2017年08月11日

映画『夜明けの祈り』

d58d508d.jpgカトリック中央協議会広報推薦に映画『夜明けの祈り』を見ました。(8日に千葉劇場で)
実在した女医マドレーヌ・ポーリアックの体験がベースになった物語です。

物語の舞台は、1945年12月のポーランド。赤十字の活動でフランス軍兵士の帰還を促進する仕事に従事していた医師マチルドのもとに、一人のシスターが助けを求めてやってきます。任務とは無縁な要望に、最初は拒んだものの、祈り続けるシスターの姿に促されたのか、その求めに応じて修道院を訪ねます。そこで目にしたのは、妊娠して苦しむシスターの姿でした。帝王切開で赤ん坊を取り上げることになりますが、翌日あらためて修道院を訪れたマチルドは、恐るべき事実を告げられます。妊娠しているシスターは7人、すべてはこの地をドイツ軍に代わって占領したソ連軍兵士による蛮行が原因だというのです。

とても衝撃的な物語です。マチルダは共産主義者であると自ら語る場面がありますから、信仰者とはその思想・信条を異にしているわけです。しかし、事は一刻を争う事態になっていて、医師としての使命感からなのでしょうか、シスターたちとそのお腹にいる子供たちの命を守る行動を続けます。

問題は修道院の側にあるように描かれています。この事態が外部に知られたら、恥をさらすことになり修道院も閉鎖されてしまうと考える院長の判断によって、すべてを秘密裏に処置をするようにマチルダは求められます。さらに、重要な事実が映画の後半になりますが、開かされます。院長は生まれた子を、里親に渡したとマチルダや母親となったシスターに告げていましたが、実はそうではなかったのです。

清貧、貞潔、従順の誓願を立てようとしている志願者にとっては大いなる試練です。シスターたちにとっても、暴行されたとはいえ妊娠という、ありえない身体的状況に直面したわけですから混乱が生じないわけがありません。医師であるマチルダが診察したくとも、肌を見せることを拒絶するシスターにはなすすべがありません。

マチルダの任務は突然終了と告げられます。帰国に先立って、間もなく出産という時期を迎えているシスターたちを見捨てることができないマチルダは悩みます。思い切って、同僚の医師に打ち明け、二人で修道院を訪れます。その同僚が男性であること、またユダヤ人であることに、眉をひそめるシスターたちでしたが、結局は彼を招き入れています。マチルダの勇気ある行動が、シスターたちのかたくなな心を解き放ったと言えるのです。

「信仰は24時間の疑問と1分の希望です。」という言葉が伝えられています。信仰は、本来は神に向き合うことですが、組織を媒介にすることによって、ともすれば教条主義に陥りやすい危険も秘めています。修道院長の犯した誤りは、組織防衛を優先したことに起因しています。修道院長も、マチルダのヒューマニティあふれた行動に、感謝をいだきつつ。自らの過ちを認めます。

生まれたばかりの赤ん坊を取り上げられてしまったシスターが、自ら死を選ぶ場面も描かれています。修道院長が、生まれたばかりの命を、どのように熱かったのか・・・・考えさせられる場面が登場します。一つ一つの命の大切さを、あらためて考えさせてくれます。むごい現実に直面して、人はどれほど高貴になれるのか、問いかけます。

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2017年08月05日

宮内勝典『永遠の道は曲りくねる』に感嘆

fd8c9473.jpg新聞記事で紹介された内容に興味を覚え、『永遠の道は曲りくねる』(河出書房新社、2017)を読みました。著者の宮内勝典さんのことは、初めて知りました。1944年ハルピン生まれ、若き日、そして壮年時代にかけて、アメリカ始め、ヨーロッパ、中東、アフリカなどを放浪した体験を持っておられる方らしい。その体験を生かした執筆であり、骨太な小説になっています。読み手としては、メッセージを受け止める心構えも必要だと感じます。主人公はもちろんですが、自己主張をもった登場人物たちの魅力が炸裂します。

物語の導入はみずみずしく、何が始まるのだろうか、期待を持たせてくれます。主人公は、作者を彷彿とさせる「有馬」、彼が沖縄の海でダイビングの練習をしている場面からスタートです。島の言葉で「若夏」という季節、知己である副院長の田島からの呼びかけに応えて、島の病院「精神科うるま病院」の雑役係として勤め出したばかりです。病院で有馬は奇妙な老婆に出会います。「乙姫さま」と呼ばれていますが、「ユタ」というシャーマンの一人らしい。乙姫さまは病人として来院しているのではなく、精神を病んでいる娘を「カミダリー」(神がかっている)とみなして、病院から引き取り「ユタ」に育て上げている方なのだと知らされます。

病院長の霧山は肝臓ガンで余命半年の宣言を受けていますが、治療のため節制している様子は見られません。仕事は副院長の田島に譲って、平屋の一軒家ですごし、安保闘争や、南島の精神医療について書き物をしています。

霧山は戦争のあとの沖縄について語ります。あちこちに精神病院が出来たが離島は放置されていたので、慶良間にも久米島にも通ったという。心を病んだ人のうちには座敷牢に入れられていた人もいたが、日本復帰して、医療制度が適用されたことから、座敷牢も開放できたのです。

