2016年03月04日

『ヤマネコ・ドーム』から見えてくるもの

c01df1d9.jpg著者の訃報を知り、『ヤマネコ・ドーム』(津島佑子著、講談社 2013)を読み直しました。東日本大震災の生々しい記憶と、戦後70年が重なって、ちょうど私たちの生きてきた時代を照らす位相を提示してくれた作品だとあらためて感じた次第です。すでにこの世から放たれた人たちも、なお生き続けている人たちも思念の底によどんでいる何かに突き動かされつつもがいています。戦後70年に問われたことは何かと、考えざるを得なくなりました。

混血孤児たちが主人公ですが、両親を知らない少女が事故か事件か不明なまま命を落としたのは、ずっと前のことになってしまっています。その出来事は、ゆかりのあった孤児たちと、近隣に住む少年、そして孤児たちと親しい付き合いのあった日本人少女に、心に深い傷を残していきます。

物語の冒頭、コガネムシが群がり葉を食い荒らしている映像が迫ってきます。主人公の混血孤児のひとりのミッチには、そのコガネムシの群れの中から今は亡きもうひとりの混血孤児カズの姿が写しだされてくるのです。津浪被害と原発事故という日本に発生した緊急事態!それはかつて、ミッチが赴いたブルターニュの「魔法使い」がもたらした予言の実現でもあったのでした。

「放射能を浴び、それが刺激となって異常発生した虫たちは、自分たちの食欲で時間を食いつぶしていく。」

おぞましい光景です。そしてヨン子には、いつしか水面に浮かぶ女の子の姿が見えてくるのです。「オレンジ色のスカートが水の動きになびき、髪の毛がふわふわ波立つ。」この記憶が、彼らを常に追いつめています。

ミッチは思います。
「日本は世界でいちばん、いやな国だ、と今まで呪いつづけてきた。・・・けれど、ミッチは日本で起きた津浪と原発事故を知って気がついた、日本が大きらいだってことは、日本にそれだけ関心があったことになるんだ、と。」

物語のアウトラインを、書籍紹介のページなどを参照しながら、以下に記します。

アメリカ兵と日本人女性との間に生まれたミッチとカズは、「ママ」に引き取られて暮らすことになりますが、同じような境遇で施設に暮らす子どもたちや、ママのいとこの子であるヨン子がいました。ある日、オレンジ色のスカートをはいたミキちゃんが池で溺死する事件が起こります。ター坊という母子家庭で育つ少年がミキちゃんを池に突き落としたのではと疑いがもたれています。その後、彼らが大人になってから、オレンジ色の衣服を身につけた若い女性が殺害される事件が起こり、かつての出来事が想起されてきます。ミッチはブルターニュに赴きそこで「魔法使い」から日本が滅亡するという予言や、「得体の知れない魔物が居すわる」という言葉を聴きます。また周囲の森にヤマネコがいる古城を訪れるのですが、そこは生者と死者がともにいる気配を漂わせる場所でもありました。

ミキちゃんというフランス人形のようなかわいい女の子の水死が、発端です。主人公のふたりの男の子は「ママ」に双子のように育てられていました。「髪の毛が縮れた黒い男の子」カズと、「肌の白い、鼻のとがった男の子」であり、そして彼らと身近な存在であったヨン子です。彼らは、かくれんぼうの最中にミキちゃんの水死の現場に立ち会ってしまったのです。その場には、母子家庭の少年ター坊もいたのでした。切ないのは、ミキちゃんも孤児ですから悲しんでくれる肉親がいないということですね。 

「津波の孤児」日本で起こった出来事にミッチは強く反応せざるを得なかったのです。この小説の世界は、時代が交錯していることもあって、かなり読み辛いのですが、再読してストーリーの交通整理が出来ました。混血孤児たちは、周囲からは疑われるべき存在だったので彼らの保護者たちは、ひとまず彼らを日本から脱出させたのです。しかし、大人になる前に、あるいはすっかり大人になってからでも、日本に戻ってくるのです。逃げるところはなかったということでしょうか。

この物語は、わが国の現在の為政者には、到底理解できない創造世界でしょう。津島さんが残してくれたこの虚構の世界を見つめ直すことは、とても大切な作業だと確信しました。悲惨な体験とその記憶から逃れるために、海外に向かったはずの孤児たちが吸い寄せられるように日本に戻ってきたことは、私たちの未来に光を照らしてくれているのだと思います。

生きていくのにははなはだ重い「罪の意識」の共有をかかえた彼らが、もう一度気持ちを奮い起します。余震に身震いする日々を過ごしながら、生き残ったミッチとヨン子ですが、ター坊の母親を汚染された東京から救い出すという行動に突き進みます。どんなに嫌な国であっても最後は見届けないわけにはいかないというメッセージが託されているような終章でもあると思いました。

予言をした「魔法使い」もまた罪の意識を抱いています。そしてミッチよ、悲惨な現実の中で生き抜いてくれと言い残しています。

巻末に、アメリカの核実験はビキニ環礁だけでなくエニウェトク環礁でも行われ、その結果除染作業で生じた汚染物質を集めて現地に作った巨大ドーム「ルニット・ドーム」がルニット島に作られたことが記されています。表紙写真がそのドームです。

sawarabiblog at 18:36│Comments(0)TrackBack(0)

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