2016年04月07日

『バラカ』を読み終えて

3b280da5.jpg朝日新聞3月27日の書評(筆者は明治学院大学教授の原武史氏)が印象に残りましたので、さっそく桐野夏生さんの新刊『バラカ』(集英社、2016)を読みました。さまざまな媒体で著者からのメッセージを目にする機会も多く、気になる作品でした。原武史氏の書評はエピローグにまで触れているので、結末を楽しみにしている方は、その箇所には目をつぶる方がよいかもしれませんが、「すぐれた小説家は同時にすぐれた思想家でもある。」と松本清張を引き合いに、平成を照らし出す小説家として著者の桐野夏生さんを評価しておられることに私は興味を持ちました。書評の一部を引用します。

「古来、洋の東西を問わず、思想家はあるべき政治や社会の理想像を語ってきた。だが桐野夏生は、ユートピアではなく、ディストピア(暗黒郷)を徹底して描こうとする。一見正反対なその手法は、現実を逆照射する点で、思想家に通じるものがあると思う。かつては松本清張の推理小説が現実との鋭い緊張関係を保っていた。清張が昭和という時代を照らし出す小説家だったとすれば、桐野夏生もまた平成という時代を照らし出す小説家といえる。」

この指摘がきになり、小説の構成や文体までも、松本清張作品のように感じられてきました。作品の評価としては、この書評で十分満たされているのですが、一読者として私なりに心に響いた箇所を拾い出しておきます。

SF小説といえるかもしれません。設定は、地震と津波によって原発が爆発し、東半分が壊滅した後の2019年の日本です。いわばパラレルワールドですが、首都機能が大阪に移っていて、東京からは人々が逃げだしているのです。サスペンス小説ともいえるハラハラドキドキ感も満載ですが、何よりも震災後の日本にとって、決してあってはならない日本の姿がおぞましい。それは虚構ではなく、私たちがいま体験している現実の社会を照射していると感じられるからこそ怖いのです。

タイトルになっている「バラカ」とは、震災後に警戒区域で発見された一人の少女の名前です。ただし「バラカ」は本名ではありません。「神の恩寵」を意味していると説明されますが、人身売買される子供に共通につけられた名前という設定ですが、何とも皮肉なネーミングです。この少女は日系ブラジル人夫婦の子として生まれたのですが、さまざまな事情で夫婦が離れ離れになったことが原因で、中東のドバイで人身売買にかけられてしまうのです。そして日本人によって買われた「バラカ」がたどる運命は・・・・・

この日系ブラジル人夫婦は、ブラジル人が多く働く群馬県のO市で結ばれた仲でしたが、結婚後になって夫であるパウロ(佐藤隆司)の行いに愛想がつきた妻のロザは、プロテスタント系の宗教団体「聖霊の声」に傾倒していきます。この教会の牧師(ヨシザキ)との夫の確執が、物語の次の展開につながります。多彩な人物の描写を通じて現代を浮き上がらせているのでしょう。この教会ですが、拠点とする建物を新たに作ることなく、元映画館やボーリン議場、廃工場などの古い建物を利用して活動しています。またテレビチャンネルやインターネットを利用して信者を獲得しているようです。牧師が、宣教のよりどころにしているキーワードは「失敗のサイクル」、一人一人が人生に失敗するきっかけを持っていて繰り返すということを意味しているようです。パウロにとっては、飲酒や暴力がその原因ではないかと牧師は示唆します。夫婦はともに日本人を祖先に持ち、日本人の顔と体を持っているけれど、日本に居場所を見いだせない生きにくさをかかえていることは共通しているのですが、ストレス発散の方向、心持ちがすれ違ってきていたのです。しかし、夫のパウロは牧師から妻を引き離すことを目的に、そして何より自らの「失敗のサイクル」を絶つために、労働者を募集しているというドバイ行きを決断します。しかし、その行動が裏目に出ます。

ドバイは人口の8割が他国から来た労働者から成っていて、生粋のドバイ人はほんのひとにぎりだが、結婚と同時に一軒の家を与えられ裕福な生活を保障されるというのですが、外国人労働者には厳しい世界で、パウロはすぐに失業します。ドイツに更なる出稼ぎに向かいますが、妻子がドバイで行方不明になったことを知るのです。妻子を探すため、パウロは、やむなく「聖霊の声」教会の牧師を頼るという始末です。この牧師は物語の展開において思わぬ形で再登場します。

大震災を経験したのちに、牧師は詩編を引用した説教の準備を行います。
「放射能に毒されつつある父祖の大地に、肉を捧げ、血で雪ぎ、骨を埋めます。・・・なぜそんなことができるのか。簡単です。神が私とともにおられるからです。」
「たとい死の陰の谷を歩くことがあっても、私は災いをおそれません。あなたが私とともにおられますから。あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。」(詩編23)

物語の重要な登場人物ですが、川島という存在は不気味です。おぞましい風貌と行動から、「悪魔」といってよい存在として描かれています。この人物が、牧師の思いをその肉体をも傷つけて断ち切るのです。聖なるものへの対峙が、生々しく描かれていると感じました。

