2021年09月16日

『最終飛行』が描いたサン・テグジュペリ

IMG_0883佐藤賢一さんの長編『最終飛行』(文藝春秋、2021)を読みました。主人公は、『星の王子さま』の作者として、よく知られているサン・テグジュペリです。彼は、作家であると同時にプロの飛行士でもありました。経歴としては、兵役で航空連隊に入り操縦士と任務を終えた後、郵便航空会社で路線パイロットとして働いたとのことです。パリ=サイゴン間の長距離飛行では、リビア砂漠に不時着したものの、奇跡的な生還をとげたという大冒険ともいえるエピソードの持ち主です。

『星の王子さま』の作者の孤独なイメージからは、想像しがたい力強さを感じさせます。しかもかなり巨漢だったようで、操縦席が狭いことを表現するシーンも登場します。さらにこの作品では、女性との関係においても緩めの人物像が随所に描かれます。サン・テグジュペリは、偵察飛行に出たまま、帰還できないという最期を迎えるのですが、作品の時間軸はパリ陥落目前の時期から、生涯最後の時間に至るまでの5年間です。

第二次世界大戦中のヨーロッパが時代背景です。1939年9月、ドイツはポーランドに侵攻して、世界大戦の引き金となったわけです。フランスとイギリスはドイツに宣戦布告しますが、ポーランド救援のためドイツ軍と交戦するといった軍事行動に及ばないまま時が経過します。「奇妙な戦争」と言われる時期が続きます。ドイツは1940年には、イタリヤ、日本と軍事同盟を結ぶことになるのですが、その年の5月にフランスに侵攻します。物語のスタートは、この時期にあたります。

フランスは、ドイツとの国境地帯に要塞線(マジノ線)を築き対抗していました。しかし、ドイツ軍はマジノ線を迂回して、要塞の手薄な北方から攻めたのです。オランダ、ベルギー、ルクセンブルクを侵攻し、戦車は国境を越えたのです。フランスは満足な抵抗もできぬまま敗北しました。この間、サン・テグジュペリはレイノー首相に会って空軍を増強する提案を行ったりしたものの、事態はよい方向には向かいませんでした。その結果、フランス政府は6月にはパリを放棄、南部のボルドーに移ります。陸軍元帥のペタンが首相となりドイツとの休戦協定に応じたのでした。その一方で、交戦派のド・ゴールらはイギリスに逃れていました。こうしてパリを含むフランス北部はドイツの占領下におかれたのです。

第3共和政は廃止、ヴィシーを首都とする「フランス国(ヴィシー政権)」が成立し、この政権によってドイツに追従する政策がとられました。その結果になりますが、ヴィシー政権下のフランスでは、ユダヤ人に対する迫害が厳しくなったのです。サン・テグジュペリの友人のレオン・ウェルトを訪ね、励ますシーンが登場していますが、ユダヤ人にとっては厳しい状況であることを再認識できます。

このレオン・ウェルトという人は『星の王子さま』を献呈されたことで、知られています。サン・テグジュペリの献辞は次のように綴られています。彼は、「子どもの本でも、なんでも、わかる人」で、「今フランスに住んでいて、おなかをすかせ、寒い思いをしているので、なんとかなぐさめてあげたいのだ」とサン・テグジュペリは書いたのでした。

レオン・ウェルトに
わたしは、この本を、あるおとなの人にささげたが、子どもたちには、すまないと思う。でも、それには、ちゃんとした言いわけがある。そのおとなの人は、わたしにとって、第一の親友だからである。もう一つ、言いわけがある。そのおとなの人は、子どもの本でも、なんでも、わかる人だからである。いや、もう一つ言いわけがある。そのおとなの人は、いまフランスに住んでいて、ひもじい思いや、寒い思いをしている人だからである。どうしてもなぐさめなければならない人だからである。こんな言いわけをしても、まだ、たりないなら、そのおとなの人は、むかし、いちどは子どもだったのだから、わたしは、その子どもに、この本をささげたいと思う。おとなは、だれも、はじめは子どもだった。(しかし、そのことを忘れずにいるおとなは、いくらもいない)そこで、わたしは、わたしの献辞を、こう書きあらためる。
   子どもだったころの  レオン・ウェルトに          (内藤濯訳)

レオン・ウェルトはユダヤ人でしたから、ヴィシー政権による迫害から逃れるため、いち早くパリを脱出していました。「ユダヤ人の身分規定に関する1940年10月3日法」はユダヤ人の陸軍からの排除、報道機関ならびに出版界からの排除、公務員からの排除を定めていました。レオン・ウェルトの別荘はジュラ兼の西の外れ、サン・タムールという村、いわば隠れ里のような場所にありました。そこへ訪ねてきたのです。サン・テグジュペリは、友人を厳しい状況に追いやったヴィシー政権に対する怒りのあまり、大声で叫びます。「ああ、戦争に負けるより、ひどい、フランスは魂を売ったも同然だ。」

レオンは、ここでも誰が聞き耳を立てているとも限らないと、たしなめます。そして、自らの逃亡記録をしたためた新作をサン・テグジュペリに託します。そして、彼にアメリカ行きを勧めるのです。
レオンの妻のシュザンヌが会話に加わると、サン・テグジュペリの妻コンスエロのことが話題になります。実は耳が痛いところです。サン・テグジュペリはパトロンでもあるネリーとの関係も続けていることが知らされます。女性関係には、かなり節操が欠けていた人物といえるのかもしれません。

祖国がナチスに蹂躙されるのを苦々しい思いをいだきながら、サン・テグジュペリはアメリカに渡ります。渡航する船の客室で、映画監督のジャン・ルノアールとの出会いのエピソードも面白い。アメリカに渡った船でサン・テグジュペリとジャン・ルノアールが相部屋になったことが縁で、親交を結ぶことになったのです。映画『人間の土地』を製作しようとしたものの、結果的にはハリウッド上層部の無理解もあり実現しなかったわけですが、このエピソードも物語に色を添えています。

