今年は2021年なので、拙著『BEATLESS』の雑誌連載開始から、10周年でした。
 『BEATLESS』はアニメ誌である月刊『ニュータイプ』誌に2011年6月号から2012年8月号まで連載され、同年10月に角川書店から単行本として刊行されたSF小説です。企画についてはいろんなところで話させていただいている(*)のですが、連載開始10周年だったなと思い至りまして。
 せっかくなので、一度、振り返り記事を残しておいたほうがよいかと思い、キーボードを叩いてみました。

10年も経てば、そろそろ振り返りの時期でしょう。

(*)S-Fマガジン2018年4月号(「BEATLESS」&長谷敏司特集)など 


 作者としては、『BEATLESS』は2011年~12年に書かれたことに意味がある小説だと思っています。
 連載開始から10年経った今では、ぽろぽろと古くなっている部分があります。一例をあげると、本作が、現在のAIの世界では当たり前の基盤技術になっているGAN(Generative Adversarial Networks:敵対的生成ネットワーク)が話題になる前の作品であることがそうだったりします。GANについては、現在、毎年大きな成果をあげている技術で、生成と監視という異なる役割を持つAI同士で対抗させて学習させることで、画像を別の画像に変換したり、文章から画像に変換したり、データの特徴に沿った学習をさせたり(人間的にいうと深めたり)させることができます。GANでは、AI自身が学習データを生成する教師なし学習技術の進歩で、高度な成果が比較的手軽にどんどん出るようになって、AIの出力するものは人間の認知に近づいているように見えます。

もしも『BEATLESS』が今、連載している小説だったなら、ポリコレに大きく配慮して、物語世界はBLM(Black Lives Matter)以降なので人種などの多様性などを取り入れて、新型コロナの影響が入り、GANの影響をどう入れるかは考え所ですが無視はできないのでAIはより自走感が強い描写になっていると思います。2010年から11年頃に『BEATLESS』の設定を組み立てたときに想定していたよりも、はるかにAIは人間の脳に近づいていて、ここは10年後の変化を予測できなかったところでした。でも、当時を今にして振り返っても、自分の能力で今を予測するのは100%無理でした。SFで作家に神がおりて実力以上のものが書けたという話は、そう聞かないので、ここはしかたないですね。

 とはいえ、10年の間に、変化の影響をとりいれるチャンスがなかったわけではありませんでした。
 

 


 『BEATLESS』は、2018年に文庫化して、このとき大きく手を入れさせてもらっています。
 このとき、BLMと新型コロナはまだですが、ポリコレとGANの影響について更新のチャンスはありました。
 とはいえ、文庫化で基盤をそっくり入れ替えるほど話が大きく変わるのも違うだろうと考えて、物語をつくる根幹に存在する古い部分は、古いまま残すことを選びました。
 これは、いち作家として、新しくするのであれば、古い作品を原型が変わるほど大きく更新するより、新しい物語を書くほうが適切であろうと考えたためでした。



 あと、もうひとつ『BEATLESS』には固有の事情がありました。
 18年の文庫化は、〝12年刊行の単行本を元に〟18年1月から放映でアニメ化していただいたタイミングだからこそ、改稿の時間と予算をいただいたものなのです。なので、単行本とお話を別物にしてしまったら、関係者のみなさんが困惑するだろうことは明白だったです。
 たとえばポリコレを考えれば、レイシア級の5機のヒロインは、今なら1機くらいは男性型にしておくべきです。でが、文庫で突然「一機男性型に変えました」はさすがにダメでしょう。GANの影響を反映しようとすると、説明を増やして、特にAI企業の社長令息であるリョウの行動設計を見直さねばならず、シーンの組み方や展開を大きく変えることになるわけで。「なんで変えたの?」と尋ねられたとき「いや、GANという新しい技術が…」と説明して、納得させられる自信がなかったのです。
 主に「GAN対応にしたとして、お話はそこまでカロリーかけるほど面白くなるの?」という疑問に対して、「こう面白くなるから絶対変えたほうがいい」という答えをまったく用意できなかった作者が悪いと言えばそうではあります。SF作家としての長谷敏司は「新しいことに意味はありますよ」とは言えたけれど、エンタメ作家としての長谷敏司は「根本から書き換える費用対効果はないですね」という答えしか持っていませんでした。
 映像作品としての『BEATLESS』は、長谷が余計なことをしなかったおかげで、水島精二監督とディオメディアさんはじめスタッフの皆さんに、しっかりした映像化をしていただけました。映像化で原作者が暴れるのは往々にしてよい結果につながらないとも言いますし、間違った選択ではなかったと考えています。 

