sava!

興味あるものを 興味ある人に。

私は諦めを敵とする。 私の日々の努力は実にこの諦めと闘うことである。 (北条民雄)

重要文化財

『東京国立博物館』の常設展示の入館料ってこんなに高かったっけ?

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[東京国立博物館本館(重要文化財)]
1932年(昭和7年)着工、1937年(昭和12年)竣工。
渡辺仁の案が採用された帝冠様式の代表的建築。

ものごっつい久々に、上野にある東京国立博物館に向かいました。

大きな企画展が無い隙間の期間なのですが、

入館料を支払う際、620円という価格に驚きました。

こんなに高かったっけ!?

400円台のイメージだったのですが、

それは十数年前の価格だったようです。

ちなみに今後も620円から値上がる予定だそうです。

イギリスの大英博物館は無料なのに・・・とボンヤリ思うワタクシ。

以前は国立博物館メンバーズパスを持っていたのかもしれん。

ちなみにメンバーズパスは現在2,000円で、

常設展なら何度でも入館できます。

またメンバーズパスを買おうかなぁ。

5,000円のプレミアムパスなら、

特別展無料観覧券が4枚付くみたいですし。

ちなみに母は年齢的に無料でした。

う、羨ましくなんかないからねっ!

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敷地内には既に萩の花が咲いていました。

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[山下門内博物館の表門]
現在の千代田区内幸町にあった頃の博物館入口。
薩摩藩の装束屋敷、飯山藩・小城藩の藩邸があった場所で、
上野に新しい博物館が建った明治14年までこの地にあった。
博物館移転後の明治16年に鹿鳴館が立てられ、
明治20年には帝国ホテルが開館する。

今回、展示からこのことを初めて知りました。

旧因州池田屋敷表門
[旧因州池田屋敷表門]
現在、東京国立博物館敷地内にある大名屋敷門。
旧因幡鳥取藩池田家の江戸屋敷の表門で、昭和29年に上野に移築。
博物館の展示物の一つとなっている。

旧博物館入口のイメージとしては近しいかも。

東京国立博物館って、体力と気力を気合を維持して回らんと、バテますな。

歩きすぎて疲労骨折の個所が再び痛み、ちょいちょい椅子に座って休みました。

その間、母は休まず、ずーっと展示物を見歩いていました。

意外と元気だ。

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一度庭に降りると、館内への再入場はできないらしい。
爽やかな風が吹く良い季節でしたが、庭に降りるのは断念しました。

母は「いろいろ見ないと勿体ない」と言っていましたが、

よくよく考えれは無料じゃん。

入館料はたかが620円で、

普段からその価格を無駄遣いしまくっているワタクシなのですが、

「高い」と感じた衝撃は捨て難く、

この日一日中思い続けていた次第です。

値上がる前にメンバーズパスを買おうと思うけれど、

暫く行かないうちにどうでもよくなって忘れちゃうんだろうなぁ。



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【東京国立博物館(とうきょうこくりつはくぶつかん)】

東京都台東区上野公園13-9
開館時間 9:30~17:00(入館は16:30まで)
※毎週金曜、土曜、11月3日は21:00まで開館
休館日:月曜(祝・休日の場合は開館、翌平日休館),年末年始
※ゴールデンウィーク期間とお盆期間中は原則無休
入館料:一般620円、大学生410円
無料開館日:国際博物館の日(5月18日)
使用可能電子マネー:iD,Suicaなどの交通系ICカード,WAON
https://www.tnm.jp/


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【写真羅列】岡山県倉敷市の美観地区を歩く。

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昼と夜とでは街の雰囲気かかなり異なります。

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雨上がりの夜道。

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月末までこのような催しが倉敷市内で行われています。

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夏はイベントがいろいろとあるようですね。

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倉敷館は現在改修中です。
工事予定期間は平成30年1月15日から平成31年8月31日まで。


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八重の芙蓉と錦鯉(遠目)。

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[中国銀行倉敷本町出張所]
文化財名:中国銀行倉敷本町支店
※現在は営業していません


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外壁は御影石洗い出し仕上げ。

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大正11年竣工。
設計は
薬師寺主計。

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内部からライトアップされるとこのような色のステンドグラスになります。

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昼間はステンドグラスが青く見えます。

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鉄筋コンクリート造り(一部木造)の二階建て。

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屋根は寄棟。

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夜の大原美術館。

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[旧倉敷郵便局(三楽会館)]
明治35年竣工。


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漆喰塗りの蔵の街並みではレアな下見板張りの外壁が特徴です。

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[井上家住宅]
国の重要文化財。
平成24年度から平成34年度の予定で保存修理工事中です。


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井上家住宅は、300年前の倉敷では最古の町屋です。

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井上家住宅隣の荒物店。

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近付くと籠を買ってしまいそうなので遠巻きに見ています。

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「Marche & Cafe NATURE」というカフェ。
自然食品を扱うお店の2階にあります。


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ここではレモンスカッシュをチョイス。

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けっこうたっぷりとした量です。

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リフォームして間がないのか、白くてきれいな塗り壁。

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窓からは店内裏の興味深い構造物が見えます。

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自然の岩を利用した石垣はかなりの高さです。
この上は何なんだろう?


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石垣の上は、誓願寺という浄土宗のお寺でした。
※境内は一般公開されていません

鶴形山(つるがたやま)という山の上には
阿智神社(あち じんじゃ)、観龍寺(かんりゅうじ)があります。

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[つねき茶舗]
倉敷では有名な茶舗だそうです。
http://tsuneki.net/

銀行建築と言えば、児島にもありました。

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womb brocante(ウームブロカント) が元銀行の建物をリノベして再利用。
現在改修中らしく店舗は休業中でした。


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外観は昭和初期の銀行建築ですね。

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シャッターには富士銀行(現・みずほ銀行)とありましたが、
最終的な銀行の名前なのだろうと推察されます。
※旧安田銀行児島支店が建物名っぽい


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岡山県倉敷市『倉敷 中島屋』は国指定重要文化財大橋家住宅長屋門にあるオーガニック食材にこだわったカフェ。

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国指定重要文化財『大橋家住宅』の長屋門に店を構える『倉敷中島屋』は、

大橋家の屋号「中島屋」を継承したお店なのだそうです。

なぜ“倉敷”と頭に付くのかは謎ですが。

『大橋家住宅』見学後、少し喉が渇いていたし、座りたいとも思ったため、

短時間立ち寄ることにしました。

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テーブルや椅子にもこだわりを感じる空間です。

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基本、お料理屋さんのようですが、
ドリンクメニューがあったためそれを注文。
母はオレンジジュースを飲んでいました。


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かなり珍しいことに、ワタクシは甘酒をセレクト。
夏バテ防止の観点です。


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甘くなく、すっきり・さっぱりと飲みやすい甘酒でした。
こりゃいいや。

期せずして、重要文化財内で飲食したってことですね。

「とりあえず入店」が良い感じの選択になり、なかなかに良かったです。

甘酒、美味しかったです。




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【倉敷 中島屋】

岡山県倉敷市阿知3-21-32
営業時間 [水木日】11:00~18:00,[金土]11:00~15:00,17:00~21:00
定休日:月曜、火曜
https://k-nakajimaya.jp/


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岡山県倉敷市『大橋家住宅』は国登録重要文化財です(弐)。

