Computerlove芝原龍弥

恋の営みと訪れるコト。リプロダクションとそのフラグメンツ。ゴシック・ダブ・ロマンスをドローンとジャズる、いわゆるジャスト・アナザー・コンプリート・ミステイク。

2010年07月

宇宙に昇って行った男、そうして真夏の夜に宇宙に昇るヒトたち。

60歳代において佳境を迎える人生もある。

サン・ラの76年から80年の録音には、なんとも言えないほどまったりとして、どことなく甘い銀河が描かれている。

ここがどうしても来なければ行けない場所だったように想う。

X-101のワッカはこのワッカだだったとつくづく感じる。

去年のモーリッツ・フォン・オズワルドのロケットもまた、ここを中央ステーションのように通過して旅立っていた気になる。

ロクシコード、ローズ、ミニ・ムーグ、アープ。。。

ジャーニーが反り返った後、メルヘンが宙に浮かび、ドラマが息を吹き返す。

グルーヴがあって、それでいて落ち着きがあって、型破り。

なお、原宿または千駄ヶ谷から歩いてちょっとの、神宮前バー・ボノボでは7月31日に、根本敬、岸野雄一、カジワラトシオ、中原昌也、久下恵生、ユダヤジャズらが、トリビュート・イヴェントをやるみたい。。。

因果の彼方まで行こう!







『Low』 David Bowie

当然、火星からのスリップ・アンド・スライドはありえるだろう。

77年に、イーノがアープやミニ・ムーグをもって、ボウイと組んで、『ヒーローズ』とこのアルバムを残した。

レコードだったらA面にあるポップスは、どこかしらチープに響いていたように想い、どっちかというと『ヒーローズ』のA面を聴いていた。

今聴いてみると、なにかちょうどいいライトな感じで、よく聴いた“ア・ニュー・キャリア・イン・ア・ニュー・タウン”まで、『ダイヤモンド・ドッグス』のように中断したり、選んだりすることなく聴ける。

当時、ある意味大きく表裏に分けて、ポップスのいい加減さを大胆に裏切りつつ、エレクトロニック・チャンバー・ミュージックを響かせていた。

“ワルシャワ”はまるでオーケストラだ。

そこから皮肉にもラ・デュッセルドルフやパレ・シャンブルクに向かって行ったのかも知れない。

CDにボーナス・トラックで追加されることになった、“サム・アー”や“オール・セインツ”もいい。


『North Marine Drive』 Ben Watt CHERRY RED

セヴンティーンの夏に感じた海の匂い、それは植物のようにではあるけど、姿なく突然現れて、間違いを正すように、聴いたことのない鼻歌を誘う。

東京から離れる時に友だちのしてくれたお別れ会の時に聞こえた海の音もその一つだったろうし、ロバート・ワイヤット“シー・ソング”の哀しみの海もその一つだった。

セヴンティーンの時に、当時の友だちの家出につきあった時、遠くから流れてきていた海の匂い、それとはもっともっとかけ離れたところに、この海はあった。

ベン・ワットは今はDJをやっている。

ここにある音楽は、ボサノヴァとも、バカラックとディヴィッドとも違う。もっと儚い。

82年、この年にエヴリシング・バット・ザ・ガールでは、コール・ポーターの“ナイト・アンド・デイ”もカヴァーされ、シングル・カットされる。




『Mixed Up』 CURE

ここに来るまでの背景と歴史には、ソウル・ボーイたちの夜遊びがあった。ちょうど70年代の後半頃からの“ロキシィ”や“エレクトリック・サーカスという、きっとマーク・ボランに言わせれば“火星のボール・ルーム”があったし、そんな中でラスティ・イーガンは“ボウイ・ナイト”を続けていた。

キュアのメランコリィに満ちたバンド・サウンドは、82年8月の雑誌『フレックス・ポップ』のためのシングル以降、ドラマーが打ち込みを含めたキーボーディストに転向して、ニュー・オーダーやソフト・セルやディペッシュ・モードと同じく、フロアへの旅へと踊り出た。

そうして80年代の終わりに、キュアはセカンド・サマー・オヴ・ラヴへと突入する。

マースを始め、ストーン・ローゼズやハッピー・マンデーズとも同じような地平へも。

その只中で、待っていたのが、スティーヴ・オズボーンとポール・オークンフォールドであり、フランソワ・ケヴォーキャンとロン・サン・ジェルマンであり、ウィリアム・オービットだった。


『Closer』 JOY DIVISION

気がつけば真夏に放り出されていた。

今日の朝は、より一層深いジャングルにいるようにも感じた。

夏という季節は凄まじい。

運命化された未来に、無理矢理合わせようとする時に起こっている歪みは、反抗によって冷静に修正されなければならない。

それは戦闘的になることではない。

悪意のある者たちは、暇を持て余している。

なんとか無事に楽しんでもらえるように努力していきたい。

このアルバムで追求された世界は、今だに新しく響く。。。

そうしてここに描かれた世界と、そんなに変わらない、油断するととても危険な世界に生きている。

明日は今日よりもっとはっきりしている。


『Faith』 CURE

ジョイ・デヴィジョン『クローサー』は悲惨な結末を招いたが、3人になった時期のキュアは、さらに音数を減らし、ミニマルになり、この『フェイス』を残している。

マッシヴ・アタックとサイケの交錯点は、あるとすればここにある。

恐らくはダウニィも。

キュアのおもしろいところは、他にもある。遡ること2年、ロバート・スミスはバンシーズのギタリストとして活動を始めるようになる。その後でベーシストがアソシエイツへと去って行った70年代の終わりに、12月にカルト・ヒーロー命名で7インチ・シングルを一枚残している。