 

あと、10年経つと作品にはわかりにくくなっている部分もあり、作品に補助線があったほうが疑問に答えやすくもなっています。
 たぶん、今では大きくなっているのは、『BEATLESS』では「魂」を問題にしていることです。「魂」とはなにかというと、『BEATLESS』の作中においては「あいまいに人間をマシンとわけているもの」と考えてください。このあいまいさは、結末にもかかわるのでぼかしますが、作中で「人間自身が政治的に都合良く扱っていて、権力を握るための障壁にしていると非難を受けているもの」でもあります。
 この話が大きく取り扱われているのは、アニメ誌『ニュータイプ』連載だった『BEATLESS』の執筆当時、まだアニメメディアでAIの話というと、参照されるのは雑誌初出1989年の『攻殻機動隊』だったためです。2010年当時は、『鉄腕アトム』から『攻殻機動隊』へのビジョン更新は認識されていましたが、その先がまだみあたらなかったのです。
 若いアニメファンのかたは首をかしげるもしれませんが、当時は、まだAIとは「ロボットがもつ機械の頭脳に貼られたラベル」であることが多く、「人格回路/装置」的な小人をマシンに搭載するのが一般的でした。(*1)「さすがにディープラーニング登場以降の進歩を考えると、今の時代にゴーストもないだろう」というアップデートを、せっかくアニメ誌連載なので意識していました。影響力を考えると比較はおこがましいにしても、『ニュータイプ』誌でやることに意義があると考えたわけです。
 そのため、タイトル決めの会議(*2)でのボツタイトル案には、『SOULLESS』というものもありました。当時、「いわゆるロボットSF的な世界を構築するのに、人工人格は必要ない」ということを描き出すために作ったのが、〝かたち〟によって人を誘導する(当時話題になっていた行動経済学の「ナッジ」の影響を受けた)アナログハックでした。『BEATLESS』の最初期のキャッチコピーは、「魂は、ない」でした。これも、たぶん「ゴースト」に対する意識をスタッフ内で話していたことの影響があると思います。

(*1)『攻殻機動隊』もタチコマの話になるとネットワークAIなのですでに一歩踏み出しているのだけれど、ドラマの核になるのはゴーストのほうだった。

(*2)東日本大震災から1ヶ月も経たない時期に当時の角川書店の会議室で行いました。「『***less』にしよう」というところまでは早めに決まって、『BEATLESS』のタイトルが雑誌に載ったあとで「これBEATLESと一文字しかちがわねえな」ということに気づいたのでした。メディア化の後で苦労しました。『BEATLESS』のタイトルだけでは、一文字違いなせいで映像作品の版権をとれない国があるのです。コミカライズが『BEATLESS dystopia』なのは、確かそういうお話でした。
 

「いかにしてゴーストと手を切るか」を意識して組み立てたため、「こころはない」ということを『BEATLESS』では作中で幾度も強調しました。テーマの骨格がそこからきていたので、「人格回路/装置という小人が存在しない」AIとの間で、ボーイ・ミーツ・ガールは成立するという物語を、未来世界を描くために選びました。
 この選択に対して、「AIのはたらきはこころと呼べるものなので、AIにこころがないなら人間にもこころはない」という作品批判は、発表当初からありました。10年の間に、GANをはじめとするAIの進歩によってこの批判が大きくなったのは、因果はめぐるということなのかもしれません。つまり、ディープラーニングや当時の進歩で2011年当時の状況を殴ったら、想定外に進歩が速かったGANで殴り返されているとも言えます。これは、時代に沿ってSFを書くことの、楽しさであり難しさでもあるのだと思います。

 

あとは、『BEATLESS』について振り返るにあたって、作品の設定をオープンにした「アナログハック・オープンリソース」にも触れておいたほうがよさそうです。


 こちらは、長谷が自主運営しているサイトに設定を記載することで、「『BEATLESS』の設定部分を誰でも自由に使えるようにしたもの」です。『BEATLESS』のために2010年~11年頃に作った創作メモや設定をまとめて2014年に公開しました。
 商業出版とちがって身軽な、ただのウェブサイトなので、こちらは時代の変化にあわせた更新をしようと思えばできるものです。ですが、そもそも『BEATLESS』の設定部分をオープンにしたものであるため、根幹を変えてしまってよいのかは、今は悩みどころになっています。
 アナログハック・オープンリソースもまた、時間の経過で古くなってきているのは確かです。けれど、この設定資料を現代にあわせてアップデートすると、当初の「『BEATLESS』の設定部分をオープンにしたもの」という設立理由とずれてしまいます。もちろん、アップデートがない原作とは、目に見えて乖離してゆくためです。