大橋家住宅

続いて、座敷に向かいます。

普請道楽とまではいかないものの、意匠性に富んだ設えは必見です。

線が創り出す清廉さと、緑が醸し出す癒し。

町屋は夏の涼しさを追求した造りなのかもと思わせる居心地の良さでした。

大橋家住宅
廊下が無い代わりに、坪庭がハレとケの空間を区切っています。

大橋家住宅
父の実家を思い出させる手水鉢。
子供だと手か届かないんてすよねぇ。


大橋家住宅
土壁の部屋がケの空間、
漆喰塗りの部屋がハレの空間ってところでしょうか。


大橋家住宅
[新座敷]
敷地の奥にある座敷です。


大橋家住宅
新座敷の床の間。
シンプルな造形でありながら優美に見えるのは、地袋の絵が優美だから。


大橋家住宅
蝶が舞う襖絵です。

大橋家住宅
大橋家住宅
蝶の絵が繊細で優美。

大橋家住宅
新座敷の納戸側(右側に納戸あり)。

大橋家住宅
納戸にある箱階段。
二階は非公開です。


大橋家住宅
新座敷の奥にあるのが内蔵。

大橋家住宅
[内蔵]
建築年:1796~1798頃
土蔵造、桁行8.1m、梁間5.0m、二階建、切妻造、本瓦葺。


大橋家住宅
内蔵と主屋の境目。

大橋家住宅
風が通り抜けるため、縁側に居ると涼しく感じます。

大橋家住宅
ゆえに、風で風鈴が鳴る鳴る。

大橋家住宅
格の高い大座敷。

大橋家住宅
彫刻欄間は凝り過ぎず、簡素過ぎず。

大橋家住宅
縁側に張り出した庇にはベンガラを塗っているっぽい。
左手には収納棚があります。


大橋家住宅
ボール紙で猫と鼠が貼られてありました。
これは今のご当主の遊び心ですかね。


大橋家住宅
謎の太鼓。

大橋家住宅
[小座敷]
大座敷下の間の横にあります。


大橋家住宅
書斎隣の二畳ほどの部屋。

大橋家住宅
[書斎]
正面左の扉から外に出られるようです。


大橋家住宅
生活を感じさせる道具類が展示してありました。

大橋家住宅
虫食いがモゾモゾする古書。
長唄の教書か?


大橋家住宅
虫が入り放題の開口部。
でもビジュアル的にはイイ感じ。


大橋家住宅
主屋側から長屋門を眺む。

大橋家住宅
長屋門の軒下の波型の意匠。
壁は昔はベンガラを入れていたのかしら。


大橋家住宅
長屋門と主屋の間にある井戸。
これだけ大きな整形された石を運ぶのも大変だったでしょうね。


大橋家住宅
ちょこちょことある中庭のおかげで、採光・採風が期待できます。
手前の大甕は防災用だと思われます。


大橋家住宅
大座敷を外から見上げてみる。
こうしてみると天井の造りって重要なんだと思えますね。
面積が広いと使用木材のランクが露呈し易いと言うか。


大橋家住宅
こういう手水鉢に水を溜める役割も下働きにはあったのかしら?

大橋家住宅
大座敷専用の雪隠(トイレ)はかなり豪華で焼き物です。
どこ焼きかはわかりませんが。
それに気を取られて、雪隠の個室側を見逃しました。


大橋家住宅
大座敷の中庭にある手水鉢は青銅製っぽい。
唐来物っぽいですね。


大橋家住宅
米蔵と主屋の間に大八車の車輪らしきものがありますね。
米俵を乗せて運んだのかな。


大橋家住宅
[米蔵]
土蔵造、桁行10.9m、梁間5.9m、二階建、切妻造、本瓦葺。


大橋家住宅
【平目地瓦張】
内部にまで瓦が張り巡らされているを目にしたのはこれが初めてです。


大橋家住宅
かなり豪華な刺繍が施された雛人形。

大橋家住宅
入口で販売されているお土産物は実物だったんですね。

大橋家住宅
大量に、そして無造作に置かれた古銭。
これが実際に使われる訳ですね。

文化財指定の豪邸といえば、引手も見どころの一つです。

ワタクシは引手で部屋の格が分かると考えております。

大橋家住宅
大橋家住宅
大橋家住宅
大橋家住宅
大橋家住宅
大橋家住宅
大橋家住宅

見どころがたっぷりとあり、倉敷観光には欠かせない施設だと思えます。

オススメです。




大橋家住宅
【大橋家住宅】

岡山県倉敷市阿知3-21-31
開館時間 9:00~16:00
休館日:12月から2月の毎週金曜、年末年始(12月28日~1月3日)
http://ohashi-ke.com/


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岡山県倉敷市『大橋家住宅』は国登録重要文化財です(壱)。

大橋家住宅

国の重要文化財に指定されている『大橋家住宅』。
大橋家は、水田・塩田開発や金融業で財を成した一族で、天保の飢饉で金千両(約1億円)を献じて苗字帯刀を許されました。江戸時代末期、徳川家茂が第14代として将軍の任にあった文久元年(1861年)に、倉敷村の庄屋を務めています。

大橋家住宅

後に倉敷紡績を設立した3名の若者の一人、大橋澤三郎(1860年 - 1889年)を輩出。
大橋澤三郎は、小松原慶太郎、木村利太郎らと、大原美術館で有名な大原家などの出資を受けて倉敷紡績を設立しましたが、29歳の若さで他界しました。
ちなみにこの情報はパンフレットには明記されていないのでは信憑性については自信はございません。

大橋家住宅
大橋家住宅

倉敷中央通りにほど近い場所にある『大橋家住宅』は、寛政8年(1796年)~寛政11年(1799年)にかけて建てられました。

大橋家住宅

街道に面して長屋を建て、その内側に前庭を隔てて主屋を構えた建物が配置されています。
倉敷町屋の典型を示す代表的な建物として、昭和53年(1978年)1月21日に国の重要文化財の指定(主屋・長屋門・米蔵・内蔵の4棟)を受け、昭和57年(1982年)6月11日に敷地も追加指定されています。

通常の町屋では許されない長屋門を倉敷代官所の許可を得て建てられている点からも、大橋家住宅の格の高さが伺えます。

平成3年(1991年)~平成7年(1994年)までの間に建物の解体を含む保存修理工事が行われました。
その後、最も屋敷構えの整っていた嘉永4年(1851年)の姿に復元され、現在の姿となっています。

大橋家住宅
[主屋]
入母屋造、本瓦葺、厨子2階建て


大橋家住宅
[米蔵]

大橋家住宅
長屋門と主屋の間にある附屋根塀が戸の向こうに見えます。
ここから稲荷社や不浄門に抜けられます。


大橋家住宅
大戸が解放された主屋。

大橋家住宅
[札]
普請覚や棟札・墨書等の資料から、
寛政8年(1796年)から寛政11年(1799年)に建てられ、
文化4年(1807年)と嘉永4年(1851年)の二度、
大改築が行われたことが判明しています。


