平成の30年間は、波瀾万丈だった。
もうすぐ26歳になろうとする直前に、
昭和天皇が崩御され、平成になった。

わたしが平成になったことに気づいたのは、翌日の1月8日だった。

都内での一人暮らし、

仕事で疲れ果て、日曜日に遅く目覚めて、疲労感と虚しさで、近所の定食屋さんに行った。
遅い朝ご飯兼昼ご飯を食べようとしていて、ついていたテレビを観ると、

画面にたくさんの白い菊の花ばかりが、しーんと音楽も無く映されていて、

なんだこれ?

って不思議に思っていたんだけどね、

しばらく観てたら、どうやら、昭和天皇が崩御されて、年号が変わっていたってやっと気づいた。

その頃、私は、アパレルの仕事に夢中で、バブリーな時代だったから、高級な高額な服が売れて売れて…

お客様がセレブだったから、
つい自分もセレブな感じの錯覚を起こしていて、かなりプライドも高かった。

年4回の展示会に追われて追われて、
夜遅くまで、仕事して、展示会前には会社に泊まり込んだりして

まぁ好きな仕事だったので、
残業手当なんてつかなくても全く気にせず、バリバリ仕事してました。

だからって、さほどいい給料でもなく、
利益出しても、自分に返ってくるわけじゃなく、

いのち削るような思いで、働いて、

セレブな優雅な奥様方のお洋服を作ることに
なんだか虚しさを感じてきて…

そんな時に平成を迎えたわけ。

昭和が平成になったことに、なんの感慨も感じなかった。
私にとっては、一夜が明けて、また月曜からは、過酷な仕事が始まるだけだった。

若い時のわたしは、
今、振り返ると

ほんとに、了見が狭いし、

自分のことしか考えてなかった。

人生経験浅いから、
自分の人生と人の人生を重ね合わせて考えるとか、感じるということができなかった。

その後、過労から
わたしは、鬱病になり、

実家に戻らざる得ない状況になり、

わたしを理解してくれないと思っていた親から逃げるように、

結婚して、

2人の子供を産み、

ダンナとは、気持ちが通い合うことができず、全く信じることができなくなり、

離婚して、

可愛い2人の子供を育てるために
必死に働き、

やれやれもうすぐ子育ても終わると思った頃から、

娘に問題勃発して……


平成28年には、初孫が生まれ、


令和元年8月には、第2の孫が生まれる予定。


かなり簡略して、書いたけど、


この30年間で、大きな失敗をしてきたおかげで、たくさんの方々に心配と迷惑をかけて、
たくさんの方々から、優しさをいただき、自分ひとりじゃ何にもできないことを痛いほど学んだ。

自分の間違った判断で、突っ走り、
どれほど親を泣かせてきたかを、
今になってやっとわかった。

だから、

平成から令和の節目に放映されたプリンセス美智子物語や、
平成天皇の最後のおことば、
令和天皇の最初のおことばには、
めちゃ感動して、

いろいろな想いが溢れて、涙なしでは
観れなかった。



歳を重ねるってことは、
経験を重ねるってことなんだと最近は実感する。

幸せと不幸の経験が
織り混ざって重なり合って、
痛みと喜びと混ざり合って、


だから、感慨深いものが、こころの中に出来上がっていくんだろう。


若い時には、絶対に想像できなかった
今の自分がある。

不思議だし、

また、それがありがたいと思う。







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