2017年04月25日

『ねこのおうち』は幸せを呼ぶ

20482706.jpg気楽に手に取った単行本『ねこのおうち』(柳美里著 河出書房新社、2016)でしたが、読み進めるうちに恐るべき動物虐待の現実が見えてきて、衝撃を受けました。私には猫を飼った経験はありませんが、読みながらいとおしさがわいてきました。「ですます」調で語られているので、童話のように思えて読み始めましたが、ありふれた日常に現代日本の痛ましい現実を再認識させられました。

ニーコの飼い主は一人暮らしのおばあさん、ニーコは捨て猫だったのです。ニーコの母猫は三匹の子猫を生みましたが、飼い主は処分に困ったニーコだけを、靴箱の中に入れて夜の公園に捨ててしまいました。それをおばあさんが拾って育ててくれたのでした。・・・

ところが、そのおばあさん、数年後には認知症が進んで、ニーコの世話ができなくなってしまうのです。ニーコは野良猫になって、6匹の子猫を生みました。(ぼんぼり尾の茶虎、キジ虎、カギ尻尾の茶白、真っ白な長毛、真っ黒な長毛、サビの長毛)

悲しいことに、子育て中のニーコは、野良猫を毛嫌い人によって草むらに仕掛けられた殺虫剤入りの団子を食べて、苦しみながら死んでしまいました。残された子猫たちの運命は・・・・

すでに、人間の都合による動物虐待の現実と、高齢化社会の生々しさが作品に投影されています。一人暮らしのおばあさんの孤独を慰めるニーコは、いきなり野に放たれ、悲惨な最期を遂げてしまうのです。もっとも、お話は、これから進展します。6匹の子猫たちは、野垂れ死にすることなく、それぞれに飼い主に出会います。その飼い主たちも、現代日本の縮図と言える人物像として描かれています。ここに作者である柳美里さんの社会を見つめる視座が、色濃く反映されているといえるのでしょう。

動物病院の前で偶然、ねこ里親募集の貼り紙を見て、「毛が長く、黒と茶と白と灰色がぐちゃぐちゃに混ざった錆色のオスねこ」を飼うことに決めたのは、27歳でライターのひかる。年齢の割にはちょっと頼りない感じがします。両親が離婚して、父親は一人暮らし、母親は再婚、祖父母の元で成長したことにその一因があるのかもしれません。「アルミ」と名付けたこの子猫はひかるをいやしてくれます。「アルミ日誌」を付けることにしました。アルミと食事をし、お腹の上にのせて眠ります。「ねこの周りには平安としか言いようのないものが漂っている」と思うのです。

クリスマスの日、教会の掲示板には「神にできないことはなに一つない」という聖句が掲げられています。礼拝堂には聖劇を見るために人々が集っています。ひかりも来ていました。動物病院の港先生が、気づいて声をかけます。そして、ひかりの後ろに立っていた男性にも声をかけました。今井さんというその男性もニーコの子猫の飼い主でした。

今井さんの奥さんがちょうど一週間前に天国に旅立ったことを、港先生は知らされます。港先生と並んで立っていた牧師さんに、妻をがんで見送ったばかりの今井さんはたずねます。

「神にできないことはなに一つない、という言葉はどういう意味なんでしょうか・・・」

牧師さんは、言葉を選んで慎重に答えています。途方に暮れるほどの悲しみに対して目に見える形では神は答えてくれませんが、「神は、ただ苦難に堪え、苦難とたたかう力を貸してくださるのではなく、苦難そのものを祝福してくださるのです。」

今井さんは亡くなった妻との思い出を、子猫の「ゲンゴロウ」と死んだ「ラテ」を保健所から譲り受けた経緯を含めて回想しています。それはわずか半年の出来事でした。

切ない物語が綴られていました。涙なくして読めませんが、最後まで読み通すと、思いがけない人物が再登場してきますし、少しハッピーな思いにさせてくれます。

sawarabiblog at 17:32│Comments(0)TrackBack(0)

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