大橋家住宅
主屋土間。
商家なので玄関を造るのは控えているそうです。
町屋には玄関を作らないのが当時のしきたりでした。
賓客は庭を通って大座敷から上がります。


大橋家住宅
【倉敷格子】

大橋家住宅
蔀戸のようなもので開口部を閉めるのですね。

大橋家住宅
[ミセの間]
賊が刀を振り上げられないように天井が低くなっています。


大橋家住宅
ミセの間の隣の「中の間」。
荷車で運ばれてきた米俵を検査する場所でした。


大橋家住宅
ここでは米の受け渡しが行われていたっぽい。

大橋家住宅
道具類の収納は部屋の上部にあります。
床に物を置きっぱなしにしない工夫ですね。


大橋家住宅
[居間]
モダンな家具が配されていました。
和洋折衷なところが商家の気配を漂わせますね。


大橋家住宅
日にちも分かる時計。
三日月の針が日にちを指すのだろうと思われます。


大橋家住宅
かなり広い土間。
三和土を造るのは大変だったろうなぁ。


大橋家住宅
台所から主屋入り口を眺む。

大橋家住宅
出入口を除き、採光はこの部分のみ。

大橋家住宅
おくどさん(土公神:どこうしん)。
大量の米が炊けそうな大竈があります。


大橋家住宅
こちらにも竈があります。
調理はこちらなんでしょうね。


大橋家住宅
板の間と座敷で身分が明確化されている台所。

大橋家住宅
座敷には当主が座します。

大橋家住宅
食器類もイイ感じ。

大橋家住宅

大橋家住宅
流し台にまで贅を尽くすとは驚き。

大橋家住宅
台所から裏庭に出ます。
脇に井戸がありました。


大橋家住宅
現在は「レストラン八間蔵(はちけんぐら)」として利用されている米蔵。

大橋家住宅
昔はこの戸の先に離れ(奥座敷)があったそうですが、
今は駐車場になっています。


大橋家住宅
主屋と奥座敷を繋いでいた廊下。

大橋家住宅
平成7年まで残っていたとは。
一目見たかった。


大橋家住宅
附屋根塀。
実は置いてあるだけの塀だったんたと、倒壊したニュースで知りました。
参考:https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000132289.html


大橋家住宅
平成30年7月豪雨で崩れた土塀は現在も修復工事中です。

真備町の被害が記憶に鮮明な西日本豪雨災害ですが、ここでも被害があったとは知りませんでした。
西日本のニュースは、あまり東日本では知り難いと毎度感じます。逆も然りですが。
一般住宅とは違い、国の重要文化財であるため修復前に調査期間が設けられ、工事完了までには時間か掛かるでしょうね。

大橋家住宅

」につづく。



大橋家住宅
【大橋家住宅】

岡山県倉敷市阿知3-21-31
開館時間 9:00~16:00
休館日:12月から2月の毎週金曜、年末年始(12月28日~1月3日)
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岡山県倉敷市『旧野﨑家住宅・野﨑家塩業歴史館 』は重要文化財も含め28もの建築物が文化財に登録されています(参)。

旧野﨑家住宅

」のつづきは、約3000坪の敷地のうち、石垣からスタート。

旧野﨑家住宅
高所恐怖症のワタクシはこの石垣の上に立つ自信がありませんが、
上から敷地内を見てみたいという欲求はあります。


旧野﨑家住宅
[薪納屋]

旧野﨑家住宅
意外と奥行きがあり、多くの薪を積めそうです。
割木納屋が別にあるので、近くに家族用の風呂があるのかもしれません。
扉は見当たりませんでしたが、風雨の時は閉めるんでしょうね。


旧野﨑家住宅
かなり広い台所。
今までいろいろな建物を見てきましたが、一番広いです。


旧野﨑家住宅
こちらは湯殿。従業員用かな。

旧野﨑家住宅
五右衛門風呂です。
天井が予想より高く、閉塞感が緩和されています。


旧野﨑家住宅
たぶん従業員用の洗面台。
モルタルで覆われていますが、不具合が起こったらどうするんだろう?


旧野﨑家住宅

旧野﨑家住宅
右側が台所。左の蔵は夜具蔵です。

旧野﨑家住宅
台所棟の上にある明かり取り。
贅沢にもガラス張りなので内部はかなり明るいと思われます。


旧野﨑家住宅
生活道具が置いてありました。
御飯の釜はこれだけじゃ足りないだろうな。


旧野﨑家住宅
この全体に明るい天井照明は後付けなのかな?

旧野﨑家住宅
先進的な台所用品を数多く取り入れていたっぽい。

旧野﨑家住宅
燗を付けるのが早そうな酒燗器。このタイプは初めて見ました。

旧野﨑家住宅
食器類は大変こだわっている気配がします。

旧野﨑家住宅
日本陶器合名会社(現・ノリタケカンパニーリミテド)製品。
オールドノリタケ?


旧野﨑家住宅
こちらは大正時代の香蘭社製品。
香蘭社"らしい色彩ですね。


旧野﨑家住宅
やはり展示用に改修している気配のある天井部分。

旧野﨑家住宅
入れるのはこの一角のみですが、展示は奥まで続いています。

旧野﨑家住宅
様々な道具類が置かれた土間。
土間と言っても三和土ではなく石張りです。


旧野﨑家住宅
こんな仰々しい道具もありました。
ワインのコルクを抜くのも一大イベントだったんでしょうね。


旧野﨑家住宅
炊事場。
大きな竈はここにありました。


旧野﨑家住宅
奥にも竈がありますね。

旧野﨑家住宅
料理屋かなと思うほど充実した調理器具の数々。

旧野﨑家住宅
明治時代の打ち振り子柱時計。
(10インチ八角合長掛け時計)
調べたところ国産品らしい。


旧野﨑家住宅
台所内にはこのような部屋があります。
「料理人」という身分は明確に分けられていたのかな。


旧野﨑家住宅
中には調理台と大皿など、値の張りそうな食器類が並んでいます。

旧野﨑家住宅
ところ変わってここは「漬物納屋」。
かなりの広さがあります。


旧野﨑家住宅
太平洋戦争時代の防空壕。
狭い。


旧野﨑家住宅
こちらは味噌納屋の入り口に張られた説明書き。

旧野﨑家住宅
味噌納屋にも窯がありました。

旧野﨑家住宅
室(むろ)もある。

旧野﨑家住宅
蔵の裏側。
手前が岡蔵。


旧野﨑家住宅
木賊って竹みたいに繁殖するものなのか。

旧野﨑家住宅
蔵は手前から岡蔵、新蔵、書類蔵、大蔵。
岡蔵と大蔵は資料館として使われています。


旧野﨑家住宅
蔵の前に置かれた石。
溜石というそうです。


旧野﨑家住宅
竹のそばに置くと根の成長が阻害されないかな?と考えてみたり。

旧野﨑家住宅
こちらは大蔵。
塩の展示がされています。


旧野﨑家住宅
野崎武左衛門が創業したナイカイ塩業が今も造っている塩の数々。
「瀬戸のほんじお」は西日本の主婦には認知度が高いと思われます。※販売は、味の素


旧野﨑家住宅
「アジシオ」も同社が手掛けていたんですね。

なかなかに内容の濃い展示品で、見学に時間がかかりました。
民族博物館的要素があり、たいへん面白いです。
いつか室内を見学できる日が来たら、ぜひ再訪したいです。
オススメです。



旧野﨑家住宅
【野崎家塩業歴史館】

岡山県倉敷市児島味野1-11-19
(JR児島駅から徒歩約25分)
開館時間 9:00~16:30(17:00閉門)
休館日:月曜(祝祭日の場合は翌日)、12/25~1/1
http://www.nozakike.or.jp/


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旧野﨑家住宅

」のつづきは、約3000坪の敷地のうち、枯山水の庭園からスタート。

5月下旬から6月上旬には、サツキツツジが庭中に咲くそうです。

旧野﨑家住宅
[観曙亭(かんしょてい)]

旧野﨑家住宅
茶室です。

旧野﨑家住宅
企画展示品なのか、元より設置されているのか謎の置物。
これは馬なのか!?