ところで、この霧山という人物にはモデルがいることを、著者の宮内さん自身が語っています。私より一世代前になるので、名前だけしか知らなかった方ですが、60年安保闘争の全学連リーダーであった島成郎さん(故人)です。実際に沖縄で精神科医として地域医療に取り組まれた方です。

「島さんは日米安保条約の本質は沖縄基地問題であることに気づいたものの、阻止できなかった。そのことに責任を背負い込んで、安保闘争の後、沖縄や離島で医療活動を地道に重ねたんです。男の中の男ですよ」と宮内さんは語っているほど、惚れ込んだ人物であり、この作品に反映されています。

物語に戻りましょう。乙姫さまは女性シャーマン集団のリーダーで、社殿は「波照間宮」と名付けられていますが、皆は龍宮城と呼んでいます。かつて、島々を結ぶ海中道路建設が進められた際には、御嶽の森を守るために断食闘争を繰り広げたのが、乙姫さまだったと、霧山から伝えられます。有馬は、龍宮城に招かれ、乙姫さまから身の上話を聞かされます。疲れを知らない彼女に、有馬はアメリカインディアンの呪術師と似た気配を感じとります。波照間で生まれた彼女は、9歳の時本当に移りましたが父親は招集されて、戦死したようです。アメリカ軍の攻撃から逃げるうちに母親を見失いますが、「雷神ガマ」に入り、幸運にも生き延びることができたのです。

物語としては、この「雷神ガマ」が舞台となってきます。米軍基地とつながっているという設定になっていて、新たな登場人物がさらに物語を膨らませてくれます。基地側の精神科医フローレスと。ガマで合流するとジェーンという女性を伴っています。スー族の血を引いていることは知らされますが、実は、オサマビンラディンと生活を共にしたことが後日明かされます。作品の中盤から、エンディングまで、波乱万丈の展開で飽きさせません。終盤、有馬はビキニ環礁に辿り着きますが、被爆の人体実験にされたロンゲラップ島民のエピソードは、重く切ない。
 
【参考】ビキニ環礁の被爆について感じたことを、2015年06月01日のブログ、「潮見教会と第五福竜丸記念館を訪ねて」に記しています。
http://blog.livedoor.jp/sawarabiblog/archives/2015-06.html


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2017年07月17日

映画『ヒトラーへの285枚の手紙』

04940d21.jpg映画『ヒトラーへの285枚の手紙』を見ました。

ストーリーとしては単純ですが、緊迫感をもたらしてくれる内容でしたので、深い余韻が残りました。一人息子を戦死で失った夫婦は、しばらくは喪失感に打ちのめされます。その気持ちは、十分伝わります。

ところが、ある日を境に夫婦は、時のヒトラー政権に刃を向ける行動を静かに始めるのです。その行動とは、「総統は私の息子を殺した。あなたの息子も殺されるだろう。」などと書いたポストカードを、ビルの中の階段にそっと置いて立ち去ることでした。政権批判は、今の私たちの社会ではまだ自由に発言できると言えますが、言論が暴力的に封殺されている時代には、自由な意見を発し伝える方法は少なく、簡単なことではなかったようです。とりわけ、この行動は見つかれば死を免れないものであることを承知の上でなされています。組織的な抵抗とはまた違った勇気を伴っていたことでしょう。実話をベースにした小説が原作ということです。観客としても、かなり緊張感を味わいながら鑑賞しました。

主人公のオットーは軍需工場で働く職工です。アパートで暮らし、質素な日常生活を営む庶民であることが描かれていますが、そのアパートの住民にはナチ党員や、密告常習の男がいますし、ユダヤ人の女性が隠れ住んでいます。そのユダヤ人女性が迫害されるシーンがあるのですが、痛ましい結末を迎えます。女性を助けようとしていたアパートの住民である判事も、なすすべがありませんでした。密告の男の振る舞いには、人間のおぞましさを感じますが、対照的に主人公夫婦はすがすがしいほどに、ポストカードを書き、配布を続けています。見ていてハラハラさせられますが、映画のタイトルにある通り285枚のカードを配ったことが最後に明かされています。

当時のドイツの庶民の苦しみをよそに、特権階級の優雅な暮らしぶりの一端も描かれています。オットーの妻アンナは国家社会主義女性同盟のメンバーでしたが、脱退して夫に協力するために一芝居をうつシーンが面白い。親衛隊の中佐夫人の家を他のメンバーとともに訪れたさい、「なぜ軍需所工場で働かないのか」と詰問するのです。それはタブーともいえる行動だったので、脱退を余儀なくされます。権力中枢にいることによって、国民としての義務も免除されるというのは、いつの時代でも同じなのでしょう。日本の現状を見ればよくわかります。

映画は理屈っぽさが全くなく、淡々とポストカードに政権批判の文章をつづり、配っていく夫妻の姿は胸を打ちます。捜査する警部ですが、真相に近づいていたものの、部下が誤認逮捕したことを指摘し、容疑者を釈放したことでかえって屈辱を味わう場面も印象深い。ナチス政権下のドイツの病巣が、わかってくるシーンが続いています。

夫婦の情愛が伝わる、とても味わいのある映画でした。

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2017年07月16日

佐藤正午『月の満ち欠け』から伝わる切なさ

3e04ea3f.jpg佐藤正午さんの話題の新作『月の満ち欠け』(岩波書店、2017)ですが、図書館貸し出しは待ちきれず、購入し読了しました。読み終えて(特にラストシーン)、とても切ないラブストーリーだった!という実感でした(特にラストシーン!)。先に『鳩の攻撃法』を読んだのは、この作家に慣れておこうと思ったためでしたが、作品の趣としてはかなり違った印象を持ちました。

この作品の主人公の一人は、青森県八戸出身の三角哲彦という人物です。今年、大手建設会社の本社総務部長に就任したエリートと紹介されていますが、順風満帆と思える人生の中で、大学は卒業までに5年かかっているのです。この1年間の「無駄」とは?

