2015年08月17日

須賀ハリストス教会のイコン

80a2bd5f.jpg猛暑が続く8月1日(土)、匝瑳市の須賀ハリストス教会を訪問するバスツアーがあり参加しました。主目的は、聖堂内に飾られている山下りん制作のイコン(千葉県指定文化財になっています)を拝観するためで、習志野教会を出発して1時間半余、豊かな田園地帯の一角に白い建物が見えてきました。
須賀ハリストス教会を開いたのは鵜沢修神父、教会はこの鵜沢家の敷地内に建てられていて現在でもその信仰は引き継がれています。山下りんのイコンの存在が有名になっていますので一般公開されているのですが、教会を管理しておられる鵜沢家は農業のかたわら教会活動を行っているために、公開は農繁期を除いた月の第3土曜日のみに限定しています。今回は、特別にお願いして拝観させていただけました。
教会は明治32年(1899)に設立されたもので、イコンは同年9月に神田駿河台のニコライ大主教からもたらされたものです。老朽化に伴い、現在の聖堂は平成10年(1998)に再建されたものとうかがいました。イコンは全部で10面あり、今回拝観させていただいたのはイコノスタシス(聖障)に装架された9面です。「機密の晩餐(最後の晩餐)」「ハリストス(キリスト)」「聖母子」「神使首ミハイル(ミカエル)」「神使首ガウリイル(ガブリエル)」「生神女福音(受胎告知のマリアとガブリエルを2面に表現)」「福音者イオアン(ヨハネ)・ルカ」「福音者マルコ・マトフェイ(マタイ)」が描かれています。さらに聖職者だけが入ることができる聖障の奥に「至聖三者(三位一体)」が架けられています。イコノスタシスは、聖堂を司祭と一般信者が占める場所とを区切っていますが、重要な意味があります。ツアーに同行していただいた習志野教会のアンドレア神父から、東方教会とイコンについてのお話をうかがうことが出来ました。イコンには2つの意味を持っていて、ひとつにはイコンが存在している場所ですが、同時にイコンが生きている場所であるということです。言い換えるならば、イコンには人間から見て神の神秘が表わされているとともに、神からの目にもなっているとのことを教えていただくことが出来ました。私たちは神からも見つめられているということになるのです。従って、イコンとは飾り物ではなく、見える福音であると理解すべきなのです。
カトリックの典礼とは多少異なり、イコノスタシスの奥に司祭が入り、ミサでの聖変化が行われますので、一般の信者はそれを見ることはないようです。3つの扉を持っていて、王門(中央)、南門(向って右側)、北門(向って左側)から構成されています。たとえば王門には福音記者が描かれていますが、これは福音を読むときに、イエスが現われることが表現されているのです。
作家の田中澄江さんは、ロシアでエルミタージュ美術館に通いルネサンスの絵画にふれたこともある山下りんの作品には「強いて個性を殺させた画一的な聖画の枠からははみでたものがあったのであろう。当然、はみ出した部分は生身の人間らしいということになろうが、しかしその人間らしさのなんという美しさであろう。」(『山下りん物語』)と書いておられます。主体性をもった女性として生きぬいた山下りんの人物像についても、あらためて学びたい思いも募ったバスツアーでした。(聖堂内の撮影は、遠慮してくださいとのことでした。写真は絵葉書から撮ったものです。)

sawarabiblog at 22:12│Comments(0)TrackBack(0)

トラックバックURL

コメントする

名前
URL
 
  絵文字