旧野﨑家住宅
[容漆亭(ようしつてい)]
裏千家の名席「又隠(ゆういん)」を写しているそうです。


旧野﨑家住宅
この付近から蚊の猛攻撃を受け、写真がテキトーになってしまう。

旧野﨑家住宅
[塩竈神社]
塩竈明神(塩土老翁神)を祀っていると追われる神社。
塩土老翁神は製塩の神としても信仰されています。


旧野﨑家住宅
なぜかシーサーが。

旧野﨑家住宅
古びた灯篭が良い感じです。

旧野﨑家住宅
「野﨑家 夏の芸術祭」
陶芸作家・浜松昭夫さんが一体一体手で造形した備前焼の五百羅漢像が
約400体敷地内に展示してあります。
会期は8月31日まで。


旧野﨑家住宅

旧野﨑家住宅
山に続く階段に置かれた羅漢像。

旧野﨑家住宅
[中座敷]
向座敷まで、九つの部屋が連続して見える姿は圧巻。
奥までは二三間(42メートル)あります。


旧野﨑家住宅
中座敷の庭で気になったのが手水鉢を支える石。

旧野﨑家住宅
これ、鍾乳石ですよね?

旧野﨑家住宅
中ほどの黒い辺りの右側に玄関があります。

旧野﨑家住宅
扉の色が異なる部分がそれ。

旧野﨑家住宅
主屋の裏側には石垣があります。
高さ12m、長さ50mの波のような曲線が優美。


旧野﨑家住宅
ここから5m先に扇の形をした石が一つだけ填め込まれています。

旧野﨑家住宅
どのあたりにあるかは実際に見てみてください。

旧野﨑家住宅
石垣に沿って石畳の径が続いています。

旧野﨑家住宅
赤い土塀で囲まれた向座敷。

旧野﨑家住宅
先ほど中座敷から見た突き当りがこの床の間になります。

旧野﨑家住宅
小壁の色と襖の色がマッチしていて、より天井が高く見えます。
襖絵の柳も流麗です。


旧野﨑家住宅
船箪笥(手提げ金庫の様なもの)が展示してありました。
十字になっている上の部分には家紋が入っています。


旧野﨑家住宅
風を通す機能を備えた簾戸(すど)。
夏が過ぎると奥にあるような障子が填められるんでしょうね。


旧野﨑家住宅
土塀で囲まれた向屋敷。

旧野﨑家住宅
[内蔵]
向座敷に隣接しており、この奥に夜具蔵があります。


旧野﨑家住宅
右奥が内蔵、右手前が夜具蔵、左が大蔵。

旧野﨑家住宅
蔵の側面に張られた焼き杉板。
表面が炭化することで板の耐久性を高めています。

見学は「参」に続く。



旧野﨑家住宅
【野崎家塩業歴史館】

岡山県倉敷市児島味野1-11-19
(JR児島駅から徒歩約25分)
開館時間 9:00~16:30(17:00閉門)
休館日:月曜(祝祭日の場合は翌日)、12/25~1/1
http://www.nozakike.or.jp/


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旧野﨑家住宅
[旧野﨑家住宅]
国指定重要文化財

江戸時代後期の実業家だった野﨑武左衛門(のざき ぶざえもん)は、没落した上層農民だった家を再興し、日本屈指の塩田地主となった人物です。

天保4年(1833年)には大庄屋になり、天保9年(1838年)から嘉永年間に御成門,長屋門を備えた大豪邸を建て、弘化4年(1847年)には苗字帯刀を許されました。

旧野﨑家住宅

約3000坪の敷地内には天保4年(1833年)に建てられた主屋を中心に7棟の蔵(岡蔵,書類蔵,新蔵,大蔵,内蔵,味噌蔵,夜具蔵)、玄関棟,表書院(貴賓の応接室)、江戸末期に造られた枯山水の庭園が並んでいます。
建物延床面積は約1000坪にもなるそうです。

旧野﨑家住宅
[御成門]
一間薬医門、切妻造、本瓦葺、左右塀付


旧野﨑家住宅
[長屋門]
入母屋造、本瓦葺、桁行25.9m、梁間4.9m
この石垣が「鉢巻積み」だとDVDで説明されていた気がするのですが、
それがどのような積み方なのか調べ切れていません。


旧野﨑家住宅
複数のカードで入館料割引特典があります。
JAFはそのうちの一つ。


旧野﨑家住宅
ここで売られている塩を買えばよかったと激しく後悔。
特に壺入りの塩がツボでした。


旧野﨑家住宅
主屋側から長屋門を眺む。


旧野﨑家住宅
[内玄関]
左側の塀の向こう側が表玄関になっています。


旧野﨑家住宅
明治24年(1891年)の自家発電当時の電灯。

旧野﨑家住宅
内玄関から表玄関へ向かいます。

旧野﨑家住宅
[表玄関]
玄関棟は嘉永5年(1852年)の建築。


旧野﨑家住宅
内部には上がれませんのでズームで撮っております。

旧野﨑家住宅
表玄関襖の引手。


旧野﨑家住宅
表玄関正面には懸魚があります。

旧野﨑家住宅
屋根に使用さている瓦の数が半端ない。

旧野﨑家住宅
表玄関の向こう側には格の高い塀があり、
その向こう側が賓客を迎える空間となります。


旧野﨑家住宅
手前に苔むした「さざれ石」がありました。

旧野﨑家住宅
[表書院]
貴賓を応接する和室です。


旧野﨑家住宅
表書院の襖引手。

旧野﨑家住宅
表書院の照明器具は小ぶり。

旧野﨑家住宅
表書院前にある大きな石は「お駕籠石」と呼ばれるもの。

旧野﨑家住宅
「お駕籠石」の上に殿様の駕籠が置かれました。

旧野﨑家住宅
サツキツツジって、サツキかツツシかどっちやねん!
と思ってパシャリ。
江戸時代から咲き続けているそうです。


旧野﨑家住宅
表書院の奥の間。

旧野﨑家住宅
縁の下にも漆喰が塗られていました。

旧野﨑家住宅
水琴窟の音は離れていてもよく聞こえます。

旧野﨑家住宅
アールデコっぽいモダンな外灯。

旧野﨑家住宅
欄間がモダンな表書院は畳の敷き方が独特。
「祝儀敷き」という敷き方で、
畳の4つの角を綺麗に合わせるのは大変難しいそうです。


旧野﨑家住宅
釘隠し。

旧野﨑家住宅
床脇の天袋の絵柄が気になります。
何の絵だろう?


旧野﨑家住宅
主屋には控えの間が複数あるように見受けられました。

旧野﨑家住宅
水琴窟側から表書院の廊下を眺む。
畳敷きってところが高い格式を感じます。


旧野﨑家住宅
遠方から長屋門越しに主屋を見ると、
崖の上にも塀が続いているのが見えます。
あれが敷地の境界なんでしょうね。

見学は「」に続く。



旧野﨑家住宅
【野崎家塩業歴史館】

岡山県倉敷市児島味野1-11-19
(JR児島駅から徒歩約25分)
開館時間 9:00~16:30(17:00閉門)
休館日:月曜(祝祭日の場合は翌日)、12/25~1/1
http://www.nozakike.or.jp/


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栃木県大田原市『大雄寺』は国重要文化財に登録されている建物が9棟もある古刹です。【写真多用】

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今から615年前の応永11年(1404年)に余瀬村(現大田原市余瀬)旗城内に創建された『大雄寺(だいおうじ)』。
戦乱で焼失するも文安5年(1448年)に再建され、天正4年(1576年)に大関高増の居城が余瀬白旗城から黒羽城に移ったと共に現在地に移築されました。黒羽藩(くろばねはん)の大関(おおぜき)家累代の菩提寺です。

大関氏(おおぜきし)が歴史に浮かび上がってくるのは南北朝時代で、主家の元で周辺勢力との抗争を繰り返しながら着々と下野国に地盤を築いて行きました。
豊臣秀吉の小田原征伐で主家の那須氏を見限りいち早く参陣。その後、関ヶ原の戦いで東軍に付き活躍して下野国黒羽藩主となり、戊辰戦争では新政府軍方に付いて参戦。三斗小屋攻略や会津戦争などで戦功を挙げ、明治維新後には子爵となった一族です。