大学生だった三角が正木瑠璃という女性に出会ったのは、高田馬場のバイト先のレンタルビデオ店、ビルの地下街にあるその店の前にその人は立っていました。店に用事があるのではなく、雨宿りをしているという女性が、雨に濡れていることに気づき、着替えのために持っていたTシャツを、差し出します。このあたりの描写がみずみずしく感じられます。三角が八戸出身と知った女性が、「いちご煮」について質問します。・・・その会話は遅れてバイト先にやってきた同僚の出現で中断してしまいます。気になりますね。でもこの会話の続きは、後日、実現します。二人は恋愛関係になるのです。

瑠璃さんは、既婚者でしたから、この恋は危険なものでもありました。その瑠璃さんは、不思議な話をします。

自殺した会社の先輩の男性が、「ちょっと死んでみる」と遺書を残していたというのです。そして、自分も試しに死ぬ覚悟があると、怖いことを言うのです。
「あたしは月のように死ぬ。・・・・月の満ち欠けのように、生と死を繰り返す。」

この物語には、瑠璃という名前の家族を持つ人物が、ほかにも登場します。もう一人の主人公といえる小山内堅も八戸市の生まれ。結婚相手は、高校の後輩にあたる女性で、娘が一人います。その娘の名が瑠璃、7歳を過ぎたころから奇妙な行動をするようになります。お気に入りのぬいぐるみにアキラと名付けて親しげに話しかけたり、瑠璃が生まれる前のヒット曲である黒ネコのタンゴや黛ジュンの夕月を歌ったという。

時代が交錯していますし、瑠璃という名を持つ女性が、次々に現れますのでますので、注意深く読み進めないと多少混乱しますが、物語は人が「月の満ち欠けのように、生と死を繰り返す」ということがありうるのか、というテーマに収束することになります。

小山内堅の娘の瑠璃ですが、高校の卒業式を終えた後、母親の運転する車で交通事故に遭い、二人とも亡くなってしまいます。その死から15年後、小山内堅の前に三角哲彦が現われます。この事故は、小山内の妻と娘が三角に会いに、東京に向かう途中で起きた事故だったと知らされます。

謎解きの面白さも堪能できますし、主人公たちの人生ドラマにも、興味がそそられます。人生における出会いの神秘を、伝えてくれる作品と言えるのではないでしょうか。

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2017年07月12日

小説『鳩の撃退法』を読んで

e0de65fc.jpg佐藤正午さんの小説『鳩の撃退法』(小学館、2014、上下2冊)を読みました。図書館で、何か面白そうな小説はないかと探してみて、変わったタイトルに魅かれて手に取りました。最新作『月の満ち欠け』が直木賞候補となっているようですが、未読です。

「幸地家の幼い娘は父親のことをヒデヨシと呼んでいた。」という文章で始まります。そして、娘の父親である幸地秀吉の2月28日の行動が描写されます。この日こそ、物語の重要な出来事が凝縮されている一日ですが・・・

ところが物語の主役は、秀吉ではありませんでした。肩すかしされた感触を覚えますが、秀吉がその日の明け方、ドーナツショップで出会った男、津田伸一が本当の主人公になります。その津田が、思いもよらない出来事に遭遇していくことになります。

津田は、かつて「直木賞を2回も取った」と言われるほど著名な作家だったのですが、今は落ちぶれて、ある地方都市で「女優倶楽部」という名の無店舗型性風俗特殊営業(デリヘル)の送迎ドライバーとして暮らしています。ドーナツショップで会った幸地秀吉さんとは、津田が持っていた本『ピーターパンとウェンディ』をめぐって会話が弾みます。

面白いのは津田が、しおり代わりに千円札を挟み込む癖があることを読者も知らされます。この癖は、実は物語の伏線にもなっています。『ピーターパンとウェンディ』は古本なのですが、購入した古本屋の店主である房州老人との関係もまた物語を膨らませます。

さて秀吉さんですが、その日の夜を境に妻と幼い娘ともども忽然と姿を消してしまったのでした。この事件は、「神隠し」事件として週刊誌をにぎわす話題にもなりまが、人々の記憶から薄れていきます。それから1年2ヶ月ほど後、房州老人が亡くなるのですが、津田のもとには老人の形見であるキャリーバッグが届けられます。鍵がかかっていたものの、何とか開錠ができたて中身を確認すると、数冊の絵本と古本のピーターパン、それに加えて大量の一万円札が入っていました。

ストーリー展開がスピーディーで何かが起こりそうなワクワク感が満載なのですが、それに加えてこの物語の中で随所に、会話の面白さを堪能できます。たとえばドーナツショップの店員・沼本との会話のさわりです。

