2019年09月10日
Toy boy's story・77
「…ああ、あった。…ここか。…待て、今車を…え、お前だけ?何で…ああ……解った…いや、まだ大丈夫だ。…ああ、じゃ頼む」
夢と現の間で、先程から松下の声がしている。
段々、戻ってくる意識……
「…おい」
「はっ、若!」
半覚醒のまま、ぼんやりと呼んだが、面白いほど焦った松下の返事で目が覚めた。
「何だ、お前。時代劇の侍みてぇだな」
「…あ、これは…あの、今、ちょっと別の・・」
「電話してたな、相手は誰だ」
「……ッ…あ、それは…私の、知り合い…と言いますか…知り合い、です」
ますます焦る松下が愉快になってくる。
重田組のシンクタンクである冷静沈着なメカが、今はイタズラを見つかった小学生だ。
「そろそろ言え」
「…いえ、あの若…」
「ここ何処だ?」
見覚えがある。
「純のマンションの近くだな。…あいつに関係あるのか?」
「え…いえ、ぐ、偶然です」
「お前、銀行マンの時から嘘も出まかせも得意技だったろう?何狼狽えてる。芝居か?星野、その辺寄せて停めろ。吐かせる」
「若!」
助手席の大悟が振り返る。
「何だ」
「いえッ…でも…でも、ちょっとお待ち下さい!」
星野がコンビニの前の路肩に車を寄せて停まった。
「何だ、お前らグルか?」
大悟も真相が解っているらしいことで、勝海の面白半分は消えた。
どうやら、松下のプライベートではなさそうだ。
―若か?…いや、それはないな…
先程の剛大の、怒りと怯えをゴチャ混ぜにしたような充血した眼を思い出すが、あの剛大の為に、自分の指示でもないのに、重田組の役付が動くはずもない。
「そんなグルだなんて、そんなんじゃありません!…でも、少しだけお待ち下さい。すぐに、分かります」
「林ッ」
松下が鋭く言う。
「補佐。そりゃ無理だ。何も知らせずに若を・・」
「自分もそう思います」
星野が同調した。
「若、会って頂きたい者がおります」
横並びで座る松下が、観念したように姿勢を正し、腰からこちらを向いて言った。
「誰だ」
「今は、それしか申し上げられません。…実は、会えるか…どうか、まだ…」
「何だそれは」
「申し訳ありません。…それに…」
「それに、何だ」
「はい…。自分の行いの是非が判りません」
「何だと?どういうことだ」
「説明出来ません。若に、決めて頂きたく…」
「お前、何言ってる。何も言わずに、誰に会うかも知らずに、俺が何を決めるってんだ?あ?」
ワケが解らない。
松下の電話が鳴るが、松下は動かない。
「電話だぞ」
「はい」
「貸せ」
「…いえ」
「貸せ。俺に決めて欲しいんだろう?貸せ」
「若」
縋るような松下の目を無視し、両手首を纏めて左手で掴み、右手を松下の胸ポケットに滑り込ませて電話を取る。
ーRー
ライン電話の着信画面は、Rとある。
通話にし、耳に当てた。
『あ、もしもし?』
聞いたことがある声だと思う。
若い声だが、落ち着いた声…
『…あの、松下さん?』
答えがないので不審に思ったのだろう、相手が松下に呼びかける。
そう親しげでもないが、何となく気軽な感じは受ける。
―松下が使ってる犬か?
「お前誰だ」
『…ッ…』
相手の息を呑む気配が判る。
「誰だ」
『…松下さんは』
「答えろ。誰だ」
『…俺、は…』
「俺は?…誰だ?」
「名乗っていい!…名前を、言え」
松下が呻くように言い、受話口から大きな吐息が聞こえた。
『稗田です』
電話の男が言い、スマホを片手にコンビニのドアから出てくる稗田來人が勝海の視界に入った。
◇
瞬間、時間が止まった。
今、聞いた言葉の意味が……
「…なに…」
呆然とする冬夷を、優しい笑顔で純が見つめる。
「圭は君に恋したんだ。冬夷」
「…嘘だ…絶対違う。そんな筈、ない…そんなの…」
信じられるわけない。
頭がグルグル回る
純は一体、何の目的でそんなことを言うのか…
「冬夷、圭を好き?愛してる?」
「ッ………」
グィッと横を向く。
「答えて?それを聞かないとこれ以上教えて上げられない。僕が言おうとしてることは、圭は絶対に言わないことだろうし、言われたくないことだ。だけど、僕がもし、冬夷なら、絶対に聞いておきたいし、聞いて良かった、と思う話しなんだ」
「……」
胸が詰まる。
聞きたい……
だが、失望と絶望を繰り返し繰り返した今、突然それを180度覆すことを言われても、とても本当のことだと思えないのだ。
もう突き落とされるのは嫌だ。
でも…
それでも………
「……好きだッ………忘れられなぃ…どうしても…どうしたって忘れられないんだよッ・・」
「冬夷!」
テーブルの向こう側から、一瞬で飛んできた純に力一杯抱きしめられる。
「冬夷!!良かった!圭…良かった…俺、嬉しいよ……」
「何で…アンタが喜んでんだよ」
だって、と離れ、純は冬夷の横に座って、ニコッと笑った。
「圭の想いを知ってるから」
「勝海の…想い…」
―勝海の…俺への?想い?本当に?勝海が、俺?