ただ、オープンリソースは、「現代的なSFを書くハードルを下げる」目的で公開したものでした。なので、こちらの設立理由を考えると、アップデートするほうが正しい。
 今のところ選択している暫定的な回答は、「部分使用してもよいし、オープンリソースの記述を自由に変えてもいい」というルールにしているため、「好きなところを抜き出して使ってもらって、古いところは自由に捨ててください」というものです。
 古くなってゆくインフラをどうメンテナンスするかという問題を、自分の問題として思い悩むことができているわけで、オープンリソースを公開したことの個人的な利益にはなっているとも言えます。ですが、インフラ問題は費用対効果がついて回ることもあり、答えは出ていません。GANを基盤にして更新したとしても、10年後にはまた別の技術が出てきて「古くなる」という状況も、これまでを考えると予想はできます。そのときはまた大規模な更新をかけるのかと考えると、自分の中のプロ作家という個人事業主が「費用対効果ないよ」とささやくのです。ごめんなさい、ぶっちゃけすぎました。

 アナログハック・オープンリソースは、イラストはredjuiceさん、デザインは草野剛さんというオリジナルメンバーで、「このくらいやっちゃってOKですよ」という作例同人誌『電霊道士』を作っております。楽しいアクション小説なので、よろしければ。 
 


 10年の節目ですし、当事者の言葉が残っているのは意味があろうと思い、記事にしてみました。
 この記事は、内容的に『BEATLESS』を改訂するチャンスがあったとしても、あとがきに入れるような話ではないと認識しています。けれど、これから『BEATLESS』に触れるかたに対して、興味をもってくだされば見つかる場所に存在することには意義があると感じたため、まとめてみました。
 『BEATLESS』は、長谷自身が発表当時からいろんなところで「作品としての寿命は5年だと思って書いた」と公言していた作品です。2011年の状況で、当時の新しいものを使って書いた、歴史の背景が色濃い小説だったためです。それが、まさか10年もなんとか生き残ってくれたことについては、望外の喜びです。

イラストのredjuiceさん、書籍スタッフの皆様、コミカライズなどスピンオフに関わってくださった皆様、アニメ版スタッフの皆様、そして読者や観客の皆さんに、本当に心から感謝しています。
 すこしずつ時代に追い抜かれていって、消えてゆくのかとも思っていましたが、皆さんのお力もあってAIものの古典になってゆく可能性もすこしはあるようにも思えます。2021年を経て、これからまた現実世界の景色も変わってくるのでしょうが、触れてくれたかたに何かを提供できる作品であることができたなら、さいわいです。 

こういうテキストを皆さんの前にお出しできるのも、作者が現役作家として書いている現代SFならではありますね。

 作家、長谷敏司としては、キャリアが長く続いているからこそと考えて、新しい仕事を始めよう、ということでもあります。これからもよろしくお願いします。
 また新しい企画を『BEATLESS』でやることもあるかもしれませんが、そのときはさすがにその時期の状況を基準にして作品を作ることになるのではないかと。お見かけしましたら、そのときはまたそちらでも。
 
 最後に、実は、中国で展開中のスマートフォン向けゲーム『空筺人型』も、まだプレイできる状態になっています。
 こちらはシナリオを書いたのが比較的新しいので、「こころ」の問題の比重が下がっていたり、新しい試みをしていたりもします。中国語のテキストを長谷が読めないので断言はできないのですが、そうなっているはず。
 興味があったら、無課金でもプレイできますので、中国のアプリを入れることに抵抗がないかたは、触ってみても。

(中国サイト)
 https://game.bilibili.com/beatless/
 

『アイの歌声を聴かせて』、錦糸町で滑り込みで見てきた。AIものに興味があれば必見。
現代を舞台にしたAIものエンタメ作品は、二律背反を抱えていると思っている。
つまり、「物語を派手にするほどAIが暴走しているように見えてしまうので、それがドラマの中心でなくてもAI脅威論をきちんと物語中でカバーしないと雑に見えてしまう」という、二律背反だ。しぜんと二義的なものが増えてややこしくなる物語を歌でまとめてしまったのは、剛腕だけどホームランだと思う。
シオンが歌ってるところがドラマの中心で本筋。シオンの歌わない間はドラマのためのところ。超わかりやすい。AIものから複雑さを取り払う、これは率直に賞賛するべき発明。邦画がディズニーみたいなわりきりをしていて、かなり驚きました。
 