「ぬまもとの顔を見たくなったんだよ。」「ぬもとです。」「元気そうで何よりだ。」「こっちだって心配してたのよ。」・・・・「いまのは社交辞令だ。今夜はぬまもとの顔見にきたんじゃなくて、ここで人と待ち合わせだ。」「ぬもとです。許せないね、あたしの目の前で、ほかの女と待ちあわせなんて。」「社交辞令の返しだな?」・・・・

かなりだらしない主人公の性格を表現しているのでしょうか、何ともかみ合わない会話が楽しめます。津田が手にした数千万の札束の中から使った一枚が、偽札だったことから生じるドタバタ、その偽札事件には黒幕が存在しているらしいことがわかってきてにわかに犯罪の色合いが濃くなります。房州老人からのせっかくの贈り物も偽札の疑惑が晴れない限り、使うことができません。ミステリアスな謎がちりばめられていて、どんどん物語に引き込まれます。

主人公が作家であり、再起を図ろうとの心境変化も起こってきたものの、困窮生活のゆえにパソコンを持てず、鉛筆で書き始める設定も微笑ましく感じられます。なぜ人は小説を書くのか、というテーマにも言及されていて、作者である佐藤正午さん自身が投影されているかのようです。

「虚構、現実、物語的現実がないまぜになった小説」と評価されていますが、物語の最初の文章は、作家・津田伸一が書き進めている創作ノートの書き出しらしいこともわかってきます。

「小説を書いてだれに読ませたいのかがわからなかった。だれかに読まれるかを期待して書いていたのかどうかもわからなかった。」

「幸地家の幼い娘は父親のことをヒデヨシと呼んでいた。となぜ三人称で断定口調で書いてしまえるかがわからなかった。小説はたいていそう書かれているとしても、それはわかっていても、自分がなぜそう書いてしまうのかわからなかった。実を言えば、今もわからない。」

第6回山田風太郎章を受章した作品です。

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2017年06月30日

森絵都さんの『みかづき』に堪能

b4bced16.jpgこの作品を手に取ったきっかけは、作品の舞台が八千代市の学習塾だと知ったことでした。八千代市は転居する以前に住み慣れた地ですし、20年前には受験のため息子が通っていたのが市進学院という進学塾でした。著者の森絵都さんは、市進学院八幡教室に3年に及ぶ取材をしたということですが、このように私にとって身近に感じる舞台背景は、興味を覚えるのに十分でした。分厚い一冊で、読み終えるまでかなり時間を要してしまいましたが、終盤は、物語の最初の主人公の孫の一郎が奮闘するのですが、とても感動的で、一気に読み終えることになりました。充実した読後感があります。

戦後の教育行政と塾の攻防が、大きなテーマで、親子三代(千秋の母親を加えれば四代とも言えますが)に及ぶ格闘を描いています。森絵都さんのインタビュー記事を、読ませていただいたのですが、「家族という縦のつながりを描きたかった。」と語っていました。塾業界を舞台にすることで、人間臭さのある人間模様を描けるのではないか、というのが執筆動機のようです。戦後の教育の光と闇が照らされます。終盤の一郎を主人公としたストーリーでは、現代の教育行政がもたらした「貧困」が描かれていて、読後の満足感にとどまらず、受け止めるべき内容をかみしめています。

主人公が時代の経過に伴い、何度か入れ替わりますので、感情移入しにくいかもしれませんが家族としてのつながりで読み解くと、違和感は薄まります。

お話は、大島吾郎と後に義理の娘となる赤坂蕗子との出会いからスタートです。吾郎は蕗子に「光の暈」を見ます。運命的な出会いを象徴する表現でしょう。あるいは、この二人の相性の良さを伝えるとも読めます。小学校の用務員として働いていた吾郎は、落ちこぼれの子供たちに勉強を、放課後に用務員室を利用して見てあげていました。蕗子もそうした子供の一人として、来ていたのですが実は決して勉強ができない子ではありませんでした。実は、「用務員の神様」と母親たちから評価されていた吾郎の教え方を、その母・千明に頼まれ偵察に来ていた子だったのです。千明の目的は、新しい塾の立ち上げ、教師としてスカウトしようとしていました。昭和36年の出来事です。

千明は、渋る吾郎をある策略で失職させ、塾教師の道の選択余儀なくさせます。こうして「八千代塾」が開塾しました。時代は塾を求めていました。しかし、塾の存在は「悪徳商売」「教育界の徒花」といった否定的評価が多かった時代でした。事業のパートナーにとどまらず、いつしか吾郎は蕗子の父親という存在にもなっていました。物語の展開が早いのは、千明の決断力の速さを象徴しているのかもしれません。

余談なりますが、この当時の京成八千代台駅周辺について、「松林を切り拓いた平野に立ちのぼる人煙がみるみる勢いを増していく。「八千代都民」なる呼称が広まるほどに、この地は東京のベッドタウンとして発展した。」と書かれています。私ども夫婦が八千代市に居を構えたのは、この時代から10数年後になりますが、その頃もさらに発展し続けていました。懐かしい思いがあります。

さて八千代塾は順調に発展していきますが、大手の進出を知った千明は、ほかの個人塾との合併話を勧めます。反対していた吾郎でしたが、合併相手は勝見塾といい、隣駅の大和田にあるので訪ね、主宰者の勝見正明の指導法を間近に見て、非常に感銘を受けたのでした。自分の指導は生との内的な目覚めを待ついわば静的な指導であるのに対し、勝見は巧みな話術と腹からの発声で、動的に攻める指導でした。この出会いを吾郎は喜びます。

