2011年01月07日

京極マリアの縁に思う

新年早々ですが、延び延びになっていた父親の転院が実施されました。医師との面談を通じて、この病院が父の人生の締めくくる場所であることを意識させられました。本人にとっては思いがけない事態でしょう。在宅介護を続けていた頃は、「もう長くないな、あと5年かな・・・」などと時折、つぶやいておりました。まさか、このように意識が混濁している状態での病院生活になることは予想していなかったでしょう。召集されても、戦地に赴くことなく勤め人の生活を続けるかとができたことで、戦後の家庭生活も営めたわけです。私の存在も父親があってのことであることは言うまでもありません。

それほど関心を持っているわけでもないのですが、今年のNHK大河ドラマはまた戦国時代が描かれますので感じたことを書いておくことにします。二年前にも戦国時代が扱われていましたので、このブログで京極マリアに言及したことがあるのですが、禁教政策下で晩年のマリアの暮らしの厳しさを推測されている結城了悟師の文章を引用しました。(2009年02月22日「戦国時代とキリシタン」
これから始まるドラマはその京極マリアの実弟である浅井長政の娘たちが主人公です。

長政と市の末娘である小督(江)は、今回のドラマの主役のようですが戦国時代の武将を親に持った女性がいかに翻弄された人生を歩んだかを知ることになります。それでもたくましい人生の歩みです。最初の婚姻相手は佐治一成、秀吉によって強制的に離縁させられます。二度目の婚姻相手は秀吉の甥の豊臣秀勝ですが死別、三度目が二代将軍の徳川秀忠になります。つまり将軍の正室となり、三代将軍家光の生母でもあることからドラマの主役に抜擢されたのでしょう。娘の和子が、後水尾天皇に嫁ぎ、その子が女帝である明正天皇となります。徳川の血を受け継ぐ天皇というわけですが、明正天皇は婚姻しなかったことによりこの系統は絶えます。こうして歴史のドラマは人々のさまざまなえにしを伝えてくれます。

さて家康、その後継者秀忠を考えますと、私としてはキリシタン迫害の顔を見ずにはいられません。静岡教会への巡礼で対面した原主水像が、駿府城公園の家康像を見据えていたことも思い出されます。関が原の戦いを経て覇権を確立しつつあった家康の時代に始まり、秀忠・家光の治世下に引き継がれたキリスト教迫害の歴史は、同時に殉教者の高貴さを示してくれるエピソードにちりばめられます。NHKのドラマではおそらく描かれることはないであろう信仰の歴史も、知っておくべきだとあらためて思います。

長政と市の次女である初は、信長の計らいでマリアの長男・京極高次と結婚します。すでにキリシタンとなっていた高次の弟・高知より遅く、関が原の戦さのあった1600年頃に、高次も初も受洗しています。マリアの働きかけが大きかったと思われます。
マリアの娘の一人、竜子は一度の結婚を経て秀吉の側室となります。
すなわち兄(弟?)の高次と、元夫であった武田元明は本能寺の変の後に明智光秀の味方になり、秀吉の軍に討たれ、竜子は捕らえられた後に、秀吉の側室となったと伝えられます。秀吉お気に入りの側室であったこと、初の姉はいわずとれた淀君ですし、京極高次はキリシタンであるとはいえ出世を遂げます。しかしキリシタンである信仰の火は貫き通せたのでしょうか・・・・・400年前の人々の思いにふれあいたい気持ちが募ります。

sawarabiblog at 22:28│Comments(0)TrackBack(0)

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