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興味あるものを 興味ある人に。

私は諦めを敵とする。 私の日々の努力は実にこの諦めと闘うことである。 (北条民雄)

彫刻

長野県松本市『旧開智学校校舎』が5月17日に国宝になったらしい。【弐】

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のつづき。

旧開智学校校舎は

廃仏毀釈で廃寺となった旧松本藩の菩提寺・全久院の跡地に竣工し、

昭和38年3月までの約90年間使われていました。

この度、国宝に指定された理由は、

「近代教育の黎明を象徴する最初期の擬洋風学校建築として深い文化史的意義を有している」

というもので、「当時の他の学校と比べてもかなり先進的」なのだそうです。

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漆喰塗りの外壁に青空が映えます。

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漆喰が剥落する可能性が否めないらしい。

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唐破風下の天使ですが・・・

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シールとして売店で売られています。記念撮影もできます。

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天使の顔が日本風なんですよね。ヘアスタイルも。

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露台の手すりには華やかな瑞雲彫刻が。
また階下の車寄せ玄関には龍の彫刻があります。


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玄関は中華風。
そして校舎内にも龍の彫刻があります。


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唐破風部分を横から見るとこんな感じ。

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フランス製の着色ガラス(ギヤマン)が使われた窓。
唐破風部分の露台にある窓を内側から見たところだと思われます。


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内側は講堂になるんですね、あの露台は。
ってことは、露台に出るには窓を跨いで出る訳か。


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講堂の照明も凝っていて、折り上げ構造になっています。
ここにも瑞雲と龍の彫刻。


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照明器具も凝っています。

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他の部屋の照明器具も良い感じ。

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ってか、この引き戸の向こう側は何なんだろう?

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八角形の塔屋にも色ガラスが使われています。

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裏側から見た塔屋。

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風見には東西南北の文字が。

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大棟も凝っていて、漆喰で鏝絵があしらわれています。

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[建物側面(北西側)]

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側面にも出入口があります。
正面とは違い、シンプル。


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側面の瓦。

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[建物裏側(北側)]

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裏側の出入り口にも兎の毛通しがあり、
扉には彫刻が飾られていました。

松本市内には松本城があり、そちらは観光客に大人気ですが、

この旧開智学校も、国宝になると知られたGWには

観光客が二倍になったそうです。

この日は土曜日にしては、えらく空いていましたけれど。

夏休みはお子さん連れで賑わうんだろうなぁ。

ここを見学したら、久々に旧閑谷学校を観たくなりました。

10月に計画しようかしら。

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400円から200円にディスカウントされていたクリアファイル。
「国宝」に変わるので在庫一掃ってことなんでしょうね。



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【旧開智学校(きゅうかいちがっこう)】

長野県松本市開智2-4-12
(タウンスニーカー北コース「旧開智学校」下車徒歩1分 運賃は200円)
開館時間 9:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日:3月~11月の第3月曜、12月~2月の月曜、12月29日~1月3日


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【台湾】台北市中山区『林安泰古厝』は四合院建築の移築保存されている古蹟です。【写真多用】

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MRTで言えば圓山駅が最寄り駅となり、台北市立公園付近にある『林安泰古厝』は、1783年に竣工した中国閩南(福建省南部)式の建築物です。

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元はこのような外観だったようです。

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中国福建省安溪から移り住み、迪化街エリアで「栄泰」という号で商売を営み財を成した林家の邸宅でした。
邸宅は四維路にありましたが、道路拡張工事のため取り壊しが決定。
しかし1970年の郷土運動の発生や、取り壊し反対運動などを経て、古跡として保存することが決定し、1987年に現在地で縮小復元されました。

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瓦は老朽化していて破損していたため新しく交換したものの、それ以外の殆どは既存の資材が使用されています。現在は民俗文物館として無料で見学できるようになっています。

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これで建物の規模は元の1/3なんだそうです。
どんだけ大きな敷地だったんだ。


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四合院は奥にあります。

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朝から園内を清掃する人々が仕事をし続けていました。
維持が大変そうですね。

台北の古蹟を調べると、「林」という名が大変多いなと感じます。
台湾の姓トップ10は、

1.陳、2.林、3.黄、4.張、5.李、6.王、7.呉、8.劉、9.蔡、10.楊

だそうで、1位の「陳」は全体の約11%を占め、2位の「林」は約8%を占めており、上位2つの姓で台湾の姓全体の1/5を占めているそうです。

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建物内には、系図が貼ってある部屋がありました。

台湾での「林」家といえば、彰化銀行を経営している霧峰家(むほうりんけ)と、板橋家(林本源)。
台湾五大財閥のうちの2家です。
五大財閥の残る3家は、基隆家、鹿港家、高雄家。
蛇足ですが、歌手・一青窈さんの一族は、九份の鉱山財閥である基隆家になるそうです。
ゆえに父方の台湾姓だと「顔 窈(イエン ヤオ)」さんとなるそうな。

話は逸れましたが、この五大財閥の「林」両家とは無関係っぽい『林安泰古厝』。
台北に残る建物の中では最も保存状態のよい四合院と言われています。

四合院(シーファイン/スーホウユェン)とは、中庭を囲むように“回”の形に棟が建てられた一階建ての住居でして、使用人も含めた一家族で住むものでした。(近代中国では昔建てられた四合院に複数世帯が住んでいるようですけれど)

ちなみに、四がある以前に、3つの形態の住まい様式があります。

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一條龍(イーティァォロン):横一列に並んだ住居形態
單伸手(ダンシェンショウ):母屋の左側に建物がある住居形態
三合院(サンホウユェン):母屋の垂直方向の両側に建物がある住居形態
四合院:三合院の前にもう一つ建物を立てて“回”の字にした住居形態。お金持ちの家です。

もっとお金持ちになると多護龍合院(ドウフーロンホウユェン)という形態になり、中央の四合院から周囲に建て増しして小さな町のようになった集合的住居形態になります。中央に行くほど一族の中で位が高い人の住まいになるらしい。

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[正廳]

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向かって右側には林先平氏の額が。
この建物を建てた林志能の長男だとか。


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左側には妻の葉氏月の額が掛かっていました。

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門の脇に掲げられた額に説明があるのですが・・・


建物の真正面にあるのが「正廳」。意味はメインホール(またはリビングか?)で、歴代先祖の位牌や神様が正面に祀られます。「廳」という字は「庁」のことですので、日本語に音読みすれば「せいちょう」。
建物の中で最も良い部屋で、ここで賓客も迎えます。

ちなみに台湾には 「壽終正寝」という言葉があり、(自宅の)正廳で死ぬことが幸せだという意味だそうです。一族に見守られつつ最も良い部屋で最期を迎えるのが幸せとは、日本で言うところの「畳の上で死にたい」ってのと感覚は同じなんでしょうかね。

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正面は煉瓦、側面は左官仕上げの外壁なんですね。

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日本では鬼瓦が乗る屋根のこの部位は馬背と言うんですね。

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馬背は高いところに上らないと見えませんでした。

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屋根の飾りも華やか。

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獅子だと思われるもの。首がもげているけど。

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屋根の葺き方も面白いですね。

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正廳の周囲はやはり豪華な彫刻が施されています。

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現在はこんな感じ。

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以前はこのような外観だったようです。洗濯物がリアル。

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現在の室内はこんなにポップに飾られています。うーむ。

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様々な意味がある彫刻の数々。

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見どころがいっぱいでどこを撮っていいのか迷います。

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蟇股もかなり豪華。

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石に加工された絵も見どころです。

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扉の組子も様々にあります。

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室内に灯りが灯ると印象が変わるでしょうね。


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各部屋には豪華な寝台が置いてあります。
部屋全体を占めているほどの大きさです。


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最も豪華だと思ったのがこちらの寝台。
螺鈿細工が施されています。


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室内の簡易トイレも塗りで豪華。

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台所の横にある部屋は使用人のダイニングなのかしら?

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壁に貼ってある管理用の図を見るとダイニングで正解みたい。
ただし、誰が使うものなのかは分からずじまいでした。


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真新しい壁。
移築前の壁はどんな色だったんだろう?と気になりました。


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こういう建物を観ると、紫禁城を観てみたくなります。

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中庭などに置いてある瓶は防火用でしょうか。

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この幅だと大きな寝台などをどうやって入れたんだろう?
と疑問が湧きますね。


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お高そうな家具も展示してあります。

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日本語での説明書きはここでしか見なかった気がします。

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同様に、書も。
造詣が浅いので書については語れないワタクシです。

建物好きな方なら楽しめる場所だと思います。興味のない方はここでぼーっとしているのも良いかも。
それすら興味のない人が多いのが、邸内はガラ空きでした。
無料なのに勿体ない。

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雨前樓と隨月閣

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醉茶居からつながる橋。

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池には蓮の花が咲いていました。

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[雨前樓]

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雨前樓にあった給水器。
園内飲食禁止とあるのに、大丈夫なんだろうか?