読み応え十分の作品で、あらためてサン・テグジュペリという人物に惹かれました。

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2021年08月25日

『52ヘルツのクジラたち』を読んで

IMG_0870最近、読んだ本の中で印象に残ったのは、町田そのこさんの小説『52ヘルツのクジラたち』(中央公論新社、2020)です。タイトルの「52ヘルツのクジラ」には大切なメッセージが込められています。ウィキペディア(Wikipedia)を参照しました。。

「52ヘルツの鯨(52ヘルツのくじら、英語: 52-hertz whale)は、正体不明の種の鯨の個体である。その個体は非常に珍しい52ヘルツの周波数で鳴く。この鯨ともっとも似た回遊パターンをもつシロナガスクジラやナガスクジラと比べて、52ヘルツは遥かに高い周波数である。この鯨はおそらくこの周波数で鳴く世界で唯一の個体であり、その鳴き声は1980年代からさまざまな場所で定期的に検出されてきた。「世界でもっとも孤独な鯨」とされる。」

「世界でもっとも孤独な鯨」を人間に置き換えているのですが、そのような孤独の声が、誰かに届くことがあるのか、物語の世界に入りましょう。

物語の主人公の貴湖(きこ)は、祖母がかつて暮らしていた大分県の小さな海辺の町に建つ一軒家に越してきました。ある日、この家の修繕に来ていた若者から「風俗やってたの」という遠慮会釈のない質問が、貴湖にダイレクトに放たれました。その若者は村中といい、のちのち気ごころが知れるころには、決して悪気のある男ではないことがわかるのですが、そのときはぴしゃりと否定するしかありませんでした。村中が、自分の祖母から聞いた話によると、この家はかつて芸者だった人が一人で住んでいたことから、この失礼な質問になったのですが、世間話と若者の想像力の所産でした。さて、なぜ貴湖がこの家で一人暮らしをするようになったのでしょうか、物語はその謎からスタートしますが、読み進むにつれ悲しい事実を知ることになります。

貴湖はあらためて思い返しています。母との縁を断ち切って、ここへやってきたのだことをです。家族からの虐待を見抜いてくれ、自分を救ってくれたアンさんはこう言ってくれたのでした。
「第二の人生ではキナコは魂の番(つがい)と出会うよ。愛を注ぎ注がれるような。たったひとりの魂の番のようなひとときっと出会える。」
アンさんは、貴湖が背負っているものを見抜いて、「キナコ」とやさしく呼びかけて寄り添ってくれた人でした。その言葉が実現しなくとも、言葉をもらっただけでよかったのです。

貴湖が、両親から長年に渡って受けてきた虐待とは、例えば、義父の介護を一身に背負わされたこと、そして母親からの束縛から解き放されないままでいたのでした。その環境から救ってくれたのがアンさんでした。しかし、その後、彼女にとっては恩人であるアンさんを傷つけ、裏切ってしまうことになってしまいました。その結果、すべての過去を断ち切って、この街に越してきたのでした。

ある日、言葉を全く発することができない一人の少年と出会いました。貴湖は、この少年が、家族から虐待されているのではないかと、疑います。少年は自分の名前を「ムシ」と表現するのです。家族からそんな呼び名を与えられているのですから、明らかに虐待されていたのでした。貴湖は放置することができず、友人にも助けられて、少年と向き合います。傷ついた魂が、もう一つの傷ついた小さな命と響きあい、生きる希望に目覚めていきます。

「わたしは、わたしの声を聴いて助けてくれた人の声を聴けなかった。・・・わたしがこの子にしようとしていることはきっと、聞き逃した声に対する贖罪だ。」
貴湖はそう考えます。もしそうした代償行為なのだとすれば、少年を助けた動機は不純とも言えると思うのですが、むしろ置き換えることができないことはわかり切っているけれど、衝動的に行動に移れたと言えるのではないでしょうか。読みながら、思わず感じました。

著者の町田そのこさんは、他の媒体でも伝えておられるようですが、先日(8月23日)、朝日新聞にもインタビュー記事が載っていました。ご本人の体験です。
「小学5〜6年の時に同級生からいじめを受けていました。・・・いじめが始まったのは、小学5年の終わりごろでした。きっかけがあったかどうかは、私自身は今もわかりません。ただ、私が鈍くさくて、めがねをかけて小太りで。発達がまわりの子よりも遅く、からかいやすかったのだと思います。プリントを前から後ろに配る時に、同級生の男子から「汚い。ばい菌がついた」と言われました。クラスのみんなが盛り上がって笑っている時に私も一緒に笑うと、「お前はこっち見るな。入ってくるな」と言われたこともあります。小学2年で転校してきて、同級生たちが住んでいる場所から少し離れているところに暮らしていたのも大きかったと思います。幼稚園から一緒の同級生の結束は強く、その中で私は浮いていたんだと思います。放課後にみんなで遊ぶ時にも誘われたことはなく、「楽しかったね」という会話にもついていけませんでした。」
こんな状態から、救ってくれたのはお母さまだったそうです。
「家族や先生に言えない。そこで得意だった作文を書きました。「先生、私はいじめられています」と。男子からはばい菌扱いされ、女子は「やめなよ」って言っても本当に心配はしてくれない。止めるような言葉を言いながら笑っているのがつらい、と書きました。でも、先生には出せませんでした。私が珍しく机に向かって熱心に勉強しているなと思った母が、引き出しにあった作文を見つけました。あわてた母はノートを持って、学校へ行ってくれたのです。いじめに気づいていなかった担任の先生もすぐに動いてくれました。通常の授業を数日休み、クラスの児童全員に私へのいじめに関する聞き取りをしてくれました。その上で「あなたたちのやっていることは、人を殺すことだよ」と全員の前で熱心に話してくれました。 そこから、直接的ないじめはなくなりました。いじめが終わるきっかけは、こんな簡単なことだったのかと驚きました。」