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現在の大雄寺の伽藍は文安5年(1448年)のもので、本堂,禅堂,庫裏,鐘楼,経蔵(附:棟札1枚),総門,北東廻廊、南東廻廊、南西廻廊が国の重要文化財に指定されています。また、御霊屋は昭和44年に栃木県の有形文化財に指定されました。
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文化財ではありませんが、大雄寺には江戸時代中期に古抑園鴬居という絵師が描いた「枕返しの幽霊」と呼ばれる掛軸があります。
一説によると病床の母を描いたもので、絵の完成直後に母が亡くなり、その後に絵を巡って様々な怪異が起きたため、供養のためにこの寺に納めたといういわれがあるそうてす。
ちなみに「枕返し(まくらがえし)」は日本の妖怪で、夜中に枕元にやってきて枕をひっくり返す、または頭と足の向きを変えるとされています。大雄寺の「枕返しの幽霊」も、これを掛けて眠ると翌朝には枕の位置が変わっているのだとか。
その絵を観たいような、見たくないような・・・。

ちなみに本堂の見学は申し込みが必要です。

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ここまでは那須塩原駅から市営バスでやって参りました。
とにかく暑い、陽射しがキツイ。
目的は大雄寺だけですが、その先にもいろいろあります。


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お寺へはここから入ります。
左側は駐車場、右側には少し上まで辿り着ける車道があります。


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良い感じに明るい参道の階段を上って行きます。

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まだ真新しそうな山門。

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木鼻の獅子の目に何かが填めこまれています。
これは何なのかな?(監視カメラなら現代的ですが)


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山門手前には石造の仁王様(阿形・吽形)がありました。


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参道の石段に苔が生えているので若干滑る。要注意。

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総門に辿り着きました。
こちらは国指定重要文化財の一つです。茅葺ですね。(大変だ~)


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この回廊も国指定重要文化財です。

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下は三和土になっています。
回廊には小休止するベンチが置いてありました。


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こちらの経蔵も国指定重要文化財です。

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(クリックで拡大)

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経蔵には彩色鮮やかな波模様が描かれていました。
火除けのまじないのようですね。経蔵ですし。


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沿革についてはこちらに書かれています。

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こちら水琴窟でして、
近寄らずともキン・キンと水が打つ高音の響きが聞こえてきます。
竹筒に耳を当てるのが不要なほどこの位置で聞こえました。


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圧巻の本堂。かなり凄いです。
もちろん国指定重要文化財です。


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本堂には上がることができませんが、窺い知る限りでは、襖絵が凄そう。
額縁に飾られている絵は遠目からでも一見の価値ありです。


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こうしてみると、本堂の床の高さがよく分かります。
湿気の多い土地なのかな? と考えてみましたが、
確かにここは水が潤沢に流れる那珂川の脇にありましたね。
ってここは高台ですけど。


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本堂表に飾られていた龍の絵。
これだけでも内部は一見の価値ありありだと推察できます。


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こちらは禅堂。
同じく国指定重要文化財です。


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この木鼻だけで重そうな鐘を支えられるんですね。
そこがスゴイ。


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本堂から禅堂を眺む。

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茅葺屋根は維持が大変。
と思って側面から見ると、背面は銅板で覆われていました。


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国指定重要文化財の鐘楼。
こちらは全方位茅葺です。


大王松
ふと足元を見ると、三葉の松が。

大王松
大王松が植わってあり、葉の長さからすると三葉はこの木のものっぽい。
日本では珍しい三葉の松ですが、輸入樹木であればごく普通。


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そういえば参道入口に聖母子像がありました。
ここに置かせてもらう理由にストーリー性を感じました。


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庫裏も国指定重要文化財です。

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偶然ご住職にお会いしましたので、御朱印を書いて頂きました。
中央の朱印がカッコイイ。


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実はここの御朱印帳が激しく可愛いのです。
物欲を押さえるのに苦労しましたが、
小さめの御朱印帳だったので止めておきました。
ただし、買わないと決めた瞬間から、記憶に残るだろうと思えました。
事実、未だに記憶残っています。
代わりにこちらの一筆箋を購入。


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こちらもなかなか良い感じです。

この『大雄寺』は、ドラマやCMなどで良く使われているそうです。

この日は誰も居らず、「閑さや岩にしみ入る蝉の声」ならぬ、

蜂の羽音が凄まじかったです。

ずーっと耳元で聞こえているかのような無数の羽音。

どうやら茅葺屋根に集まっているようなのです。

調べてみると、茅葺屋根のストロー状のヨシの部分に

卵を産んで幼虫を育てているんですって。

納得です。

あれだけの音がする境内に、一体何匹の蜂が飛んでいたのか・・・

ヒトを攻撃する蜂でなくて良かったです。

蝉の声はまだ先のようです。

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わざわざ行く価値のある文化財だと思いますが、

バリアフルなので、ガッツのある方にしかオススメできません。

真夏は避けた方が良いかも。

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帰りは向町バス停まで歩きました。
バス停が見当たらず地元の方にも訊いてみたのですが、
「地元だからバスは乗らないから」と知らない方ばかりでした。
向町バス停は反対車線側にはバス停がありません。


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だいたい同じ位置の反対側で待ち、バスが近付いたら手を上げればいいみたい。
参考まで。


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【大雄寺(だいおうじ)】

栃木県大田原市黒羽田町450
山号:黒羽山(くろばねさん)
宗派:曹洞宗
本尊:釈迦如来坐像
http://www.daiouji.or.jp/

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【那須塩原駅:大田原市営バス 雲巌寺線】
那須塩原駅東口から約41分で大雄寺入口に着きます
※バス時刻は2019年4月時です
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運賃は一律で200円(現金のみ)


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長野県松本市『旧開智学校校舎』が5月17日に国宝になったらしい。【弐】

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のつづき。

旧開智学校校舎は

廃仏毀釈で廃寺となった旧松本藩の菩提寺・全久院の跡地に竣工し、

昭和38年3月までの約90年間使われていました。

この度、国宝に指定された理由は、

「近代教育の黎明を象徴する最初期の擬洋風学校建築として深い文化史的意義を有している」

というもので、「当時の他の学校と比べてもかなり先進的」なのだそうです。

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漆喰塗りの外壁に青空が映えます。

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漆喰が剥落する可能性が否めないらしい。

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唐破風下の天使ですが・・・

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シールとして売店で売られています。記念撮影もできます。

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天使の顔が日本風なんですよね。ヘアスタイルも。

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露台の手すりには華やかな瑞雲彫刻が。
また階下の車寄せ玄関には龍の彫刻があります。


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玄関は中華風。
そして校舎内にも龍の彫刻があります。


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唐破風部分を横から見るとこんな感じ。

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フランス製の着色ガラス(ギヤマン)が使われた窓。
唐破風部分の露台にある窓を内側から見たところだと思われます。


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内側は講堂になるんですね、あの露台は。
ってことは、露台に出るには窓を跨いで出る訳か。


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講堂の照明も凝っていて、折り上げ構造になっています。
ここにも瑞雲と龍の彫刻。


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照明器具も凝っています。

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他の部屋の照明器具も良い感じ。

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ってか、この引き戸の向こう側は何なんだろう?

