皐月 海央 ~エクトプラズム 日常的断煙図~

書きたいという『欲望』は、僕の躯の中で決して止まることのない血流であり、書くという『行動』は、噴火口へと向かうマグマのようなものです。 僕自身が僕自身に向かって書き記していることが、もし誰かの心の琴線に触れ傍読していただけたら、嬉しさはこの上ありません。

すきま風

「そのお年で髪の毛も黒々としていて、明らかに同世代の方たちに比べて髪の量も多い方だと思いますよ」、とわたしは見たまんまの正直な感想を、還暦を迎えたばかりの職場の先輩に向かって言った。

休憩時間、バルコニーの喫煙場所で同席したその先輩と、どういった経路でそんな話になったのか分からないが、とにかく雑談の末、髪の毛の話になった時にわたしが発した言葉であった。もちろん誉め言葉として言ったつもりであった。

だが、そのあと暫く、なんともいえない妙な『間』があり、先輩は「親父はつるっ禿げだったんだけどね」と言った。

わたしはなんと言っていいのか一瞬躊躇した。なぜなら、今の妙な『間』が一体何を意味していたのかを考えたからであり、更にその答えを、『親父はつるっ禿げだったんだけどね』という先輩の言葉に返答する前に、早急に導き出さなければならない状況に置かれているわけであり、どうしよ、どうしよ、とあたふたしている『間』が更なる妙な『間』になってしまったりして、いや困ったな、と右往左往していると、完璧に嫌な『間』が出来上がってしまい、思わずわたしは「もしかしておじいさんは濃かったのでは? 」と言うと、

「祖父は髪の毛が濃かった、と聞いているけどね・・・・」と先輩。

するとわたしは一瞬ホッとはしたが、《と聞いているけどね》のあとの『・・・・』が妙に気になりはじめ、なんか俺、ヤバい方向へ行ってる? と自問自答の末、「じ・じ・じゃ、隔世遺伝ですね」と、まったくもってその通りのことをお伝えしたつもりだった。ところが、先輩は更に妙に嫌な『間』をおいたあとに、こう言った。

「隔世遺伝? 」


明らかに、先輩の最後の言葉の語尾は上がっていた。

わたしは、アレ? 隔世遺伝ってそういう意味じゃなかったっけ? と突然不安になってきた。間違った言葉を謝った用法で口にしてしまうことは誰にだってなくはない。もしかして俺、用法間違えた? ひょっとして先輩のプライドを傷つけてしまうような事を言っちゃった?

隔世遺伝・・・・。
不安を抱えたまま今後生きたくない、嫌だ、嫌だ。早く辞書で調べよ、そうしよ。

わたしは煙草の火を消し、用もないのに用があるようなふりをして、喫煙場所をあとにした。もちろん隔世遺伝の意味を再度確かめるべく。

(隔世遺伝) デジタル大辞泉より
1 「先祖返り」に同じ。
2 子が祖父または祖母に似ること。親のもつ 潜性形質が子の世代で分離して現れる。


概ね、自分の発言に不備がなかったように思うのだが・・・・。あの『間』はなんだったのかな。

いうまでもなく、あれ以来、先輩の頭頂部にそれとなく目を配らざるを得ない自分。

ええやないか、と思いつつも。

嫌な『間』、すきま風。

三人称の試み

レストランの扉を開けると店内は閑散としていた。ランチタイムをとうに過ぎた時間帯だけあって、所々のテーブルにはいまだ下膳されていない皿が、まるで嵐が通りすぎた後の塵芥のように放置されていた。

魚田は運動会で沢山いる子供の中から自分の子供を探すような目で『サラ』の空席を探した。何気にサラと皿が駄洒落になってしまったなと苦笑いを浮かべているのは筆者であり、魚田の表情からはにべも窺えない。

閑話休題。
すると女性店員がやって来て、一連のルーティンワークで人数と喫煙の有無を聞いてきた。人差し指を一本立てたあと「喫煙席」と彼は告げた。

喫煙席に通された彼はいつものハンバーグランチを注文し、去りかけた女性店員を呼び止め灰皿を持ってくるよう命じた。命じたといってもその口調は下から目線的であり、お客という立場だからと言ってけっして命令口調ではなく、相手の自尊心を傷つけぬ配慮が含まれていた。