「魂の番」に出会えることが偶然ではなく、普遍的に存在していることを信じたいです。

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2021年07月28日

『キリスト教以前のイエス』との出会い

IMG_E0806船橋学習センター・ガリラヤでは、新型コロナ感染拡大への対応の必要から、講座室での受講も併用しながら、オンライン講座を実施しています。前理事長の大原神父様は、講座室には来られませんが、体力も回復されて、アルバート・ノーラン著 篠崎榮訳『キリスト教以前のイエス』(新世社、1994)をテキストに、刺激的な講座を設けてくださいました。

前回の講座では、第7章を読み解きました。富は神様からの祝福だと思っていたユダヤ人にとって、イエスの言葉はかなり衝撃を与えたようです。大原神父は、落語「水屋の富」を引用して、富くじにあたった男の不安が、その千両箱を盗まれたことで解消されるという一連のストーリーを、上手に伝えてくださいました。富というものは、特に持ちなれないものにとっては人間の心を不安定にさせてしまうもののようです。
 
金銭と所有物について、イエスの言葉は「もっとも厳しい言葉」とみなされているけれど、その言葉を多くの信者たちは和らげて読みたがるのだと、著者のアルバート・ノーランは指摘します。しかしイエスは何度も言っているのです。「金持ちが神の国に入るのは、らくだが針の穴を通るのと同じくらい不可能である」

そして弟子にも厳しい条件を付けています。そしてその条件に合わせて従うのです。

「ペトロがイエスに、「このとおり、私たちは何もかも捨てて、あなたに従って参りました」と言いだした。イエスは言われた。「よく言っておく。私のため、また福音のために、家、兄弟、姉妹、母、父、子ども、畑を捨てた者は誰でも、今この世で、迫害を受けるが、家、兄弟、姉妹、母、子、畑も百倍受け、来るべき世では永遠の命を受ける。」(マルコによる福音10章-28-30節)

ノーランの表現でいえば、「単なる慈善以上の何か」が求められているとのこと、その意味は、「すべての物質的所有物を徹底して誰とでも分かち合うこと」です。金銭と所有物から心を離反させるということは、物質的にも精神的にも、いわば無心の状態にすることを求めたといえるでしょうか。

次いで、ノーランはパンと魚の奇跡に言及しています。この奇跡の合理的解釈は、人々が隠し持っていたものを出したからこのような状況が出現したのだと言われていますし、ノーランもそう解釈していますが、その意味づけに注目したいと思いました。イエスは、弟子たちに分かち合いの実例を示したのだと、解釈しています。そしてそこに集った人々も、この分かち合いを実践したというわけです。この分かち合いの心は初代教会に引き継がれます。

「一人として持ち物を自分のものだと言うものはなく、所有していたすべてを共有していた」と書かれているのを読んで、共産制社会のように思えました。ノーランは、イエスの動機は、貧しい人々と抑圧された人々への限りないあわれみ(compassion)なのだということです。これが大切な視点です。

「あわれみ」の概念を、問い直しましょう。森司教が強調されておられたことが、思い返されます。
「あわれみ」とは、目の前の痛々しい惨めな相手に心を痛め、手を差し伸べなければという心の思いであり、それこそが今の教皇の思いに重なるというのです。ちなみに、2015年12月〜2016年11月に教皇が定めた「いつくしみの特別聖年」ですが、「いつくしみ」は誤訳であり、勅書にある「Misericordiae」を「あわれみ」と訳さず「いつくしみ」と訳したことに起因すると批判されました。「いつくしみ」は誤訳であると主張されたことが印象的でした。(森一弘『教皇フランシスコ』サンパウロ、2019参照)

ノーランはこの「あわれみ」が、「分かち合い」へと導くと言われたのです。金持ちにとってイエスの言葉は心地よいものではなかったけれど、イエスは決然と言い放つのでした。

「金に執着するファリサイ派の人々が、この一部始終を聞いて、イエスをあざ笑った。そこで、イエスは言われた。「あなたたちは人に自分の正しさを見せびらかすが、神はあなたたちの心をご存じである。人に尊ばれるものは、神には忌み嫌われるものだ。」(ルカによる福音16章14-15)

神の国が実現するには、こうした人と人のつながりの中にある断絶を取り除くことではないかと、考えさせられました。

ノーランを読んでいて本田哲郎神父のことが、よぎりました。通ずるものがあると感じたからです。激しいアパルトヘイト(人種隔離)政策の中で活動していたノーランと、釜ヶ崎で、日雇い労働者の側に立って宣教を行っておられる神父は、状況の厳しさに違いはあるものの、ともに虐げられた人の側に立っておられることは明らかです。

さてその本田神父様の『小さくされたものの側に立つ神』(新世社、1990)に、本田神父が翻訳したノーランの講演「立場を選び取れー社会活動のための霊性」が載っていて、興味が増しました。今は対立の時代であると説き、南アフリカでは全面戦争の様相になっているさなかになされた講演のようです。

キリスト者は中立であるべきだとの考えを退け、私たちは神の側に立とうとするなら、貧しいもの、抑圧されたものの側に立つべきとしています。ゞ譴靴澆龍Υ供´貧困は社会構造の問題であることの認識、そして第C奮の問題として、貧しい人々自身が持つ洞察力に気づくこと、しかし、幻滅も生まれます。それゆえ真の連帯が次に求められます。それは「我々」と「彼ら」の区別がなくなる必要があるのです。「私たちに必要なことは、」励ましで」あり、」支援であり、聖霊が私たち一人一人の中で働き、私たちを通して働かれるその方法を互いに理解しあうことです」と結んでいます。