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八角形の塔屋にも色ガラスが使われています。

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裏側から見た塔屋。

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風見には東西南北の文字が。

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大棟も凝っていて、漆喰で鏝絵があしらわれています。

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[建物側面(北西側)]

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側面にも出入口があります。
正面とは違い、シンプル。


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側面の瓦。

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[建物裏側(北側)]

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裏側の出入り口にも兎の毛通しがあり、
扉には彫刻が飾られていました。

松本市内には松本城があり、そちらは観光客に大人気ですが、

この旧開智学校も、国宝になると知られたGWには

観光客が二倍になったそうです。

この日は土曜日にしては、えらく空いていましたけれど。

夏休みはお子さん連れで賑わうんだろうなぁ。

ここを見学したら、久々に旧閑谷学校を観たくなりました。

10月に計画しようかしら。

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400円から200円にディスカウントされていたクリアファイル。
「国宝」に変わるので在庫一掃ってことなんでしょうね。



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【旧開智学校(きゅうかいちがっこう)】

長野県松本市開智2-4-12
(タウンスニーカー北コース「旧開智学校」下車徒歩1分 運賃は200円)
開館時間 9:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日:3月~11月の第3月曜、12月~2月の月曜、12月29日~1月3日


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長野県松本市『旧開智学校校舎』が5月17日に国宝になったらしい。【壱】

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重要文化財だった『旧開智学校校舎』が5月17日に国宝になったそうです。

なったばかりなので周辺の表記は「重要文化財」のままだったりしますが、

たぶん一年以内にはすべての表記が「国宝」になるんでしょうね。

さて、旧開智学校は1876年(明治9年)に長野県松本市中央に建てられ、

その後、松本市開智に移築された明治時代初期の擬洋風建築校舎です。

近代学校建築では初の国宝指定となりました。

地元出身の大工棟梁、立石清重(たていしせいじゅう)が設計施工を担当。

立石清重は他に、松本裁判所、大町裁判所、長野師範学校松本支校、

旧制東筑摩中学校、長野県議会議事堂を手掛けています。

立石清重による上京の記録「東京出府記」とスケッチ集「営繕記」が残されており、

旧開智学校がどの建物を参考にしたかが判明している点でも重要です。

擬洋風建築の創意工夫の面白さが見られる貴重な建物だと感じました。

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建物への入り口はコチラ。
入って直ぐが売店となっています。
靴は脱いで下駄箱へ。


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校庭に構内の案内図がありました。
建物内部はシンプルな造りってことが分かりますね。


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和と洋の分かり易い説明が置いてありました。
トップ写真と比較してご確認ください。


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一階廊下中央部分に吊られた照明器具。
真下から見るとこんな感じ。


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斜めから見るとこんな感じです。

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一部屋だけ教室の展示がありました。
ちなみにワタクシの小学生時代もこんな机と椅子でした。
椅子に収納があるタイプで、
椅子を引くときに座面の蓋が開いて指を挟みましたわ。


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教室の床の釘は和釘ですね。カッコイイ。
和釘の展示と説明もありました。
校舎全体分の和釘を作るのは想像するだけで大変そうです。


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マイナス螺子のついたドアノブ。
古いタイプですが、これは当時のままなのかも


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一階から二階に続く螺旋階段がありました。(使用不可)

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二階から見下ろすとこんな感じ。

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階段には観音開きの扉が付いています。
ドアを開けたら階段って、知らなかったらちょっと怖いし、落ちそう。


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二階の廊下の講堂手前にある扉もかなり凝っています。

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竜の彫刻と

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波の彫刻。

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講堂から続く廊下の先にも同様の扉が付いていました。

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形は異なっていますね。(修繕済みっぽい)

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講堂の向かいには塔に続く階段を封じる扉がありました。

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かなり凝った扉ですね。

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細かく絵が描かれています。

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扉と言えば、階段のこんなところにもありました。

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パット見では、使用目的が分からない扉。

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疑問の答えはここにあります。

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明治天皇御座所にあった肖像。
明治13年(1880年)6月25日に明治天皇が巡幸され、
その際使用された休憩室に展示してありました。
明治天皇は写真が嫌いだったと聞いたことがありますが、
こういうお姿のものは初めて見ました。


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同室の床は美篶細工(みすずざいく)の敷物が全面に敷かれていました。
必見です。


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この碑も、「重要文化財」から「国宝」に文言が変えられるんでしょうね。

につづく。


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【旧開智学校(きゅうかいちがっこう)】

長野県松本市開智2-4-12
(タウンスニーカー北コース「旧開智学校」下車徒歩1分 運賃は200円)
開館時間 9:00~17:00(入館は16:30まで)
入館料:300円
休館日:3月~11月の第3月曜、12月~2月の月曜、12月29日~1月3日


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【GW】栃木県日光市『日光東照宮』で改元記念に御朱印を頂く。

日光東照宮

仕事関係の呑み友達と日光東照宮に御朱印を頂きに行ってきました。

連休前の呑みの席で「連休は何処に行くの?」と聞かれたので、

改元の日に御朱印を頂きに行くつもりであることを伝えたら、

貰う場所はどこかと問われ、「ウチの近所か、日光かなぁ」と答えたら、

日光には子供の頃にしか行ったことが無いので同行したいとのことでした。

で、朝から特急でバビュッと日光へ。

割と早い時間に着いたのですが、日光駅前は既に大渋滞で、

バスは利用は最低50分掛かると教えられたため、徒歩で向かいました。

たぶん2kmぐらいかな。

途中、観光案内所で誰も居ないお手洗いを借りたりもして。

(駅のトイレは大行列なので観光案内所がこの日は穴場でした)

再び歩いて日光山の麓に辿り着きましたが、

確かに徒歩の方が到着は断然早かったです。

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階段ルートは混むので、空いている坂道ルートを選択。

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階段と坂道だと、断然後者の方がラクだと思います。
めっちゃ空いているし。


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途中で滝を見つつ小休止。

日光東照宮
参道に到着しました。
輪王寺の御朱印を頂くところは空いていましたが、
一分一秒遅れれば遅れるほど混むであろう東照宮に向かいます。


日光東照宮
どこも大行列ができています。
チケット売り場も言わずもがな。
門をくぐるのも時間が掛かりました。


日光東照宮
建造物を愛でる時間もない。

20190501
いの一番に御朱印帳を預けて・・・と簡単に考えていたら、
受け付けだけでも3時間半待ち。
受け取りにはもっと時間が掛かるそうな。


日光東照宮
待っている間にさんざん悩み、同行者も居るため
御朱印帳に直接書いて頂くのは諦めました。
書くのはお二人だけなので、こりゃ混むはずだわと思った次第です。


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待っている間に鳥の囀りを聞いたりもして。

日光東照宮
大きめの玉砂利がワタクシの体幹を鍛えてくれます。

日光東照宮
御朱印を頂いてから同行者の希望により見学もすることになりました。
毎度写真で撮るとボケるというジンクスがある眠り猫。


日光東照宮
やっぱりボケてました。

日光東照宮
眠り猫の裏側の雀も撮っておく。
混んでいるので一瞬しか撮る暇がありません。


日光東照宮
普段は空いている奥社参道も・・・

_IMG_2022
初詣かってほどの大混雑・大行列。前になかなか進みません。

日光東照宮
奥社に辿り着きました。

日光東照宮
ここでも御朱印がいただけます。
書き置きなので空いていました。


日光東照宮
とりあえず自然にできている順路と行列に従って回ります。

日光東照宮
ワタクシは数回目なので、ただただ周囲を回ります。

日光東照宮
でも叶杉には手を合わせておく。

日光東照宮
奥社の階段から見た建物群。

日光東照宮
拝殿にも並んで入りました。(同行者の希望により)

日光東照宮
空いているところは何処にもない東照宮境内。
外国人観光客もタイミングが良かったのか悪かったのか。


日光東照宮
同行者が龍の絵を見たいとのことで、ここでも並びます。

日光東照宮
最後は並ばずに見られる、三猿を激写。

日光東照宮
日光東照宮
日光東照宮
塗装についてのコメントは差し控えたいと思います。

日光東照宮
でも見慣れると「こんなものかな」という気もする不思議。

日光東照宮
往路とは違うルートで神橋に戻ります。

日光東照宮
保護云々以前に、ここを下るのはリスキー。

20190501
今回頂いた書き置きにはシールが付いていました。
っていつも付いていたのかな?

