閉鎖に近い、更新停止をします。

2010年05月10日17:34
皆さんこんにちは。
ネット世界をさまよう秋色の旅人、さすらい物書きでございます。

こちらのブログ、一日の来訪者数が0〜2名という、非常に過疎ってしまっている状況が続いております(汗)。

ここを、賑やかな場所にする労力を割くより、もっと効率のより方法を考えたいと思い、大変残念ながら、とうぶん、よっぽどのことがない限り本ブログの更新を停止することにいたしました。

ただ、さすらい物書きは、「小説家になろう」や「Yahoo映画レビュー」など、さまざまな場所で言葉を綴る活動を続けておりますので、

どこかでお見かけになられましたら、なにとぞよろしく声をかけてやってください。

それではまた別のどこかで。

「オリーブ色の斜めがけ鞄」は、ひとまずここまで。

さようなら!

5分大祭 本祭作品 『アリストンネル』投稿!!

2010年05月05日10:21
いやぁ。一年で一番の繁忙期に、執筆時間を確保することが本当にしんどかったので、投稿にたどり着けたのが震えるほど嬉しいです!

執筆に関しては、難産か安産かと云えば、安産でした。

実際に執筆に取り掛かったのが5月2日。最近はじめたツイッターのツイートにもつぶやかれているように、その日のお昼過ぎまでは物語の詳細は決まっていませんでした。

ただ「こんなことをやりたい」という方向性は強く固まっていたので、迷いはありませんでした。

出来上がったものを読んでいただけたら、――いや、読まなくてもちらっと眺めるだけでも、この作品が「5分小説」でやっていはいけない反則技を使っていることに気づかれるでしょう。

そうです。

「5分小説」なのに、気軽に5分で読めるどころか、読むのに十数分はかかるし、意味が分かるように解読するにはさらに時間を要する。

たぶん、1時間はかけないと読めない“パズル短編”になっているのです。

ひどいルール違反。まえがきとあとがきを利用した文字数制限オーバーをなかったことにするタブーテクニック。

でも、後悔はしていないのだ(笑)。これが、やりたかったのだから。

ご感想、お待ちしております。


『アリストンネル』
http://ncode.syosetu.com/n2437l/


あ、それと、
蛇足ですが、Twitterのアカウントは「sasuraimonokaki」です。まだはじめて1週間も経たないのでやりかたがよくわかっていませんが、Twitterやってるなろうユーザーさんがいらっしゃいましたら、ぜひフォローお願いいたします!

ネット世界をさまよう秋色の旅人、さすらい物書きでした☆

自分の感受性くらい

2010年04月30日21:36
詩人、茨木のり子さんの詩集の中の一節です。

初めて読んだとき、身体も心も震えました。



 * *



自分の感受性くらい


ぱさぱさに乾いてゆく心を

ひとのせいにはするな

みずから水やりを怠っておいて


気難しくなってきたのを

友人のせいにはするな

しなやかさを失ったのはどちらなのか


苛立つのを

近親のせいにはするな

なにもかも下手だったのはわたくし


初心消えかかるのを

暮しのせいにはするな

そもそもが ひよわな志にすぎなかった


駄目なことの一切を

時代のせいにはするな

わずかに光る尊厳の放棄


自分の感受性くらい

自分で守れ

ばかものよ



「ファッション」と「コスプレ」の相違点について、改めて考えてみる。

2010年04月19日14:17


「ファッション」と「コスプレ」の違いを端的に一言で云うとそれは、



 自分を出すか

 自分を消すか


の違いである。

ファッションは自己表現だ。表現は、外に向けられ、自分の好みや感情を他者や外界へ発信することである。

一方のコスプレは、別の誰かになることである。

自分を出していては、自分があこがれているそのキャラクターになりきることはできない。

自分をうまく消して、その上で対象のキャラクターと変化することで、最終的には自己を表現することになるのだろうが、レイヤー個人の個性というものはいったん消されなければならない。



