Toy boy's story・51

2019年08月16日

Toy boy's story・52


「さみぃー」
バイトを始めた冬夷が、仕事終わりで串カツをかじりながら言う。
「お前、薄着過ぎやろ。12月やぞ?何でジージャンやねん」
すっかり友達同士の來人がダメだしする。


來人と友達になり、來人の父親の串カツ屋によく訪れるようになった冬夷だったが、ある日
「座って客が払う金、受け取ってくれるだけでええんや。儂なぁ、もう85もなるやろ?膝が痛うてな、椅子使たかてもう、立ったり座ったりがな。どないもこないも。誰かバイトおらんやろか」
と、父親に皺くちゃの老人が泣きついたのを聞いて
「露衣、せえや。やっさんとこやったらええわ。JRの北側にコーヒーの西山あるやろ?そのビルの2階の碁会所や。来るん、もう枯葉みたいな年寄りばっかしやからな。な~んも知らん露衣でも、危ない目にも遭わんやろ。お前ヒマ~、暇~、ってラインしてくんねやから、やれやれ、露衣」
と、來人が横から口を出し、速攻で決まったのだ。

初めての淫売以外の仕事に、それが例えおじいちゃんばっかりの碁会所、というレアでいけてないバイトでも、時給1000円でも、冬夷はドキドキとトキめいて碁会所『安本会館』に足を運んだ。

定休日はなく、やっさんの気分や体調で不定休だった為、いつでも休んでいいと言われているが、冬夷はまだ1度も休んでいない。


出入り口の横に置かれたパイプ椅子に、普通の家庭にあるような簡単なチェスト。
それがレジカウンター代わり。

午前10時からそこに座り、席料の700円を受け取り、釣りがあればお札と小銭に分けた箱から釣りを渡す。
夕方4時にやっさんが店を閉めにくると終わり、それだけだ。

レジも帳簿も何もない。
会計は1人700円のみ。


世間でそれを仕事、と言えば笑われるのかも知れないが、冬夷にはひどく真面でちゃんとした仕事に思え、自分は社会人なのだと思えた。

「やっさんのお孫さん?や、曾孫か?」
と呆れるほどよく聞かれ、毎日同じことを何度も聞いてくる人のも含めると
「いえ。バイトです」
と何十回答えたか。

だが何故か、てめぇ昨日も言っただろーが、と腹も立たないし苛々もしない。
普通に、バイトです、と答えることが出来る。

自分は案外、年寄りが好きなのかも知れない、などと冬夷は考えた。

「いらっしゃいませ、ありがとうございました、なんかワシ言うたことないさかいな『毎度、700円』でええぞ?」
と、やっさんこと安本の爺さんは言うけれど「毎度」は、冬夷にとっては逆に言いにくい言葉で「いらっしゃい」の方が言いやすく
「いらっしゃい、ありがとう」
と声をかけていると
「若いのに行儀がええ」
と碁会所のお爺さん連中に毎日褒められ、容姿以外のことを初めて褒められたことがかなり嬉しくて。

更に、自家製漬物や、温泉に行ったら土産、とか、ばあさんが編んだんや、とニット帽やマフラーなどを貰うのも人生初めてで、心から嬉しい。

昼休憩は適当に取っていい、と言われているが、爺さん達が我も我もと交代で弁当とお茶を用意してくれるので、それも喜んで甘えている。

買ってきてくれる時もあれば、奥さんの手作り弁当の時もあり、毎日の昼食は、冬夷の楽しみの一つになっている。

母に捨てられ、幼い頃から身寄りがなく、無条件で可愛がる、という可愛がり方をされてこなかった冬夷は、意識はせずともやはり無償の愛を求め、寂しい心を抱えてきたのだろう。
もう孫も大きくなり、あまり関われなくなった年寄りの、可愛い、可愛い、という構い方が、ぴったりと合ったようで、やっぱり年寄りが大好きだ、と冬夷は思う。



バイトを始めて2ヶ月。

家が近いからと気を抜いて、冬夷はいつもジージャンかジャケットにマフラー、という軽装で出てきて寒い寒いを連発する。

「露衣ちゃん、こっち入って来て食べ。ストーブあるさかい」

來人の父親がカウンター内に冬夷を入れた。

「甘いのー、オッサン、露衣には!露衣ちゃん、ってヤメろや、熊みたいなツラしやがって」
「やかましーわ、ドラ息子!さっさとそこの玉ねぎとウズラあげんかい!」

関西弁の親子のやり取りを眺めるのが冬夷は大好きだ。

最初はケンカだと思ったけど、全くこれがこの親子の通常の会話なのだと分かり、花恋が
「うちもオカンはババァ、親父はオッサン」
と言う。

今の冬夷は神戸や大阪の家族はみんなそんな風に話すのだろうと思っている。

阪神地方の家庭は物申したいだろうが…。

「はい、じゃ、ちょっと見してー」
「うん。はい!」

狭い調理場に無理やり置いてある小さな椅子に座った冬夷の顔の前に、來人の親父さんが屈む。
相変わらずキャップで顔を隠している冬夷は、クィッと鍔を上げて顔を出し、ニコッと笑う。

