2017年03月21日

津島佑子『狩りの時代』が伝えていること

b4937d50.jpg『狩りの時代』(文藝春秋、2016年)は津島佑子さんの、まさしく遺作です。亡くなる直前まで推敲されていたことが伝わります。作品のテーマがはっきりしていて、「差別」とは何かを問い続けています。

物語の語り手である絵美子は、障害を持って生まれた兄の耕一郎への思いを綴ります。15歳という若さで亡くなった兄に対して「フテキ・・・」という言葉が、誰からか投げつけられていたことを記憶しています。

作品には、絵美子の父方の親類とともに、母方の親類も多く登場しますので、読者としての私にとっては、登場する人物について、多少の交通整理をする必要がありました。母方の親族のことになります。絵美子の母親はカズミと言いますが、その兄弟姉妹、絵美子にとっては伯父、叔母にあたる創、達、ヒロミが体験した出来事が、絵美子の心理に大きな影を落としています。この3人の体験とは、かつて、山梨県にヒトラー・ユーゲントが来日した際に歓迎のセレモニーで起きたことでした。

ヒトラー・ユーゲントが「日独伊防共協定」にもとづいた親善使節として来日したのは1938年のこと、8月23日に甲府駅で歓迎の式典が行われたようです。それは予定になかった停車でしたが、ヒトラー・ユーゲントの少年たちは駅に降り立ちます。3人は、少年たちにあこがれをいだいて、歓迎の思いをこめた花を贈ろうとしていました。しかし、この時、何かが起こりました。その出来事を、彼らは封印していました。

現代の視点からいえば、ナチスの思想は決して容認できないものですが、当時はそれが認識できていなかった、まして子供たちには・・・・

それは言い訳に過ぎないと、絵美子は思うのです。絵美子にとっては、記憶の中にある親類の誰かが発した、「フテキ・・」という言葉の意味するものにこだわらざるを得ませんでした。絵美子には兄がいました。ダウン症と思われるのですが、障害を持って生まれ15歳で亡くなっています。その葬儀の際に、誰からかささやかれた「フテキ・・」とは、「フテキカクシャ」だったことに思い至ります。「不適格者」とは何でしょう。

昨年、生起した相模原の障害者施設で起きた残忍な犯行を否応なく思い出させてくれます。神がおつくりになった私たちは、本来は、他者を思いやる優しさに包まれている存在であったはずの人間が、いつしか自己中心的な心持ちが優位になっていることも否定できません。

ナチスの思想では、「適格」な人間と「不適格」な人間の2種類しかなかったことが伝わります。選民思想が、この作品の中で表現されているの次のような言葉です。

「ヒトラー・ユーゲントって、白人のアーリア人種じゃないと入れてもらえないんだって。アーリア人種って、金髪で青い眼なんだって。」

絵美子の伯父、叔母たちはその少年たちにあこがれをいだいたのでした。作品後半で、彼らが秘密にしていた当時の出来事が明かされますが、その行動が、許されるべきことではないと絵美子は思います。「フテキカクシャ」と絵美子に投げかけたのは、誰だったのか、こだわり続けています。

絵美子の父方の伯父は、物理学の研究者としてアメリカに渡り、暮らしています。この作品にもう一つの影を落としているのは、その研究内容にかかわっています。
「戦後の日本に核開発をさせるわけにはいかなかったってことなんでしょうか。」と絵美子は、語っています。

この作品は、日本の原発政策の破たんにまで、問いかけがされていることがわかります。

津島佑子さんは、この作品を2016年2月、体調が悪化して入院する前まで、書き継いでいたことが、津島香以さんの「発見の経緯」に記されています。ガンと共存しながら、生き、書き続けることを希望されておられたようです。

読み終えていま、作品の凄味が伝わってきます。この作品を残していただき、私たちに届けていただいたことに感謝の思いでいっぱいです。

sawarabiblog at 11:58│Comments(0)TrackBack(0)

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