ファッションはリアルの世界に属する。

ファッションは現実世界を生きるための鎧だ。


コスプレはフィクションに属する。

コスプレイヤーは、物語世界に繋がる“窓”そのものだ。


レベルの高いレイヤーのコスプレからは、その向こう側にある物語世界、フィクション世界の風を感じることがある。

窓から吹き込んでくる風のようにだ。

マンガやアニメ、ゲームなどの架空の世界に生きる人物への憧れや愛着から生まれるエネルギーを元にコスプレは行われる。

それは「オマージュ」に似ている。

オマージュは原典への敬意や愛情を示すためにオリジナルからの影響を明示して行う創作だ。

コスプレも、オリジナルへの愛情が活動の源泉だ。


ファッションは、そうではない。

むろん、憧れの芸能人への憧れや、愛着から発生するファッションは少なくないだろう。

○○ちゃんのようになりたい! というファッションのあり方も自然だと思う。

だけど、そこには「○○ちゃんのようになりたい」という自分の存在が必ずある。


コスプレでは、“自分”という存在感が強すぎると、いいコスプレはできない。



ここで少し別の角度から論じてみたい。


日本一有名なお笑いコンビ、ダウンタウンの二人を例にとってみたい。

浜田雅功と、松本人志。

ダウンタウンのコントにおける、この二人の相違点とは何か。

それは、

「憑依芸人」かそうでないか、だ。

松本人志は、松本以外のキャラクターが彼に憑依する。

キャシー塚本にしても、トカゲのおっさんにしても、別の人格の誰かが乗り移る。

だから、本来恥ずかしがりな彼は、どんなコントでもどんな役でも演じることができる。


浜田雅功は、松本とは違う。

どんなコントにおいても、彼はあくまで「浜田」なのだ。

浜田雅功としてさまざまなコント世界に身を置き、演じる。

云うまでもなく役者としても優秀な浜田だが、別の人になってしまうわけではけしてない。

そういう意味で、浜田は木村拓哉と似た役者だと感じる。

キムタクも、数多くのドラマに、いろんな職業の役で登場しているが、

どれも、「キムタク」なのだ。


松本は、その独特の風貌や存在感から、どんな役をこなしても「松本人志」に見えるかも知れないが、
彼の演じるキャラの本質は、そのときどきにおいて変化している。



この、
“憑依”という現象に近いことを行うのが「コスプレ」であり、

様々な姿に変わっているようでも本人の本質は変化していないのが「ファッション」なのだ。



学校の制服や、社会人の職場におけるスーツなどは、その没個性により、世間からの“守り”になっている。
制服やスーツを着るのに、特に「勇気を出して」着ることはない。


だけど、
自分を消せるって、とても難しことだしすごいことだ。
そして、自分を消すのにはとても勇気がいる。

もちろん、自分を出すことにもとても勇気は必要である。


“自分”を隠し、毎日の生活の中で目立たぬよう、世間の中で生きるための衣服が「制服」や「スーツ」なのだとしたら、

“自分”というほかの誰でもない、かけがえのない個性を表に出そうとする想いの表現方法が「ファッション」であり、

そのかけがえのない“自分”という存在をいったん消して、自らの愛する、虚構の世界のキャラクターに自らを変ずることで想いを表現しようとする行為が「コスプレ」なのだと考えてみたら、

ファッションとコスプレという両者の共通点と相違点が見えてくるような気がする。


そしていずれにせよ、
僕はファッション、コスプレの両方どちらについても、
それを楽しみながら一生懸命“表現”している人たちを、これからも応援したいと思っている。

「真っ赤なイチゴは落ちてゆき、砕けて散って染み込んだ」

2010年04月07日12:25
というタイトルの短編を書き上げ、
企画「不思議の国のお祭り事情」さまに投稿いたしました!


さっそく特設サイトにUPしていただきましたので、ぜひ、ぜひともご一読いただきたくお願い申し上げますm(__)m


今回は久々の執筆ということもあり、とにかく書いてて気持ち良かった。楽しかった。

小説書くのってこんなに楽しかったんだったって、思い出せました。


設定が決まっている中であれこれ考えながら書いたのですが、創作には“枠”(制限、とか縛りと云い換えてもよい)があるほうが絶対筆が進みますね。


異世界トリッパーが千人単位で暮らしている世界に、何も事情を知らずにやってくる、遠藤里奈という少女が、

世界中の人間にだまされる“生け贄”となって逆ハーレム状態の聖女となる。そんなほの暗くも元気で騒がしい“祭典”を、
読み手となり、ときに書き手となりながら楽しんでいけたらと思っています。


よければ、貴方もお祭りに加わってみませんか?(笑)

今回投稿した作品のURLはこちらです!

『真っ赤なイチゴは落ちてゆき、砕けて散って染み込んだ』
http://maturikikaku.web.fc2.com/text_sasuraimonokaki01.html

読んでくださいね〜! 待ってま〜す!

最新コメント