こうした塾の経営問題、あるいは家族のさまざまな問題に直面しながら、千明と吾郎は歩み続けます。そして子供の世代、孫の世代へとストーリーは引き継がれます。吾郎が、男女関係に対して潔癖でないことが、キャラクターとして面白かった。子供たちはそれぞれに、問題をかかえながら成長します。孫の世代まで、描くことで、教育問題の意義が照らされます。繰り返しになりますが、充実した読後感が味わえます。

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2017年06月21日

『夜と霧』が伝える人間の尊厳

c48a0b65.jpg戦前と全く同じことが起こるとは思えませんが、戦後70年を否定的に評価して、戦争の時代に後戻りさせようとする権力意思が露骨な世の中になってきました。人権の尊重や、思想・信条の自由に制約が求められているようです。歴史を振り返る必要をあらためて感じます。

突然ですが、アウシュビッツ強制収容所には、旅行で訪れて強烈なインパクトを受けました。最近いくつかの読書体験をしたこともあり、ナチ・ドイツ時代を学習しながら思いを記します。

「ホロコースト」は、ナチ・ドイツによるユダヤ人大虐殺を表わす言葉として知られています。1978年にアメリカで放映されたテレビドラマのタイトルに由来しているということです。しかし、この言葉は旧約聖書の「神への供え物」の意味が含まれているので「、イスラエルでは好まれずヘブライ語で破局・破滅を意味する「ショア―」が用いられています。(石田勇治『ヒトラーとナチ・ドイツ』、講談社現代新書、2015)

およそ600万人のユダヤ人が殺戮されたと言われます。しかし、ヒトラーやナチ幹部たちが最初から大量殺戮を目論んでいたわけではないようです。そこが、問題だと思います。戦争の混迷に伴い、ホロコーストに行き着くのです。歴史に学ぶ意味があります。

「帝国水晶の夜事件」と言われる、反ユダヤ主義暴動、迫害が勃発したのは、1938年11月9日夜から10日未明にかけてのこと。ドイツの各地でユダヤ人の居住する住宅地域、シナゴーグなどが次々と襲撃、放火されたものです。暴動の主力となったのは突撃隊(SA)のメンバーであり、ヒトラーや親衛隊(SS)は傍観者として振る舞った。ナチス政権による「官製暴動」の疑惑も指摘されている。この事件によりドイツにおけるユダヤ人の立場は大幅に悪化し、ホロコーストへの転換点の一つとなります。

1941年3月3日、ヒトラーは国防軍統合司令部へ秘密の指示を出します。「ユダヤ=ボリシェビキ知識人は国民のこれまでの「抑圧者」として除去しなければばらない。」ソ連侵攻はヒトラー個人の意思にとどまらず、犯罪的な戦時法規を軍が実施することを意味していました。(芝健介『ホロコースト』、中公新書、2008)

同年6月、ドイツはソ連に侵攻、ユダヤ人の集団虐殺が行われます。12月にはポーランドにヘウムノ収容所が出来ますが、人間の殺害のみを目的とした絶滅収容所です。ユダヤ人たちは「ガス・トラック」に乗せられ殺害されました。また9月1日、ドイツ国内のユダヤ人には黄色い星着用義務が科せられています。

ヴィクトール・E・フランクルが逮捕されたのは、こうした状況においてのことでした。非ドイツ国民で党と国家に反逆の疑いのあるものは、家族ごと捕縛して収容所に拘引せよという、極めて非人道的な荒業が国家意思として行なわれていたのです。

いうまでもなく、フランクルの書いた『夜と霧』(みすず書房、新訳は2002年発行)は、人間の尊厳について考えさせられます。最近、文庫化された、河原理子さんの『フランクル『夜と霧』への旅』(朝日文庫、2017)を手に取ったことも、より深く考える手がかりを与えてくださいました。ちなみに同著は、『夜と霧』が人々のどのように受けとめられたか、その影響力の広がりを伝えて興味がさらに深まるキュメントです。著者は「取材し、人に会い、たくさんの本を読み、フランクルに近づいていく過程は、自分がいかに知らないかを知る過程でもあった。一本棒のようなやせた認識が、少しづつふくらんで、私は解きほぐされていった。」と書いておられます。

1941年のある朝、フランクルは、軍司令部に出頭を命ぜられます。いったんゲシュタポ管理下のユダヤ人病院の精神科へ勤務することになり、いわば執行猶予が与えられますが、1942年9月頃になって、こと、両親ならびに新婚の妻ともどもテレージエンシュタット収容所に送られます。2年間の猶予期間が与えられたものの、ついに1944年10月、フランクル夫妻はアウシュビッツに移されます。妻も希望して同行しました。アウシュビッツ到着後の「選別」で、生き延ビルことが許されたフランクルは、数日後にダッハウ収容所の支所に移送されます。フランクルは、ダッハウで戦闘機工場建設のために強制労働させられることになったのです。妻とは離れ離れになりました。運命に翻弄される日々の始まりです。妻や両親とは死別を余儀なくされてしまったのですが、さまざまな運命のいたずらで、フランクル自身は生を全うすることができたのです。

