里中李生オフィシャルブログ 快楽と耽美 その美学

エッセイスト里中李生のオフィシャルブログです。 仕事の話や哲学、社会問題を語ります。






私の怒りはほとんどが「芝居」だ。

子供に怒る時、女性に怒る時、コンサルティングにきた分からず屋に怒る時。

「さあ、怒ろうかな」

「これくらい怒っておこうかな」

「だめだ、こりゃ。ちょっと怒るか」

別れるために嫌われてみるか。彼女のために怒るか。


…しかし、前回の続きだが、人の痛みを感じない人間が多くて、激高している。


俺には傷つくなんて女子高生のような感覚はない。


傷つく概念はない。


世界中の人たちが傷ついているなら、いちいち言葉にする必要もない。風邪ひいたってレベルだ。


だからと言って、怒りはある。

その怒りはきっと、美女が運んでくる成功と似ていて、男を奮い立たせると思っている。冷静になれば。

これだけ書いていても、俺は冷静だ。

だから、『ムーンリバー』だ。

女が心も美しかった時代の…ネットなんかなければいいのに、と思わせる時代の名曲。

この動画を見て、皆、頭を冷やせ。

一緒に観よう。この映画を。


成功者はみな、怒りを秘めている: この流儀が、人生の突破口となる (単行本)

里中 李生
三笠書房







大規模な講演会セミナーを見てきた。

お金持ちがゲストの講演会だが、途中で帰った。


アシスタントの女性と「くだらないね。それよりも先生が痩せないように何か食べないと」って。


「ラーメンとチャーハンを三日間食べれば、なんとか2kg増えるよ」


彼女がそう言うから、僕らは会場のホテルの中華料理店に入った。


「コース料理、めっちゃ高いね」


「麺類の単品とチャーハンで太るなら、そんなに高くないよ」


レストランのサービスはとてもよく、今日の収穫は、「このホテルをしばらく主戦場にしよう」くらいだった。


『お金持ちになりたいか』

知らない若者のお金持ちが叫ぶ。妙にポジティブなカタカナ語がスクリーンに出てきて、それを皆で復唱する。

青いことを言っている。私のような男が何百回と聞いた話に若者たちや貧乏そうな大人たちも女も聞き入っている。

合間合間に「島を持っている」とか「高級マンションにいる」とか入れる。サブリミナル効果にしているようだ。

『税金、払うのはおかしいだろ』

「うぉー」

『働くって変だろ』

「うおー」


私もそう思う時がある。では、

税金の代わりは?

私たちが働かなくなったら、代わりに誰が働くのか。

そこには触れない。つまり、肝心な答えはない。


自分自分自分。


そんな世界に興味はない。


私の動画でも喋っているが、それは奴隷制度復活を目指しているのと同じ。

不労で稼ぐ人間が増えれば、労働者は増える。


外国のお金持ちはプロテスタントなのだろうか。

お金を平等に配ってはいけないそうだ。オバマ保険を批判していた。

「能無しは切り捨てる」

ということだ。では、その会場に集まった能無しをなぜ切らないのか。

利用するためだろ。





私の快楽はお金じゃない。


昨日はその女性アシスタントが、熱心に私の話を聞いていた。

「彼氏ができたのは先生のおかげ」

「なんでそんなに武勇伝が多いの? 伝説すぎるでしょ」

「ガクトさんと同じこと言ってる」

重い荷物で腰を辛そうにしていたら、彼女が揉んでくれた。エスカレーターの下からね。

「レディファーストってなんで先に女性を行かせるか知ってる?」

うんちくではなく、彼女がエスカレーターに乗る前に、僕を先に行かせるか自分が乗るか迷ったから。

教えると、

「なんでなんでも知ってるの?  人生のこと」

「相対性理論はいくら読んでも分からない。これは俺の分野。つまり愛に生きる方法」

なんて話をずっとしていた。

彼女は、私を囲む男たちの友情にも驚いていた。

「すごいな。男の友情って。感動した」

彼女に言われるまで気づかなかった。

…そんなことがあったのか。知らなかったな。


その彼らにお金渡したわけではない。ただ、彼らはこのアシスタント女性同様、私からたくさんの話を聞いている。

その後、恋愛や仕事を成功させている。もちろん、億万長者になっているわけではない。悪魔と手を結んでいないからだ。

お金は必要だ。

当たり前だよ。資本主義社会なのだから。それが世界を牛耳っているからだ。

だが、誰かを踏み潰してまで必要なわけはない。億万長者になりたいなら、新しいモノを創り、その第一人者になる。または、宝くじや競馬の研究でもしていればよい。自分の金でマカオに行くとかね。

日本なら年収が1000万円くらいでちょうど良い贅沢ができる。それで恨まれることはない。


度々、名前が出てくるが、オスカーワイルドという男が昔にいた。

作家、劇作家、詩人として、若い頃に名を馳せた。しかし、国家の罠にはまり、投獄させられ、友人もお金も仕事も失った。

彼は、今、とても評価されているが、その晩年も多くの見知らぬ人や友人が助けていた。

多く、と書いたら、あなたたちは百人、二百人もと想像してしまうかもしれないが、たぶん五人くらいだ。

その五人くらいが、彼の命を繋いだ。

ゲイになった彼と離婚せず、彼に送金を続けた妻。

「あのひとはお金を渡すと全部、すぐに使ってしまう」と、別の友人にお金を預け、その友人が少しずつ、ワイルドに送金した。

これだけで感動する。ここに二人、愛を持った人間がいて、ワイルドを守っていた。

この二人だけで十分「多い」。

その意味は分かります?

