2014年06月29日

『悲しみを生きる力に』に学ぶ

a14fef76.jpg東京で入江杏さんのお話を、拝聴する機会がありました。(6月23日 赤坂コミュニティぷらざ)
2000年の晦日に起きた「世田谷一家殺人事件」はすでに13年の歳月が経過し、事件の記憶も薄らいでいるように思います。しかし遺族の方にとっては風化することのない事件の記憶だろうと思います。お話しされた入江さんは、妹さん一家4人突然、失うという体験をされ日常生活からの切り離された日々が始まりました。「事件」に巻き込まれたといえば当事者ですが、もちろん加害者ではありません。あくまで被害者遺族であるにもかかわらず、妹さんのご一家を助けられなかったことに、罪責観を持たざるを得なかったという心の動きがあったことを知ることができました。心に刻まれた傷の深さを思うと、慄然としました。家族を失う悲しみは、私の体験とも重なることでもありますので、共感できるお話でした。
入江さんのお母さまが第一発見者であり、事件現場の目撃者であることをお話しされましたが、そのお母さまが、恥の意識を持っておられ「事件のことは話してはならない」とおしゃっておられたというお話が印象に残りました。加害者の親族が「罪」の連帯意識をもつ可能性はあるのでしょうが、被害者遺族が「恥」と感じるのは、何故なんでしょう。心の傷をいやすことよりも、黙することで封じ込めてしまうことは、精神的には、傷口をより深めてしまうことにならないのでしょうか。複雑な思いを抱きながら、お話を聴いていました。
入江さんはご著書の中でも書いておられます。メディアへの不信感もありつつ、人に後ろ指を指されるような事件の当事者になってしまった、そのことを恥じる意識。
「喪失の悲しみの中には、「公認されない悲しみ」と呼ばれるものがあるという。その喪失のありようが文化的な規範におさまりきれないものであるために、遺族が喪に服する権利や自由を奪われてしまう。公には悲嘆の感情を表わすことができないので、周囲の人には理解されにくく、気持ちを分かち合うことが難しい。そのこと自体がさらに、悲しみや苦悩の感情を複雑化させるのだ。」(『この悲しみの意味を知ることができるなら』2007年、春秋社)

体験は異なりますが、私の義母も自死した孫の死を近隣の方には一切伝えませんでした。この場合も、「恥ずべき死」という認識があり、そのために世間をはばかる、という意識が強く働いているのだと思われます。しかしこうした「恥の意識」は、悲嘆からの解き放ちのためには、少なからず障害になっているように思えてなりません。

入江さんは、にいなちゃんが『スーホの白い馬』の一場面を描いた絵を再生の手がかりとすることができたようです。馬頭琴の由来を物語るとても悲しいお話ですが、傷つき死んでしまったスーホの白い馬は、馬頭琴に姿を変えて永遠のいのちとして再生します。にいなちゃんが描いた一枚の絵が、遺されたものにとって生きる力になったようです。

お母さまの思いに反してまでも入江さんは事件と向き合い、発信して来られました。そのおかげで私のようなものでも、悲嘆と向き合う勇気をいただいたのだと思います。過酷な体験を何度も話されるのは、きっととてもつらいことだと思います。でもお話しすることで、妹さんのご家族と再会されているのではないでしょうか。ふっと、そんな印象を持ちました。お話されるたびに、いなちゃんや礼くんが輝きだします。入江さんの行動は、グリーフケアのひとつの形だと思います。入江さんの『悲しみを生きる力に』(岩波ジュニア新書、2012年)も熟読すべき一冊です。

貴重なお話しをうかがえたことに感謝です。

sawarabiblog at 19:46│Comments(0)TrackBack(0)

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