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2021年06月24日

平野啓一郎さんの『本心』

IMG_9404平野啓一郎『本心』(文藝春秋、2021)を読みました。近未来において、人は別離の苦しみを、現在よりやや進んだと思われるAI(人工知能)、AR(添加現実)の技術を駆使することで、乗り越えられるものでしょうか。よく考えてみると、姿はそっくりでも、人格としては別の人にいとしさを感じるだろうか、素朴に思うのですが、近未来に本当に存在しそうな技術です。

その技術とは、VF(ヴァーチャル・フィギア)といって仮想空間上に外見だけでなく、会話もできるように再現された人間を作りだすことなのです。そして、その制作を請け負うビジネスが成り立つ時代になっています。

今から20年後にあたる2040年代の初め、29歳の主人公の石川朔也は、母と二人家族でしたが半年前に母を見送りその寂しさに耐える日々を過ごしていたのです。この時代の日本社会は経済的な格差がいっそう拡大しており、とりわけ朔也は生き方が不器用なようで、今は正規雇用ではない生活をしていています。所属先とは個人事業主という形の契約社員という待遇になっているようです。

母の不在に耐えがたい朔也は、母のVF(ヴァーチャル・フィギア)の作成を依頼します。経済的な苦しさの渦中にはあるものの、母の遺産から作成費用を捻出します。近未来の話なので、VF(ヴァーチャル・フィギア)について業者とのやり取りはリアリティがあり、その点では面白く読めました。亡くなった人にもう一度会いたいという思いを実現してくれるわけですが、その姿はそっくりとはいえあくまで、ヴァーチャルですから、あらためて近親の人々との交流を通じて学習しないと、実像には近づいてこないという設定で、最初のコンタクトではもどかしさを感じることでしょう。

朔也には、母の「本心」を謎解きしたいという目的もあってVFの製作を試みたのでした。母は「自由死」を望み、朔也にもその意思を伝えていました。この時代、「自由死」といういわば安楽死のようなものが認められている社会になっているのです。ところが、こうした母の意思を朔也が尊重することができないまま過ごすうち、母は事故死してしまったのでした。

母は「本心」から自由死を望んだのだろうかと、朔也はあらためて問い続け、母の望みをかなえてやれなかったことの「悔い」を残したままでいます。

ところで、主人公の職業は興味をそそられます。「リアル・アバター」といって、依頼者から、自分を分身として利用してもらうという現在は存在していない仕事です。装着するカメラ付きゴーグルの映像を依頼者がヘッドセットで見ることで、実際に旅をする気分になる。自転車や電車で物を運ぶことや、依頼者が行けないような遠い場所や、危険と思われる場所に出向いてくれるのです。

実は、母が依頼主となって伊豆の河津七滝訪問をしたことがありました。その水は底が見えるほど透徹していたが、全体に分厚いガラスの断面のような深緑色をしていたと思い返します。

この場面を描写するにあたり、三島由紀夫の初期短編の中から引用という文章が添えられていました。
「これほど透明な硝子もその切り口は青いからには、君の澄んだ双の瞳も、幾多の恋を蔵すことができよう」

朔也にはガラスの断面ではなく、この滝の水の色を思い出されるでした。作者の平野さんが、唐突とも思える三島の短編からの引用を挿入した意味を考えてみたのですが、よくわかりません。しかし物語の後半に謎解きがあるのことからで、意味ある引用だったようにも思えます。どうでしょうか。

『伊豆の踊子』の舞台でもあるその景観を母は喜んでくれ、仕事の意味を理解する言葉も伝えてくれます。しかし、朔也にとっては衝撃的な言葉が伝えられたのでした。「お母さん、もう十分いきたから、そろそろと思っているの。」

果たして、「本心」とは何なのか?。人は死の一瞬前に誰に寄り添ってもらいたいのか、問いかけられています。

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2021年05月30日

川上未映子さんの『夏物語』

IMG_E0664川上未映子さんの『夏物語』(文藝春秋、2019)を何とか読み終えました。
第一部は『乳と卵』の再構成版ですので、後半の第ニ部の物語に焦点を充てます。

夏子は初めて刊行した短編集がテレビの情報番組で紹介されたことがきっかけになり6万部のヒットとなった。その後、大手出版社の仙川涼子から連絡をもらうようになった。姉の巻子から奨学金が完済になったという通知が届いたことを知らせる電話があった。巻子の娘の緑子は、付き合っている春山と旅行に出かけているという。

夏子は自分の若かった頃を思い返してみます。付き合っていた成瀬君にはほかに付き合っている女性がいることがわかったのでした。東害日本大震災の後で、その成瀬君から電話がかかってきたことがありました。彼は原発事故の危険を語ったのですが、夏子の執筆に批判的な言葉も投げかけたのでした。

さて、成瀬君には子供がいて、もしあのまま付き合っていたら、その子供の母親は自分だったのかもしれないという思いがよぎります。そして夏子は、自分の子どもに会いたいという思いが生じてくるのでした。ただし、今の夏子には特定のパートナーとなるべき男性が身近にはいないのです。そして、問題点としては、夏子が性行為に対しては前向きではなく、苦痛を伴うものであったことでした。

夏子はテレビのニュース番組を見て精子バンクの存在を知ります。そして自ら精子提供を受けて、出産することを考えるようになります。ある出会いがありました、逢沢潤という男性ですが、父親ではない精子の提供で生まれた存在であり、夏子が参加した「あたらしい『親と子』。そして『いのち』のみらい−精子提供(AID)について考える」というシンポジウムの運営に携わっていた人物です。夏子は、自己紹介代わりに自分の書いた小説を逢沢に手渡す機会がありました。こうしたきっかけを経て、二人の距離は縮まります。

「なぜ自分が本当の父親に会いたいと思っているのか、本当のところは自分でもよくわからないのだと逢沢さんは話した。会えないとわかっているから会いたいのか、会うことがいったいなんなのか、考えれば考えるほどわからなくなると逢沢さんは話してくれた。」