翌年7月に「首吊りの庭」がシングル・カットされ、アルバムでは5月に『ポルノグラフィ』が残されるが、中でもラストにあるタイトル曲のバトンを受け取るのが、サイケ命名で活躍することになるカール・クレイグだった。

フライトがファイトになる前のプロセスが必要であり、その砂漠の上にキュアは旅をしていた。

ボクがライヴに行ったのは84年『トップ』のすぐ後だった。

90年11月にはドアーズ“ハロー・アイ・ラヴ・ユー”がカヴァーされ、それはやがてDJシャドゥにまで影響を及ぼす。

“ハイ・ヌーン”は“ボーイズ・ドント・クライ”への賛辞だった。


ボクも12歳だった

小学校6年の時、クラスに仲のいい友だちがいた。

そいつと一緒に日直をやる瞬間が、ボクたちの舞台というか、独壇場だった。

みんなの前にしゃがんで、いかにウンコをキバっている演技をリアルにしてみんなを笑わせるか、そういうことに全身全霊を賭けていた。

二人とも少年野球をやっていたんで、一枚刈りだった。

注意点は、こめかみに血管を浮き上がらせて、真っ赤になるまで息をとめることだった。

そんなボクのアイドルはキャンディーズで、そんなことをやりながらも、クラスの女の子に恋をしていた。。。

やっぱり月一のお楽しみ会だけでは物足りなかった。

それは一年中、不定期で続いた。

月一枚の7インチ・シングルが、贅沢だった。

『blind moon』 sakana

レディオソンデには、ウマウマへの応答と、このサカナからの影響を一瞬なんだけど垣間見た。

そうこのアルバムの、その暗い感じにおいては森田童子のようにも歌われる、タイトルの空気が一瞬流れる。

たぶんそれがホントに森田童子のように暗いことなのかとか、それは大人としては当然持つべき感覚なのか、今は言えない、まだ。

ただ過ぎ去ったのは秋ではなくて、愛と聞こえることと、冬の寒さに向かっている。

そこで追想されるのが夏の空だったりする。

ボクは発売当時、まったく知らなかった。

ある夏が終わった後に教えてもらった。

ここでのジャケットの絵にも、やっぱり闇の存在関係のデッド・ゾーンの欠片を見る。

願いは愛するヒトに優しくなれることなのに、聞きたくない声が聞こえてしまう。

その存在は人間ではない、というような。

10年たっても色褪せないと言うよりは、10年たって、またより分かるようになる、分裂症的な詩句と薄氷を踏む奇跡的バランスをとった、そんな音楽だ。

“19”で使われるリズムボックスやリフのセンス、なんとも言えない。。。

“ジョニー・ムーン”は太陽系として考えられる惑星群に、もう一つの月が登場する。

極点のメランコリーは、もう暗さと言うよりむしろ輝きに変わっている。


『まちぼうけ』 久保田麻琴

そうして日本のミスター・サマー・オブ・ラヴ、裸のラリーズのベース・マンの、1973年のファースト・ソロ・アルバム。。。

“山田氏の場合”では、カエターノ・ヴェローゾ“ちょっとそれよりブルー入ってる”のような、辛い体験も描かれる。

バッドな状況も踏み越えてアルバム発表され、2007年の本人によるリマスタリングで復刻された。

“丸山神社”の中で歌われるキツネは、星を待っているかわいい神さまだ。

10代の頃は、サンディー・アンド・サンセッツのライヴでも感動しました。

これはアコースティック中心のソロ作品。

ラリーズ“あさの光”のアコースティック・カヴァーは、テクノで言えばレッド・プラネットのザ・マーシャン“ウィンド・ウォーカー”のように、空に解き放たれて行く!


『Umauma』 UMAUMA P-VINE

フル・アコースティック・ギターの魅力があふれる。。。

プリンス・バスターの夢からここへは、そんなに隔たりはない、なんかつくづく感じる。
もちろんそれは音楽のスタイルとかじゃなくて、大きさだとためらいなく言いたい。

音数極めて少なめ。

トミー・ゲレロの弾きまくり方よりも、さらに主張らしきものはついに現れない感じが、その大義を物語る。

あまりに、そうあまりに大気のように流れて、風の中をスロー・モーションで、限りなくとまっているに近く透け透けにブルーズする。

“ジョニー・スルー・ザ・パスト”“カラー・オブ・ザ・スカイ・アンダー・ザ・ブルー”“4ス・オブ・ジュライ”。。。

“今夜は少し歩こうか”は、空気に溶けた“夜の散歩をしないかね”だし“ナイト・クルージング”かも知れない。

“キラキラ”まで来ると、デッド・ビートやポールとかとも、伏線ビリビリきまくりあがってます。

ドヴな感じに、憧れを持ってしまう。


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