女性店員が去ったあと、矢張り彼の左隣のテーブルには下膳されていない皿が放置されていた。別段危害を被るわけでもないが、なぜ彼女は去り際にこれらの食器をパントリーへ持ち帰らないのだろうかと彼は考える。だが無用な考えだということにすぐに気付き、バッグの中から読みかけの単行本を取り出した。だがすぐに読むのではなく、それをテーブルの隅に置き、楽しみはあとにとっておくのだよ、とでも言いたげな面持ちで煙草に火を点けた。

暫くすると先程の女性が食事を運んできた。
「ご注文の品は以上でしょうか」
「はい」
「失礼いたします」
彼は立ち去る女性の背中から隣の食器に目を移す。そして、なぜ彼女はこの食器を下げないのだろうとまた考える。無用であると分かっていても考えれば考えるほど執拗に疑念がこびりついてくる。

そうか、俺は何を勘違いしていたのだろう。この食器は放置しているのではなく、単にこの席の主人が腹痛か何かの理由でトイレで長丁場の試練と闘っているのだ。見たところ荷物はない。したがってこれらの食器を下げてしまってはまるで空席に見えるではないか。あえて下膳しないのは、女性店員の心遣いのなにものでもないのである。と彼は考えた。

食事を終え、煙草を吹かしながら単行本の頁を捲りかけたとき、同じく例の女性店員がやって来て彼の食器を下膳した。彼は老眼鏡越し、やや上目遣いで彼女の背中を見送ったあと、主人の帰りを待つ隣の食器群を見る。随分と長丁場だな、っつうか本当にトイレかな。疑念は既に脳に皺を作るほど深まっていく。彼は不意に立ち上がりトイレに向かった。勿論尿意があったわけではない。ただなんとなく、いや真相を確かめるべくトイレに向かったのだ。

アサガオトイレには誰も居なかった。念のため洋式便器が備えられている個室の扉も開けてみた。不在だと分かっていても律儀にノックをして。

矢張り、あの食器群の遺棄は店員の過失の割合がかなり高いなと彼は考えた。そしてもし懐にパイプでもあったら、それをくわえたい心境になった。彼は名探偵にでもなった気分なのだろう。そしているはずのない傍らのパートナーに向かって彼女の連行を命じた。だが、トイレから駆け出そうとするパートナーを一旦呼び止め、「手錠はかけんでいい」と言った。探偵なら手錠など持ってないでしょ、と言いたいところだが、現在の彼にとっては探偵でも刑事でもこの際どっちでもよかったのだ。

事件が白日の下に曝されたあと、彼は序でに小便をした。一件落着の心境で自分のテーブルに戻ると、一瞬眉間にシワを寄せた。それは隣のテーブルにあったはずの食器が下膳されていたのだ。というよりも更に彼を驚愕させたのは、彼の手荷物がなかったのだ。



・・・・・というような、とるに足らない短い物語を書いてみたのだが、三人称というのは難しいね。一人称ばかり書いてると目線を移動させた文章というものに困難を覚えてしまう。

記憶にない憑依

ステージにいる。

すると、わたしのセッティングが終えたことを察知したスタッフが、ゆっくりと客電をおとした。

客席は静まり返り、その視線はステージ中央部、スツールに座っているわたしに向けられている。

意を決し、わたしは抱えていたギターで、一曲目の前奏を弾きはじめた。

するとピンスポットが徐々にわたしの存在を顕にさせた。それは、わたしの位置から客席の存在が闇に隠れる瞬間であり、すなわち暗闇で懐中電灯を向けられた時の状態と同じであり、よってわたしの視界にはピンスポットの光しか見えない、いわば光の世界へと吸い込まれていく。


そのあとの記憶がない。


気が付くとまばらな拍手が客席から聞こえてきた。
客電が点り、SEが流れ出す。

え? 終わったの?