この物語にはいくつかの問いかけがあります。正解は出しにくいものですが、その問いかけに耳を傾けたいです。夏子は逢沢さんに、子どもが欲しい理由を問われたときに答えています。

「なぜ会いたいと思うのか。自分の子どもがいったいどういう存在だと思っているのか。いったい自分がなにを、誰を、どんな存在を想定しているのか。わたしはきちんと話せなかった。ただ、その誰かもわからない誰かに会うことが、自分にとってとても大事なことだと思っていることを、なんとか言葉をつないで伝えていった。」

とり止めない思いであっても、逢沢さんは受け止めようとしてくれるのです。

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2021年04月24日

川上弘美さんの『三度目の恋』

IMG_E0628作品紹介用のキャッチコピーは、「川上弘美さんが紡ぎ出す“平安時代の恋”。時空を超えた最新作」となっていますが、タイムトラベルということでもありませんでした。夢の中で、別人格になって恋をするのです。『三度目の恋』(中央公論新社、2020)を、面白そうな予感を覚え読み始めたものの、主人公の梨子さんへの感情移入しにくい物語ではありました。当たり前ともいえるのですが、私が男だからでしょう。一方で、主人公のパートナーの男性の切ない恋ものがたりに、心が揺さぶられもしました。物語の下敷きに『伊勢物語』があり、また澁澤龍彦氏の快作『高丘親王航海記』をリスペクトしているという作品の創作意図のようなものには惹かれますし、読み進められた要素でもあります。

出だしの部分は、幼い恋心を伝えてくれます。ナーちゃん、本名は原田生矢という男性に、梨子が彼に恋をしたのは小学生のころでした。でも梨子が2歳だったころ中学生だったようなので、ずいぶん年上です。ナーちゃんは父の出身校の後輩で、サッカーサークルの後輩でもあるのです。

梨子にはもう一人大切な男性がいました。小学校に入ったころ出会った用務員の高丘さんです。梨子にとっては大切な存在ですが、姿かたちは小学生には怖いのです。体が大きいうえに鬼のような顔立ちだったからです。もともと僧侶になろうとして高野山で修業したものの、俗世の空気も吸いたくなって用務員となった人でした。

ナーちゃんと一緒にいるととても懐かしくて、安心できる気になるのです。それでいてちょっと淋しいのです。大人になってもその恋心は持続し、結婚することになりました。ところが、そのナーちゃんには、もとから親しい女性が九州にいて、その人との付き合いを結婚後も続けていました。母は、この結婚に反対ではないものの、苦労するよと、梨子にあらかじめくぎをさしていました。その通りでした。家に帰ってこないわけではないのですが、九州の女の人だけでなく、ほかにも女の人がいるようなのです。その一人、通子先生は梨子のお琴の先生です。中学生だったナーちゃんに助けられたことがあったことが最初の出会いだったそうです。

さらに問題が発覚します。ナーちゃんは恋をしてしまったのです。その相手は、勤め先の副社長の許嫁という女性だったのです。その人とは女性の家族によって強引に別れさせられてしまったのです。ナーちゃんも落ちこんだことでしょうが、それ以上に梨子もついに壊れてしまったのです。

そんな時、高丘さんと再会したのです。そして魔法を教わったのです。梨子は夢を見るようになりました。その夢が自分自身を対象化することになったようです。そして、いくつかの気づきもありました。その夢の中で、梨子は幼い娘になっていましたが、すぐに成長し江戸の吉原に売られていきました。村の娘は10歳になれば売られていくのが定めとなっている世の中にいたのでした。

夢の中とはいえ、吉原の生活を体験した梨子が感じたことがありました。風俗産業にいる女たちはほのぐらいと思えます。それにひきかえ、自分とナーちゃんとの関係には、暗さが希薄だったようなのです。ところが、ナーちゃんは昏さに向き合うことになったのでした。恋してはいけない人に恋してしまったのに、その恋を全うできなかったわけなのでした。人は、なぜか嫌い場所にひかれてしまうのでしょう、と梨子は私は問いかけるのでした。

さて、吉原では、春月という名のおいらんとしてデビューしました。お侍の高田さまが通ってくれるようになります。高田さんのむかし話に登場したのが、若い皇子の高丘親王と薬子さまのことでした。そしてその若い皇子こそ、昔の自分だと告げるのでした。

夢の物語は続きます。ファンタジーですが、歴史上の人物も登場し、物語の世界を堪能することができます。

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2021年03月26日

辻原登さんの『卍どもえ』が描いた人間模様

IMG_0565辻原登さんの『卍どもえ』(中央公論新社、2020)の面白さは、登場人物が重層的に組み合わされ、関係性が深められていくストーリーの展開にもありますが、随所に小説、映画などのうんちくが織り込まれることで楽しまされ、そしてさらに登場人物たちの関係性が深まるにつれ、より危険な出会いに導かれていくスリリングな展開に驚き、さらに期待が膨らみます。

はじめに登場するのは、瓜生甫(うりゅうはじめ)という人物で、東京・青山にオフィスを構え、七人のスタッフを抱える中堅のアート・ディレクター、グラフィック・デザイナーです。生活基盤は安定しているようで、生活リズムの充実が読み取れます。しかし、夫婦関係のずれから、さざ波が寄せてきています。そしてそれが、破綻への始まりかもしれないのです。
この作品は題名から読み取れますが、』谷崎潤一郎『卍』へのオマージュです。瓜生の妻ちづるがある女性と出会い、関係性を深めていくことから、生活リズムの変化が生じます。
その女性は、塩出可奈子と言いネイルサロンの経営者です。彼女がサラ金より質の悪い貸金業者からの借金を背負っていることを知って、ちづるは一計を案じます。瓜生が妻のプランに乗っかってしまうくだりは、まるでゲームを楽しんでいるかのような展開を見せてくれます。