「はー!綺麗なぁ~。ほんっまに、ベッピンさんや、露衣ちゃんは~。は~有難い有難い!」
親父さんはニコニコと笑い、おーきにおーきに、と立ち上がる。

來人の父は、ゲイでもバイでも何でもないが、初めてここに連れて来られた時、流石に友達の親に顔も見せずに挨拶するのは失礼だな、とキャップを取ったら、父は冬夷の美貌に目を剥いて驚き
「韓国で整形したんか?」
と聞いた。

それから、すっかり露衣は來人の父のお気に入りになった。

「綺麗もんは綺麗や。ワシは綺麗もんは花でも絵ぇでも大好きや」
と言う父に
「おお、上等や。露衣は花やの絵ぇとおんなしやと思え?絶対に触んなよ?触りクサったら覚えとけよ?」
と來人が言ってから、父は、冬夷が来ると1回だけ顔を見る、というのが慣例になっている。

そしていつも
「お前、露衣ちゃんに女出来たらどないすんねん。お前が、触りクサったら、みたいこと言うとったら露衣ちゃんがホモやと思われるやろが。ちょっとは考えてもの言えよ?ほんま」
と、注意?してくるのだ。


「今日、土曜やからな」

そう言いながら、來人が串カツを持ち帰り用のパックに詰めていく。

土曜は必ず《千流》のマスターのパートナー、志賀篤仁が来て、遅い時間になると、腹減ったー、と騒ぐので、來人が串カツを持っていくのだ。

「俺、持つ!」
「おう、はいよ」
「あ~、あったかい!」

12月の寒空の下を歩くのにこんないいカイロはない。

冬夷は新聞紙につつまれた、ほかほかの串カツを両腕で抱え込んだ。





4ヶ月程前の、夏の夜。
冬夷と來人が初めてセックスをした翌日、とにかく忙しかった千流の客が3回転目した頃だった。

いきなり篤仁が現れ、マスターにプロポーズして、マスターがそれを受けたのだ。

誰もが驚いてあんぐりだったが、特に冬夷は、あのメニードーナツでの見知らぬカップルの告白でさえ聞き入った、そういう部分では世間知らずだ。
あまりのことに、息をするのも忘れそうだった。

満席の《千流》に突如入ってきて、いきなりマスターに、俺と一緒になって下さい!と篤仁が言った。

訳がわからない、といった風のマスターに、篤仁はもう1度
「滝さん!俺と結婚してくれ!俺だけのモンになって下さい!」
と、絶叫し、手に持っていた小さな箱の蓋を開け、お願いします、のポーズでマスターにまっすぐ手を伸ばしたのだ。

―な、なな…なに?なんなの???けっこん??けっこん、って言ったな…はぁ?!

冬夷はもう、指1本も動かせないほど固まった。
目だけを動かして、マスターと篤仁を交互に見る。

「チカッ!」

ボックス席から、涙でグジャグジャの顔になった男が叫んだ。
冬夷ともちょくちょく寝る堺を含む、マスターの同級生グループの中の1人で、マスターと1番親しい倉本という男だ。

「お前の番や、チカッ!幸せになれ!志賀が…お前がええ、って言うとんや!」

倉本は絶叫した。

突っ立ったままマスターは泣き、もしかしてNoなのか、と不安そうになった篤仁に、何とかYesの意思を伝え、その箱を受け取った。

「こっち出てきて?滝さん」

フロアの篤仁が、カウンターの中のマスターに言うが、マスターはただボロボロと涙を流し、えぐえぐと泣くだけで動けない。

「チカさん、ほら」
來人が優しく両肩を押して…


ハッ…!と覚醒した。


來人ッ…來人が…!