ステージにいるわたしは不完全燃焼のまま楽屋へ戻る。
次に出演するバンドマンたちとすれ違い様、「おつかれっしたー」と声をかけられるが、どうにも歌った気がしないわたしは、「は? はぁ」と返す言葉も虚ろ。


暫くすると、わたしを観に来た数名のお客が楽屋へやって来てこう言った。

「今夜は一言もMCがなかったわね。何かに憑依されたみたいに、片っ端から歌いまくっていたけど、そういう日なの?」

わたしは曲の合間合間にトークを交えながら、お客との一体感を図ったステージをするつもりだったのだが、何分記憶がない。だから、「え? 俺、一言も喋らなかった? おっかしいなぁ」と言ったが、連中には冗談にしか聞こえなかったようだ。

そしてわたしはこう聞いてみた。
「今夜、俺なにを歌ってた?」

すると、
「今まで聞いたことのない曲ばかりだったわ」

わたしにはまったく記憶にないステージだった。

ライヴ録音としてお客に頼んでおいたICレコーダーを受け取り、楽屋で一人、イヤホンで聴いてみる。

無音。


・・・・ここで目覚めた。有に10時間は寝ただろうか。時はブランチタイム。憑依するくらいのステージをやれ、ということなのだろうか?

飛んだ記憶を捕まえにいくには幾分厄介だ。それが夢なのだから尚更である。

ガラス玉は記憶を抜かれていたのだろうか


財布を忘れた。

わたしは先日、某国家試験を無事合格し、その国家資格登録書類のひとつである住民票を手に入れるために出張所へと出向いたのだが、迂闊にもそこで財布を忘れてきたのである。

約五分後に出張所の役員の方から携帯電話に連絡があり、わたしは来た道をすぐに引き返し「あー良かったのー、これがその辺の店先や自動切符売場やったらきっと戻らんかったんとちゃうやろか」と一人ほっとしながら出張所へと向かった。

で、だ。
先程の会計処にて同じく相手をしてくれた役員がいたので、「すんまっせん、すんまっせん、先ほど財布を忘れた◯◯ですがわざわざご連絡いただきまして、いっやー、本当助かりました」と低腰で言ったが、その役員は記憶を抜かれたガラス玉のような目で、「は?」と言った。

「いや、ですから今しがたですね、財布を忘れまして、ご連絡いただきました◯◯ですが」というと、そいつはちらりと後方を振り返り、一番奥、即ち壁際に居を構える室長らしき輩に軽く目配せをした。
「では、そちらのカウンターで少々お待ちください」とガラス玉は別のカウンターを指差し、わたしは言われるままに別のカウンターへ移動した。

二分も経たぬうちに室長らしき輩が、輪ゴムで留まったA4用紙に包まれたわたしの財布であろう代物を持ってやって来た。
「ではこちらの遺失物用紙にお名前と生年月日を記入して下さい」と言いながら、まるでさんざん悩んだあげく将棋の[歩]をひとマス進めるみたいに、用紙を差し出した。

「いえ、たった今しがた来所した者でして、ほらあそこのガラス玉(勿論ガラス玉とは言わないが)さんがよくご存知でありましてですね・・・・」と言うや否や、
「規則ですから」と一蹴。
さすがにわたしも肝を害したが、早いところ財布を手にしてとっととこんな所から出ていこ、と憮然としながら記入した。すると、
「ではご本人確認のためにお名前をフルネーム、それから生年月日、住所、電話番号を述べて下さい」

おのれコラっなめとんのかこのド阿呆! 何べんも言っとくけどね、あのガラス玉が今さっき、ものの数分も前にだよ、俺の相手しとったわけさ、なにが本人確認じゃい、あの薄ら禿げ(ガラス玉は薄ら禿げだった)によーく、よーく聞いてみろってぇの、このタコ!! とは言わずに、滑舌よくすべていわれた通り述べてやった。

もっとも、憤激を顕にできなかったひとつの理由がある。それは財布の中身、即ち金銭が千円札一枚という恥ずかしさからであってして、わたしとしては早いところ財布を受け取ってこの場を去りたかったのである。四十半ばにして財布に千円札一枚。それは健康診断でパンツを忘れて帰るような恥ずかしさである。早くその恥ずかしさから解放されたかったのよね。