ところで、瓜生が通う南青山のバー「無粋」のマダム長江由美の人となりには興味をそそられました。かつて女性誌の編集者というキャリアがありますが、その母親は地下鉄サリン事件に巻き込まれたことをきっかけに体調を崩し早死にしています。常連客に影響を受けプロテスタントの教会に通うようになります。牧師は「マタイによる福音」第26章から、ペトロがイエスを知らないと言った場面を説いています。由美はチェーホフの短編『大学生』を思い出しながら牧師の声に耳を傾けます。ペトロが、イエスにつき従いながらも、イエスが鞭うたれるのを遠くから見ていて、イエスの一味ではないかと問われ「あの人のことは知らない」と否定するのです。由美は、鞭うたれているのが母親ではないかと、涙を流します。

この作品の主役は誰なのでしょうか。瓜生かと思えば必ずしも一人の人物の視点だけで物語は進行しません。この長江由美にも焦点が当てられています。オウム真理教にまつわる一連の事件が、彼女の生きざまに影響を及ぼしていてそのことが作品の時代設定を印象づけてくれます。個人の生活に刻印された時代の荒波は、現代史そのものと言えるわけで、考えさせられます。

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2021年02月26日

今を予見したような作品・篠田節子さんの『夏の災厄』

IMG_0497篠田節子さんの『夏の災厄』(角川文庫、2015)を読みました。出版社の告知によれば、現在を予見した作品ということで緊急出版することになり、重版を決めたということのようです。確かに、いま進行している世間の様相を予見したともいえます。単行本としては、1995年に出版されたようですし時代設定もそのころとなっていますが、決して古さを感じさせない物語でした。

物語のプロローグはインドネシアのブンギ島(架空の島でしょうか?)、半年前までは400人はいたはずの島民の大多数は得体のしれない病に侵され、ほぼその姿を消してしまいました。そして、最後の島民が力尽きる時を迎えているのでした。

物語の舞台は変わります。わが日本の埼玉県昭川市(といってもこれは明らかに架空の市ですが)の保健センター職員の小西は、マイクロバスに乗ってインフルエンザワクチンの接種会場に向かっています。会場を目前にして、接種に反対する主婦たちが待ち構えていました。小西が車を降りて、そのグループに対応しているすきにバスは、看護師たちを乗せて何とか会場の小学校に到着します。ところが、担当するはずの富士病院の勤務医が来ておらず、代わりに登録医ではない辰巳医師がやってきます。辰巳医師は、かなり個性的な人物でした。接種に反対するグループの一員の主婦をゴム手袋で叩いたりした後に、不気味な言葉を発したのでした。

「ワクチン接種で死ぬのはたかだか一千万人に一人の確率であり、それもたまたま弱いものだけだ」と、表立っては言えないような辛辣な言葉に続けて、「ウイルスを叩く薬などありはしない。愚か者の頭上に、間もなく災いが降りかかる・・・その時になって慌てたって遅い」と。

数か月後の、4月半ば、保健センターの1階にある夜間救急診療所に、熱中症らしき患者が来たのですが、妙なことを口にします。甘い香りがするというのです。看護師の堂本房代は前日にも似たような言葉を発した患者を思い出しました。診療所には消毒薬のにおいしかないと思われるのに、連日勤務する看護師なので気づいた患者の共通点でした。そして、その患者が亡くなったことを、彼女は知ることになります。同じ地区に住む人たちに、似たような症状が現れることが徐々に判明してきます。嗅覚の障害といえば、新型コロナでも感染者には、嗅覚や味覚に異常が感じられると報じられていますね。

いつしかパンデミックといえる状況になっていくのですが、その幕開けだったのです。その感染症は、新型の日本脳炎であることがわかりました。従来の日本脳炎と違い、感染すると発症する確率が高く、そして発病すると死を迎えるか重篤な後遺症を覚悟しなくてはならない病でした。本来、日本脳炎とは、代表的な人獣共通感染症で、一般亭には豚の体内でウイルスが増殖し、その血を吸った蚊に刺された人が感染するもので、基本的には人から人には感染しないということのようです。従って、あらかじめワクチンを接種すれば防げるのですが、ただし免疫の有効性には限りがあるようです。作品では、ワクチン製造をめぐる、業者とのやり取りなども興味深い場面も描かれます。

新型脳炎の発生がこうした一地方都市で発生し、それが人災であることも徐々に判明してくるのですが、その蔓延を防止するためには、どのような手段が有効か、法的制約によって妨げられたりしますから、人々は必ずしも適切とは言えない行動をとってしまうのです。

新型コロナウイルス感染拡大の影響で、感染症に対する関心は否が応でも高まってきたわけですが、感染予防に最も効果的なのはワクチン接種であることを、作品を読みながらでも感じさせられました。個性的な人物たちが登場して、人為的に引き起こされたといえる感染症流行を食い止めるために活躍しますので、波乱万丈の面白さも堪能できますが、今はやはり目の前の感染症対策も、気になるところです。

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2021年01月22日

山田詠美さんの『つみびと』は読むのがつらい

IMG_0436「虐待は親から子に連鎖する」と、投げかけられた言葉に琴音は反発を覚えます。でも、本当にそうなのだろうか、考えてしまいます。琴音の娘の蓮音は、子殺しの罪で30年の懲役刑が与えられました。それは2010年の夏のこと、蓮音は4歳の長男と2歳の長女をネグレクト(育児放棄)で死なせたという。

山田詠美『つみびと』(中央公論新社、2019)を読みました。実際の事件がこの作品のベースにあります。しかも「子殺し」がテーマなのですから、読むには「重い」という先入観がありました。目をそむけたいにかかわらず、読んでおきたいという責務のような思いも伴い読み進めました。読了には時間がかかりましたし、つらさゆえに多少飛ばし読みしてしまった箇所もあるのですが、どうにか最終ページまで到達しました。私自身は高齢になり、仕事の重圧のようなものからは解放されて比較的のんびりした時間を過ごしていますが(コロナ感染対策は別として)、現役時代に毎年の決算時期とか、追い込まれた気分で過ごしていた体験を思い返していました。今でも時折、悪夢としてよみがえることもあります。私の体験は直接「いのち」がかかわるといことではなかったのですが、想像力を呼び覚ますために、振り返っていました。すべてを忘れリセットしたいという思いになった体験でもありました。