息を呑んで來人を見つめる。


冬夷の視線を受け止めた來人は、何とか冬夷に笑い、親指を立てた。

プロポーズ騒ぎで騒然となり、みんながフロアの2人に注目してコングラチュレーション!を繰り返す中、冬夷は素早くカウンターに滑り込んだ。

そして、見たこともない鉄仮面になってしまっている來人の腕を無言で下に引き、無理やり座らせて抱きしめた。

「來人!俺が…俺がいるからな!」
短くカットした髪からすっきりと出た耳に口をつけるようにして声を殺し、だが、しっかりと届くよう強く囁く。

初めての友達を何とか助けたくて。
その悲しみを少しでも薄めたくて。

「やっぱアイツやった…判っとってん、判っとった、俺…最初から…ッ…酔っ払ったアイツにキス…されて、チカさん、バッ、ってしゃがんでもて…な……メッチャ可愛い……あんな…可愛いチカさん…俺、見たこと、な…かった…あんな可愛い…あの人……クソッ…クソ…くそォ……」

來人の嗚咽は幸い、大騒ぎに消えてゆく。

「來人…來人、來人…ッ」

何かあると勝海を思い出してしまい、どうしようもなかった気持ちに風穴を開けてくれた來人。

その來人の苦しみが、冬夷の胸を締めつけた。

それから、誰かの誕生日ケーキだと言っていた、少し前に來人が《かな信》に預かってもらいに行った大きなケーキを、かなさんと信輔くんが恭しく運んで来て、結婚式みたいなことをやって更に盛り上がり、大騒ぎは長く続き、冬夷はありったけの力で來人を抱きしめ続けた…

呻くように泣いていた來人の動きが止まり、暫くじっとしていた体が身動ぐと、ポンポンと背中を叩かれ
「もう大丈夫や。ありがとうな」
と普通に戻った來人の声。

抱えるように抱きしめていた体から両腕を外すと、來人が顔を上げた。

涙の残るその顔は、弱々しくも清々しくて。

「昨日チカさん、メッチャ変やったもんな。多分これ、昨日の続きやな。こういうことやったんかー」
と、トレーナーの袖で涙を拭いながら笑い、ああそう言えば、と頷く冬夷を、今度は來人がギュッと抱きしめ
「お前がおって良かったー!心の友よ!」
と、今度はもっと回復し、いつもの調子に近い声で言うと、冬夷の頭に顎を擦り付けた。

勝海に似たその仕草も、今は心を荒らさない。

「俺な、露衣。さっきの瞬間、めっちゃ辛くて、あの天然野郎ッ、ってムカついたけど、アイツとは言わんけど、チカさんがずーっと思い続けとう相手のことは、酔うた陸さん(倉本)から嫌っちゅーほど聞いとってん。そりゃしんどい…辛い恋や……。あの志賀、去年の夏、急に現れて、1ヶ月くらいでまた消えて、何や結婚したとか。…辛かったやろなぁーチカさん……。うん…。綺麗事やなくてな、俺、今、ほんまに嬉しい。ほんまに愛する相手の幸せは本気で願えるもんや、って親父が言うとったけど、今解ったわ」

「…來人…」
「大丈夫や、ほんまにもう。お前のお陰」

「そんなことない」

「いいや?お前が来てくれんかったら俺、悲惨な気持ちでそのまま帰っとったわ。お前に無理やり座らされて捕まえられて動けんで…泣いて……収まった。で、解った。だから、お前のお陰」

嬉しい。
來人の役に立てた。

「しゃ!」

來人の口真似で言えば、何かこそばゆいような誇らしさみたいなものが心を駆け上って来て…

「行こか!」

いつもの來人の笑顔が戻った。



それから先にカウンターを出て2人を冷やかしに行った來人に続いて、冬夷も何となく皆に紛れた。

大泣きしていた倉本の発表?によると、マスターは何と中学生の頃から、一つ年下の後輩、ドストレートの志賀篤仁に片恋していたそうで、ここにあるマスター作の川柳は、全て、篤仁を想って詠んだ句なのだということが解った。

『一つだけ わがままを言う 忘れない』

冬夷の心に触れたこの川柳も、その内の一つだと知った時は、あの柔らかい笑顔の内の涙が見えた気がして
『あの人いっつも泣いとう』
と言ったいつかの來人の言葉と
『俺、今、ほんまに嬉しい』
と言った今の來人の言葉を理解した。

そして、來人の気も知らないで、とムカついていた気持ちが消え、失礼で無愛想な自分に、いつも変わらぬ笑顔をくれたマスターへの祝福がこみ上げてきて胸が凪いだ。

冬夷は皆に紛れスマホを向けると、マスターと篤仁の幸せそうなツーショットを1枚だけ、そっと撮った…。



・゜゚・*:.、。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜




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sasorimama at 06:00│Comments(0)Toy boy 

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