しっかし役所の人間というのは柔軟性というか俊敏性に欠ける連中である。そういった輩ばかりではないのかもしれないが、こういった連中が接客をする限り、年間を通して真冬のような冷ややかさ、というわたしの役所に対するイメージは、今後も低迷し続けざるを得ないであろう。

世の中はいよいよ桜満開だというのに。

宇宙人襲来

前もって言っておきますが、これは夢ですので、よっぽど時間に余裕のある人、若しくは暇な方はどうぞ最後までお読みくださいね。



丘の上に建つデパートの最上階にいる。

そこは広大な一枚ガラスに張りめぐらされた、所謂展望フロアーのようだ。フロアー内の明かりは薄暗く、ガラス越し広がる神秘的な夜景を見下ろすことができる。

フロアーにはなぜか客はいない。わたしは夜景を一人占めしたような気持ちで、ガラス越しに広がる夜の街のネオンを見下ろした。
街のネオンが美しい。

と、その時、空からひとつの発光体がものすごいスピードで線を描きながら地上へ墜ちた。ピカッと一瞬閃光を放つや否や、爆発。やがてそれは天に向かって黒煙を立ちのぼらせた。
な、な、なんだ! 戦争か!?

発光体は次々と地上へ放たれる。街は次々に破壊され、さっきまでの神秘的な夜景は地獄絵と変貌した。


ただ事ではないと感じたわたしはエレベーターへ向かう。早くこの建物から逃げなければならない。だがよく考えてみると乗り込んだ途端に停まってしまっては元も子もない。いかんやかんあかん、閉じ込められてしまうではないか。そう考えたわたしはエスカレーターで降りることにした。

エスカレーターは停まっていた。
わたしはかけ降りながら、変な気持ちになった。それは感覚に異変を来したときのものであり、停まっているエスカレーターを歩くときの、この異感覚はなぜ起こるのであろうか。

ま、そんなことはどうでもいい、とにかく早く逃げなければ。


一階の踊り場は逃げるために殺到した客たちで溢れていた。だが何者かによって封鎖されているため、外には出れないようだ。
わたしは人波を掻き分けて出入口へ向かう。

表情を失った、どこからどう見ても一般人にしか見えない連中が、ここからは絶対に出さないぞといわんばかりに、出入口で一列に並んで立っていた。

彼らは同じ形状の銃を手にしていた。ゲームコーナーによくある、テレビ画面に射撃するときに使用される、近未来的な形をしたビーム銃である。それをある者は杖代わりに、ある者は肩に乗せ、我々を包囲していた。

わたしは彼らの一人に聞いた。
「なんの目的でこんなことをする」
「我々は地球を侵略するためにきた。君たちは捕虜である、観念しなさい」

こいつらは地球人ではないな。人間の姿をした宇宙人であることを、わたしはその時知った。
ま、奴等からしてみれば俺たちも宇宙人であり、人間という名称の宇宙人であるのだが、そや、人類は地球人や! 宇宙人という枠組みの中の地球人。日本人とか中国人とかアメリカ人とか、小っぽけな枠で捉えるから争いは絶えないんや! 僕たちは、そう地球人!!
だが、その大きな宇宙人的枠組みのなかで、争いが今勃発したのだ。地球人よ、今こそひとつになろう!!

閑話休題。

兎に角、宇宙人襲来であることは確かなようだ。

遂に来るときがきたな、とわたしは感じた。

わたしは再び人波を掻き分けエスカレーターをかけ上がった。


二階フロアーに数名の販売員らしき連中が長テーブルを前に立っていた。同じく人間の姿をしている宇宙人だなと察したわたしは、「お前たちも宇宙人だろ」と聞くと、「そうだ」と答えた。
すると連中の中の一人がわたしにこう言った。
「墓を買わないか」
「墓などいらないわい」
わたしが言ったそのあとに、チーフっぽい別の宇宙人が今わたしに話しかけた販売員にこう言った。
「お前ね、買わないかと薦めてお客が素直に買うわけはないだろ。販売は洗脳なの、分かる? 洗脳」
「はい。ではどうすれば?」
「墓墓墓墓墓墓を何度も連呼しろ!」
「わかりました!!」

