2017年04月07日

ミュシャの描いた《スラヴ叙事詩》

4761ef52.jpg国立新美術館で開催されている「ミュシャ展」、呼び物は大作《スラヴ叙事詩》です。
体調は芳しいとは言えない状態でしたが、リハビリの意味もあるので、一昨日会場に出向きました。会場に入ると巨大な画面に圧倒されますが、描かれた場面にも感動の波が押し寄せてくるといった思いになります。

アールヌーヴォーを代表する画家であったミュシャが、晩年を制作に意欲を燃やし続けたこの作品群を鑑賞できたことは、大いなる喜びですが、ミュシャの思いを冷静に受け止めてみたく考えてみました。

そもそも画材の「スラヴ」とは何か。定義するのが意外と難しいようです。インド・ヨーロッパ語族スラヴ語派に属する言語を話す諸民族集団を指し、したがって、あるひとつの民族を指すというものでもなく、言語学的な分類に過ぎないとも言われます。ロシア、ウクライナ、ベラルーシ、ポーランド、チェコ、スロバキア、ブルガリアなど広範な国々に及びます。従って、ミュシャの出身地であるチェコもスラヴ系民族ですが、ミュシャ自身が民族意識に目覚めたのは、スメタナの交響詩『我が祖国』の影響とも言われます。ある民族に帰属するという意識は、生まれつきというわけでもなく後に意識されるものかもしれません。

「ミュシャ展」では《スラヴ叙事詩》の全20作すべてが展示されています。

写真の《原故郷のスラヴ民族》は1912年に完成され、ミュシャが「トゥラン族の鞭とゴート族の剣の間で」という副題を添えています。異民族の侵入によって苦難の道をたどるスラヴ民族の運命を暗示します。手前に見える二人の人物はスラヴ民族の「アダムとイヴ」、怯える表情の二人の背後には騎馬軍団が押し寄せてきています。宙に浮かぶ神官が神の慈悲を願っています。両脇に若者と少女が寄り添っていますが、若者は「武力」、少女は「平和」を象徴していますが、両者の均衡に民族の未来が託されています。(写真は朝日新聞額絵シリーズから撮影、同シリーズの説明文ならびに芸術新潮2017年3月号特集ページを参照しました。)

祖国がオーストラリア=ハンガリー帝国からの独立機運が高まる中で、ミュシャは絵画制作を続けていましたが、第一世界大戦による敗北で帝国は崩壊、チェコスロバキア共和国が誕生します。それはミュシャが描くスラヴ民族の独立とは異なっていました。ミュシャは作品群をプラハ市に寄贈しますが、展示されることはなく長らく埋もれていたのでした。私たちが、この作品群に出会える機会を得たことを感謝します。

後年、ナチスドイツによってチェコスロヴァキア共和国は解体され、ドイツ軍によってミュシャは逮捕されます。ナチスの激しい尋問で、ミュシャは体調を崩し、釈放されたもののし、祖国の解放を待つことなく生涯を終えてしまいます。無念ですね。

sawarabiblog at 12:15│Comments(0)TrackBack(0)

トラックバックURL

コメントする

名前
URL
 
  絵文字