さて、主人公の「バラカ」はどうなったのでしょうか。被曝がもとで甲状腺がんの手術を受けることにもなります。そして反原発派の人々との出会いを糧にしつつも、いつしか原発をめぐる生々しい政治の渦中に巻き込まれていきます。ドラマは三部構成になっていて、第2部では震災が描かれますが、全体としては近未来小説となっていて第3部では震災から8年後、つまり2019年が描かれます。小説の世界では東京も放射能汚染のために半ば壊滅状態といってよく、オリンピックも舞台は大阪に移っています。その廃墟といえる東京で物語は大いに展開します。原発推進派と反対派の狭間で「バラカ」は人権を蹂躙される扱いを受けていきます。虚構の世界ですが、ちょっと歯車が狂い出せば、そうなるかもしれないリアル感も漂わせてくれます。考えてみれば、ナチスが闊歩していた時代が、現実世界にも存在していたと考えるだけでも、ぞっとさせられます。

著者の桐野さんがインタビューに答えている記事をいくつか拝見しました。

「今の政治の流れは恐ろしい。秘密保護法ができてしまい、都合の悪いことは隠してしまおうという世の中です。」(『赤旗』日曜版2016年4月3日号)

「震災後、特に顕著な傾向に、レイシズム(人種差別)やミソジニー(女性嫌悪)があって、男性性を誇示するためだけに女を支配する川島はその象徴ですね。」(週刊ポスト2016年4月8日号)

許せない現状に立ち向かう毒のある小説といえます。登場人物の川島とはユートピアならぬ、デストピア(理想が崩れた暗黒世界)の象徴的な存在として描かれているのです。
これは余談になりますが、ドバイについて次の記述が気になりました。「パウロはドバイに来て初めて、この世は金さえあれば不可能はないと知った。」

どういうことでしょうか。

「最大の贅沢は、巨額の金を使って海水を淡水に変え、毎日何回も水遣りをして、不毛の砂漠を美しい緑の土地に変えたことではないだろうか。」

金の威力が絶大ならば、原発の安全対策も無尽蔵に金を消費することによって可能だといえるかもしれません。あえて言えば、少しでもケチるくらいなら地震大国の日本に危険な原発を設置すべきではないともいえます。

大変なインパクトを与えてくれる物語が、生まれたことに感謝します。

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2016年03月04日

『ヤマネコ・ドーム』から見えてくるもの

c01df1d9.jpg著者の訃報を知り、『ヤマネコ・ドーム』(津島佑子著、講談社 2013)を読み直しました。東日本大震災の生々しい記憶と、戦後70年が重なって、ちょうど私たちの生きてきた時代を照らす位相を提示してくれた作品だとあらためて感じた次第です。すでにこの世から放たれた人たちも、なお生き続けている人たちも思念の底によどんでいる何かに突き動かされつつもがいています。戦後70年に問われたことは何かと、考えざるを得なくなりました。

混血孤児たちが主人公ですが、両親を知らない少女が事故か事件か不明なまま命を落としたのは、ずっと前のことになってしまっています。その出来事は、ゆかりのあった孤児たちと、近隣に住む少年、そして孤児たちと親しい付き合いのあった日本人少女に、心に深い傷を残していきます。

物語の冒頭、コガネムシが群がり葉を食い荒らしている映像が迫ってきます。主人公の混血孤児のひとりのミッチには、そのコガネムシの群れの中から今は亡きもうひとりの混血孤児カズの姿が写しだされてくるのです。津浪被害と原発事故という日本に発生した緊急事態!それはかつて、ミッチが赴いたブルターニュの「魔法使い」がもたらした予言の実現でもあったのでした。

「放射能を浴び、それが刺激となって異常発生した虫たちは、自分たちの食欲で時間を食いつぶしていく。」

おぞましい光景です。そしてヨン子には、いつしか水面に浮かぶ女の子の姿が見えてくるのです。「オレンジ色のスカートが水の動きになびき、髪の毛がふわふわ波立つ。」この記憶が、彼らを常に追いつめています。

ミッチは思います。
「日本は世界でいちばん、いやな国だ、と今まで呪いつづけてきた。・・・けれど、ミッチは日本で起きた津浪と原発事故を知って気がついた、日本が大きらいだってことは、日本にそれだけ関心があったことになるんだ、と。」

物語のアウトラインを、書籍紹介のページなどを参照しながら、以下に記します。

アメリカ兵と日本人女性との間に生まれたミッチとカズは、「ママ」に引き取られて暮らすことになりますが、同じような境遇で施設に暮らす子どもたちや、ママのいとこの子であるヨン子がいました。ある日、オレンジ色のスカートをはいたミキちゃんが池で溺死する事件が起こります。ター坊という母子家庭で育つ少年がミキちゃんを池に突き落としたのではと疑いがもたれています。その後、彼らが大人になってから、オレンジ色の衣服を身につけた若い女性が殺害される事件が起こり、かつての出来事が想起されてきます。ミッチはブルターニュに赴きそこで「魔法使い」から日本が滅亡するという予言や、「得体の知れない魔物が居すわる」という言葉を聴きます。また周囲の森にヤマネコがいる古城を訪れるのですが、そこは生者と死者がともにいる気配を漂わせる場所でもありました。

ミキちゃんというフランス人形のようなかわいい女の子の水死が、発端です。主人公のふたりの男の子は「ママ」に双子のように育てられていました。「髪の毛が縮れた黒い男の子」カズと、「肌の白い、鼻のとがった男の子」であり、そして彼らと身近な存在であったヨン子です。彼らは、かくれんぼうの最中にミキちゃんの水死の現場に立ち会ってしまったのです。その場には、母子家庭の少年ター坊もいたのでした。切ないのは、ミキちゃんも孤児ですから悲しんでくれる肉親がいないということですね。 