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[玉帶橋]

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[邀月亭]

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庭に設置されていた謎のモニュメント。

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どうやらマスコットキャラクターのようですね。

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建物に全く興味のない甥っ子はスタンプラリーをやっておりました。
※日本語の案内パンフレットが置いてあります



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【林安泰古厝
(リンアンタイクーツォ)民俗文物館(ミンスーウェンウーグアン)
Lin An Tai Historical House

No. 5, Binjiang Street, Zhongshan District, Taipei City
台北市中山區濱江街5號
開館時間 9:00~17:00
休館日:月曜、春節(旧正月)、清明節、端午節、中秋節
入館料:無料
http://linantai.taipei/


【公共交通機関利用でのアクセス方法】
※2018.7月末に調べた情報ですので行かれる際は再度ご確認ください
  • MRT淡水信義線「圓山(ユェンサン)駅」1番出口から徒歩15分←炎天下は辛いかも

  • 紅34(休日のみ運行・Dajia Riverside Park行き) バス路線図【1】バス路線図【2】
    MRT圓山駅→花博公園→大同大学→新生民族路口→林安泰古厝→九號水門→大佳河濱公園
     ※圓山駅のバス乗り場はMRT圓山駅1番出口を出て線型公園方向に進んだ道路沿いにあります
    10:00,12:00,14:00,16:00,18:00 (2時間間隔で運行)

  • 市民小巴9 で「新生公園(林安泰)」から「台北駅」 バス路線図【1】バス路線図【2】
    大佳河濱公園→八號水門→新生公園(林安泰)→新生公園→吉林路底→新福里→新壽公園→錦州街口→民生東路口→台北銀行→吉林國小→長安國小(吉林)→正守公園→長安林森路口→華山公園→市民林森路口→臺北車站(鄭州)

  • 平日は、バス222番「新生公園/シンセンゴンユェン(林安泰古厝)」下車が近いです
    → 222番がMRTの駅で通るのは忠孝新生駅、松江南京駅、行天宮駅など


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静岡県静岡市『静岡浅間神社(しずおかせんげんじんじゃ)』にひと月で二度目の参拝を果たす。

静岡浅間神社


賎機山(しずはたやま)の麓にある『静岡浅間神社』は、

神部神社、浅間神社、大歳御祖神社の三社の総称です。

社殿計26棟は、国の重要文化財に登録されてており、

「廿日会祭の稚児舞」は県指定無形民俗文化財に登録されています。

本日は東京駅からJRの高速バスを利用し、母と参拝してまいりました。

ワタクシは今月二度目の参拝となります。


静岡浅間神社
[麻機街道の石鳥居]
道路の向かい側から眺めてみました。

静岡浅間神社
[神部神社浅間神社総門]
国指定重要文化財


静岡浅間神社
総門(境内側)

静岡浅間神社
[神厩舎]
国指定重要文化財


静岡浅間神社

静岡浅間神社
左甚五郎作と伝わる神馬。

静岡浅間神社
手水舎は楼門の左右に一つずつあります。

静岡浅間神社
蟇股(かえるまた)の彫刻は色褪せていますが、凝っていますね。

静岡浅間神社
手水舎としてはかなり立派な装飾で飾られています。

静岡浅間神社
鯉の彫刻が大変立派でして、八千戈神社のものとよく似ています。

静岡浅間神社
[神部神社浅間神社拝殿]
国指定重要文化財
文化2年起工、同11年竣工。

静岡浅間神社
社殿は一つですが、
左が浅間神社、右が
神部神社の拝殿となります

静岡浅間神社
大拝殿を飾る天女の彫刻。

静岡浅間神社
美人度はそれぞれのようです。

静岡浅間神社
かなり色褪せた蟇股(かえるまた)の彫刻。

静岡浅間神社
静岡浅間神社
鳥の羽の部分が退色しやすいんですかね。

静岡浅間神社
[神部神社浅間神社舞殿]
国指定重要文化財


静岡浅間神社
これでもかーっ!!っと、葵の御紋がちりばめられています。

静岡浅間神社
彫刻群が素晴らしい建物です。

静岡浅間神社
境内のど真ん中に舞殿はあります。

静岡浅間神社

静岡浅間神社
火伏せの彫刻が至るところにあります。

静岡浅間神社
霊獣になっているような亀。
皮膚の彫刻が細かくてスゴイ。


静岡浅間神社
翼を持つ龍「飛龍」の彫刻。
「龍に翼を得たる如し」とはまさにこのことですかな。


静岡浅間神社
鳥の種類に詳しくないため、これは鳩かしら?と思って眺めていました。

静岡浅間神社
ニワトリ(?)が舞殿の最も良い場所に飾られていました。
どういう意味があるんだろう?


静岡浅間神社

静岡浅間神社
耳が気になる木鼻の「獏」。


玉鉾神社
[玉鉾神社]
御祭神:羽倉東麿・岡部真渕・本居宣長・平田篤胤(国学の四大人)
国学の神。学業成就・合格祈願に霊験があり。


静岡浅間神社
躑躅と回廊。

静岡浅間神社
回廊の屋根って真っ直ぐではないんですね。
水捌けのための勾配なのかしら?


静岡浅間神社
本殿側に面した回廊と拝殿。

静岡浅間神社
本殿に向かう階段。進入はできません。

静岡浅間神社
神部神社浅間神社の本殿に至る階段。

静岡浅間神社
神部神社浅間神社本殿。
次回こそは御祈祷を申し込んでみようと思います。

少彦名神社
[少彦名神社]
主祭神 :少彦名命
医療・薬業の守護神。
病気平癒・身体健全の霊験あり。

少彦名神社
蟇股(かえるまた)は立川流干支彫刻で飾られています。

少彦名神社
兎。

少彦名神社
亥。
子と丑は内部に飾られているそうです


八千戈神社
八千戈神社の蟇股(かえるまた)も、
前回よりは多く撮ることができました。

八千戈神社
八千戈神社
八千戈神社
八千戈神社
八千戈神社
八千戈神社
それぞれの話の内容は、
次回ボランティアの方に訊いてみようと思います。


静岡浅間神社
GW中には大拝殿の特別昇殿があるようです。
混むんだろうなぁ。


静岡浅間神社
お参り後に御神水場に立ち寄りました。

静岡浅間神社
お賽銭を入れ、ペットボトルを置いて水栓金具を操作します。
(自動的ではありませんでした)

静岡浅間神社

静岡浅間神社
前回、水筒を持参すればよかったと思ったため、
今回はちょっとした達成感を得られました。


静岡浅間神社
静岡浅間神社
境内にある御神木。
かなりの樹齢なんじゃないかしら。


静岡浅間神社
通常、御朱印帳に直接書いて貰えるのは総称の「静岡浅間神社」のみ。
それ以外のお社分は書き置ききです。


麓山神社(はやまじんじゃ)の記事】につづく。



静岡浅間神社
【静岡浅間神社(しずおかせんげんじんじゃ)】

静岡県静岡市葵区宮ヶ崎町102-1
正式名称:神部神社・浅間神社・大歳御祖神社
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静岡県静岡市『静岡浅間神社(しずおかせんげんじんじゃ)』の計26棟が国の重要文化財に指定されています。【その肆・神部神社と浅間神社】

静岡浅間神社


賎機山(しずはたやま)の麓にある『静岡浅間神社』は、

神部神社(かんべじんじゃ)、浅間神社(あさまじんじゃ)、大歳御祖神社(おおとしみおやじんじゃ)

三社の総称です。

約10万両もの巨費を投じ、

文化元年(1804年)から三期に分け、60年の歳月を費やして建てられた社殿計26棟は

国の重要文化財に登録されています。

また4月5日の「廿日会祭の稚児舞」は県指定無形民俗文化財に登録されています。


静岡浅間神社
[麻機街道の石鳥居]
神部神社浅間神社に入るには、
こちらの石鳥居をくぐるべきだったのかも。

静岡浅間神社
[神部神社浅間神社総門]
国指定重要文化財
昔はこの門に仁王像が安置されていたそうですが、
明治の神仏分離令により、
現在はこの先にある臨済寺に移されています。


静岡浅間神社
いずれは文化財に指定されそうな総門前の石橋。

静岡浅間神社
総門をくぐると、その先に楼門があります。

静岡浅間神社
現在、楼門は改修工事中でした。

静岡浅間神社
楼門前のモダンな鋳鉄製灯篭。

静岡浅間神社
養生内の様子。

静岡浅間神社
楼門脇に手水舎を発見。
と思いきや・・・


静岡浅間神社
滑車を見る限り、井戸らしいのだけれど。

静岡浅間神社
御神水と書いてある。

静岡浅間神社
お賽銭を入れ、ペットボトルを置くと自動的に水が流れてくるそうです。
実は昨晩、水筒を持参すべきか迷い、水汲み場を検索したのですが、
この地は引っかからなかったため、持参しませんでした。
予感がしたなら持つべきでしたね。


