饅頭こわいと言い張ってみよう(完結)

ライトなラノベコンテスト(ララノコン)応募用ブログです

はじめに

 古典落語饅頭こわいを舞台を現代、登場人物を中学生にしてラブコメに翻案してみた次第です。

 遅まきながら締め切りぎりぎりになってから「ライトなラノベコンテスト」のことを知り応募しようと思い、以前他サイトに上げたものをひっぱり出してきました。

 お暇なら読んでやってください。

饅頭こわいと言い張ってみよう 1

「完璧な恐怖などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね」

 いや、ここで村上春樹はおかしいだろ、と俺のセンスのないジョーク(無論村上春樹の文章がという意味でなく、こんなところで村上春樹の名文から引用・改変するという俺の愚昧さに対しての評価だ。余談だがこの名文は慰めなどでは決してない、と俺は思う)を笑い飛ばす一同。

 いやはや、場の空気というのはたいしたものだ、と内心ごちる。

「なんでここでボケんだよ! 浅沼みてーに親とか生徒指導の谷岡とか答えとけよ!」

 場をまとめていた片岡が笑いながら言う。こいつはこの場でなくともこんな役割だ。

 放課後の教室での一幕。

 今日も今日とて意味もなく教室に残ってだらだらと男所帯で雑談に灰色の花を咲かせていた俺たち。
 ふとしたきっかけで話のテーマが「こわいもの」となり、思春期の中学生としてあるまじきことにみんなが弱みを晒し始めたのだった。

 それはみな浅沼のそれのように他愛のないものだったけれど(他にはまあ蛇だとかの物理的なものから将来への不安だとかの精神的なものまで幅広かったが、ここで取り立てて語る必要がないものだ)、思春期の中学生としてふさわしい過剰な自意識を備えた俺は、弱みを他人に晒す気にはなれず、ボケでこの場を乗り切ろうとしているのだった。

「まあ確かに阿兼(あかね)はこわいものなしってカンジだよね」

 浅沼がなぜか自慢げに俺を評しながらはにかんだ(そういえばこいつは友達のことは必ず名前で呼ぶのに、こいつ自身はみんなに名字でしか呼ばれない。不思議だが案外そんなものかもしれない、とどこかわからないところでひとりで勝手に納得した。そして俺はこいつの名前を知らないのだった)。

「いや、あるよ、こわいもの」
「え、なになに?」

 固唾をのむ一同。

「……スベること」

 ドッと笑うみんなを見て、期待通りに進んだことに内心安堵する。

「大丈夫だよ! お前はスベんないから!」

 と、伊藤から太鼓判を押される。

 そんなことねーよ、と謙遜しようとしたところで、ガタリと音がした。

 目をやると、俺たち以外で唯一教室に残っていた酒々井(しすい)(とこ)が自分の座っていた席から鞄を持ち立ち上がっていた。

 酒々井は恐ろしく美人だが同時に恐ろしくマイペースで他人と関わろうとしないので、アンタッチャブル扱いされている女子だ。

 どういうわけか放課後に何をするでもなく頬杖をついて教室に残っていることがままあり、居残ってたむろしている俺たちと居合わせることがしょっちゅうだった。
 彼女のその立ち位置から、俺たちのグループのメンバーは彼女に関わろうとしなかったけれど。

「酒々井も、こわいものなしって感じだよな」

 そのまま帰宅の途につこうとする酒々井の背中に俺は声を投げ掛ける。みんなの顔が凍り付いたのがわかった。

 酒々井が立ち止まり振り返り、俺を見遣る。
 艶のある長い黒髪が舞うその様は非現実的で、恐ろしく綺麗だと、俺にしては素直にそう思った。

「嫌みかしら、掛川(かけがわ)くん?」

 静かだがよく通る声。

「素直な感想だよ」
「そう。まあ事実その通りだしね」

 言って、酒々井は不敵に笑んだ。
 まったく、こんな表情が似合う女子中学生が他にどこにいるというのか。

「容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群。いやはや、どこのマンガやラノベの登場人物なのかといった感じよね」
「自分で言うなよ……」

「掛川くんみたいな下等な人間が私に話しかけるなんて、本来不敬罪で死刑に値するのよ?」
「確かにそのセリフはマンガやラノベみたいだけどな!」

 お前が一番マンガやラノベみたいなのはそのメンタリティだよ。

「そう、そんなこわいものなしな私が唯一こわいのは……」

 酒々井は両手を天に向かって広げ、高らかに宣言した。

「……こわいものがないことよ」

 そのあまりにもあんまりな言葉に、この場の誰もが絶句することを免れなかった。

「それじゃあ、掛川くん。また明日。ごきげんよう」

 そうして、ぽかんとする俺たちを尻目に酒々井は颯爽と教室を出ていったのだった。

「……ムカつくなあ」

 無意識の内にそんな言葉が口をついていた。

「……ああ、確かにムカつくよ」

 俺の不意の言葉を聞き逃さなかった片岡の相槌に、全員が頷いていた。

「あ、いや、陰口たたくつもりはなかったっつーか……」

 望んでいない方向へ話が動きそうだったので始めた俺の拙い弁明は、予想外の返答でかき消された。

「酒々井と仲がいいお前がな!」
「……はあ?」

 何言ってんだこいつ?