「津波の孤児」日本で起こった出来事にミッチは強く反応せざるを得なかったのです。この小説の世界は、時代が交錯していることもあって、かなり読み辛いのですが、再読してストーリーの交通整理が出来ました。混血孤児たちは、周囲からは疑われるべき存在だったので彼らの保護者たちは、ひとまず彼らを日本から脱出させたのです。しかし、大人になる前に、あるいはすっかり大人になってからでも、日本に戻ってくるのです。逃げるところはなかったということでしょうか。

この物語は、わが国の現在の為政者には、到底理解できない創造世界でしょう。津島さんが残してくれたこの虚構の世界を見つめ直すことは、とても大切な作業だと確信しました。悲惨な体験とその記憶から逃れるために、海外に向かったはずの孤児たちが吸い寄せられるように日本に戻ってきたことは、私たちの未来に光を照らしてくれているのだと思います。

生きていくのにははなはだ重い「罪の意識」の共有をかかえた彼らが、もう一度気持ちを奮い起します。余震に身震いする日々を過ごしながら、生き残ったミッチとヨン子ですが、ター坊の母親を汚染された東京から救い出すという行動に突き進みます。どんなに嫌な国であっても最後は見届けないわけにはいかないというメッセージが託されているような終章でもあると思いました。

予言をした「魔法使い」もまた罪の意識を抱いています。そしてミッチよ、悲惨な現実の中で生き抜いてくれと言い残しています。

巻末に、アメリカの核実験はビキニ環礁だけでなくエニウェトク環礁でも行われ、その結果除染作業で生じた汚染物質を集めて現地に作った巨大ドーム「ルニット・ドーム」がルニット島に作られたことが記されています。表紙写真がそのドームです。

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2016年02月26日

『あなたにとって神とは?』に学ぶ

084e2689.jpg真生会館学習センターで、現在も続けられている講座のひとつである「森司教とともに読む読書会」に参加しています。(現在、真生会館は建替工事中のため隣接のマリアの御心会に会場を移して続けられています。)
2回にわたって『あなたにとって神とは?』(森一弘著、女子パウロ会)を課題図書にした分かち合いが行われました。森司教が話されたことも踏まえて、感想を認めます。

ご著書の第一章「神頼みの神からの脱却」で、森司教は、東日本大震災を目の当たりにした藤原新也氏の嘆きについて言及しています。その嘆きは、「全土消滅 昭和消滅 神様消滅 独立独歩」というタイトルに現われていて、「神は人を殺した」とまで述べているだけに信仰者として真剣に向き合う必要を感じられてのだと思います。ずばり、藤原氏の神理解は間違いだと指摘しています。藤原氏の神理解には、神とは人間思考の産物であり、言い換えれば実在ではなく「願望の所産」であるとしているのです。人びとは「神頼み」しますし、日常生活に神は浸透しているという前提があり、しかしながら人々の願いに「神」は答えてくれないばかりでなく、東日本大震災のようなむごい仕打ちもされると理解されているのです。この神理解の背景には、「神は全知全能であり、天地の創造主である」というこれまでキリスト教が強調し伝えてきたことにも責任があるということを、述べつつ森司教は神理解に再考を促されています。

それでは、森司教が伝えたい神理解とはどのようなものでしょうか。
天地創造の神は、基本的には事物がそれぞれの本性に刻み込まれた「法」に沿って動き展開していくことを望んでいます。大自然の営みに対して、神は直接に働きかけているわけでもなく、人間の心を思うままにコントロールしているわけでもないのです。そのために、人間にとっては不条理と思われる出来事を避けることが出来ないのです。人びとは、その現実の中にあって、自分はいかに受けとめ生きていくのかを問われているのだということになります。苦しい現実の中で、人生に光を見出せる人は幸いと言えます。
私たちの素朴な思いとしては、神と自然の脅威を同一視してしまいがちです。罰する神を強調してきた宗教者側の説明にも確かに責任があるのかもしれません。私たちの認識として、慈しみ深い神と、怒る神が同居しているようにも思います。認識を改める必要がありそうです。

キリスト教理解を深めるために、含蓄に富む著書であることは間違いありません。読み進めていて、気にかかり読み違えないように理解に努めようとした箇所がありました。
「初代教会がキリストを旧約の世界と結び付けようとした真の狙いは、メシアを待ち続けるイスラエルの人々に対する説得ではなく、キリストの誕生とその生涯の歩みの背後に「歴史の中に働く」神の姿があると伝えることにあったと理解したほうが、すっきりする。」という文章表現がありました。ここに森司教の神理解を解くカギがあるように思いました。

福音書はユダヤの民にわかりやすく、キリストの登場の意味を伝えようとしました。旧約聖書を引用しつつ、メシアの登場の必然性を訴えています。

ピラトがイエスに「お前は王なのか」とたずね、最後に人々の前に引出し赤いマントを着せます。これはイザヤ53章の引用です。その人は王でありながら奴隷の姿で現れています。あるいは、ヨハネ19章には、兵士たちがイエスを十字架にかけてから、その服を取り、分けようとしたとありますが、さらにそれは「彼らは私の服を分け合い、私の衣服のことでくじを引いた」と聖書の言葉が実現するためであったと書いているのです。ちなみに、その言葉は、詩編22篇にあります。
「骨が数えられる程になったわたしのからだを 彼らはさらしものにして眺め、わたしの着物を分け、衣を取ろうとしてくじを引く。」