よく知られている場面なのですが、アウシュビッツで貨車を降りたあと、親衛隊の高級将校の前に整列させられて、その男の人差し指の動きが生死の境目だったのでした。生き延びる知恵を、アウシュビッツで運よく出会った知り合いから教えられます。「毎日髭を剃り、働ける状態であることを示せ」ということでした。

フランクルは、収容所での心理状態の変化を伝えてくれています。最初はショックを受けて、そこから脱出できないものは死を恐れなかったという。そして収容が長期化し、内面化が進むと感情が麻痺してきます。懲罰を受けている被収容者を見ても何も感じずに眺めるようになっている。しかしこれは精神にとって必要不可欠な自己保存メカニズムであったと言うのです。

自由についても、述べています。フランクルが人間への信頼を宣言している箇所です。
「強制収容所にいたことのある者なら、点呼場や居住棟のあいだで、通りすがりに思いやりのある言葉をかけ、なけなしのパンを譲っていた人びとについて、いくらでも語れるのではないだろうか。」

すべてを奪われても、人はあたえられた環境での振るまいに、「最後の自由」を奪われることはないと言われます。人間としての尊厳を守れるかどうか、決定権は自分自身だということです。

河原理子さんも引用していますが、強制収容所において病気で息を引き取った若い女性のエピソードは美しい。自らの運命に感謝しつつ、病室の窓から見えるマロニエの木に話しかけます。木は「わたしは、ここにいるよ、わたしは命、永遠の命」と答えている。
死と向き合う中で「いのち」を深めることはできる、と河原さんは希望として受け止め、そして記述したおられます。

ナチ・ドイツの蛮行が許容された世界が地球上に存在した意味を見つめ直すとともに、同様な蛮行が現代世界からも根絶されていないことから目を逸らすことができませんね。

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2017年05月24日

読書会の課題図書『ありふれた祈り』

450d8950.jpg真生会館で、2カ月ごとに実施されている森司教との読書会。今回の課題図書は『ありふれた祈り』(ウィリアム・ケント・クルーガー著 ハヤカワ・ミステリー文庫、2016)でした。

物語の舞台は、1961年ミネソタ州のニューブレーメンという町(架空の町のようです)ですが、語り手は40年前に自らが体験した苛酷な出来事を描き出しています。推理小説なのですが、すでに多くの読者の方が指摘しておられるように、一人の若者がその体験を通して成長していく物語ともいえましょう。しかしその体験は、5人の死に出会うことでもありました。今になって思うことは ̄鍛劼龍欧襪戮代償について ⊃世龍欧襪戮恵みについて だと語り出します。その出来事とは、どのようなことだったのでしょう。
登場人物のうち、大人の男たちの多くは戦争による心身の後遺症を伴っているようです。語り手はフランク・ドーン、両親と姉・弟と暮らしています。父はメソジスト派の牧師ですが、戦争体験を経て職業選択を変更したことが知らされます。母は弁護士の妻となると思っていたので、夫の職業には不満を持っているようですが、教会では音楽的才能を発揮します。

ボビー・コールという少年が鉄道事故で亡くなるという出来事から、物語は始まります。ボビーの葬儀で歌う母は聴くものの心をとらえます。「母の歌声は、神が最善の理由からボビー・コール」をお召しになったことを私に信じさせてくれた。」とフランク少年が絶賛していることは、印象的です。ボビー少年には知的障害があったらしく、教師からものけ者扱いされていたらしいのですが、ボビーの美点を知っていた教会の雑用係のガスは、棺の上に手を載せて、信徒たちに向かってこう言います。ボビーは「彼にほほえみかける物になら誰にでも、その幸せを与えたってことなんだ。」、でも「みんなはボビーをからかった。キリスト教徒のくせに、石を投げるように言葉でボビーを傷つけた。」無垢の少年に、世間のみならず信徒からも冷たい眼で見られていたようです。

事故死と思われたボビーの死に対して、疑惑が投げかけられました。鉄道線路には浮浪者がいたことを巡査のドイルが気にしているのです。ボビーが亡くなったのは川にかかった長い構脚橋、実はフランクと弟のジェイクも時おり遊び場所にしていました。彼ら兄弟は橋に腰を下ろして下の川を眺めるのが好きだったのです。ボビーの死にまつわる何かを見つけたくて、フランクは弟と一緒に構脚橋に向かうと、インディアンの男と外套を着て横たわる男の姿を見てしまいます。インディアンは横たわる男が死んでいると告げます。彼は、戦争で大勢の人間が無残に死ぬのを見たけれど、この男は普通に脳卒中か心臓発作で死んだので、いい死に方だとフランクたちに語ります。おそらく死んだ男は浮浪者の一人なのでしょう。ところがインディアンが弟の膝に手を触れたことをきっかけに二人はあわてて逃げ出します。町に戻って男が死んでいることをドイルたちに告げたのですが、なぜかインディアンがともにいたことは、ふせてしまいます。

物語はさりげなく、社会的弱者への偏見・差別の実態に触れています。フランクと弟がインディアンの男の存在を口にしなかったのは、社会的な偏見があるので、いきなり犯罪者と決めつけられて、暴力的な扱いをされるのではないかと、思わずかばってしまったのではないでしょうか。さて、彼らが線路に近づいたことに対しては、両親からの厳しい叱責が待っていました。牧師の父は、自分が棺以外の場所での死を見たのは戦場であり、それは驚くものであり怖かったと伝えます。だから、フランクたちには、そのような死に出会うことから遠ざけたかったと話します。