「今の会話のどこにそう判断する材料があったんだよ?」
「どこって、そもそも会話を交わしてること自体だろうが! 酒々井がお前以外の男子と話してるとこなんて見たことねーぞ! 女子とすら滅多に話さねーってのに、なんでお前と話す時はあんなに饒舌なんだよ! 俺も言われてーよ、ごきげんようって!」

「……そんなの、席が隣だからじゃねーの?」
「アーハイハイソーデスカー」

 こいつら全員、とんでもない誤解をしているようだった。
 酒々井が、俺に好意を持っているわけないじゃないか。そしてそれは、相手が俺だからというわけではない。

 誰も寄せ付けず何もかもを拒絶する。他人のことなんて真実何とも思っていない。
 酒々井のそんなところにこそ、俺はムカついていたのだった。

 子供の時は何も気にせずやりたいように振る舞っていられた。
 今だって子供に違いないけれど、そんな風にばかりしていられるほど子供ではない。

 こわいから。他人との不和が恐ろしいから。
 俺たちはみな、自分を殺して生きている。
 話したくない奴とも話さなくてはならないし、愛想笑いも浮かべなければならない。

 中でも俺は、特別そんな思いが強い人間だと思う。
 臆病だから。
 口にする言葉は、全て他人にどう思われるか計算している。少しでもすごい奴だと、価値のある人間だと思われようと手探りで歩いている。

 だから。
 だからあんなままでいられる彼女に、俺はムカついていたのだ。

「ちくしょー、あんな性格でもやっぱかわいいからなー。羨ましいぞ阿兼ー」

 あんなに好き放題に振る舞っても、それでも、酒々井は評価されるのか。
 ――なんだ、それ。

 気付くと俺は、走り出していた。

「ちょ、どこ行くんだよ阿兼!」
「酒々井のところに決まってんだろ!」

 てめえ、やっぱそうなんじゃねえか! という後が面倒くさくなりそうな片岡の声は、とりあえず無視しておくことにした。

 まったく、衝動に任せて動くなんて、一体どれくらいぶりだろうか。

饅頭こわいと言い張ってみよう 2

 幸い、走るのは得意だった。昇降口で靴を履きかえている酒々井に俺は追いついた。

「酒々井!」
「……あら、掛川くん。また明日と格好つけた私の言葉を台無しにしてくれるなんて、いい度胸しているじゃない。不本意だけど褒めてあげるわ」

 相も変わらずの歯に衣着せぬ物言いに、俺はたまらず叫んでしまった。

「嘘つくんじゃねえよ!」

「……嘘? 何のことかしら?」
「こわいものがないわけねーだろ!」

 それは、問いかけというより願いだった。

「人間はみんなびびってびびって生きてんだよ! こわくて怯えて立ちすくんで、それでもこの世界を生きていかなきゃならないんだよ! なんで、そんな風にしていられるんだよ! 俺は、友達と話す時だってこわいぞ! 恐ろしいぞ! お前だって、そうだろ! そうなんだろ! ……頼むから、そう言ってくれよ。……そうでないと」

「……そうでないと?」

 ――俺が、あまりにも哀れじゃないか。

 思えば、鬱屈した思いをありのままにわがままに吐き出したのは、物心ついてからはじめてのことかもしれなかった。

「……格好悪いわね、掛川くん」

 当然の感想だった。

 俺は何をしているんだろう。
 酒々井に何を求めているんだろう。

「……仕方ないわね」

 不意に酒々井が俺との距離を詰めてきた。そして。

「流石の私にも憐憫の情が芽生えてしまったから」

 やおら酒々井は俺の頬へと手を当てた。当然のように。必然のように。

「少しだけ、教えてあげる。私を、見せてあげる」
「は? え? や? は?」

 キスでもしてしまえる距離。
 永遠になりそうな一瞬。
 薄いが艶のある酒々井の唇から紡がれた言葉は。

「……私は、男の人がこわい」

「……」

 それは、期待していた方向のものであるが、予想外のものだった。

「こわいから、話さない。こわがってるってバレないように、関わらない」

 そう、あんなことを言っておきながら。
 ことここに至るまで、俺は酒々井にこわいものがあるなんて、まるで考えていなかったのだ。

「はあ? 嘘つけ。お前みたいな奴が、そんな訳。今だって……」

 今だって、平気そうに挑発するように、俺の頬に手を触れているじゃないか。
 そう言おうと思って、やめた。
 その件の手が、震えていることに気付いたからだ。

「……嘘じゃない。嘘じゃないわ」
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