福音書は旧約聖書の言葉を引用して物語を紡いでいきますが、ユダヤの民にとって、手っ取り早くわかり易い比喩になっているといえます。歴史的な出来事の中に神の言葉が実現していることが伝えられているわけです。一方、律法学者たちはこのような神の姿を否定していました。、福音書は、旧約の人々を超えるメンタリティを伝えていると森司教はおっしゃっておられました。それは当時の律法学者では解釈できないメッセージだったといえるのかもしれません。メシアの登場と生涯の完成は、聖書の解釈を超えているものだったのです。

「マタイ福音書の冒頭に掲げられている系図の狙いは、アブラハムから始まりキリストに至るまでの長い歴史の中で、人々に希望を与えるために働き続けた神が全世界の人々に開かれていくことを証しすることにあったといえる。」と森司教は書いておられます。

神が手を差し伸べるのは、自然の脅威を見せつけることでもなく具体的な人々の営みを見守りながら、あわれみをさしのべることのようです。

カトリック教徒の作家は少なくないけれど、遠藤周作さんほどの知名度のある方はないでしょう。森司教は、遠藤周作さんの問いかけに応えようとされています。

森司教は、遠藤さんの問いかけに「心の奥のもっと深いところに宗教的な渇望が潜んでいる」と指摘しています。
最後の長編作品『深い河』は、遠藤文学の集大成と言われています。登場人物は、それぞれに悩み、傷つき、罪の意識にさいなまれながらもがき、苦しむ人たちです。『深い河』の大津の存在は、キリスト教界にとっては危険なものだったようですが、遠藤さんの重い主題が、読みやすい文章で語られています。

少し前になりますが、山我哲雄さんの随筆「イエスの最後の言葉」(『図書』2015年7月)を読み、刺激を享けました。イエスの最後の言葉を理解するために、マタイとルカがいかに努力と工夫をこらしたかを考察しています。その行為から実は、マルコに記されているイエスの言葉の信憑性が裏付けられるとも書いています。いずれにせよ福音記者はイエスが神への信頼を失っていないことを、記述しようとしているのです。

イエスは十字架にかけられたとき、エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」とつぶやきます。これは、アラム語で「わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか」という意味であると、福音記者マルコは伝えます。神への絶望、断末魔の叫びです。それでも神は見捨てないと言えるのでしょうか?

遠藤周作さんは「無力なイエス」と表現します。「受難物語までのイエスと受難物語のイエスのあまりに大きな違い。一方は力あるイエスであり、他方は無力なるイエスである。」(『イエスの生涯』)

重要なテーマになりますが、考え続けていきます。

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2016年01月28日

歴博の特集展示「夷酋列像」に思う

804a0d4b.jpg国立歴史民俗博物館では、特集展示「夷酋列像―蝦夷地イメージをめぐる人・物・世界―」が開催されています。(2月7日(日)まで)
ブザンソン美術考古博物館に所蔵されている蠣崎波響(かきざきはきょう)という人物の手になる「夷酋列像」の里帰り展示がメインの意欲的な展示です。(北海道博物館・国立民族学博物館と本館の三館の連携展示)

この絵画が描かれた背景に興味がわきます。
1669(寛文9)年のシャクシャインの闘いの後、松前藩は各地のアイヌから賠償品を徴収、藩への忠誠を誓わせます。アイヌは「商場」に封じ込まれ、松前藩や倭人との交易に依存するようになります。18世紀には、運上金を課して商人にすべてを任せる「場所請負制」が成立します。「場所」というのは、もともとのアイヌの村落共同体に対応して設定した商業領域を指しています。沿岸地と比べ、比較的伝統的社会が保たれていた内陸部も徐々に、場所請負人から自由ではなくなってきます。

クナシリ・メナシのアイヌの蜂起が起こるのは1789年(寛政元)年のことです。クナシリの場所請負人となっていた飛騨屋との商取引や労働環境に不満を持ったアイヌが、当時クナシリでは強大な勢力を誇っていた長人ツキノエがラッコ漁で不在中に蜂起し、商人や商船を襲い和人を殺害した事件です。北海道本島のメナシ地方のアイヌもこれに応じて、和人商人を襲っています。71名の倭人が殺害されるという大事件ですが、松前藩は260名の軍勢を派遣して鎮圧します。その指揮官の一人が蠣崎波響です。

蜂起の首謀者とみなされた37名が処刑され、軍勢はその首級を携えて凱旋します。アイヌの長人イコトイ、ションコ、ツキノエらは、松前藩に協力的だったのですが、蜂起した者に対して松前藩のは穏便な処置を望んだにもかかわらず、厳罰が課せられてしまいました。蠣崎波響は、アイヌのうちもっとも功労があるとされた12人の肖像画を描いていますが、それが今回展示されている「夷酋列像」ということになります。

先日、歴博友の会の民俗学講座「フランス人が見たアイヌ民族19世紀後半を中心に−」(講師は内田順子准教授)を聴講しました。「夷酋列像」と直接関連しているということでもないのですが、アイヌ文化を理解する一助となる内容でした。フランス人として、初めてサハリンに上陸、アイヌ民族と接触したラ・ペルーズは彼らの知性、物腰の柔らかさ、威厳を備えた態度を称賛しています。それから100年後に北海道に上陸したパリ外国宣教会のメルメ・カション神父はアイヌの村を探訪した体験をもとにした記述をまとめ出版しているそうです。ちなみに、カション神父ですが、事情は不明ですが、のちに破門されているとのこと、神父をやめてからは外交官として活躍したそうです。このように、あまり認識されることの少ない史実を知るとてもいい機会でした。カション神父が、「夷酋列像」をフランスにもたらした人物の可能性があるとのことでしたが、先日放映されたNHK『日曜美術館』の番組の中では残念ながら、この点については、言及されませんでした。