すると最初に墓を売り付けようとした新人宇宙人販売員らしきその輩は、わたしに向かってこう言った。
「ハカハカハカハカハカハカハカハカ・・・・・・・」

わたしはその洗脳パワーに、思わず「買います」と言ってしまいそうな自分と戦いながら必死に「買わない買わない買わない買わない」と言い続けた。

「ハカハカハカハカハカハカハカハカ」
「買わない買わない買わない買わない」


・・・・ここで目が覚めた。
消えたマレーシア航空機の行方が気になるなぁ、ミステリーだなぁ、なんてことを最近考えていたのが、こんな夢になったのだろうか。
目覚めたばかりだってのに、いまだに「ハカハカハカハカ」「買わない買わない買わない」が頭のなかで渦巻いている。
困ったものだ。

個別会計、撲滅せよ。

あなたにとって今世の中でもっとも気に食わない事はなんですかと問われたら、僕は私は小生拙者は絶大なる憤怒を込めて、即答でこう答えるだろう。

個別会計。




今日もわたしは、昼飯時の混雑が引く頃合いを狙って、昼下がりの某チェーン店系列の家族大衆食堂、所謂ファミレスへと出向いたのだが、入店せしめた瞬間嫌な感じがしたのだ。

得てして嫌な感じというものはまず始めに感覚的な部分から来るものであって、その時点ではまだ救いの余地がなくもないのだが、次の瞬間、視覚的部分でそれら大元である「嫌な感じ」の主犯を現実的に捉えたとき、致命的な嫌悪感と相成る。


まさにわたしが眼にした光景は、まるで中坊(中学生)どもが庶民の憩いの場であるファミレスでもってして校外授業でもやっているような、そんな光景であったのだ。
ピーチクパーチク・ドッヒャン・ガハハ
ヌォホホ・ウッフン・ピロピロ・ガッシャン

どうしてこんな時間に中坊どもがおるのかしらん? 期末試験でもおわったのかぇ? うっさいなあー、どうしようかな、帰ろうかな、そや、別の店行こ、なんて躊躇してると間髪入れずに店員が「っしゃいませー、何名様ですかぁ」なんて声をかけてくるものだから、反射的に人差し指を立て、気が付くとテーブルに通されていた。




昼食を食べ終え、ではでは、週末に控える試験勉強でもしちゃろうかな、なんて両掌をすりすり合わせていたのだが、どうにもこうにも中坊どもの動向が気になって仕方がない。店内の状況は相も変わらず、いや先程よりも一層ボルテージが上がっているような気がしないでもない。
ピーチクパーチク・ドッヒャン・ガハハ
ヌォホホ・ウッフン・ピロピロ・ガッシャン。

もう我慢ならん。飯も食ったし、帰ろ、帰って家でやろ。わたしはテーブルに広げかけた教材を再びバッグに押し込み会計処へ向かった。と、よく見ると中坊連中までぞろぞろ集まって来るではないか。なんや、お前らも帰るんかい、まじかい、失せろ、近づくな、あっちいけ。気が付くとわたしは中坊どもと渾然一体。傍目に見れば異常に老けた中学生が一人、これじゃ小池に迷いこんだジンベイ鮫みたいやわあ、などと訳のわからないことを考えていると、会計処へと続く列がなかなか前に進まない。おっかしいなー、渋滞の先頭は誰やねん、ひょいと会計処を覗き見ると、うわっちゃー、個別会計しちょる。
こらーーッ! 他人に迷惑ばかけてからに、学校で何習っとんじゃボケ! 親の面見せい!
すると何人目かの小僧が「一万円でもいっすかー?」と抜かしやがる。
な・な・な・なにー! 抜かせ! ド阿呆!中坊の分際で一万円札を持ち合わせているとは、小癪な! 一万円札など俺でも最近見てねえぞ、なんて心のなかで密かに呟いていると、また次の小娘までもが「一万円でおねがいしまあーす」。小生、地蔵群に般若状態。