シオンのことを感情があるかもわからないメカとして描いて違和感を出しつつ、異化しすぎて観客とは別世界の遠いものになりそうなドラマを、歌で繋いでいる。結果、さわやかな青春物語としてみることができる。
たぶんこの話、歌でリアリティのレベルをファンタジーに寄せないと、かなりハードにSF方向に触れて、間口が狭くなっていたはず。冷静に考えるとむちゃな話なのだけれど、それを歌っている間に観客を気持ちよくさせて納得させてしまう。というか、メディア化したら、シオンが歌っているところをミュートしてみるだけで、まったく違う話に見えると思う。
AIが関わる物語では、ある人からは問題ない描写が別の人からは危険に見え、ある人からは人間らしく見える描写が別の人からは不気味の谷に見える。現代や近未来を舞台にしたAIものは、ど真ん中なようでいてムービングして芯を食いづらいボールなのだ。それを、振り切ったアッパースイングで見事にスタンドに運んでいた。お見事。

物語構造は、論理的に見ると、現代の視点では主人公から見て敵対者である支社長側に理がある。主人公の母親はけっこう生臭く描かれていて、マジで怒られないといけない人として描写されているところもあるので、意識して二度目を見たら印象は変わるはず。現代AIエンタメの二律背反へのアプローチとして、拙作『BEATLESS』とも共通する構造を持っているけれど、エンタメとしては『アイの歌声を聴かせて』のほうがキャラを好きになれるかたちをしているので、明らかに正解。
それを支えているのは、小道具の凝り方だったり、不愉快な人が最低限に抑えられている現代的な作劇だったり、無駄なシーンがない緻密な物語整理だったり、しっかり意図が観客に伝わる演出だったり、映像作品としての物語のシンプルな強さだ。本作を見て、AIものの勝負どころは、アイデアよりも基礎力のほうに比重が移ってゆくことになりそうだと感じた。そう考えると、10年以内にはディズニーあたりからもAIものの大作がくるかもしれない。

複数回見ることができるように作られていて、立場を変えて考えながら鑑賞すると別の物語も見えてくるようにできているので、今からでも間に合うかたは是非。
AIものとは思えないほどわかりやすく、間口が広く作られている、お手本になるべき一作だと思います。 

 8月11日(日)のC96コミケ3日目に、西館”G”ブロック-01a「アナログハックOR」で出展させていただきます。
 頒布物は、
  • 新刊『ANALOGHACK ENLIGHTENED「電霊道士」』
  • redjuice表紙B2ポスター(コミケ限定)。ポスターと新刊のセットもあります。
 既刊『ANALOGHACK IGNITING ISSUE』も持って行きます。
 おまけの「ミームフレームロゴ缶バッジ」は、新刊をお買い上げいただいたお客さん皆さんにお渡ししますが、こちらは数に限りがあります。
 
(お品書き:クリックで拡大します)
oshinagaki


 新刊『ANALOGHACK ENLIGHTENED「電霊道士」』は、準備号を2冊頒布した作品の、完成版になります。
 メインコンテンツの「電霊道士」は、中華風サイバーパンクを現代(古典ではなく2019年の現代)風にした、長谷敏司の新作中編小説です。

 小説『BEATLESS』の設定と世界観を誰にでも使えるようオープンにした「アナログハック・オープンリソース」の公式作例本になります。
 ですが、アナログハック・オープンリソースの作例としてではなく、ただ純粋に作品を読んで楽しんでいただける本にできたのではないかと思います。フルスイングしたので、商業出版でもできるクオリティまで持って来れたのではないかと。
 読んだ後に、「これを作るための基盤構造(ベースストラクチャー)が、誰にでも使えるよう全部オープンになっているんだ」と思っていただけるようなものを目指しました。
 そのゴールに、redjuiceさんと草野剛さんのおかげで、行けたのではないかと思います。

 サークルメンバーとして一緒に作って下さったredjuiceさんと草野剛さん、そして松田さんに感謝を。

 皆さんと、会場でお会いできますように!

 

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