内田先生はアイヌ民族として初めてのカトリック洗礼についても触れられました。パリ外国宣教会のベルリオーズ司教が、室蘭で世話になった家族や、長崎から迫害を逃れてきた男性の妻に授けています。その洗礼記録が今日なおカトリック室蘭教会に残っていたとのこと、内田先生が室蘭教会で写真の撮影を申し出たところ快く応諾してくださったそうです。カトリックの宣教の歴史をたどるといった興味も深まりました。(展示図録の論考を参照・記述しています。)

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2015年12月31日

東山彰良『流』が描いた世界

5cb00eaa.jpg直木賞受賞作『流』(東山彰良)を読みました。あまりにも評判がよいので、思わず手に取りました。祖父にまつわる物語という程度しか予備知識はなく、小説の舞台が台湾であり、さくしゃの東山さんは台湾出身の方だということも初めて知りました。
エピローグは、読み手としてはおかしみを感じさせる場面でありながら、祖父がかつて中国大陸で行った所業が浮き彫りにされるシーンを描き出します。小説のテーマを見通す、謎が提示されています。

本編は、1975年、蒋介石総統が亡くなり、「牧歌的」の蒋経国に権力が移行したころに、祖父が殺されるといういきなり波乱の幕開けです。
「祖父は山東省の生まれで、纏足をしていた曾祖母の腹から生れ落ちるや、まだ目も開いてないはずなのに、狐火を見たと言い張った。」という伝説を持っています。お狐様の予言に従い共産主義者と戦う戦列に加わります。祖父からは具体的な戦闘を聞くことはなかったものの、父から聞いたところでは、抗日戦争当時から、残薬を節約するために、捕まえた敵は生き埋めにしたとのこと。かなり華々しいアクションシーンが描かれる物語の展開のなかにあって、登場人物で、高校教師という父親の存在は影が薄いように思えるのですが、著者の東山さんの父親こそ、扉の次に載っている下記の詩の作者であり、小説の主人公に深く影響を与える設定になっていることに思い当たりました。

魚が言いました‥わたしは水の中でくらしているのだから
 あなたにはわたしの涙が見えません   王璇「魚問」より

大陸にいたころからの祖父の仲間だった李爺爺や郭爺爺が語る昔話に、歴史的背景を知ることが出来ます。「王克強(ワンコオチャン)」という日本軍の間諜となった人物によって多くの村がつぶされたという。祖父の親兄弟が殺された事件をきっかけに、今度は祖父が相棒を伴い王克強を殺しに行ったという。この連鎖を、どこかで断ち切らなければ終わらないのです。
読後に、戦争とは何かを考えさせられることしきりです。

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2015年12月26日

中島京子『長いお別れ』

b21a9766.jpg是非読んでみたいと思っていました。読み終えて、さわやかな風が通り過ぎていく思いでした。一言、「お疲れ様でした」と誰かに言いたくなる。

誰に言いたいのだろうとふと、考えます。介護に格闘した家族にだけ向けられているわけでもないのです。周囲を振り回し、傍若無人にふるまったかに見える一人の老人が旅立ったことへの、そしてその人生がゆるぎないものであったことへの、限りない敬意を表しているのです。ほのぼのとし情感に包みこまれて、後味の良い物語になっています。

アメリカのハイスクールの校長先生の言葉として紹介されていますが、認知症をアメリカでは「長いお別れ(ロンググッドバイ)と呼ぶらしい。それは・・・
「少しずつ記憶を失くして、ゆっくりゆっくり遠ざかって行くから」
作者本人の介護体験が、ベースになっていることを知りました。それだけに、リアリティがある読み物になっていることがわかります。

同窓会の会場がある駅に到着したのに、そこに来た理由がわからなくない帰宅してしまった出来事が、主人公の東昇平さんの病気が家族に顕在化したことを示すエピソードとして語られています。初期のアルツハイマー型認知症と診断され、進行を遅らせるための薬が処方されます。「認知症は直らないけれど進行を遅らせることはできます」というのは、現在でも治療に対する共通理解なのでしょうか。アリセプトという薬を私の父にも、飲んでもらっていたことを思い出しました。

物語の主役の東昇平さんはかつて区立中学の校長や公立図書館の館長をつとめたようなインテリですので、思いもかけないところで能力の一端を披露してくれます。孫に何回も小遣いを渡して喜ばれもしますが、デイサービスで行われる漢字テストでは優秀な成績をおさめ、あまり化で生活する孫にとっては読めない漢字をすらすら読み、「蟋蟀」といった字をこともなげに書いてしまうので、尊敬されもします。孫の名前も憶えていない、おじいさんなのですが、・・・。その能力を褒めると、その理由を孫に伝えるのに、「相撲」、「発明」、「金槌」といった関連性のない言葉が次々に飛び出します。おじいちゃんはどうも、「昔取った杵柄」とでも言いたかったようです。どこまでが、経験に裏打ちされているエピソードなのかはわかりませんが、笑いを誘われるシーンです。