静岡浅間神社
[神部神社浅間神社拝殿]
国指定重要文化財
文化2年起工、同11年竣工。
社殿は一つですが、
左が浅間神社、右が
神部神社の拝殿となります

静岡浅間神社
[大拝殿]
※中央二階部分
大拝殿は高さ25m。
出雲大社本殿より1m高く、木造神社建築では日本一の高さ。


静岡浅間神社
内部には狩野寛信による「八方睨みの龍」が描かれているそうです。
GW頃、内部見学が可能な日があるっぽいです。


静岡浅間神社
蔀戸(しとみど)があり、和様の建築様式で、楼閣造。
蟇股の彫刻がよく見えないのですが、
次回はズームで見てみようと思います。

静岡浅間神社
拝殿と回廊。

静岡浅間神社
[神部神社浅間神社回廊]
国指定重要文化財


静岡浅間神社
回廊の間に通路があり、少彦名神社や玉鉾神社に向かうことができます。

静岡浅間神社
どこから見ても無数の彫刻で飾られた大拝殿。

静岡浅間神社
破風の下に天女の彫刻が見られます。
何か楽器を持っているようですね。


静岡浅間神社
笙(しょう)を持っているっぽい向かって左側の天女。
右側は何を持っているのかしら。


静岡浅間神社
向かって左の天女。

静岡浅間神社
別の場所に飾られている天女は琴を持っていました。

静岡浅間神社
他にも天女の彫刻がいろいろ。
琵琶を持つ天女が見えますので、
外周を飾る天女は全て楽器を持っているのかも。


静岡浅間神社
組物にも細かく模様が描かれています。

静岡浅間神社
風鐸(ふうたく)は意外とシンプル。

静岡浅間神社
木鼻の唐獅子。
腹辺りの×が臍に見えますね。


静岡浅間神社
向かって左側から拝殿を眺める。

静岡浅間神社
彫刻があり、銅板飾りがあり、手書きの模様があり、
ありとあらゆる装飾に溢れた社殿です。


静岡浅間神社
拝殿の裏側には、本殿に向かう階段があります。

静岡浅間神社
[神部神社浅間神社舞殿]
国指定重要文化財


静岡浅間神社
境内にある社殿の中では珍しく、塗装されていない建物です。
その分、彫刻の表情がそのまま観ることが出来ます。


静岡浅間神社
静岡浅間神社
象の木鼻。

静岡浅間神社
舞殿内側の彫刻群。

静岡浅間神社
これは双眼鏡持参で来るべきだったかも。

静岡浅間神社
組まれている木の直線と、彫刻の曲線が相俟って、
とても優美な建築物となっていますね。


静岡浅間神社
大拝殿の懸魚は二重懸魚。

静岡浅間神社
宝蔵付近から見た神部神社浅間神社の拝殿。

静岡浅間神社
神部神社浅間神社の本殿に至る階段。

静岡浅間神社
なんだかここだけ、チチェン・イッツァの遺跡って感じ。

静岡浅間神社
かなり急な階段ゆえ、昇降するとなると恐怖を感じそうです。
手すりも無いし。


静岡浅間神社
神部神社浅間神社本殿の向拝辺り。
これでもかってぐらいの金彩ですね。

神部神社浅間神社の境内に立っていたら、

どこからか鳥の澄んだ声が聞こえてきました。

目が悪いのを補足すべく耳は良いワタクシ。

声を辿ってカメラをズームしたら、大拝殿の上に鳥を見つけました。

意外と響く声なんですね、鳥の囀りって。

静岡浅間神社
大拝殿の屋根の上に鳥が居ます。
(クリックで拡大)


静岡浅間神社
胸の羽が赤いですね。

静岡浅間神社
これはイソヒヨドリのオスでしょうか?

静岡浅間神社
検索してみたら、
「春にはツグミ科特有の声量のある美声でさえずる」とある。


静岡浅間神社
そうかぁ、春ならではの光景だったのかぁ。
と知っても、一句も浮かばなかったワタクシ。

平成26年末より開始された静岡浅間神社平成の大改修。

20年かけて行われるため、まだ十数年も続く予定です。

現在は楼門が改修中ですが、いずれは本殿の改修に至るでしょうから、

ある種、今のうちに見ておくべき重要文化財群かもしれません。

次回は御神水をいただくべく、水筒持参で再訪したいと思います。

静岡浅間神社
帰り際に見たら、御朱印の窓口に列が出来ていました。

静岡浅間神社
お願いしたい御朱印にマルを入れます。

静岡浅間神社
御朱印帳に直接書いていただけるのは、
総称である「静岡浅間神社」のみっぽいです。
それ以外は書置き。


【静岡浅間神社(しずおかせんげんじんじゃ)】
静岡県静岡市葵区宮ヶ崎町102-1
正式名称:神部神社・浅間神社・大歳御祖神社
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新潟県小千谷市『慈眼寺(じげんじ)』は戊辰戦争の局面の一つである北越戦争にかかわる歴史的な場所です。【写真多用】

慈眼寺


『慈眼寺』は、1868年(慶応4年)の旧暦5月2日、長岡藩家老の河井継之助(42歳)

新政府軍監の岩村精一郎(のちの岩村高俊・当時23歳)が会談したことで知られています。

河井継之助の訴える中立和平を、岩村精一郎(高俊)が一蹴したことにより会談は決裂。

北越戦争(戊辰戦争の局面の一つ)に突入したという歴史的な場所です。

どうしてもその場所が見たくて、本日は小千谷市まで行って参りました。

青春18きっぷ利用で片道約5時間。

早朝初、夜帰宅という、個人的にはなかなかハードな日帰り旅となりました。

今回の旅で一番初めに訪れたのが『慈眼寺』。

小千谷に来たなら、ぜひとも足を運ばねばならんと思う歴史の舞台となった地です。

2004年(平成16年)10月の新潟県中越地震で、

会見の間を含む本堂が被害を受けましたが、

現在は再建され、当時の雰囲気を感じることができます。


慈眼寺
山門前に立派な案内板が立っていました。

慈眼寺
司馬遼太郎の『峠』をまだ読んでいないワタクシ。
北越戦争について、一通り回れる場所を辿り、
自分の感想を持ったのちに、読んでみたいと思います。
(そうじゃないと継之助贔屓になりそう)


慈眼寺
山門の前には残雪が山とあり、
通行できなくなっておりました。


慈眼寺
[慈眼寺山門]
(中越地震後の平成18年改修)
最終的に、内側から回り込んで山門を眺めることができました。
ただし、いろいろ見えてない。

※明治25年建築なので「小千谷会談」の頃とは異なる山門です


慈眼寺
唐破風の付いた山門で、
たぶん白い覆いの向こうは彫刻で飾られていると推察されます。
観られなくて残念。


慈眼寺
残雪がすごく、正面突破は不可能。

慈眼寺
国登録有形文化財(建造物)
文化財プレートは山門正面右側にありました。
まだ真新しい感じですね。
登録年月日:2015年11月17日


慈眼寺
組物は三手先(みてさき)。
段々になっている造形が綺麗です。


慈眼寺
木鼻の獅子の彫刻も良いのですが、板支輪を飾る彫刻がスゴイ。

慈眼寺
山門には仁王・・・らしき木造が立っていました。
これは阿形。
左手には何かを持っていたのかな?


慈眼寺
こらは吽形。
吽形のポーズがものごっつい気になります。
「ハイ!」という声が聞こえてきそう。
って吽形だから口を開けていないんですけど。


慈眼寺
境内側から見た山門。
境内の雪はそれなりに溶けています。
隣接して幼稚園があるので境内に遊具が置いてあります。


慈眼寺
[船岡観音堂]
以前は小千谷市西中という場所にあったそうです。
弘法大師空海が自ら彫刻した聖観世音御菩薩像を安置したのが始まり。


慈眼寺
雪囲いに覆われているため、堂内は大変暗く、
観音様はぼんやりとしか見えませんでした。
でも、空海作とのことなので、
一見の価値はきっとあるのだと思います。


慈眼寺
木鼻の獅子・・・獅子?
阿形。


慈眼寺
木鼻の獅子・吽形。
獅子?でいいのかな?
体毛を感じられない獅子ではあります。


慈眼寺
木鼻の象? 獏?
阿形。


慈眼寺
吽形。
鼻の裏が赤く塗ってあるので口に見える。
ってことは、獏なのかも?


慈眼寺
蟇股の虎らしき彫刻。
雪囲いで遠方から見られないため推察の域を出ません。


慈眼寺
お堂を覆う雪囲い。

慈眼寺
その外側に今も残る雪。

慈眼寺
提灯があるってことは、夕方になると電気で灯るってことでしょうね。
雪囲いされてると暗いですもんね。


慈眼寺
組物の突き出た尾棰(おだるき・尾垂木)は、
少々湾曲になっているように見えます。
だから柔らかい印象になるのかしら。


慈眼寺
観音堂から見る本堂。
本日の目的地です。


慈眼寺
境内には案内板が・・・雪の重みか、わざとそうしているのか、
ずり下がっていました。
ゆえに、しゃがまないと文字が読めない。


慈眼寺
本堂に向かいましたが、どなたもお見えらならず。
見学には事前予約が必要らしいのですが、しておらず。
隣の社務所に声掛けさせていただき、
見学をさせていただくことができました。


慈眼寺
[慈眼寺本堂]
向かい側に幼稚園があるため、プールらしきものが本堂前にあります。


慈眼寺
中越地震の影響で茅葺きをステンレスで覆っている状態らしく、
これを取り除いて銅板葺きにするための寄進を募っています。


慈眼寺
覆われていてよく見えませんが、木鼻も手挟みも立派ですね。

慈眼寺
本堂の唐破風下の彫刻。

慈眼寺
慈眼寺
木鼻の獅子は耳が結構大きく見えますね。
ダンボを思い出しました。
(もしくはグレムリン)


慈眼寺
慈眼寺
龍と鳳凰の彫刻が見事です。繊細ですごくカッコイイ。

慈眼寺
本堂の玄関に掛かる扁額には
山号である「船岡山(ふなおかさん)」の文字があります。
「岡」の部分がワタクシには読めないけど。天井は格天井。
白くはめ込まれているのは照明器具でしょうか。


慈眼寺
[岩村・河井会談の処(岩村軍監、河井総督会見談判所)]
今回の目的地です。
この上段の間で「小千谷談判」が行われました。
奥の間に岩村精一郎が座し、
家老ではあるものの礼を尽くすために手前の間に河井継之助が控えて
中立和平の嘆願を行ったそうです。
同場所は、小千谷市指定文化財とされています。


慈眼寺
当時と今では設え(しつらえ)が違うと思いますが、
談判の様子をいろいろ妄想しつつ、見学させて頂きました。
見学料は特に決まっておらず、心付け程度。
この日は法事が入っているようで、
その時間までごゆっくりと言われたものの、
ご迷惑にならないように早々に退室致しました。


慈眼寺
書院の欄間を見ると、この上の部分は銘木なんじゃないの?
と思えました。まさかの黒柿か?