この作品は亡くなった子供たちの声も書き留めています。思慕する母親への思いを伝えているのですから、読み手である私たちは作者以上の想像力を駆使して聞き届ける必要があります。

インタビュー記事ですが、作者の山田詠美さんはこう語っていました。
「この人はバッシングしてもいいぞ、となるとみんなで一斉に『罪人』だと非難する。石を投げている人たちは、ものすごく気持ち良さそうな顔をしている」。小説はそれに逆行するもの、という。「子どもを愛さない人もいるし、愛せない自分が嫌になる人もいるでしょう。人の数だけ思いは違う。10人が同じ考えだったら、私は違う考えの11人目になりたい。それがすべての人を敵に回す考えだったとしても」

別のインタビュー記事も閲覧しました。
「母親の方は、言ってしまえば事情があって図らずも逃げることができたんです。でもそのこと自体が、娘には「私は逃げちゃいけない」という呪縛になってしまった。そうやって頑張らなきゃと追い詰められた結果、彼女は子供を餓死させてしまった。その人生の皮肉も含めて、フィクションだからこそ書けることがあると思って書きました。」

琴音は7歳の時に家出したことがありました。見つかって医者の診察を受けましたが、あざだらけだった身体を見て、医者はそれが遊びによるものだと判断しました。父親からの虐待を見逃していたのです。父親からの暴力を受ける対象は主に母親でもあったのですが、その母親に縋りついたとき「役立たず」といわば捨て台詞が返ってきました。母親は、「男に逆らえない女」だったのです。琴音にとって、家庭内暴力の前に救いはありませんでした。母親が外出していた時のことでした。帰宅した父親は母親の不在に激怒し、琴音に暴力をふるおうとしていたその時、突然に倒れもがき始めます。琴音は、そんな父親を見捨てます。助けも呼ばず、そのまま、見殺しにしたのでした。

琴音にとって、パン屋の店番をしている信次郎さんといる時が、ほっとできる時間でした。小学生の琴音は、大学生の信次郎さんに救いを見出していたのです。信次郎さんは、琴音の叔母の類子さんが開いた小さな喫茶店の常連さんでした。

ところが、娘の蓮音から見れば、母の琴音は自分を含めた兄弟3人を捨てていった人でした。父親の隆史は「どうして、こんなにも、あの女に似ているんだ」と娘に向けて言い放ちます。獄中の蓮音は思い返しています。「でも、あんたの血も流れている」とは言い返せませんでした。私の人生、どこで間違っちゃったんだろうか。だけど、仕方ないとうそぶき、考えないようにしてきました。なぜ、他人に助けを求めなかったのかと、非難する人は多い。でも、どうやって・・・?母親の琴音を訪ねても、「心の怪我」をして病院にいることがわかってとうとう会わないままでした。

琴音は思っています。「私も娘も自分の子を捨てた。でも、私は逃げ出したから子どもを死なさずにすんだ。でも、すべてを引き受けてきた蓮音の子どもたちは死んでしまった。」琴音は、今は再会した信次郎さんと一緒に、亡くなった類子さんを引き継いで喫茶店を営んでいます。気持ちをコントロールできなくなったとき、信次郎さんは「琴音はなーんも悪くない」と言ってくれます。

蓮音の夫の音吉は、実家にいる時間が多くなっていました。子どもたちがいる家に戻っても、落ち着くことができないのです。蓮音の気分が揺れ動くのです。豹変する妻を見ると、居心地の悪くなった音吉は、実家に足が向いてしまうのです。蓮音は、さまざまな行き違いが重なり、孤立してしまったのです。実の父親である隆史も、夫の音吉や実家にも見捨てられてしまったので、あるとき、ぷつんと切れてしまったのです。

蓮音の名前に絡めて、「泥中の蓮(はちす)」という言葉は皮肉なことに、汚れた環境の中でもそれに染まらないで、清らかに生きるさまのたとえだと、書かれています。印象に残りましたが、蓮音は清らかに生きられなかったということなのでしょうか。育児放棄を責めることは簡単ですが、責めている自分にはその資格はあるのでしょうか。一人の人間を孤立に追い込んだ本当の原因を問いかけられているように感じました。

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2021年01月18日

すべてのいのちを守るため―教皇フランシスコ訪日がもたらしたもの

IMG_94022020年の緊急事態宣言の発出以来、日常生活において、極力外出を控えるよう努めていました。ここ数年は、五野井隆史先生のキリシタン史の講座を受講するために、新宿の朝日カルチャーセンターに月1回、その他に信濃町の真生会館にも時折出向いていたのですが、東京への公共機関利用を避けるためにすべて取りやめました。人との接触機会を減らし、感染しないように心がけました。

もっとも、船橋学習センター・ガリラヤには、講座の再開後は、船橋駅まで公共交通機関を利用することになりますし、駅周辺の雑踏もくぐり抜けながら通いました。ガリラヤでは、講師とも直接ふれあうことになり、お話しいただける熱意を肌で感じられて、喜びでした。さらにこの期間、Zoomを利用したオンライン講座を受講することもありました。感染拡大状況下で、リスク回避に有効な交流ツールとしてオンラインによる会合が一般化しました。Zoom会議にもずいぶん、慣れてきました。
とはいえオンラインでは、パソコンの向こう側に見える講師、受講者の皆さんは、画面の向こうは実態ではあるのですが、影でしかないようにも思え、目の前に対話相手が実在しているのだと思い込むには、想像力で補う感性が求められているように思えてなりません。言い換えますと、実際のふれあいと比べれば満たされない思いが募ります。