私の父の場合ですが、食べたばかりの昼食なのに、食べことを思い出せなくなっていた初期症状の頃ですが、入院中の母の見舞いに行くためにタクシーに同乗したことがありますが、運転手にてきぱきと行き先を指示しているので、驚いたことがあります。家庭内で崩れかけていても、対外的にはしっかりしている時期もあったな、と思い返しています。

物語では、亡くなった教員仲間で親友だった中村先生の通夜に参列したとき、友人たちに向かって「ところで、中村はどうした?」と尋ねるエピソードなどが、ユーモラスに描かれていますが、こんな風に病状は緩やかに進行していきました。家族だけでなく、友人たちにも病気であることが知られます。

東昇平さんの意識により添って書かれているところがあり、印象的でした。脳トレタイムがお気に入りで、ビデオ鑑賞は苦手、「退屈が嵩じると射得に帰りたい気持ちが起きてくる。どうでもいいからここを出て、一人になりたいような気もする。」母がお世話になった介護付き老人ホームでも、時おり映画鑑賞をしていましたが、最後まで見ていられる老人が少なかったことを思い出しました。集中力が持続しないのでしょうね。すぐに飽きて、その場から退場してしまいます。周囲には、わがままに映る状況を、本人の目で描写してくれているわけです。

この物語の味わい深さを受け止めています。

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2015年12月15日

安保法制について考える講演会in生田

1e946456.jpg自宅からはかなり遠いのですが、11日(金)明治大学生田キャンパスまで足を運びました。「安保法制について考える講演会in生田」という催しがあると知り、参加しました。このキャンパスの一角には明治大学平和教育登戸研究所資料館があります。
館長の山田朗先生の講演が最初にありました。生田キャンパスは、かつて旧日本陸軍によって開設された陸軍登戸研究所が建っていたところですが、戦後になって明治大学がこの土地を取得したそうです。この研究所は、秘密戦兵器・資材を研究・開発していて、正式名称は「第九陸軍技術研究所」というのですが、研究・開発内容を決して他に知られてはいけなかったために、「登戸研究所」と秘匿名でよばれていたのです。明治大学博物館友の会の行事で、訪問したことがあります。(ブログでも紹介しました。2012年02月21日)
講演で山田先生は陸軍登戸研究所の歴史から学びつつ、今日の安保法制の危険性を指摘されました。すでに「特態秘密保護法」が成立していますので、憲兵に相当する軍事警察の設置が必然になるとのこと、すでに憲法の卵(自衛隊情報保全隊)が存在していて、スパイ機関が設置につながることを指摘されました。「憲兵」とは、本来警察しかない逮捕権を持つ存在です。戦争とは、いきなり発生するものではありません。平時にこそ準備されています。護衛艦はすでに大型化され空母に匹敵するなど着々と装備が整えられ、実質的に兵器の準備が進んでいることを説明して下さいました。
次いで、お二人目の講演は、専修大学文学部元教授・専修大学史編集副主幹の新井勝紘先生でした。国立歴史民俗博物館にお勤めだったこともあって親近感のある先生です。「五日市憲法草案」を中心テーマに話されました。
2013年11月、皇后美智子妃は誕生日の宮内庁記者会見での質問への回答文書で、「五日市憲法草案」にふれ「近代日本の黎明期に生きた人々の、政治参加への強い意欲や、自国の未来にかけた熱い願いに触れ、深い感銘を覚えたことでした。(中略)市井の人々の間に既に育っていた民権意識を記録するものとして、世界でも珍しい文化遺産ではないかと思います。」と述べたと報道されたことからお話を始められました。美智子妃を感銘させたその「五日市憲法草案」とは、どのようなものなのか。新井先生に導かれながら、着目点を記します。嚶鳴社草案を参照しながら、独自の憲法草案を作りあけたこと、そのための討議が重ねられていたらしいことも、あらためて知ることが出来ました。今の日本国憲法につながる思想を読みとることができます。
開かずの蔵であった深沢家の土蔵を最初に開けたのは、1968年8月のこと、研究者としてこれだけの大発見に遭遇するのは稀有のことらしい。大学4年で、歴史的現場に立ち会った新井先生は大学教員となり、今年で定年を迎えたとのこと、「五日市憲法草案」は東京都指定有形文化財となっています。
「五日市憲法草案」が参照した嚶鳴社草案と比較すると、同文の箇所は意外と少なく、嚶鳴社草案に該当条文がない箇所も多く国民の権利に力点を置いた独自の案として考えられていることがわかります。
同時に発見された討議題集(深沢権八手録)には63項目ありますが、例えば「自由ヲ得ルノ捷径ハ智力ニアルカ将タ腕力ニアルカ」・・・つまり自由の権利を獲得するための近道は、知恵によるか暴力に訴えるか・・・「増税ノ利害」「女戸主ニ政権ヲ与フルノ利害」「女帝ヲ立ツルノ可否」・・・興味深い議題が続いています。そのほかに「私擬五日市討論会概則」という史料があり討論のルールを定めています。その内容を見ると、意外と厳しく「発議者ハ新規ノ論旨ヲ挙ケテ之ヲ説明スルノ権利ヲ有セス、前キニ述ヘシ所ノ論旨ニ依リテ答弁スルヲ得ヘキノミ」とあって途中で意見を変えることはできないと定めています。
土蔵を開けるきっかけとなったのは、利光鶴松という方の存在でした。千葉卓三郎は夭折しますが、そのあとに教員となった利光鶴松さんという方は、小田原急行鉄道(現・小田急電鉄)の創業者なのですが、手記を残しています。「深澤権八氏ハ五日市地方ノ豪農ニテ頗ル篤学ノ人ナリ」と記し、しかも東京の出版物は何でも深澤家の書庫にあり自由に読めたというのです。この自由なコミュニティを羨望の念を持って思わざるを得ません。
「五日市憲法草案」は、地方自治権についても言及されています。
「府県令ハ特別ノ国法ヲ以テ其綱領ヲ制定セラル可シ府県ノ自治ハ各地ノ風俗習例ニ因ル者ナルカ故ニ必ラス之ニ干渉妨害ス可ラス其権域ハ国会ト雖モ之ヲ侵ス可ラサル者トス」
私たちが享受している「日本国憲法」に通じる思想性の高みが感じられます。知られているように、「日本国憲法」の作成にあたっては、鈴木安蔵さんらの憲法研究会案を参照しているのですが、植木枝盛の憲法草案がベースになっています。
限られた時間内でのお話でしたが、エッセンスをお話しいただきました。
岩手県久慈市の小田為綱家文書から発見された「憲法草稿評林」という史料についても言及されました。この史料は元老院起草の憲法草案を批判したもので、ひとつの憲法構想といえるものですが、皇統が断絶したときは「統領」を選出するとの記述あり、共和制にふれた稀有の憲法草案といえるとのことです。国民の意識がここまで進んでいたとは言えないだろうが、記憶すべきものだと指摘されたことが印象に残りました。学ぶことの多かった集いでした。