慈眼寺
沢山の書が飾られていました。
(書の造詣が浅いので、ほとんど読めなかったけど)


慈眼寺
欄間が漆塗りに金彩の龍です。
この間に使っている木材がお高そう~



慈眼寺
パンフレットを頂きましたが、
一部100円で配布しているものだっだようです。


岩村精一郎(高俊)のイメージはこの小千谷談判で固定されちゃっているワタクシ。

のちにドナルド・キーンが「無能で横柄」と評し、

長州人からは「軽率で無思慮」と評される人物ですが、

後に男爵になってるんですねー。

後年、

河井継之助の人となりを知っていれば慈眼寺での談判のやり方は違った

と悔やんだそうですけど、

自分でも究極の失敗だという認識があったのかもしれませんね。

あれだけ横柄な若造だと言われつつもいろいろな局面で使われたということは、

汚れ役として便利だと、大久保利通ら明治政府上層部から思われていたのかも。

大久保利通って腹黒そうだし(個人の感想です)。

慈眼寺
[肖像画]
左がで河井継之助、右が岩村精一郎(高俊)。


新政府軍にとって初めての敗戦を齎し、英雄とされる河井継之助

長岡市にはその記念館があります。

次回はそちらを見に行こうと思います。

長岡市には山本五十六記念館もありますしな。



慈眼寺
【慈眼寺(じげんじ)】

新潟県小千谷市平成2-3-35
拝観時間 9:00~17:00
宗派:真言宗智山派
本尊:聖観世音菩薩
http://ojiya-jigenji.net/


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兵庫県神戸市『太山寺(たいさんじ)』の本堂は神戸市唯一の国宝建築物です。【その弐】

太山寺
[太山寺 本堂(国宝)]


その壱】のつづき。

太山寺(たいさんじ)は「播州太山寺縁起」によると、

716年(霊亀2年)に藤原鎌足の孫である藤原宇合(うまかい)の発願・建立で

藤原鎌足の長男、定恵(じょうえ)が開山したと伝えられています。

(藤原鎌足の次男は藤原不比等)

定恵は若くして出家し、遣唐使とともに唐に渡ったそうです。

ちなみに創建時の建物は1285年(弘安8年)の火災で焼失しています。


太山寺
本堂から中門を見下ろす。

太山寺 阿弥陀堂
[阿弥陀堂]
1688年(貞享5年)再建。
重要文化財の阿弥陀如来坐像(鎌倉時代)が安置されています。


太山寺 阿弥陀堂
同じく阿弥陀堂。
渡廊下の先が途切れています。
元は修行堂だったそうです。


太山寺 阿弥陀堂
阿弥陀堂正面。
柵から堂内を覗くと、金色に浮かぶ阿弥陀如来坐像が目に入ります。
素晴らしいです。


太山寺 阿弥陀堂
こちらの阿弥陀如来坐像(重要文化財)は、
平等院鳳凰堂にある阿弥陀如来坐像と
近しい大きさ(約2.74m)なのだとか。


太山寺 阿弥陀堂
割とシンプルな手挟み(たばさみ)。

太山寺 阿弥陀堂
お堂の脇で桜が満開になっていました。

image
image
image
今が見ごろですね。


羅漢堂
[羅漢堂]
江戸時代後期の建築。
四天王像および十六羅漢尊像が安置されていますが、
見学は出来ません。


羅漢堂
唐破風の下の蟇股。

太山寺
立派な唐破風、花頭窓の付いた分かりやすい仏教建築。

太山寺
奥にも建物があります。

羅漢堂 釈迦堂
羅漢堂の奥には釈迦堂があります。
この「本殿」「拝殿」のような造りが気になって仕方が無い。
神仏混淆(しんぶつこんこう)の名残りなんでしょうか?


釈迦堂
[釈迦堂]
江戸時代後期の建築。
釈迦三尊像が安置されていますが、見学は出来ません。


釈迦堂
肉眼では見えませんでしたが、これはどうやら龍の彫刻みたいですね。

釈迦堂
口を開けた龍・・・ってことでいいかな?

釈迦堂
こちらは鳳凰。

釈迦堂
木鼻には獅子と獏?

釈迦堂
焔があるから獏だと思う。

釈迦堂
こちらは耳が大きいから象でしょうね。

釈迦堂
こちらも象。

釈迦堂
これは唐獅子。

釈迦堂
以上の木鼻が見られる釈迦堂。

釈迦堂
釈迦堂の不思議な形状の新しい屋根瓦。

鐘楼
[鐘楼]
鐘は自由につける・・・らしいです。
真偽のほどは定かではありません。


護摩堂
[護摩堂]
江戸時代中期の建築(宝形造り)。
大黒天像、不動明王像、毘沙門天像が安置されていますが、
見学は出来ません。


太子堂
神社の名残である鳥居が残っています。

太子堂
[観音堂(太子堂)]
元来鎮守三社権現として平安後期以前に創建されたらしいです。
現在ある建物は江戸中期のものと想定されています。
明治期の神仏分離で聖徳太子を祀る太子堂となりました。


太子堂
蟇股の彫刻もそれぞれ興味深いのですが、
破損しているものも多々あります。


太子堂
建物裏側の蟇股。
鳳凰らしき彫刻の首が破損しています。


太山寺
観音堂が神社だった頃には御神木だったんじゃないか
と思える巨樹が隣にありました。


太山寺
観音堂下の池。
カエルの鳴き声と、池に飛び込む水音がします。


太山寺
カエルは見あたりませんでしたが、
まるまるとしたオタマジャクシが沢山泳いでいました。


三重塔
[三重塔]
県指定有形文化財。
1688年(貞享5年)の江戸時代前期の建築。
大日如来像と四天王像が安置されているそうですが、
内部は見学できません。


三重塔
各層四隅の尾垂木に邪鬼が置いてあるようです。

太山寺
案内板が風化でよく見えなくなっていました。

太山寺
奥の院への道標。
「太山寺風致地区」として周辺55.9haの自然が保護されています。
原生林は県指定文化財。


太山寺
太山寺川上流東岸の花崗岩岩肌に
等身大の磨崖仏(磨崖不動明王・市指定文化財)が刻まれているそうです。
(我々は観に行っていません)


太山寺
[閼伽井(あかい)橋]
橋を渡ると稲荷舎・地蔵堂があります。


太山寺
岩が並ぶ川に、勾玉のような形の巨石がありました。

太山寺
[息游軒遺跡]
明治維新の理論的基盤を構築した陽明学者「熊沢蕃山」の閉居跡。
ここ太山寺に幽閉されていたそうです。


image
梅も桜も咲いていますが、椿も咲いていました。


こうして様々な神社仏閣を見て歩くと、

神仏混淆(しんぶつこんこう)と、明治の神仏分離について調べたくなりますね。

廃仏毀釈で破壊されたものはどれだけあったんだろう。

と思うと、明治新政府の理想とやらが気になって参りました。

次の旅からは、それらを含めて見て回りたいと思います。

それはそうと、『太山寺(たいさんじ)』は大変良いところでオススメです。


太山寺
拝観受付で頂いた御朱印。



太山寺
【太山寺(たいさんじ)】

兵庫県神戸市西区伊川谷町前開224
宗派:天台宗
本尊:薬師如来、十一面観音
創建年:霊亀2年(716年)
開基:藤原宇合
新西国三十三箇所 25番,神戸十三仏霊場 4番,神戸六地蔵 1番,
播州薬師霊場 1番, 明石西国観音霊場 26番,明石西国観音霊場 23番(龍象院)


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群馬県利根郡川場村『青龍山 吉祥寺』で今年初の水芭蕉を見てきた。【写真多用】

青龍山 吉祥寺


鎌倉建長寺を本山とする臨済宗の禅寺『青龍山 吉祥寺』。

創建は暦応2年(1339年)の 南北朝時代で、

四季折々に100種類もの花が楽しめるとして有名なお寺です。

今回は沼田市観光が目当てだったのですが、

ここで水芭蕉が見られると知り、ちょっと足を伸ばして行ってまいりました。


青龍山 吉祥寺
左側で拝観料500円を支払います。
(HPを見たと伝えると100円引きになります)


青龍山 吉祥寺
脇に清流が流れる参道。
水の音が心地よいです。


水芭蕉
これから咲くのかもしれない水芭蕉。

青龍山 吉祥寺
[山門]

青龍山 吉祥寺

青龍山 吉祥寺
これがその「青龍山」と書かれた勅額。

青龍山 吉祥寺
青龍山 吉祥寺
良い感じの阿吽の狛犬が山門前にいます。

青龍山 吉祥寺
青龍山 吉祥寺
こちらは筋肉質な足を持つ仁王像。
仁王の足元に小さな像がわらわら置いてあります。


青龍山 吉祥寺
山門の格天井。
着色されていないのが良いですね。


青龍山 吉祥寺
なんだか小顔な気がする獅子。

青龍山 吉祥寺

青龍山 吉祥寺
山門内にあるテーブル代わりの木材。
すごいですね、これ。何年ものなんだろう?