政府からも常に呼びかけられますし、報道されて言葉になるのは、「不要不急」の外出を控えよ、との要請です。人との出会いの機会は、実は人間にとってはいかに必要なことだったのかと思い知らされています。親族同士、とりわけ親子であっても会う機会を制限するのは、自然な行動を妨げています。それでも、今は人と人の出会いには制約が求められていますし、それが正しいことだと、思い込まされています。感染防御には不可欠の呼びかけとはいえ、人類は、交わり連携することで生き抜いてきたという歴史観を否定しかねないものです。

もう一つの指針として受け止めているのですが、森一弘司教の『「今を生きる」そのために』(扶桑社、2020)を読んでいて気づかされました。森司教はコロナに向き合う際には、考え方を画一化しないよう戒めておられます。「ステイホーム」に惑わされず、あらためて家族の意義を確認し、守り育ていくことに目を向けられているのです。三密回避の要請には、育んできた暖かな交わりを拒む冷酷さが潜んでいると、司教は指摘されています。

とはいえ、感染を恐れる私は、人並み以上に接触を避けてはいます。にもかかわらず、他方で、「ステイホーム」が正しいとする思考には、歯止めも必要だと思い直させられています。

実は、このブログに書こうと思っていたことから、テーマが微妙にずれてしまいました。私としては、オンライン講座で、感銘を受けたことを伝えたかったのです。

先日、「カトリック新聞」に気になる記事を見つけました。上智大学神学部オンライン講座を知り、さっそくアクセスして、配信講座のひとつである若松英輔さんの「いのちの神学−フランシスコ教皇の言葉に学ぶ」を聴講しました。オンライン講座は、在宅で聴講できる便利さは大変ありがたいものですが、講座終了後のふれあいは、一般的にはほとんだありません。その意味で、消化不良はあるのですが、今回拝聴した若松さんの講座は、臨場感にあふれ、全く違和感なく、心に響くものでした。教皇フランシスコ来日がもたらした意味をあらためて見つめなおすことになりました。映像は期間限定の公開のようですが、もし公開終了後に若松さんがお話されたことを知りたければ、下記の書籍を参照してください。ともあれ、感動の一部でも、分かち合いたい思いで書いておきます。

若松さんは2019年の教皇日来日に当たり、「記者」として随行することになったそうです。教皇フランシスコが、これまでの教皇と決定的に異なる特徴として、カトリック信徒のためのみならずすべての人に語りかけることが信念とされておられることを、最初に伝えてくださいました。

「わたしが人生において見てきた、もっとも美しく自然な喜びは、固執するものをもたない貧しい人々のうちにあったということです。そしてもう一つ思い出すのは、重要な専門の仕事に打ち込みながら、信仰心と、無欲で単純な心を賢明に保っている人々の真の喜びです。」

これは『福音の喜び』からの引用です。教皇は、「苦しみに中にこそ喜びがあること」を伝えてくれています。喜びとは、決して終わりなき快楽のことを意味するのではなく、「自然な喜び」であり、それは「固執するものを持たない貧しい人々」こそ、わかっているのだというわけです。喜びは、人が何か偉大なことをした、といったこととは全く関係はないということだと考えているというのです。これは、意外と気づかない指摘であり、深めていくべきだと思います。それにしても、若松さんがおっしゃっていることですが、人生で実現したいことは何かを、教皇は伝えてくれているというのです。

さらに「孤立」について述べられました。「孤独」と「孤立」は違う状況を指し示しています。「孤独」とは人にとって必要なことです。例えば、一人で祈ることは必要です。一人でいる時間は、貴重なものです。これ比較して、共同体から切り離された状況である「孤立」は全く違うものです。「孤立」をなくすように努めたいというのが教皇が思われていることなのです。

他者にいのちを伝えることに情熱を注ぐことこそ、教皇が伝えたいことであり、使命だということなのだと言われます。

教皇は「出向いていく教会」と語ります。ふつうは、困った方がおられれば教会に来なさいと表現されます。しかし、本当に困っている人はどこに行けばよいかわからない。だからこそ出向くのです。「出向く」とは身体的に出向くだけでなく、高次に考えたい。この定義を深めたいと若松さんは提起されています。

何よりも若松さんがこの講座で力説されておられるように感じた点ですが、教皇の祈る姿が印象深く語ったこと言葉も大切ではあるけれど、祈りとはこのようなものだと教えられたと言われたことです。

「沈黙のたたずまい」の力強さを教えられたとおっしゃっていました。私たちはどうしても祈るときには自分の思いを伝えがちです。すなわち、「私たちの祈りを聞き入れてください」という一般には祈りがちです。若松さんは、教皇が長崎の爆心地公園で祈る姿をご覧になり、思ったそうです。教皇が来日したのは、この地に立ち、、彼方からの声、すなわち死者たちの思いを聞き届けることにあったことがわかった、と若松さんは話されました。

教皇は東京ドームでの青年との集いで語りました。
「かつて、ある思慮深い霊的指導者がいいました。祈りとは基本的に、ただそこに身を置いているということだと、心を落ち着け、神が入ってくるための時間を作り、神に見つめてもらいなさい。神はきっと、あなたを平和で満たしてくださるでしょう。」

「願うことではありません。そこに身を置くことです」と、告げてくださったのです。

この講座を拝聴できたことが、私には喜びでした。

(参照文献) 若松英輔 『いのちの巡礼者――教皇フランシスコの祈り』(亜紀書房、2020)、教皇フランシスコ 『すべてのいのちを守るため――教皇フランシスコ訪日講話集』(カトリック中央協議会、2020)、教皇フランシスコ 『使徒的勧告 福音の喜び』(カトリック中央協議会、2014)IMG_0315IMG_0312

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