して、店員の表情を見るとまるでこんなことは日常茶飯事ですからと言わんばりに、感ぜず動ぜず仏顔。こりゃまた小生一本取られていたところへ、次なる小僧が小銭受けに一万円札を無言で置いた。



もし地球の何処かの空に稲妻が走ったのなら、それはわたしの怒りです。

個別会計、撲滅せよ。

元旦

豪雪吹き荒ぶ北の地へ、東京から珍しく叔父さんが来た! っちゅうことで、親類縁者の小僧どもが集まってくる。いやはやとんだ時期にやって来てしまったものだと改めて後悔すれど後の祭り。

お年玉かい。
まったくもって忘れておった。

されど、昨年末(29日)に永眠した祖母の葬儀に参列・手伝いが今回の帰省目的。

突然のことであった。

山形(父方)の祖母には幼少から言い尽くせぬほど多大にお世話になった。

享年100。大往生である。
戦後、女手一つで四人の子供を育て上げ、苦労苦労のし通しであったであろう。

なんとも清らかな死に顔でありました。


窓の外は吹雪。

だが別室で眠る祖母の逝く空は、一点の曇りもなく晴れわたっていることであろう。

傍らでは事の重大さを理解できぬ小僧どもが祖母の愛猫を追いかけ回しています。

それらの光景を唯一の救いに、時、元旦。


お年玉かい。

メモ書きには『S.N.A』と記されてあった

映像はモノクロだ。
わたしは列車の窓際に立って外を眺めている。平屋が軒を連ね、その軒先では桶の前で膝まずいて洗濯をしている老婦や無邪気に走り回っている子供たちがいた。見る限り現代の街並みではないのは確かだ。終戦直後か、若しくは高度成長期を迎えようとしている時代のどちらかだろう。ただ自分が列車に乗っているということは、おそらくは後者のような気もするが、確かではない。

列車が駅に滑り込む。その駅は、現代に例えるなら都電の駅のようだ。車道に取って付けられたようなバス停に近い駅。駅名を示す表示板を見ると「飯倉」と明記されていた。

わたしと塩野さん(仮名)は飯倉で下車し、そこから六本木の街へと歩いた。塩野さんは職場の同僚の女性だ。

六本木の中心街は、まだ賑わいに欠ける雰囲気であった。時刻は昼下がり。夜の営業の下準備をしている飲み屋の店主や、その店に酒を納品する業者が目に写る。それらを横目に呼び込みをするある店先で、わたしと塩野さんは立ち止まる。

店は連れ込み宿であった。連れ込み宿になぜ呼び込みがいるのかは分からない。あ、そうそう、これは夢なのでその辺の説明がつかないのは了承願いたい。

わたしは呼び込み人に、
「ここにこの女性が働いていないか」と内ポケットに忍ばせていた一枚の写真を見せた。

呼び込み人は明らかに知っている素振りで、掌をわたしに差し出した。その仕草で察したわたしは財布から千円を手渡し、写真の女性がここで働いていることを知る。因みに時代背景を鑑みれば、千円は破格の金額であることは言うまでもない。

わたしと塩野さんはある一室に通された。敷き布団が一つ置かれた簡素な和室だ。いい忘れてはならないが、塩野さんと不義を果たす為に連れ込み宿へ入ったわけではないことを付け加えておこう。

そこへ女中として働いている写真の女性「サッちゃん(仮名)」がお茶を持って部屋へやって来た。

サッちゃんはわたしを見るなりお茶をひっくり返した。

かつてわたしとサッちゃんは恋仲であり、将来を約束していた。だが若かりし恋の成就は実らず、泣く泣く別れることとなった。時はあれから二十年を有していた。


サッちゃんは部屋を出ていく間際に一枚のメモ書きをわたしに手渡し、退室していった。

メモ書きには『S.N.A』と記されてあった。


その文字は一体何を意味しているのであろうかとメモ書きを凝視していると、塩野さんはこう言った。
「暗号じゃないかしら。若しくはメールアドレスとか」

まさか、この時代に携帯電話などあるわけがない。

っていうか、俺と塩野さんはタイムスリップしてるのか? と自分に疑問を投げ掛けながら、ふと塩野さんを見ると、彼女は布団の中に横たわり、天井を見つめながらわたしにこう言った。
「上だけなら、いいわよ」