彼を裏切って、牢屋にぶち込んだ元恋人は彼の想いに答えたのかどうか分からないが、職を失った彼とまた付き合っていた。

彼の晩年の作品を最後まで守っていた友人もいた。本当にもうこれだけで十分。

「すべてを失ったオスカーワイルド」と言われているが、それって、

お金のことだよね。


すべてではない。


頭、おかしいだろ。おまえら。


そうそう、ワイルドを貶めた人間たちは皆、その直後にバタバタ死んでいる。天罰だ。


人を貶める人間や踏み台にする人間は誰も助けてくれないから、悲惨に死んでいくのだ。


ただ、人に裏切られるということは、何か過ちを犯したのかもしれない。

だったら、私は謝罪をする。

無反省の会のようなセミナーをよく見かける。実際には出向いていない。ネットに動画があるものだ。





私が欲しいのは憎しみではない。憎しみを生むような働き方はしたくない。もし、ふわっとしたお金が入ってきたら。黙っている。ネットに自慢げに投稿はしない。


男の友情は自慢だが、

「先生、ゲイにならないでね」

と、焦ったように言うアシスタント。

オスカーワイルドやエルトンジョンや三島由紀夫や…。尊敬している男は、皆ゲイ。


「そこにアイスピックがある」

バーのカウンターに目を向ける。

「はあ?」

「トイレの窓からは逃げられない。このテーブルクロスは(火事の時に)使える」


「君のような女の子と店に入ると、まずそこを見る。男を守る気はないの。だからゲイにはきっとならない」

「彼氏とレベルが違いすぎるんですが」

「彼氏はまだ若い。それから、高級ホテルを利用するのは、俺が楽になりたいからで、贅沢をしたいからじゃないんだ。高級ホテルのレストランで非常口に神経を使う必要もないし、暴君が入ってくることもなくて、のんびりと女性と話ができるんだ」


話は尽きなくて、行きつけのバーでは生演奏が始まった。マスターが自らギターを持ち、友人とブルースかジャズか分からないメロディを惹いていた。だけど、テレビではミックジャガーが歌っていた。


ピアノを子供の頃に習っていたアシスタントに、「君も何か弾いてよ」とマスターが笑顔を送る。


私の快楽はこちら側にある。


わかりますか。

俗とは違うんだ。


















ドッグヴィル スタンダード・エディション [DVD]
ニコール・キッドマン
ジェネオン エンタテインメント
2006-03-24




ニコールキッドマンが演じた『ドッグヴィル』や『ダンサーインザダーク』で有名なラースフォントリアー監督(デンマーク)


性描写が多く、眉を潜める女性は多い。きっと、今どきの男たちも。世の中の裏も表も何も知らない男の子たち。

ラースフォントリアー監督のテーマは『偽善』

『ニンフォマニアック』のような全編セックスだらけの映画でも、偽善者の男が彼女のセックス遍歴を優しく聞く。カウンセリングするように。



代表作の『ドッグヴィル』は全編偽善がテーマだが、キッドマンが村人に犯されるシーンやらばかりに目を奪われていてはいけない。(脱いでないけど)

都会から逃げてきたキッドマン演じる美女を、村に受け入れるために、いろんな「屁理屈」を言う村人たち。それらが正論のようでいて偽善なのである。

『メランコリア』では、花嫁が披露宴で、来賓者に跨るシーンなどがあって、「またか」「この監督はこればっり」「変態」「意味が分からない」となってしまうのだが、彼が言いたいのは、セックスのほとんどが偽善的ということだ。

愛がない。

と言いたいのだろう。

あなたがやってきたセックスのすべてに愛があった?

私はすべてに愛があったなんてとてもじゃないが言えない。言ったらまさに偽善者になる。

辛ければ快楽に楽しんでいいじゃないか、と、特に彼は女性には言いたいのかもしれない。『メランコリア』はその花嫁が鬱に苦しんでいる物語である。

それに対して、「絶望的」「未来が見えない」などの批判を受けるが、では永遠に続く幸せとは何か。そこから探ればいいではないか。


何も映画や小説がすべての答えを教えてくれるわけではない。自分で考えないといけない。



私がTwitterで、

◆世の中のすべてを正そうとする行為。それを『偽善』と言う。

と書いたところ、それが受けてね。

違うSNSにも拡散されていた。

昔の人も言っているような当たり前の言葉だ。

「モラルは守らないけど公共マナーはなるべく守るよ」

私が気取って友達に言っていたら、なんとオスカーワイルドが同じ言葉を使っていたとかで、衝撃を受けた。そんなもんだ。言える人なら、簡単に言葉を作れるし、この場合、唯美主義者なら実行もしている。

「偽善」については、ラースフォントリアーのその『ニンフォマニアック』で、「人間の本質を一言で言うと偽善でしょ」とヒロインが言う。この言葉も私の頭の中には常にあった。

だから、Twitterで、あのような出来事があるとすらっと出る。

そう、「日本の何もかもを正せ」という連中を見たのだ。週刊誌のグラビアにまで牙をむいていた。

返す刀で、沖縄の基地問題。それが終わると、言葉狩り。

悪いのはすべてこの社会。

それを正したいから、Twitterをやっている。…らしい。

それは偽善なんですよ。

ということを私のような一介の物書きでも知っているが、デンマークの名監督は映像にしてさらっと語っているのである。



里中李生オフィシャルウェブサイト

11月11日 少人数セミナー。残り五席。

広告スポンサー募集

サイン本、オリジナルDVD販売

連載小説

などがあります。


このページのトップヘ