いくつかの謎が提示されています。何よりも父親は、戦争でどのような体験をしたのでしょう。「彼らはみんなあんたのせいで死んだ」とガスが父親に言うのを、フランクは聞いてしまいます。また、その言葉に呼応するかのように、父親が「神の恐るべき恵み」を求めて祈っていることも、フランクは知っています。

そしてフランクが慕う姉のアリエルにも、秘密がありました。夜、どこかへ出かけているようなのです。姉18歳、秋にはジュリアード音楽院に進学予定になっていた。また、母親のかつての婚約者であり音楽家のエミール・ブラントの指導でピアノ・オルガン・作曲を学んでいるとともに、回想録の口述の手伝いをしており、エミールの甥のカールとは恋人同士のように思われていました。

エミールの家庭環境も複雑といえます。特権階級のブラント一族の一員であるにもかかわらずニューブレーメンでも西のはずれの農家に生まれつき難聴の妹リーゼと暮らしています。エミール自身は、第二次大戦で失明し、顔にも大きな傷を負いました。しかし自然環境には恵まれています。リーゼが育てる野菜は大きく実っています。父親と、ブラントはチェスで交友を深めています。母がかつてブラントと婚約していたことを問題にしていないように、フランクには思えています。ブラントが無償でアリエルに指導しているのと引き換えに、回想録のタイピングを手伝っていることがわかってきます。

その姉が、ある日行方不明になります。ミステリーの要素がある作品ですので、物語の詳細は、このあたりでとどめておきましょう。思わぬ展開が待っています。大きな悲しみの時間をフランクの家族は過ごさなくてはなりません。その悲しみのため一度は引き裂かれた家族は、どのように立ち直ることができたのでしょうか・・・・

作品のテーマとなっているのは、パスカルの名言「心は理性が理解できない知力を持っている。」のようです。エピローグでは40年後の場面が描かれていますが、その光景が、美しく胸を打ちます。森司教は、この作品は弱者の視点が鮮明に記されていて、人間の弱さ・悲しみを知る者は他人を責めることがはできなくなることがわかると指摘されました。登場人物の中で、父親の牧師は理想を語りますが、一方、ガスという人物が人生のありのままの姿をフランク兄弟に教えるという形で、いわば両輪となって育ててくれていることに意義があるようです。素晴らしい作品にめぐりあえました。

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2017年05月13日

『家康江戸を建てる』から教えられたこと

cdd1331d.jpg門井慶喜さんの小説『家康江戸を建てる』(祥伝社、2016)を読みました。家康は信長や秀吉に比べて注目度は低いようですが、かなり用意周到な人物だったことにこの連作集を読みながらあらためて思いました。秀吉から与えられた関八州、とりわけ江戸を家康が今日につながる計画都市の基盤をいかにして作り上げたのかに視点を定め、とても面白い読み物になっています。

秀吉から与えられた新領地の代わりに、現在の所領である駿河、遠江、三河、甲斐、信濃と交換させられたのですから、家臣一同は、こぞって反対します。しかし家康はこれをうけいれ、小田原でも鎌倉でもない江戸城を住居に選びます。この江戸を年月かけて、現代につながる大都市に変えたのは、この物語に登場する多くの技術者たちだったことが明らかになります。

第一話「流れを変える」では、伊奈氏が登場します。家康が江戸の地ならしを託したのは伊奈忠次という人物、かつて一向宗門徒の一斉蜂起の際には、あえて鎮圧行動を怠り家康の怒りを買って追放された男でした。しかし武人としてより文官としての生き方を選んだ忠次には、新しい時代を作る為の役割が与えられたのです。それは利根川東遷の端緒を切り開くための事業でした。治水や灌漑、検知、交通網の整備等々、激務に忙殺されて完成に導かれなかった忠次の利根川東遷事業は、次男の忠治に引き継がれます。伊奈忠治は、見沼溜井を作った方ですので、馬場小室山遺跡に集うものの一人としては、すでに馴染み深い存在です。

ところで忠次の長男・熊蔵は、父親の薫陶を受けたものの家康の命で駿府に呼ばれました。それは武門の誉れを与えようとした家康の計らいだったのですが、秀頼との戦いを優先していた家康の意向に応えることができず、34歳という若さで世を去っていました。思いがけず忠治は父親の事業を引き継ぐことになったのです。そして物語は忠治の息子・半左衛門の代に及びます。その時代にはすでに治水から利水を目的としていました。しかし、忠治ともども利根川東遷事業を完成するという目標を、忘れてはいませんでした。完成を待たずに忠治は亡くなりますが、常陸川との合流が実現します。伊奈の家は、そののちも関東郡代をつとめる家となったのでした。