だが今後の職場内での業務に何らかの支障を来すことを考慮して、やめておいた。


宿の会計をするために、わたしと塩野さんはカウンターの前に立っている。
示された料金を支払うべく一万円札を女性店員に差し出すと、彼女は不思議そうにその一万円札を宙にかざした。

すると彼女は「店長、店長」と声をあげた。

暫くすると店長がやって来て、その一万円札を同じく宙にかざした。

そして、某クイズ番組のファイナルアンサーと言わんばかりの溜めの利いた口調でこう言った。
「おもてにベンツが止まってます。そこで両替してきて下さい」


・・・・・ここで目が覚めた。
昨日餃子の王将社長が自車「ベンツ」の前で撃たれたニュースが残存していた夢なのであろうか。
それにしても、時代背景や塩野さん、サッちゃんの出現に意図するものは如何に。

茄子に棒

久しく雨なんて見ていなかったような気がする。

朝から冷たい雨。


だけど俺は知っている。

乾ききったところには、なかなか降りつけないことをね。

潤っているのは一部だけってことさ。

腹話術師的オカマチック車掌口上調

昨日から風邪を引いて往生している。

すぐにでも医者に看てもらい薬を処方してもらうべきだったのだが、如何せん日曜日ということでどうにもこうにもならずして、家でゆっくり寝ていればいいものを場外馬券売り場(東京競馬場)なんぞに出向いたもんだから病状更に悪化。ゲホゲホ咳き込み、鼻水じゅるじゅるさせながら俺は阿呆だ、莫迦者だ、と自らを罵倒しつつもその反面、本日プラス収支、ウッヒャー、嬉ぴー、などと歓喜。挙げ句の果てには夕闇迫る頃、友人と連れ立って居酒屋で勝利の祝杯ときたもんだ。家路につく頃には足元ふらふら。端から見れば千鳥足に見えなくはないが、当の本人はやっとの思いで自宅に辿り着いた。

して本日、一向に快復の兆しもままならぬ状態の、相も変わらずのゲホゲホ・じゅるじゅるさせながら、かかりつけの耳鼻咽喉科へと馳せ参じた。

例のごとく戦闘機操縦士が口に充てるような吸入器でシーハーシーハーしたのち、ドラッグストア内に併設している調剤薬局へ処方箋を貰いに行った。

「っしゃいやせぇー」
中腰で商品を陳列しながら入店せしめたわたしに向かって歓迎の意を浴びせてきたのはドラッグストアの男性店員であった。
「っしゃいやせぇー」とは云わずもがな「いらっしゃいませ」のことなのだが、その店員の「っしゃいやせぇー」の発声が、それはそれは可笑しなものであったため、わたしは思わず立ち止まってしまうほどであったのだ。

じゃ、なにが可笑しいかというと、その店員の口の動きと発声にすべてが起因しているのだが、唇をほとんど動かさずしてその発声が風の如く店内を舞うのである。喩えるならば腹話術師の口の動きのようでもあり、それでいて声質はオカマチックでもあり、車掌の口上調でもあるのだ。「っしゃいやせぇー」。

よく通る声やなあー。

「っしゃいやせぇー」

「っしゃいやせぇー」


お客が来る度に「っしゃいやせぇー」を連呼するものだから、いつの間にかわたしも一緒になって「っしゃいやせぇー」を呟いてしまう。不思議な連鎖反応だ。「っしゃいやせぇー」。

周囲の客は店員の発声に対して全く意に介さずして平静を装っているが、俺にはわかる、きっと「っしゃいやせぇー」を呟いているに違いない。だが確認しようにも皆、腹話術師状態なのだから知る術もない。悔しい。


わたしは、その腹話術師的オカマチック車掌口上調を何度も耳にするうち、あることに気付きはじめた。

っしゃいやせぇー

っしゃいやせぇー・・・・

・・・・しあわせ。


そうか、来店来訪者のしあわせを祈っているのだな、奴は。

っつうか、早く風邪を治さんとな。


っしゃいやせぇー!
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