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2015年11月13日

映画『ベトナムの風に吹かれて』に思う

65d03aa2.jpgスバル座で11月6日(金)まで上映していた『ベトナムの風に吹かれて』を見てきました。
“認知症の母親”と“ベトナム”のキーワードが心を揺さぶりました。実話がベースになっているようなのですが、原作は読んでいませんのであくまで映画のストーリーに基づいた感想です。

ベトナム・ハノイで日本語を教えている主人公のみさお(松坂慶子)は、父親が亡くなったとの知らせを受けて故郷の新潟に帰ってきます。葬儀で気づかされたのは、母シズエ(草村礼子)が、誰の葬儀であるかも認識できていないことでした。後妻であった母にとって唯一の血縁者であるみさおは、兄夫婦の反対を押し切り母をベトナムに連れて行くことを決意して実行します。
ベトナムの人々は、温かく母を受け入れてくれました。迷子になったり多少ハラハラするエピソードが綴られます。ぎこちないほど素朴な会話が続いたりするのですが、見終わった後に何故か印象にのこるシーンが続いていたことに気づきました。アジア太平洋戦争の傷跡や、ベトナム戦争がもたらした爪痕などが登場した人々の心に刻印されているように見えますがそれでも日本人に対して心優しい。
主人公が、70年安保闘争をたたかった世代であることも、当時の友人の登場で明らかになりました。それは私にとっても、懐かしく切ない思い出の日々ですので、胸が熱くなる思いも味わいました。

さてメインストーリーの認知症の母親との関係が、映画の後半ではきれいごとだけでは済まされなくなります。交通事故のために手術を受けることになり、この出来事がきっかけで、まさに典型的な認知症特有の症状が主人公を苦しめます。夜中に何度も「便所行きてぇ」と叫ぶシズエに困り果て、ついにはベッドに縛り付けてしまうのでした。肉体的にも精神的にも疲れはてた状況が描かれます。それにしても、草村さんのすさまじい演技のリアリティに圧倒されました。私の場合も、認知症の父を介護した機会があり聞き分けのなさに閉口した思い出があります。介護の厳しさを、映画ならでの表現力で迫ってきました。ただし、最悪の事態には至らずに、後味よく終幕に向かっていきます。やはり認知症になっているらしいかつての大女優が、演技を忘れていないことに気付いた人々が、一夜限りの公演を企画して大成功するエピソードなども微笑ましい。

残留日本兵が帰国し、その孫が祖父のメッセージを伝えに、残されたベトナム人家族に会いに行くというエピソードもかなり重要な意味を持っていると感じました。ベトナムと日本の歴史を振り返ります。

日本がポツダム宣言による降伏文書に調印した9月2日に、正式にベトナム民主共和国として独立を宣言しました。しかし、かつての宗主国のフランスが植民地として支配しようとしたために、独立戦争を戦うことになります。このとき、ベトナムに駐屯していた軍人など600人余りの日本人が、この戦いに参加したというのです。1954年抗仏戦争が終結すつとともに残留日本人が、日本への帰国を求められたことがあったという史実が背景にあります。(古田元夫「映画に見る日本とベトナムの関係 70年の積み重ね」映画プログラムより)