青龍山 吉祥寺
山門では一休みできるように椅子が沢山置いてあります。
4月には周囲に桜が咲くっぽい。


青龍山 吉祥寺
横から見た山門。実は二階に上がれるんです。

青龍山 吉祥寺
ブーツだったし、時間が無かったので上がりませんでしたけど。

青龍山 吉祥寺
山門の懸魚。

青龍山 吉祥寺
山門をくぐった先の参道。

青龍山 吉祥寺
[鐘楼]

青龍山 吉祥寺
[釈迦堂]

青龍山 吉祥寺

青龍山 吉祥寺
内部に入ってみます。

青龍山 吉祥寺
生憎、お釈迦様は写真でしたが、
周囲に置かれた駕籠や仏像の量に圧倒されました。


青龍山 吉祥寺
折上げ格天井。
う、美しい!!!


青龍山 吉祥寺
これ、博物館で見たことがある気がするんですけど、
何ですっけ?



青龍山 吉祥寺
[本堂入り口]
靴を脱いで参拝させていただきました。
御朱印は先に預けてからお堂に入るのがこちらでの手順のようです。


青龍山 吉祥寺
[本堂]
三方の庭が素晴らしいです。


青龍山 吉祥寺
「臥龍庭」から見る釈迦堂。

青龍山 吉祥寺
[昇龍の滝]
ここは風の流れが心地よく、何時間でも座っていられそうでした。
寒いけど。


青龍山 吉祥寺
[青龍の滝]
本堂の裏側にある池。


水芭蕉
水芭蕉
水芭蕉
水芭蕉
水芭蕉の咲きは、まばらでした。

青龍山 吉祥寺
すっごく可愛いお地蔵様。
敷地内に無数の仏像が安置されています。


青龍山 吉祥寺
苔生した小さな仏像。
すごく可愛くて気に入りました。


青龍山 吉祥寺
こちらのお釈迦様の前には蕗の薹が咲いていました。

蕗の薹
お、美味しそう・・・

蕗の薹
天ぷらが食べたくなりました。

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これは山茱萸ですかね。

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これは何の実なんだろう?

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咲いた姿を見てみたいと思う花もありました。


4月には沢山の花が咲くようで、その頃に訪れる人が多そうなお寺でした。

別名、花寺とも呼ばれているそうです。

庭は丁寧に管理されていて、拝観料も納得できます。

わざわざ来る価値のある群馬県のお寺なんじゃないかしら。

オススメです。


青龍山 吉祥寺
本堂入り口で御朱印を頂きました。


青龍山 吉祥寺
【臨済宗建長寺派 青龍山 吉祥寺】

群馬県利根郡川場村門前860
拝観時間 9:00~17:00(入場は~16時)
拝観料:大人 500円(HPで割引があります)
JR沼田駅→関越交通バス川場村循環(右回り)で約30分,「吉祥寺入口」下車徒歩2分


沼田駅
バスは時間ギリギリに来てすぐに発車しちゃうみたいです。
SuicaなどのICカードは使えません。
JR沼田駅から吉祥寺入口までの運賃は650円。



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新潟県新潟市『新潟総鎮守 白山神社』で御朱印を頂く。

白山神社



家内安全、商売繁昌、工事安全、海上安全、交通安全、建築、


厄除、子宝、安産、縁結びの神様として


霊験あらたかと言われている『新潟総鎮守 白山神社』。


ここの主祭神である菊理媛大神(くくりひめのおおかみ)は、


農業の神、海上の神、国家、 郷土の守り神とされています。


また、伊邪那岐大神、伊邪那美大神が夫婦喧嘩をした際、


間に入って仲を取り持ったという神様で、縁結びの神様として有名です。


以前、母と参拝したことがあるのですが、


その際は御朱印を頂かなかったため、


今回再訪し、御朱印を頂いて参りました。


白山神社
鳥居のしめ縄は外界と神社の境界を示しますが、
ここの注連縄は五本付鼓胴型でした。


白山神社
拝殿は本殿造営の翌年、慶安元年(1648)の造営。
宝永年間(1704年~),享保元年(1716年),延享4年(1747年)に
建替、修理がされています。


白山神社
兎の毛通しは優美です。

白山神社
銅板葺の拝殿。元は茅葺だったそうです。


白山神社
拝殿の蕪懸魚。

白山神社
龍が出ている変わった龍の彫刻がありました。
なんだかユーモラス。


白山神社
これは白蟻被害ですかね。

白山神社
本殿は、正保4年6月18日に竣工。

白山神社
本殿は拝殿とは違って色彩が鮮やかです。

白山神社
色の褪せ方が良い感じ。

白山神社
耳がないっぽいけど、虎。

白山神社
アッサリしているけど鳳凰?

白山神社
色がそれぞれに異なるので組み方が分かり易いですね。



白山から流れる水を司り、豊富な水資源で流域に農耕や殖産興業を起こし、


それを守るとされるのが白山神社。


昔は参道の石橋のところに随神門があったそうですが、


そもそも石橋がどこかわかりませんでした。


白山公園
明治政府による公園設置の布達でできた白山公園。

白山公園
狛犬がここに居ました。
結構古いものだと思うんだけどなぁ。


白山公園
風化で欠けている石塔。



さて、ここで頂ける御朱印は5種。


ワタクシは1種しかいただきませんでしたが、お参りだけはして参りました。


白山神社
御朱印のある神社がこの先にあります。

白山神社
手前に説明書きがありました。

白山神社
拝殿に繋がる渡廊下をくぐって裏に向かいます。

白山神社
白山神社の建物脇に三つの神社があります。

白山神社
拝殿脇に御朱印を頂く窓口があります。

白山神社
白山神社の御朱印。



早朝の白山神社と白山公園はマラソンランナーが複数いました。


コースなんですかね。




白山神社
【新潟総鎮守 白山神社(はくさんじんじゃ)】

新潟県新潟市中央区一番堀通町510番地
主祭神:菊理媛大神、伊邪那岐大神、伊邪那美大神
春まつり/2015年4月12日~4月18日
夏まつり/2015年7月12日~7月18日
住吉祭(新潟まつり)/2015年8月7日~8月9日


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新潟県南魚沼市『青木酒造』の日本酒が有名なのは当たり前ですがその看板も必見です。

牧之通り



鶴齢(かくれい)や「雪男」で有名な『青木酒造』は


1717年(享保2年)の創業の酒蔵で、今年で創業300周年を迎えたそうです。


青木酒造
牧之通りの端にお店があります。

青木酒造
江戸末期の名工「小林源太郎」の名前を見て驚きました。
こんなところにも作品があったとは!


青木酒造
これが「その一部」といわれる看板です。

青木酒造
当時の立て看板は台風で壊れたそうですが、
その一部がこうして使われているようですね。
(上の写真をクリックして拡大するとロの字に繋げているのが分かります)



本当に新潟県は、小林源太郎作品が多く見られますね。


でも、ここで見られたのは本当に偶然で、今回の旅の目的でもあったため、


大変幸運だと感じました。


image
無論、日本酒も買いました。
少々買い過ぎだという自覚があったので、最も小さな瓶を入手。
ただし、純米大吟醸なので、良いお値段でした。



看板に気を取られて、日本酒選びに時間が割けませんでした。


純米大吟醸を買っておけば間違いないだろうという安易な考えで


店内に入った次第です。


商品は殆ど無くなっていたので、


もしかしたら団体様が買って行かれたのかもしれませんね。


何かのバスツアーに組み込まれている感はありましたし。


飲んで美味しかったら、また行こうと思います。


image
駅に近い方に工場がありました。



牧之通り
【青木酒造(平野屋)】

新潟県南魚沼市塩沢1214
http://www.kakurei.co.jp/


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新潟県長岡市(栃尾)『秋葉三尺坊大権現(秋葉神社)』で見られる石川雲蝶と小林源太郎の作品が凄過ぎる。

秋葉三尺坊大権現 奥の院

秋葉権現(あきはごんげん)は秋葉山の山岳信仰と修験道が融合した神仏習合の神である。火防の霊験で広く知られ、近世期に全国に分社が勧請され秋葉講と呼ばれる講社が結成された。また、明治2年12月に相次いだ東京の大火の後に政府が建立した鎮火社(霊的な火災予防施設)においては、本来祀られていた神格を無視し民衆が秋葉権現を信仰した。その結果、周囲に置かれた延焼防止のための火除地が「秋葉ノ原」と呼ばれ、後に秋葉原という地名が誕生することになる。



