国に向けたリサーチ活動などをしてきていること。それは、とても大きな自分の武器になるのだということを再確認した。いろいろな分野をまたがった人たちと企画をする、というのは当たり前のことではなくそれ自体がベンチャースピリットとみなされる。また、分野横断の理論の融合は、学問的な興味を持たれ、アジアの国の知見は、アメリカにいたらとてもアクセスがしにくく、一種の憧れとしてとらえられてすらいる。
今、ソーシャルの動きが盛んな日本人が、その流れでアメリカやアジアに出ていくのはとても付加価値が大きいのではないかと思った。(以前と比較して、アメリカに留学する人自体は減っているようであるが。)日本人は十分に世界で果たせる役割がある。それもよくわかった。

あまりに毎日が刺激的なことの連続で、浮ついた投稿をしているような気もするが、これが、1週間で感じたありのままの姿だと思う。とても、一般に公開をする気にはなれないが、数限られた親しい人にはむしろ、生の感情として残しておきたい、そして共有したいなと思ったので書いてみた。

シカゴの人間中心デザイン事情

今日一日で、Gravity Tankというデザインファームと、イリノイ工科大学のデザインの大学院を訪れ、インタビューをしてきました。4年前から我流で研究、実践し始めて以来はじめて、本場の人間中心の商品・サービスデザインの空気を感じています。

肌感覚で感じた特徴・及び僕が知る限りの日本との違いとしては、、、

.侫ールドワークによる観察、を含め、インサイトが取れる素材探しのやり方にこだわる(まずインタビューだよね、とかFGIだよね、という安易な決め方はしない)
→ここのレパートリーについてブレストをすることって日本だと少ない気がする。(自分でワークショップをやるときくらい)

▲錙璽プレイスは、ホワイトボードが前面にありポストイットやピンが置いてあるなど常に着想がしやすい形に整えておく。プロジェクトで進捗したものは簡単にまとめずに、壁一面にどんどん埋めて刺激を増やしていく。
→プロジェクトルームが無いとこれは実現が難しいため結果的にパワポに綺麗にまとめがち。結果生の情報がそぎ落とされる。

9饑劼琉磴ぁ⊃種の違いを持ったメンバーに徹底的にこだわる
→本当に国籍がばらばら。human factorと呼ばれるリサーチャー、デザイナー、エンジニアの組み合わせを愚直に守る。日本だと、職種のDiversityはいても国籍のDiversityは実現が難しい。結局ガラパゴス文脈になりがち。

ぅ▲ぅ妊△鬟タチにするための工房をしっかり整える
ワークショップスペース、工作室など、アイデアを作った隣ですぐに、カタチにできるための施設がそろっている。
→見たことないな。。。一部、あるところもあるんでしょうけど。

全ての考え方、空間、プロセス、ツールが、「ユーザーの生活から、色々な視点を交配して発想し、クイックに検証する」という原則の元にデザインされているのですね。今はやりのアジャイル開発と思想は全く同じ。

これ、デザインファームを使う、のではなく、自社にマインドセットを取り入れ、ワークプロセスを刷新することに早めに成功した会社が勝つね。フィードバックのスピードが違いすぎるもの。(ただし、ヘルスケアとかエネルギーとかテクノロジーで圧倒的な優位性が築ける分野はこの限りではない)

日本の企業の場合はエンジニアが強いので、どうもデザイナーの特殊スキルという異イメージを持たれがち(もしくはミーハーなイメージととらえられがち)なデザイン思考という名前より、エンジニア向けのアジャイルなユーザー視点の製品開発の考え方としてマーケティングした方が入っていきやすいかも、と思いました。

明日は、在学中の学生の家にホームステイをし、リアルエスノグラフィーをしてこようと思います。

会社を変える為に自分が一点突破できること

大きな組織で空気を変えていくには、ワークショップのような共創スタイルの場を連続的に作って行くことがすごい効くなぁ、と実感する今日この頃。
事業、部署を越えたちょっとした秘密結社のアジトみたいな趣きになってきている。
その場で話し合われたことを試す人が現れ、それが他の人の刺激となる。すでに、外に広げるためにどうするか、という話が真剣に話し合われ、実行プランまで生まれている。
今まで社外で作って来たコミュニティ運営のノウハウ、社内展開をするときにも何も変わらない。アジャイルなアクションラーニングコミュニティ、空気を作ることができる、というとても大事なミッシングピースだし、これがボトムアップの変革活動、なのだなぁ、と感じる。

橋下さんが政策でも人でもなく仕組みの問題だと言い切ってその変化に焦点を絞って一点突破している考え方はとても参考になる。今の会社で足りていないのは、事業のサイロを越えたプラニング、実行を同時に行う議論の場の思考の質に尽きると思う。これを底上げするためには、生のユーザー体験をベースにした体感型のワークショップをいかに効果的に、キャッチーに企画し、事業を越えた実践のコミュニティに拡げていくコミュニティデザインをすればよい。
すでに二度、三度やった場でプロトタイプは出来ているので、実現は現実的なところまで来ている気がする。 

CESで感じたこと

今回のCES、いろいろ気づいたことはあるのですが、その中でも一番感じたのはデジタルネイティブ時代、ソーシャル時代の動きを思想レベルで理解して体現している会社と動けていない会社では、今後アウトプットとしての商品やサービスにものすごい違いが出てくるのでは?、と思ったことでした。

また、技術革新、という意味において新機軸が見えない、というのが全体的な評判のようですが、エレクトロニクスの業界もソフトウェアによるソリューションの提案によって差が出てくる時代に突入したことが明確になったのではないか、と思います。(もちろんいろいろ新しい基軸はあるのでしょうが、それは戦術、マイナーチェンジの域を出ないものだと思います)

新しいコトを提案するためには、何ができるか、以上にどういう世界観を善しとするか、という哲学が非常に大事。すなわち、自分がどんな人で、どんなことを善しとする、という価値観が明確になっていること、がとっても大事なのではないかと思いました。

もちろん、特許戦略、プラットフォーム戦略などは大事なことですが、それ以上に、自分が提案している良い世界の価値観ってなんだっけ?ということを深く、堅く意識することがとっても大事だと思う。

価値観をしっかりと発信していれば、必然的にその価値観を善し、としてくれる人は後からついてくる。

これは自分自身に対しても問いかけたいこと、でもあります。

企業の文脈になると、企業のお作法的な議論ではなかなか意識するのは難しいけど、それをしっかりやる企業が勝つのだろうな、と思いました。
livedoor プロフィール

外資系消費財メーカーP&Gでブランドマネージャー⇒某グローバルモノ作りメーカーにてグローバルエスノグラファー兼場デザイナー。
ファブリーズ、レノアなどの市場創造型商品のマーケティングをしたのち、ジレットにて企業合併をブランドマネージャーとして経験。現職においては、新興国を中心としたエスノグラフィー等による生活者理解や、ユーザー巻き込み型の商品開発などの場作りを実践。人間中心デザインプロセスを研究。

人間中心、共創によるイノベーションアプローチの研究会 
みんつく工房 代表: http://mintsuku.jp/link.html

想いとかキーワードが近いなと思う人は、遠慮なくメール下さい。ぜひとも語ってみたいです。

E-mail: sasokunitake@gmail.com

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