第二話「金貨を延べる」の登場人物は後藤庄三郎ですが、長谷川長安とのやり取りの描写を面白く感じました。家康が関東入国して三年、文禄四年(1595)、後藤家当主の弟、長乗が京から江戸にやってきます。従者として付き従った橋本庄三郎は、二年後長乗が帰洛しても江戸にとどまり大判鋳造の腕前を家康に披露します。しかるに、家康は大判の製造中止を命じました。その命令を伝えた人物は代官頭の長谷川長安、猿楽師の出身と言われ、かなり癖のある人物のようですが、徳川家臣団の重鎮となっていました。庄三郎とのやり取りの描写が面白い。庄三郎は家康の命令を実行すれば、いずれ太閤大判を凌駕することを見ぬきます、これを聞いた長谷川長安は、「いくさじゃ、これは貨幣戦争じゃ」と目を輝かせます。庄三郎は後藤家の養子となることを願い出ますが、屈辱を味あわされます。猶子として一代限りの「後藤庄三郎光次」と名のることのみ許されたのです。いまだ秀吉政権の力が優位だった時代です。しかし秀吉が亡くなり、関が原で天下の様相は一変します。合戦の後、家康の発行した慶長小判は全国流通のものでした。庄三郎がその技術を発揮し、貨幣は信頼できる通貨としての役割を果たす基礎を作ったのでした。

最初の二つの物語のあらすじ、時代背景などを簡単に書いてみましたが、面白さはこの連作集を読むことで堪能できると思います。第三話「飲み水を引く」、第四話「石垣を積む」、第五話「天守を起こす」と続きます。第四話にも長谷川長安が登場しますが、庄三郎と出会ったころとは人変わりして、驕慢の振る舞いがひどい人物として描かれています。長安死後に、遺児たちが死罪になった原因を「放埓さが家康の癇にさわったものと思われる」と断じています。ただし、「21世紀の現在においても長安はその民政官僚としての功績をじゅうぶん評価されているとはいいがたく」とも述べられていることも気になりました。謎の多い人物と言えるようで、興味をそそられました。

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2017年04月25日

『ねこのおうち』は幸せを呼ぶ

20482706.jpg気楽に手に取った単行本『ねこのおうち』(柳美里著 河出書房新社、2016)でしたが、読み進めるうちに恐るべき動物虐待の現実が見えてきて、衝撃を受けました。私には猫を飼った経験はありませんが、読みながらいとおしさがわいてきました。「ですます」調で語られているので、童話のように思えて読み始めましたが、ありふれた日常に現代日本の痛ましい現実を再認識させられました。

ニーコの飼い主は一人暮らしのおばあさん、ニーコは捨て猫だったのです。ニーコの母猫は三匹の子猫を生みましたが、飼い主は処分に困ったニーコだけを、靴箱の中に入れて夜の公園に捨ててしまいました。それをおばあさんが拾って育ててくれたのでした。・・・

ところが、そのおばあさん、数年後には認知症が進んで、ニーコの世話ができなくなってしまうのです。ニーコは野良猫になって、6匹の子猫を生みました。(ぼんぼり尾の茶虎、キジ虎、カギ尻尾の茶白、真っ白な長毛、真っ黒な長毛、サビの長毛)

悲しいことに、子育て中のニーコは、野良猫を毛嫌いする人によって草むらに仕掛けられた殺虫剤入りの団子を食べて、苦しみながら死んでしまいました。残された子猫たちの運命は・・・・

すでに、人間の都合による動物虐待の現実と、高齢化社会の生々しさが作品に投影されています。一人暮らしのおばあさんの孤独を慰めるニーコは、いきなり野に放たれ、悲惨な最期を遂げてしまうのです。もっとも、お話は、これから進展します。6匹の子猫たちは、野垂れ死にすることなく、それぞれに飼い主に出会います。その飼い主たちも、現代日本の縮図と言える人物像として描かれています。ここに作者である柳美里さんの社会を見つめる視座が、色濃く反映されているといえるのでしょう。

動物病院の前で偶然、ねこ里親募集の貼り紙を見て、「毛が長く、黒と茶と白と灰色がぐちゃぐちゃに混ざった錆色のオスねこ」を飼うことに決めたのは、27歳でライターのひかる。年齢の割にはちょっと頼りない感じがします。両親が離婚して、父親は一人暮らし、母親は再婚、祖父母の元で成長したことにその一因があるのかもしれません。「アルミ」と名付けたこの子猫はひかるをいやしてくれます。「アルミ日誌」を付けることにしました。アルミと食事をし、お腹の上にのせて眠ります。「ねこの周りには平安としか言いようのないものが漂っている」と思うのです。

クリスマスの日、教会の掲示板には「神にできないことはなに一つない」という聖句が掲げられています。礼拝堂には聖劇を見るために人々が集っています。ひかりも来ていました。動物病院の港先生が、気づいて声をかけます。そして、ひかりの後ろに立っていた男性にも声をかけました。今井さんというその男性もニーコの子猫の飼い主でした。

今井さんの奥さんがちょうど一週間前に天国に旅立ったことを、港先生は知らされます。港先生と並んで立っていた牧師さんに、妻をがんで見送ったばかりの今井さんはたずねます。

「神にできないことはなに一つない、という言葉はどういう意味なんでしょうか・・・」

牧師さんは、言葉を選んで慎重に答えています。途方に暮れるほどの悲しみに対して目に見える形では神は答えてくれませんが、「神は、ただ苦難に堪え、苦難とたたかう力を貸してくださるのではなく、苦難そのものを祝福してくださるのです。」

今井さんは亡くなった妻との思い出を、子猫の「ゲンゴロウ」と死んだ「ラテ」を保健所から譲り受けた経緯を含めて回想しています。それはわずか半年の出来事でした。

切ない物語が綴られていました。涙なくして読めませんが、最後まで読み通すと、思いがけない人物が再登場してきますし、少しハッピーな思いにさせてくれます。

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