秋葉信仰二大霊山の一つである新潟県長岡市の『秋葉三尺坊大権現』。


奥の院は、石川雲蝶が小林源太郎との共作で8年の歳月を掛けて造り上げました。


ちなみにここだけで8年掛かったのではなく、近隣の寺社も一緒に手掛けていたのだそう。


石川雲蝶は目下大ブーム中のようで、


様々なバスツアーが出ているそうですが、


ここがその目的地になることは無いんじゃないかと思われます。


今回は穴場だと考え、栃尾まで『秋葉三尺坊大権現 奥の院』を観に行ってきました。


秋葉三尺坊大権現
拝殿を正面にした参道の途中に建つ石は、
お百度を踏むためのもの。
石をぐるりと回れば、一度家に帰ったとリセットされます。


秋葉三尺坊大権現
[秋葉三尺坊 拝殿]
奥の院よりも歴史は古いそうですが、建て替えられたようです。


秋葉三尺坊大権現
秋葉三尺坊大権現
阿吽の狛犬。

秋葉三尺坊大権現
7月に行われる「秋葉の火祭り」ってのが有名らしいです。

秋葉三尺坊大権現

秋葉三尺坊大権現
扁額脇の鬼の面も阿吽。

秋葉三尺坊大権現

秋葉三尺坊大権現
横から見た拝殿。

秋葉三尺坊大権現
拝殿の奥には、奥の院に続く柵があります。
昔は朱色に塗られていたそうですが、
今では顔料を寄進する人も居らず、
防腐剤が塗られているのみです。


秋葉公園
若者がお祭りの準備をしていました。
準備段階なので、全容は不明です。



誰も居なかったもんで、あまりの凄さに唖然としつつ眺めていたら、


ご高齢のオジサマに声を掛けられました。


何を仰っているのか聞き取れず、近寄ったら、


普段ボランティアガイドをされている方で、


5分、10分、案内をしてあげますよってことでした。


お言葉に甘えて説明をして頂きました。


秋葉三尺坊大権現 奥の院

秋葉三尺坊大権現 奥の院
石川雲蝶と小林源太郎が二人で造ったといわれていますが、
実はそれ以外に小林一門も携わっているそうです。


秋葉三尺坊大権現 奥の院
どこにピントを合わせてシャッターを押せばいいのかパニックになるレベル。

秋葉三尺坊大権現 奥の院
木鼻は象。

秋葉三尺坊大権現 奥の院
唐破風の上に乗っている彫刻がすごいんです。

秋葉三尺坊大権現 奥の院
オジサマ曰く、鷲という人も居るが、「松に鷹」なのだそうです。
※あくまでもオジサマの見解です


秋葉三尺坊大権現 奥の院
実は撮っていない彫刻も多々あります。
実際に足を運んでご確認頂ければと思います。
これは現地で見るべき。


秋葉三尺坊大権現 奥の院
牛若丸の物語を表しているのだそうです。
角度的に写真が撮れなかったのですが、
裏側の側面にある鞍馬寺での修行を表した彫刻が素晴らしいのです。


秋葉三尺坊大権現 奥の院
これは酒を飲んで慰労会をしている・・・らしい。

秋葉三尺坊大権現 奥の院
手挟みの彫刻は緻密に彫られた龍です。

秋葉三尺坊大権現 奥の院
彫刻が彫られていない箇所まで素晴らしい造形美です。

秋葉三尺坊大権現 奥の院
昔は色が塗られていたらしく、龍の口の中などにその名残があります。

秋葉三尺坊大権現 奥の院
これが真裏。
下から見上げる&金網で写真を撮るのが難しいのです。


秋葉三尺坊大権現 奥の院
金網が張り巡らされる原因となったのがコチラ。
束近くの彫刻の一つが剥ぎ取られています。
彫刻が盗難に遭ったんですって。


秋葉三尺坊大権現 奥の院
斗栱(ときょう)が波のように見えます。

秋葉三尺坊大権現 奥の院
70年に一度、内部が公開されるそうです。

パンフレット
これまた別の方から頂いたパンフレット。
ワタクシ、あまりにも熱心に見過ぎていたようです。


秋葉公園
配置はこんな感じです。
手前が先ほど上った階段です。



が石川雲蝶を好きなんですが、


ワタクシの今回の旅の数日前に魚沼に行っているんですよね。


そちらはお寺のお堂内部に作品があるらしいです。


無論、堂内ですので撮影はできないわけで。


栃尾を旅しながら、母を連れて来たいなぁ・・・と、しみじみ思いました。


それはそうと、ガイドをしてくださった方は、


70年前の御開帳に立ち会ったのだそうです。


しかも地元では生き字引のような方らしく、


(昔のことを自分より知っている人は居ないと仰ってました)


70年前の当時でも成人しておられたっぽいんですよね。


(相談役だったのかな?)


見たところ父と同年ぐらいかしらと思っていたのですが、


実は90歳以上という可能性もあるわけで・・・


そんな感じで、オジサマの年齢がこの日一番の謎でした。



秋葉三尺坊大権現 奥の院
【秋葉三尺坊大権現(秋葉神社)】

新潟県長岡市谷内(やち)2


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静岡県三島市『三嶋大社』は木花之開耶姫の父神を祀る三島神社の総本社です。

三嶋大社



三嶋大社なのか、三島大社なのか、イマイチ記憶に残らないワタクシですが、


三嶋大社に行って参りました。


戦前は「三島神社」だったのですが、戦後は「三嶋大社」を称になったそうです。


何故かは知りませんけど。


実はこちらの本殿・幣殿・拝殿が、国の重要文化財に指定されているんです。


それを見るのが目的で足底筋膜炎の両足を運んで参りました。


三嶋大社
鳥居をくぐって直ぐに不穏な立て看板と石を発見。

三嶋大社
「たたり」つて、こういう漢字を書くものだったんですね。
祟りと崇って紛らわしい漢字だよなぁと今更ながらに思い出す。


三嶋大社
石のくぼみに溜まった水の上でもぞもぞ蠢く蟻。
一瞬、これがヒアリか!?と思ったものの、ヒメアリっぽい。
(写真はクリックで拡大できます)


三嶋大社
[総門]
普通にくぐろうとしてましたが、門の左側に案内板が掛かっていました。


三嶋大社

三嶋大社
[神馬舎]

三嶋大社
[神門(しんもん)]
三島市指定文化財

慶応3年(1867年)8月10日の再建とされています。


三嶋大社
総欅造りで、彫刻が優美です。

三嶋大社
懸魚の六葉の部分が菱形なのが興味深い。

三嶋大社
三嶋大社
三嶋大社
三嶋大社
三嶋大社
彫刻は保護されているので、カメラが無いと良く見えません。
保護の目的は鳥除けなのかしら。


三嶋大社
神門の天井板はかなり幅広い欅の板で立派。

三嶋大社
[拝殿]
国の重要文化財に指定されています。


三嶋大社
江戸時代らしい権現造の拝殿。

三嶋大社

三嶋大社

三嶋大社
拝殿の柱も立派。
総欅造りってことは、これだけの欅を伐採した山があるってことですよね。
どこなんだろう?


三嶋大社
兎の毛通し以外はネットで保護されている彫刻群。
やっぱりよく見えません。


三嶋大社
彫刻がよく見えないのって、残念感が増しますね。

三嶋大社
拝殿の懸魚と紋。

三嶋大社
左奥が本殿
こちらも国の重要文化財に指定されています。


三嶋大社
本殿の懸魚。

三嶋大社
これは・・・何を模った彫刻なんだろう?

三嶋大社
本殿の屋根を見ると、「外削ぎ」になっています。
三嶋神は男神ですもんね。


三嶋大社
拝殿を横から見る。

三嶋大社
[舞殿(ぶでん)]
三島市指定文化財
慶応2年(1866年)12月18日の再建とされています。
古くは「祓殿」と呼ばれる神楽祈祷を行う場でしたが、
舞の奉納が主となったので「舞殿」と称されるようになったそうです。


三嶋大社
周囲を飾る彫刻が立派な建物です。

三嶋大社
[若宮神社(わかみやじんじゃ)]
祭神の物忌奈乃命は三嶋神の御子神で、神津島の物忌奈命神社の祭神。


三嶋大社
[見目神社(みるめじんじゃ)]
祭神は、波布比売命、久爾都比咩命、伊賀牟比咩命、佐伎多麻比咩命、
伊波乃比咩命、優波夷命という三嶋神の后神6柱。
三嶋神は奥さんが6神も居るんですねぇ。
「見目(みめ)」とは「御妃(みめ)」を意味するともいわれるそうです。


三嶋大社

三嶋大社
社務所の前に置いてあった道具。
これは何の神事に使うものなんだろう?


三嶋大社
この回廊の奥左側で御朱印が頂けます。

三嶋大社
立ち入り禁止区域に案内板がありました。

三嶋大社

三嶋大社
その園内に立派な樹が立っていました。

三嶋大社
写真では分かり難いのですが、かなり立派で迫力のある樹です。


三嶋大社
[三嶋大社の湧水]
今は境内の井戸の水をポンプアップしながら流しているそうです。


三嶋大社

三嶋大社
[芸能殿]
これが以前の総門だったんですねぇ。


三嶋大社
白アリの被害が凄いのか、無数の穴が空いています。

三嶋大社
[神鹿園(しんろくえん)]
芸能殿に近付くと「鹿の臭いがすごいなぁ」と感じます。
その奥に鹿園がありました。


三嶋大社
こうやって囲われたところに居る鹿を見ると、
奈良の鹿は自由だなぁと感じますね。


三嶋大社
ただし、囲われた場所に居るからこそ、
牡鹿は立派な角を持っているとも言える。


三嶋大社
生まれたての小鹿らしき個体がゲージに入っていました。

三嶋大社
鹿煎餅はちょっと離れた売店で売っていました。
買わないけど。


三嶋大社
神池の立て看板に止まっていた鳩を撮影していたら、
背後に外国人観光客が撮影待ちをしていました。


三嶋大社
総門の脇にあるのが売店です。

三嶋大社
福太郎餅というのがここの名物。
リーゼントしているような餡子が特に有名です。


三嶋大社
インコを探しているらしいので、この地で発見したら・・・
って、高い木が鬱蒼と茂っているので発見したら神ですな。
見つかると良いですね。



ずいぶんとスッキリした感じの御社でした。


こちらの主祭神である大山積神(オオヤマツミ)で、イザナミとイザナギの子です。


ワタクシはよく知らなかったのですが、山と海の両方を司る神なのだとか。


特に三島信仰では海神としての性格が強いのだそうです。


何より覚えやすいのは、木花之開耶姫の父神であるということ。


富士山信仰の神と言えば、木花之開耶姫ですもんね。


(木花之開耶姫は火中出産で有名な女神)