気軽に楽しみながら、ベトナムの歴史の一端を学ぶことができました。

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2015年10月18日

映画『ヒトラー暗殺、13分の誤算』

628a553e.jpg公開されたばかりの映画、『ヒトラー暗殺、13分の誤算』をさっそく見てきました。映画という媒体の迫力で、期待していた以上の衝撃を与えてくれる作品でした。
1939年11月8日、当時36歳だった家具職人のゲオルク・エルザーという人物が計画した爆破事件という実話に基づくドラマです。爆破の目的は、ヒトラーの暗殺です。ヒトラーはナチスにとっての記念日(1923年11月8日〜9日「ミュンヘン一揆」)に、毎年、その舞台となったビアホール「ビュルガーブロイケラー」で行われる式典で演説することが慣例になっていました。エルザーはその日に照準を合わせて、演説時間内に爆発するように周到な準備をして爆弾をセットします。映画の冒頭は、そのシーンです。
しかし想定外のことが起こりました。ヒトラーは予定より演説を早く切り上げて、会場を立ち去ります。その結果、ヒトラーは難を免れ、代わりに死者8名を含む多くの被害者が出てしまいます。エルザーは国外脱出寸前に、不審な行動を疑われ逮捕されます。そして、間もなくこの爆破事件に関与していることが判明します。
この暗殺未遂事件は、数多く知られるヒトラー暗殺事件のうちで知られることは少なかったようです。謎が多かったからです。爆破事件の容疑者として追及されたエルザーに対して共犯者や背後関係があるのではないかと疑われますが、単独犯との主張は変えませんでした。そして、逮捕後も生かれ続けていたことから、ナチスによる自作自演説も流れたこともあったようです。
エルザーがなぜひとりでヒトラー暗殺を企てることになったのか、真実はわかりにくいですが、映画は、時代背景も巧みに織り交ぜながら、ナチスに違和感をいだいていく過程が丹念に描かれています。例えば、ユダヤ人と付き合ったために女友達が道端でさらされていたり、エルザーの友人の共産党員が強制労働させられていたりといった場面は、通俗的な場面のようにも思いましたが、映画全体の流れの中では不自然ではなく感じました。エルザーの怒り、あまりにも人間的で自然な心の動きが、たった一人の反乱を生んだのでしょう。本筋であるドラマは、拷問場面など目を背けくなるシーンも登場しますので、迫力は十分です。
エルザーは、ダッハウの強制収容所に収監されていて1945年4月9日に処刑されました。ヒトラーが自殺する三週間前のことになります。エルザーの行動が、単独でなくスパイであることが立証できれば公開裁判にかけるつもりもあったようですが、もはや敗戦が避けられずヒトラーにとっては利用価値がなくなったためだったらしい。
ところで映画では、主人公エルザーはいつも自分の気持ちに正直に行動します。人妻だからと言って、遠慮することなく手に入れてしまいます。こうした一本気の自然児が立ち向かったものが、たまたまとんでもない相手だったこと、を描いたとみることも可能かもしれません。
独裁政治を、ほのかに感じさせる雰囲気が漂う現代日本を思い起こしながら、映画の余韻を味わいたいです。

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2015年10月13日

習志野教会で浜矩子教授の講座を聴講

eecc0b31.jpg10月10日(土)船橋学習センター・ガリラヤの土曜講座として同志社大学大学院教授の浜矩子さんによる講座「格差社会と女性」−差別は真の強さへの怯みの表れ」が実施されました。参加いただける人数に限りのある船橋の会場ではなく、運営母体のカトリック習志野教会に会場を移して行われました。厳密に数えてはいないようですが、近隣教会からの参加者も含め120名ほどの人々が集いました。
話し始められたのは、「アベノミクス」の批判からです。その正体は、憲法改正と合わさって「富国強兵」に進む道を露骨に表れているということを指摘されました。安倍首相は、笹川財団アメリカ支部での講演において、日本がデフレから脱却してGDPを増大させることであると語り、それによって国防予算を増やすことを目指すことを表明したのだそうです。「アベノミクス」が「富国」であり、安保法制は「強兵」を意味していて、表裏一体の関係にあることを図らずも露呈したということです。すでにおなじみですが、浜先生が言い換えた用語「アホノミクス」は、自ら品がないとも思えますが、と注釈されながらも、使い続けることを表明されました。最近では、頭に「ド」を付け加えているとおっしゃって、聴衆の笑いを誘っていました。安倍首相の言われる「戦後レジュームからの脱却」とは、ズバリ、戦前への回帰であり大日本帝国の復活であると断言されます。歯切れがいいです。政策であるべき「弱者救済」は安倍政権にとっては邪魔なものらしい。
 テーマの「格差社会と女性」に入ると、女性は差別されているのかと問いかけ、ハムレットの「弱きもの、汝の名は女なり」とは逆に、「強きもの、汝の名は女なり」であると切りかえされました。そして、日本の女性は環境適応力が高いことを挙げておられました。また、.┘螢競戰1世 ▲凜クトリア女王 エリザベス2世 ぅ沺璽レット・サッチャーの4人の名前をあげられましたが、その特徴としては、「怖い」、「在位期間が長い」、「英国人である」といった共通性があるとして、たくましい女性像を私たちに刻印されました。
安倍政権の現在の格差社会への向き合い方を見ると、これまで利用しきれなかった女性の能力の活用と称して、資源としての効率を上げようとする意図で行おうとしていることに他ならないとおっしゃられました。歯に衣着せぬ言葉が次々に飛び出し、聞き手の私たちにとって、質問時間を含めあっという間の90分でした。
ファシズム化しつつある今日の社会に立ち向かっていくには「耳・目・手」という3つの道具を使いなさいと最後におっしゃられました。「耳」は傾聴することでありどんな弱々しい声でも聞き取ることであり、「目」とはもらい泣きする目であること、そして「手」はさしのべる手のことですと、の言葉にはグッときました。安倍政権が持っていないように思われるこの道具を、大切にしましょう。講演終了後、浜矩子教授は私たち受講者とも気さくに交わってくださいました。感動のご講演でした

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