「それと、僕の言った通りだったから」
「言った、通り?」
会話はしているが、まだフワフワとして、しっかりとこの状況を掴めないままだ。
純の言う『圭』が、あの勝海だと思えない。
「うん。あのね、君がナイジェリアに行ってしまった時、空港で見送った後、圭、店に来たんだ」
「…見送りなんか来てないッ…来てなんかない、あいつはッ…」
あの時、勝海を探した。
必死で探した。
でも、何処にも居なかった。
「行ったんだよ。君の乗った飛行機が消えちまうまでじっと見てたって、後でこっそり鉄二さんが教えてくれた」
―勝海…勝海、何で…黙って…アンタが空港に来たら俺、引き返したかも知れない…
「圭はさ…あんなだろ?守るものは持てない。君に会うまでは、それを難なく貫いて来たんだ。でも、君に恋してしまった。深く、深く…君に落ちた。それでも、君を守る為に君を離した」
カチ。
―君を守る為に君を離した―
瞬間、空中遊泳の脳が、その言葉に反応した。
「は何で?!好きなら離すの?離すのが守ることになんのか?!離れたら終わりじゃね?守るもクソもねーじゃん!何それ?全然わかんねーよ!」
冬夷の脳裏に、鉄二と晶太が浮かんだ。
鉄二の嫁だから、メチャクチャにされた晶太。
鉄二から聞いた時には息が止まりそうになった。
勝海は、冬夷をそんな目に合わせたくなかった、と言うのか?
だから、離れたというのか?
鉄二と晶太。
冬夷の目に映る2人はとんでもなく1つだった。
鉄二にとって、晶太と共にあることが最重要で最優先なのだと、別人のように変わったその姿の全てが語っていた。
一瞬、勝海と自分を重ね、唇が震えた…
「圭はとんでもなくデカい暴力団組織のトップといってもいい人だ。だから・・」
「解んねぇッ!鉄さんだって偉い人だったんだよな?イロやられちまうんだから。でも、晶太と居た。晶太の恋人だった!じゃ勝海んとこの組長も1人もんなのか?!みんな組長クラスは女も男もいねぇのかよ?!ちげぇだろ?!」
「冬夷……圭は誰よりも背負う物が大きいんだ。…組織の全員が圭を頼りにしてる…だから……」
そこまで言うと、純が哀しそうな目で黙ってしまった。
純を責めたいわけじゃない。
勝海が自分に恋したのだ、と夢のようなことを言われ、嬉しくないわけがない。
だが、勝海を求めて…求める自分を自分で嘲り、それでも恋しくてまた、声を、姿を、感触を、頭いっぱいに広げ記憶の海を揺蕩い、ある時はその先で自慰に耽り、我に返るとどうしようもなく落ちて、それでもまだ、性懲りもなく想った。
自分が惨めだった。
哀れで情けなくて…
そんな5年間の膿が一気に皮を破り流れて出た。
止まらないのだ。
自分ではどうしようもない。
言葉はもう、意思など関係なく勝手に吐き出される…
「嘘だょ…嘘…勝海は…俺なんか・・」
「さっき冬夷、圭が僕と離れたのは、僕を守るため、僕を愛していたから、って感じのこと、言ったろ?何で自分ならそうは思わないの?圭は愛する君を守りたかった。……本当だよ。圭、泣いてたよ、冬夷を手離したその日。…泣いてた…長い、時間だった」
「…勝海が…俺と、離れた、から…?」
「そうだよ」
純が頷く。
濁流が静かに止まった。
―『綺麗だな、お前は』
初めての日、じっと冬夷の顔を見ていたらしかった勝海が、少し慌てたように笑い、言った言葉が蘇る。
「僕の言った通り、って言ったでしょ?」
「……」
「あの時の圭、可哀想で、見てられなくて、何とかしてあげたくてつい、言ったんだ」
「……」
純の目を見る。
赤く潤んで、本当のことを話してくれているのだと判る。
「…冬夷の心にも、圭がいる…って…」
ゆっくりと区切りながら、純が言った。
―居る。勝海…
深く一つ頷くと、温かい一雫が頬を伝っていった…
*・゜゚・*:.、。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜
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