この辺りでその系統の神様が祀られているのは納得です。


今年は浅間神社に縁があったもんで、木花之開耶姫の名前をよく目にしました。


まあ、それほど富士山周辺に通っていたってことなんですけど。


富士山は登らずに遠くから見る山だと思っているワタクシとしては、


次は富士山を眺める旅を計画したいなと思っています。


冬の青春18きっぷ利用で実現させようかな。


三嶋大社
御朱印は上半分が印、下半分が書でした。



三嶋大社
【三嶋大社】

静岡県三島市大宮町2-1-5
主祭神:大山祇命、積羽八重事代主神
創建:不詳


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山梨県南巨摩郡『身延山久遠寺』に青春18きっぷを使って行って来た。【その壱】

身延山久遠寺


『身延山久遠寺』に青春18きっぷを使って行って参りました。

この夏初めての青春18きっぷ利用は、千葉県民Tと共にスタート。

この場所を選んだのは千葉県民Tでした。

ワタクシは昨年達成できなかった

“身延線に乗ること”

を目的としておりましたもんで、

ある種、意見が合致した結果の選択とも申せましょう。

細かく経路を計画し、出発は4時20分と相成りました。

流石に早朝過ぎて汗だくになることも無く移動。

東京発、富士駅経由で身延線に乗り継ぎました。

早いので、座ってウトウトしつつ身延駅に到着。

駅からはバスに乗り換えて身延山を目指します。

この町営バスでSuicaやPASMOが使えるのには驚きました。

観光客が多いからなんでしょうね。

って、この日は空いていたけれど。

身延山の門前町からは、ちょっとズルして乗り合いバスを利用。

現金で210円を支払って、境内までワープ致しました。

後で知ったのですが、健脚でない方は、この乗り合いバスを利用すべき。

山門からは「菩提梯」と呼ばれる全287段の石段があるのです。

まあ、その話は後ほどするとして、境内にあっという間に到着した我々は、

汗をかくこともなく、甘露門から総受付の報恩閣に向かいました。

身延山久遠寺
本堂ほかさまざまなお堂が並ぶ広い境内。

身延山久遠寺
[客殿]

身延山久遠寺
かなり立派な彫刻群にて飾られています。
カメラが冷えすぎて常温になるまで写真が撮れず。


身延山久遠寺
[仏殿]
早朝だったためか、堂内からお経を唱えているのが聞こえました。


身延山久遠寺

身延山久遠寺
身延山久遠寺
身延山久遠寺
身延山久遠寺
身延山久遠寺
この仏殿の彫刻も良かったのですが、カメラのレンズが曇って撮れず。

身延山久遠寺
観光客の居ない(ワープした人が居ないともいう)境内。

身延山久遠寺
[御真骨堂拝殿]
日蓮上人の「御真骨」を安置しているお堂の前に建っています。


身延山久遠寺
こちらも彫刻で彩られています。
鶴と亀ですな。


身延山久遠寺
[開基堂]

身延山久遠寺
総受付と大きく書かれた案内柱がありました。
右手に報恩閣があります。


身延山久遠寺
報恩閣で、御首題ではなく御朱印の方を頂きました。

御朱印
他の宗派の御朱印が混ざった御朱印帳では
「南無妙法蓮華経」の御首題は頂けないようです。
ちなみにワタクシは御朱印帳が最後の一枚を残す状態だったもので
新しい御首題帳を調達せず、御朱印のみを頂きました。


身延山久遠寺
[祖師堂]明治14年、江戸にあった寺院のお堂を移築・再建。

身延山久遠寺
御堂手前のお線香を立てる場所には天井に龍の彫刻が施されています。

身延山久遠寺
改めて祖師堂。

身延山久遠寺
祖師堂を飾る彫刻は彩色が施されていて華やか。

身延山久遠寺
鳳凰と龍。

身延山久遠寺
手挟み(たばさみ)も華やかです。

身延山久遠寺
これは象かな。

身延山久遠寺
象と唐獅子。

身延山久遠寺
向拝に飾られているこの白いものは何だろう?

身延山久遠寺
祖師堂から本堂へは回廊で繋がっています。

身延山久遠寺
あらゆる場所がバリアフリー化されています。

身延山久遠寺
山の上にも御堂がありますね。

身延山久遠寺
[本堂]
1985年、日蓮上人700遠忌の主要記念事業として再建。
黒い外観が渋いです。
第27回BCS賞受賞作品(1986年)
設計:竹中工務店


身延山久遠寺
眩しくて文字が読めない・・・

身延山久遠寺
本堂の扁額。

身延山久遠寺
大鐘と水屋。
水屋の右手に「菩提梯」と呼ばれる全287段の石段があります。


身延山久遠寺
2009年に再建された五重塔。
大成建設施工。


お参りが終わったので、ロープウェイで奥の院に向かいます。

その弐】につづく。


身延山久遠寺
【久遠寺】

山梨県南巨摩郡身延町身延3567
山号:身延山
宗派:日蓮宗
創建年:1281年(弘安4年)
開山:日蓮
札所等:日蓮上人霊跡、日蓮宗57本山、甲斐百八霊場108番



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富山県南砺市『里山のオーベルジュ 薪の音』にはターシャ・テューダーの世界のように植物に溢れた優しい風景が広がっていました。

薪の音
広がる里山の風景。
奥の山々が綺麗なグラデーションになっています。



長らく訪れたいと野望にしていた『薪の音』に来ることが叶いました。


色々とスイッチを切った状態のワタクシは1/3の思考で動いていた気がします。


身体に変な力が入っておらず、庭やその先に広がる景色をぼーっと見続けていたり。


そんなリラックスできる空間と時間が『薪の音』にはあります。


とても静か。


何かがリセットできる気がする時間。


素晴らしいなと思いました。


薪の音
駅まで迎えに来て頂きました。
これはすごく有難かったです。


薪の音
至る所に草花があり、隅々まで計算されている気がしました。
でもナチュラル。


薪の音
玄関から先にある土間。
良い感じだなぁ。


薪の音
一日三組までしか受け入れないという静かなオーベルジュです。
しかし、コルビュジェの椅子があったりするほどのコダワリが見られる。

薪の音
井波彫刻の欄間が填められた和室の入口。
二階は特別室一室のみらしいです。


薪の音
ウェルカムドリンクは選べます。
ワタクシも母も、お抹茶を頂きました。
左のカボチャと小豆の生チョコは衝撃的でした。


薪の音
リクライニングが可能な電動ベッドは、欲しくなる寝心地でした。


薪の音
至る所に生けられている花で、優しい気持ちになります。


薪の音
花とは関係ないけど、フリーWi-Fiがあって助かりました。


薪の音
浴槽は陶器製。けっこう深くて広い。

南砺市
窓から見える景色。
この日は曇り空でした。


薪の音
散策中に見付けた雑草。
よく見ると花は可愛い。


南砺市
ところどころに映えていたピンクの花。
子供の頃によく見たけど名前は分かりません。


image
これは青紫蘇だよね。
これまた子供の頃に近所に沢山生えていました。
今はスーパーで買うしかないし、高いよね。


薪の音
リビングテーブルの上にも花。


薪の音
ウッドデッキにも鉢が飾られています。


薪の音
ウッドデッキには椅子が置いてあり、ここで暫くぼーっとしていました。


薪の音
紫陽花だけでも数種類ある気がする。



無造作に見えて、手入れの行き届いた庭。


押し付けられるようなキッチリ感がなく、とても和みます。


雨が降っても綺麗だと思うし、雪が降っても良い感じなんじゃないかな。


違う季節にも再訪したいです。



薪の音
【里山のオーベルジュ 薪の音】

富山県南砺市野口140
http://www.makinooto.co.jp/


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埼玉県熊谷市『妻沼聖天山(めぬましょうでんざん) 』に再々訪して御朱印を頂く。