並んで待つという修行を日光山にしに行ったような一日でした。

ワタクシ一人だったら色々すっ飛ばしたと思います。

当初、二荒山神社にも行こうと思っていたのですが、

タイムアップでした。

日本全国の寺社仏閣が御朱印目当ての人々で混んだらしいので、

他の観光地は逆に空いていてねらい目だったのでは? と思えました。

実際はどうだったか知りませんけれど。

ちなみにこの後、ランチを狙っていたお店は臨時休業でした。

みはし
無念なり。以前の記事はコチラ


【2016年】
栃木県日光市『日光東照宮』に行ってきた。【その壱】
栃木県日光市『日光東照宮』に行ってきた。【その弐】
栃木県日光市『日光東照宮』に行ってきた。【その參】

日光東照宮
【日光東照宮(にっこうとうしょうぐう)】

栃木県日光市山内2301
営業時間[4月~10月] 8:00~17:00,[11月~3月] 8:00~16:00
(各期間とも受付は閉門30分前に終了)
拝観料:[大人・高校生]1300円 [小・中学生]450円
※チケット購入にはSuicaが使えます(自動券売機にて)


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栃木県 野木町『旧下野煉化製造会社煉瓦窯』という異国感ある国の重要文化財。【写真多用】

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旧下野煉化製造会社煉瓦窯
きゅうしもつけれんがせいぞうがいしゃれんががま
(通称:野木町煉瓦窯)

旧下野煉化製造会社煉瓦窯は、明治23年(1890年)から昭和46年(1971年)までの間、赤煉瓦の製造に用いられたホフマン式の煉瓦窯です。現存しているのは東窯一基のみですが、以前は、東窯より一年早く完成した西窯もありました。(西窯は1923年の関東大震災で倒壊)

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渡良瀬遊水地で原料となる良質な粘土が産出したことと、思川と渡良瀬川の水運により、製品運搬が容易だったことが、この地で煉瓦製造が行われた理由です。

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この構造物に使われている赤煉瓦は、
当初1基だけあった登り窯で焼いたものなのかも。


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[燃焼室入口]

ホフマン式輪窯(東窯)は、環状に16の窯を並べた連続焼成窯です。
1つの窯で1回約14,000個、全ての窯を連続して使用した場合には約22万個焼成することが可能でした。

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焼成中の窯からの熱風を前工程の窯に送り、素地煉瓦の乾燥に利用すると同時に、後工程の窯では、煉瓦を冷却するために取り入れた外気が暖まるので、これを焼成中の窯に送る空気として利用する。時間がたつと、火を入れる窯を時計回りにシフトさせ、半永久的に運転することができます。熱利用効率が高く、大量生産に適した設計となっています。

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燃料は常磐炭鉱の粉炭で、焼成温度は約1000℃にもなりました。
※壁面に膨らみか出ていますね


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焼成に失敗したもの。

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[燃焼室内部]
23年(2011年)7月から平成28年(2016年)5月まで
野木町が主体となって修復工事が行われました。
この耐震ダンパーはその時に設置されたんじゃないかな。


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[仕切壁]
連続焼成中には造られない壁で、火を止める際に煉瓦で壁が築かれます。


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[型枠]
アーチ状になっている天井部分の修復時に使うようです。


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[排煙口]
中央の煙突に通じる煙道。


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整備されていない状態はこちら。

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改修がされたと言っても、一部は手を付けずに残されています。

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この刻印は、下野煉化製であることを示すものです。

約130年経過した現在もほぼ原型のままで存在しており、建造物として価値が高いとして、昭和54年(1979年)に国の重要文化財に指定され、さらに平成19年(2007年)に近代化産業遺産群の一つに選定されました。

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外壁は内部まで全て煉瓦というわけではないようで、
土を固めたものの周囲に煉瓦を設置しているらしいです。
風雨による水の挙動により劣化してしまうのだとか。


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燃焼室入り口のアーチ部分の煉瓦の組み方が独特です。
劣化による膨らみも出てきていると思われます。


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アーチは、キーストーン(楔石、要石)の無い構造・・・
って、抜け落ちそうな中央っぽい煉瓦がそれなのかな。


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二階に上がる階段は一つだけ解放してあります。

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階段から外壁を見下ろしてみる。

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二階は燃料を投下する場所です。

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煙突の屋内部分。
修復されているのか綺麗です。


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煙突内部が見えます。
これは煙突内を修理したりする時に入り口とする部分で、
それ以外の時は煉瓦で蓋をしていたようです。

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窯の煙道から煙突への排気を行うダンパー(煙道開閉装置)。

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左の柱の下に、修復工事で接ぎ直された跡があります。

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平成の改修年か記されています。

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[投炭抗]
一面に投炭孔が配置されています。
鉄の栓を抜くと孔があり、そこから燃料を落とします。


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投炭抗の栓。

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投炭抗は1メートル強ほど床から高い場所に作られています。
燃料投下時に火から遠ざかる為かしら?


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の運搬用のトロッコのレールがぐるりと敷設されています。

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[塩類風化現象]
煉瓦表面の白い部分がそれ。
一階北、一階南、二階の順に煉瓦の保存状態は悪くなるそうです。


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途中で外壁のデザインが変わっていました。なぜだろう?

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煉瓦は一階がイギリス積み、二階がフランス積みになっています。

この地で焼かれた煉瓦が使われている主な建築物には、東京駅西堀酒造結城酒造日光金谷ホテル、足尾銅山(栃木県日光市)があります。

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煙突の高さは約34.67メートル、輪窯の周囲は約100メートル。
屋根は鉄板葺きだったそうです。


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煙突の補強も改修により近代的になっており、
以前のものとは見た目が変わっています。


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煙突の先も補修されているっぽい。

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煙突と屋根が接地する階段状の部分は、ただのデザインなんだろうか?

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以前の煙突を補強していた鉄骨は、ここからワイヤーで支えられていました。
(クリックで拡大)


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(クリックで拡大)

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関東大震災で落下したとされる煙突の断片も保存されていました。

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(クリックで拡大)

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[東輝煉化製造所の煉瓦刻印]

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昭和26年(1951年)には、全国で50基のホフマン式輪窯が存在したとされているが、現存するのは4基のみ。そのうち最も保存状態が良いといわれているのか、この東窯です。

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歴コレカードなるものも配布していました。

5人だった頃の東方神起の2009年度カレンダー写真が、ここで撮影されたそうです。ファンにとっての聖地なのかも?