妻沼聖天山




前回『妻沼聖天山』に参拝したのが4月末でございましたが、



母にどうしても紹介したくて、本日二人で行って参りました。



今回は一年ぶりに本殿を見学いたしましたが、



ボランティアガイドがこの建物を建てた棟梁・林氏の子孫の方で、



前回とは違った視点での見学となりました。



ガイドの方によって、見せる場所が異なるのは面白いですね。



妻沼聖天山
彫刻した職人よりも、彩色する絵師の名前の方が後世に残るものらしい。

妻沼聖天山
明らかにある境目。
彫刻で飾られている左側が奥殿になります。
布石には輝石安山岩が使われています。


妻沼聖天山

妻沼聖天山
張り合わせた彫刻ではなく、全て一枚の木から彫られているそうです。


妻沼聖天山
これは「風鐸(ふうたく)」というもので、
カランカランという音が鳴り、
邪気除けの意味でつけられているそうです。


妻沼聖天山

妻沼聖天山
鷹に助けられる猿の彫刻「鷲と猿」。
伝説的彫刻職人・左甚五郎作とする伝承があります。


妻沼聖天山
反対面の彫刻。

妻沼聖天山
口を開けた南側の鳳凰の彫刻。

妻沼聖天山
反対面の鳳凰の彫刻は口を閉じています。

妻沼聖天山
鹿の脇にある花は「バラ」なのだそうです。

妻沼聖天山
白い象の右側にある、わざと塗り残してある箇所。

妻沼聖天山
白いのは象。下の赤いのは獏・・・らしい。

妻沼聖天山

妻沼聖天山
今まで獅子だと思っていたこの彫刻は、白澤(はくたく)なのだそうです。
まじかーっ。沢山あるはずの目が見あたらないから分からなかったよー。


妻沼聖天山
平和なので七福神が碁に興じているという描写の三枚の彫刻。
それぞれの商売道具が放置されています。


妻沼聖天山
前回はスルーしていた碁盤。
これは書物にあった伝説(?)の対局で打たれたものみたいです。
布袋さんが追い詰められているらしい。


妻沼聖天山
細かく描かれた模様がスゴイ。

妻沼聖天山
猿の彫刻については前回記事へ。

妻沼聖天山
北側(?)の彫刻群。拝殿に向かって右側の側面。
こちらは反対側より若い職人が担当するものなのだとか。


妻沼聖天山
井戸も覗いてみました。




獅子だと思っていたものが白澤(はくたく)だったということが、



この日一番の衝撃的事実でした。



勉強になりましたわ。



妻沼聖天山
貴惣門の二天像がバージョンアップしていました。
(前回の記事


妻沼聖天山
照明でライトアップされています。
うーむ、必要なんだろうか?


妻沼聖天山
前回見逃した「中門」の懸魚。

妻沼聖天山
屋根の連なりが面白い。

妻沼聖天山
拝殿の彫刻。(望遠で撮影)

妻沼聖天山
よくパンフレットに掲載されている角度から撮影してみた。

妻沼聖天山
見学時には番傘を貸してくれます。
これは、ありがたい。


妻沼聖天山
これからの季節、ここに「ニホンミツバチ」が飛び交うようになるそうです。




今回で三度目ですが、まだまだ新しい発見があるものですね。



飽きないわぁ。



妻沼聖天山
母と来た記念に、今回も御朱印を頂きました。

妻沼聖天山
偶然、前回のものと見開きで並びました。
字の違いが分かりますね。「喜」の字も違うし。




次に来る時に、どんな発見があるのが楽しみです。



image
今回も、名物の聖天寿司を購入しました。



妻沼聖天山
【妻沼聖天山(めぬましょうでんざん)】

埼玉県熊谷市妻沼1627
山号:聖天山
熊谷駅から朝日バス利用
【6番】太田駅・西小泉駅・妻沼聖天前線で「妻沼聖天前」停留所下車
片道460円 Suica利用可



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【写真多用】埼玉県熊谷市『妻沼聖天山(めぬましょうでんざん) 』に再訪して御朱印を頂く。

妻沼聖天山




『妻沼聖天山(めぬましょうでんざん)』には埼玉県唯一の国宝建造物があります。



高野山真言宗の仏教寺院で、正式には『歓喜院(かんぎいん)』といいます。



前回訪れた時は御朱印に興味が無かったのでチェックもしていなかったのですが、



今回はそれを目当てに再訪いたしました。



やはり、何度も訪れたくなるお寺ですわ。



今回は本殿を見ることなく帰ったのですが、



経年を見るために定期的に参拝したいと思っています。



妻沼聖天山
[中門(四脚門)]
熊谷市指定文化財


妻沼聖天山
妻沼聖天山の第二の門になります。

妻沼聖天山
最古の建造物なんですねぇ。

妻沼聖天山
様々な札が掛かっています。
そういえば、ぼけ封じのお守りが境内で販売されていました。


妻沼聖天山
真新しい札から、古い札まで様々な名称が掲げられています。

妻沼聖天山
中門の奥にあるのが最後の門である仁王門。

妻沼聖天山
妻沼聖天山
阿吽の狛犬が鎮座しています。
表情は柔和です。


妻沼聖天山
[御水屋]

妻沼聖天山
[仁王門]
明治時代に台風で倒壊したため、後に再建されました。


妻沼聖天山
ここで必見なのが、金剛力士像です。

妻沼聖天山
躍動感溢れる姿で迫力があります。

妻沼聖天山
「だめ、絶対!」というアテレコを脳内でしてしまいました。

妻沼聖天山
[拝殿]

妻沼聖天山
妻沼聖天山
こちらにも狛犬が居ます。
毛並みの良い尻尾が特徴ですね。


妻沼聖天山
拝殿の向拝。
手挟みがカラフルです。


妻沼聖天山
唐破風の下の彫刻にも色彩が施されています。

妻沼聖天山
ここだけでも竜が3匹・・・って、
龍の数え方って匹でいいのか?


妻沼聖天山
足の生え方が気になる虎も居ます。

妻沼聖天山
その両脇の蟇股は鬼ですね。

妻沼聖天山
まだ九時前だったもんで、本殿の見学はできません。

妻沼聖天山
前回見学したので、今回は中には入りません。

妻沼聖天山
ちらっと見ると、本殿はこんな感じになっています。

妻沼聖天山
前回と変わらずブルーシートが敷かれた相撲場。

妻沼聖天山
[閼伽井堂(あかいどう)」]
井戸を据えた土間と水天宮を祀る一室からなる建物。


妻沼聖天山
妻沼聖天山
妻沼聖天山

妻沼聖天山
天井は格天井になっています。

妻沼聖天山
籠堂(こもりどう)と本殿を繋ぐ回廊。

妻沼聖天山
妻沼聖天山
裏側はこうなっています。

妻沼聖天山
すらりと高い「夫婦の木」。
虫が居ないので、動かずに見ていられます。


妻沼聖天山

妻沼聖天山
エノキとケヤキのどちらが夫で妻なのかは不明です。

妻沼聖天山
樹の上のほうでは、枝が腕を組んでいるみたいに見えますね。

妻沼聖天山
ムシは居ずとも、マムシは居るらしい。




さて昨年11月18日、国の文化審議会は妻沼聖天山に所在する



歓喜院籠堂(かんぎいんこもりどう)
鐘楼(しょうろう)
閼伽井堂(あかいどう)
三宝荒神社(さんぽうこうじんしゃ)
五社大明神(ごしゃだいみょうじん)
天満社(てんまんしゃ)
仁王門(におうもん)
水屋(みずや)
平和の塔(へいわのとう)



の9件を有形文化財(建造物)に登録するよう文部科学大臣に答申し、



国登録有形文化財に指定されるそうです。



すごいですねぇ。



妻沼聖天山
さて、御朱印をいただくために社務所に向かいます。
openは9時から。


妻沼聖天山
墨の良い香りがします。
好きなお寺で頂く御朱印って、もの凄く嬉しいですね。




誰かを連れて来たいとは思うものの、



熊谷はちょっと遠いし、これからの季節は暑くなるからなぁ・・・




妻沼聖天山
【妻沼聖天山(めぬましょうでんざん)】

埼玉県熊谷市妻沼1627
山号:聖天山
熊谷駅から朝日バス利用
【6番】太田駅・西小泉駅・妻沼聖天前線で「妻沼聖天前」停留所下車
片道460円 Suica利用可



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埼玉県熊谷市『妻沼聖天山(めぬましょうでんざん) 貴惣門』の修復された二天像がちょっと・・・。

妻沼聖天山




『妻沼聖天山(めぬましょうでんざん)』には埼玉県唯一の国宝建造物があります。



高野山真言宗の仏教寺院で、正式には『歓喜院(かんぎいん)』といいます。



その貴惣門は国の重要文化財に指定されています。



素晴らしい彫刻群は一見の価値アリで、再度見たいと思わせる建造物。



ゆえに、本日、再訪して参りました。



前回と違っていたのは二天像。



修復が完了して、持国天と多聞天(毘沙門天)の像が見られます。



しかし・・・、うーん、この修復はどうなんだろう?



別物感が半端ないんですけど?



妻沼聖天山

妻沼聖天山
6月に、二天像修復の報告などが行われるそうな。
ちなみに下が前回見た改修前の像です。

貴惣門
[持国天(じこくてん)]
東方を護る守護神として造像される場合が多く、
向かって右手前に安置されるのが原則とされます。


貴惣門
体色は赤く、右手を拳にして右腰に置き、左手に刀を持つ姿で表されることが多い。

貴惣門
足下に邪鬼を踏みつけています。
それが、こうなっちゃいました。

妻沼聖天山

妻沼聖天山
この塗料の照り感に違和感があるのだけれど?

妻沼聖天山

妻沼聖天山
一瞬、樹脂製の像かと思った。
それ以外の彫刻は以前のままなので、浮いている気もする。

妻沼聖天山
妻沼聖天山
妻沼聖天山
妻沼聖天山
妻沼聖天山
門の彫刻はやはりみごとです。




多聞天の腕が折れたため修復したらしいのですが、



このペイントはどうなんだろう?



経年劣化で良い感じになるはずという計算なのかしら?



何はともあれ、修復前に見ておいて良かったです。



今どきは、日光東照宮のような修復が流行りなのかしら。
(「日光東照宮 修復 ひどい」で検索)




妻沼聖天山
【妻沼聖天山(めぬましょうでんざん)】

埼玉県熊谷市妻沼1627
山号:聖天山
熊谷駅から朝日バス利用
【6番】太田駅・西小泉駅・妻沼聖天前線で「妻沼聖天前」停留所下車
片道460円 Suica利用可



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