ドイツ人技師ホフマンが考案したホフマン窯。
岡山県笠岡市にあった「旧西山煉瓦製造所」は2014年4月に解体されてしまいましたが、それ以外に「旧日本煉瓦製造(玉県深谷市:重要文化財)」、「旧中川煉瓦製造所(滋賀県近江八幡市:登録有形文化財)」、「旧神崎煉瓦(京都府舞鶴市:登録有形文化財)」の三か所で現存しているようです。
完全な形で国内に残っているのは『旧下野煉化製造会社煉瓦窯』だけだそうです。
でも、他の窯も見てみたい気がするんだよなぁ。煉瓦自体の劣化で壊される前に。

いつかその機会があるといいなぁと思うところです。


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【旧下野煉化製造会社煉瓦窯】

(きゅうしもつけれんがせいぞうがいしゃれんががま)
栃木県下都賀郡野木町大字野木字大手箱3324番地1他
(JR宇都宮線 古河駅より徒歩45分)
休館日:月曜(国民の祝日の場合は開館,翌平日閉館)、12/29~1/3
見学時間 9:00〜17:00
見学料:一般:100円


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新潟県魚沼市の目黒邸でお米を貰ったので玉川酒造の仕込水で炊いてみた。

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国の重要文化財「目黒邸」。

魚沼市の越後須原駅すぐの場所に「重要文化財 目黒邸」はあります。

本日はここが目的でございまして、電車の都合で開館時間間近に入館。

入館者先着順で配布する予定だったようで、入館料を支払ってお米を頂きました。

場所柄、魚沼産コシヒカリだと思われます。

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入館料300円を支払ってお米を頂いちゃうなんてラッキー過ぎる。

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ビニール袋に入っているので、地元でとれたものなんじゃないかな。

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館内で魚沼産コシヒカリについての世間話を聞いたので、
帰宅後直ぐに炊くことにしました。(精米してすぐが一番美味しいらしい)
袋には約三合分も入っていました。


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玉川酒造の仕込水を持ち帰ったので、これを使います。

魚沼産
めっちゃいい香りぃ~。

魚沼産のお米は、冷めた時に本領発揮するそうです。

ゆえに、おにぎりが良いと地元の方が仰っていました。

三合一気に炊いたので、おにぎりも作りつつ、すぐに食べてみた。

魚沼産
甘い。ウマい。仕込水もウマさの要因なのかな?

粘りがあり、めっちゃ美味しかったです。

最高位「特A」を28年連続維持してたのに、

「2017年産米の食味ランキング」で特AからAに格下げになり、

「2018年産米の食味ランキング」で特Aに復帰したそうです。

(つい先月の話みたい)

復帰のためにお米を作っている方々はめっちゃ頑張ったと仰ってました。

利き米ができないワタクシでも美味しいと思えるし、

最高位に復帰したという誇らしさすら感じる味でした。←苦労話を聞いたことも加味

この美味しさを誰かと共感したいと思ったものの、今は一人ですからなぁ~。

(ちょっと前まで母が居たのに~)

仕込水的にも今日が炊き時だったので、致し方なし。

今日はお米の夢を見たい。

そう思うほど美味しかったです。



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新潟県魚沼市『重要文化財 目黒邸』の茅葺屋根。

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 「茅」は屋根を葺く草の総称です。「茅」という名称の植物はなく、茅とはススキ、チガヤ、スゲなどイネ科、カヤツリグサ科の大型草本を指します。なかでもススキなどのイネ科の多年草が材料として使われることが多いようです。河川敷や湖沼近くの湿地帯では葦(ヨシ)の利用が多くなります。
 茅葺屋根の寿命はススキや葦(ヨシ)で葺いた場合は20年~30年ほどです。寿命を左右するのは材料で、麦藁で葺いた屋根はススキや葦で葺いた屋根の1/3の寿命、稲藁はさらにその1/3と寿命が短くなるそうです。また同じ材料で葺いても、屋根の形や勾配、葺き厚、葺き方で耐久性は左右され、気候や地形などの立地条件でも異なります。

 屋根全体の葺き替えにかかる費用は約2,000万円。屋根表面だけの修繕の場合は約500万円と言われています。大がかりな葺き替えを20年ごとに行うか、傷んだ個所をその都度こまめに葺き替えるか、どちらがより屋根を延命させるかは謎のようです。
 職人は全国的に高齢化していますが、新潟では若手職人の育成が行われており、雪の時期は県外での仕事を請け負うこともあるそうです。

 茅葺屋根の利点は、断熱性があり、吸音性があり、通気性もあること。
 イギリスのイングランド地域では古くから茅葺屋根の民家があり、住み続けられています。同地域では茅葺屋根の民家は非常にステータスのあるものとして認識されているそうです。

 日本の茅葺屋根は、釘などは一切使わずに組まれています。
 地域ごとに特色があり、東北地方では造形に手間をかけ、関東や関西は材料の太さを揃えた丁寧で繊細な造り、中部地方は手間をかけず頑丈に、四国は台風の多いため分厚くしているそうです。降雪地でも差があり、雪の重みに耐える工夫がそれぞれの地域で異なるのだとか。
 この差異を知ることを今後の課題にしてもいいなと思いました。

 蛇足ですが、デンマークと中国には海藻葺の屋根もあるそうで、その寿命は100年にもなるのだとか。(←論文が見つからないため寿命についての真偽のほどは不明)

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懸魚(げぎょ)があるのですが、屋根の厚みで暗くて撮れない。

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厚みは80~90cmほどあるようです。

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雪解けは5月とのことですので、
その頃になると全方向から屋根を見ることができそうですね。

 ちなみに、目黒邸の屋根を葺き替えたのは魚沼市にある会社のようです(施工実績参照)。同社が後進を育てているのですねぇ。素晴らしい。

目黒邸
かつては籾蔵(もみぐら)、米蔵、味噌蔵、酒蔵、醤油蔵などがあったそうです。

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結構積もっていると思ったのですが、
今年は暖かくて積雪量は例年の半分程度なのだとか。
(この辺りも目黒邸の一部です。雪に埋まっててよくわかりませんが)


魚沼市2019
荒いかき氷のような雪でした。



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【重要文化財 目黒邸】

新潟県魚沼市須原890
開館時間 9:00~16:00
休館日:年末年始
目黒邸資料館入館料:200円
(JR只見線 越後須原駅から徒歩5分)
※JR只見線の駅にはコインロッカーがありません
https://www.city.uonuma.niigata.jp/megurotei/


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新潟県魚沼市『重要文化財 目黒邸』の新座敷(橡亭)。

目黒邸

 目黒邸には、明治34年(1901年)に建てられた「橡亭(ちょてい)」という離れがあります。こちらの建物も国の重要文化財です。どのような意向で建てられたのか、資料が探せず不明のまま。二階を公開する時期があれば、それに合わせて再訪し、質問してみたいもんです。
 囲いがあるため座敷には入れませんが、端正な造りの床の間が魅力的。銘木を多用していしるところからして、普請道楽だなぁという感想を抱けます。目が悪いので全てはレンズ越しで後から確認するしかないのですが、レンズ無くしてもこの離れへの気合の入れ方が感じられました。
 ってか、維持するのは大変そうだ。

目黒邸

目黒邸

目黒邸
この橡亭の床の間の向こう側に4畳の和室があるようですが、
見学はできません。


目黒邸
えらく贅沢な黒柿の床框。えらく贅沢です。どえらく。

目黒邸
十畳の橡亭の脇に、4.5畳の和室があります。

目黒邸
この部屋は、戸袋の引手も凝っていました。

目黒邸
4.5畳の和室の襖。

目黒邸
その引手。

目黒邸
土間には手水鉢がありましたが、ここでお茶を点てられるってことか。

目黒邸
橡亭から見える庭。雪囲いがあるのでチラリとしか見えません。

目黒邸
橡亭の二階に上がる階段。
非公開でした。

目黒邸
この先に何があるのか気になります。



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【重要文化財 目黒邸】

新潟県魚沼市須原890
開館時間 9:00~16:00
休館日:年末年始
目黒邸資料館入館料:200円
(JR只見線 越後須原駅から徒歩5分)
※JR只見線の駅にはコインロッカーがありません
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