2017年05月24日

読書会の課題図書『ありふれた祈り』

450d8950.jpg真生会館で、2カ月ごとに実施されている森司教との読書会。今回の課題図書は『ありふれた祈り』(ウィリアム・ケント・クルーガー著 ハヤカワ・ミステリー文庫、2016)でした。

物語の舞台は、1961年ミネソタ州のニューブレーメンという町(架空の町のようです)ですが、語り手は40年前に自らが体験した苛酷な出来事を描き出しています。推理小説なのですが、すでに多くの読者の方が指摘しておられるように、一人の若者がその体験を通して成長していく物語ともいえましょう。しかしその体験は、5人の死に出会うことでもありました。今になって思うことは ̄鍛劼龍欧襪戮代償について ⊃世龍欧襪戮恵みについて だと語り出します。その出来事とは、どのようなことだったのでしょう。
登場人物のうち、大人の男たちの多くは戦争による心身の後遺症を伴っているようです。語り手はフランク・ドーン、両親と姉・弟と暮らしています。父はメソジスト派の牧師ですが、戦争体験を経て職業選択を変更したことが知らされます。母は弁護士の妻となると思っていたので、夫の職業には不満を持っているようですが、教会では音楽的才能を発揮します。

ボビー・コールという少年が鉄道事故で亡くなるという出来事から、物語は始まります。ボビーの葬儀で歌う母は聴くものの心をとらえます。「母の歌声は、神が最善の理由からボビー・コール」をお召しになったことを私に信じさせてくれた。」とフランク少年が絶賛していることは、印象的です。ボビー少年には知的障害があったらしく、教師からものけ者扱いされていたらしいのですが、ボビーの美点を知っていた教会の雑用係のガスは、棺の上に手を載せて、信徒たちに向かってこう言います。ボビーは「彼にほほえみかける物になら誰にでも、その幸せを与えたってことなんだ。」、でも「みんなはボビーをからかった。キリスト教徒のくせに、石を投げるように言葉でボビーを傷つけた。」無垢の少年に、世間のみならず信徒からも冷たい眼で見られていたようです。

事故死と思われたボビーの死に対して、疑惑が投げかけられました。鉄道線路には浮浪者がいたことを巡査のドイルが気にしているのです。ボビーが亡くなったのは川にかかった長い構脚橋、実はフランクと弟のジェイクも時おり遊び場所にしていました。彼ら兄弟は橋に腰を下ろして下の川を眺めるのが好きだったのです。ボビーの死にまつわる何かを見つけたくて、フランクは弟と一緒に構脚橋に向かうと、インディアンの男と外套を着て横たわる男の姿を見てしまいます。インディアンは横たわる男が死んでいると告げます。彼は、戦争で大勢の人間が無残に死ぬのを見たけれど、この男は普通に脳卒中か心臓発作で死んだので、いい死に方だとフランクたちに語ります。おそらく死んだ男は浮浪者の一人なのでしょう。ところがインディアンが弟の膝に手を触れたことをきっかけに二人はあわてて逃げ出します。町に戻って男が死んでいることをドイルたちに告げたのですが、なぜかインディアンがともにいたことは、ふせてしまいます。

物語はさりげなく、社会的弱者への偏見・差別の実態に触れています。フランクと弟がインディアンの男の存在を口にしなかったのは、社会的な偏見があるので、いきなり犯罪者と決めつけられて、暴力的な扱いをされるのではないかと、思わずかばってしまったのではないでしょうか。さて、彼らが線路に近づいたことに対しては、両親からの厳しい叱責が待っていました。牧師の父は、自分が棺以外の場所での死を見たのは戦場であり、それは驚くものであり怖かったと伝えます。だから、フランクたちには、そのような死に出会うことから遠ざけたかったと話します。

いくつかの謎が提示されています。何よりも父親は、戦争でどのような体験をしたのでしょう。「彼らはみんなあんたのせいで死んだ」とガスが父親に言うのを、フランクは聞いてしまいます。また、その言葉に呼応するかのように、父親が「神の恐るべき恵み」を求めて祈っていることも、フランクは知っています。

そしてフランクが慕う姉のアリエルにも、秘密がありました。夜、どこかへ出かけているようなのです。姉18歳、秋にはジュリアード音楽院に進学予定になっていた。また、母親のかつての婚約者であり音楽家のエミール・ブラントの指導でピアノ・オルガン・作曲を学んでいるとともに、回想録の口述の手伝いをしており、エミールの甥のカールとは恋人同士のように思われていました。

エミールの家庭環境も複雑といえます。特権階級のブラント一族の一員であるにもかかわらずニューブレーメンでも西のはずれの農家に生まれつき難聴の妹リーゼと暮らしています。エミール自身は、第二次大戦で失明し、顔にも大きな傷を負いました。しかし自然環境には恵まれています。リーゼが育てる野菜は大きく実っています。父親と、ブラントはチェスで交友を深めています。母がかつてブラントと婚約していたことを問題にしていないように、フランクには思えています。ブラントが無償でアリエルに指導しているのと引き換えに、回想録のタイピングを手伝っていることがわかってきます。

その姉が、ある日行方不明になります。ミステリーの要素がある作品ですので、物語の詳細は、このあたりでとどめておきましょう。思わぬ展開が待っています。大きな悲しみの時間をフランクの家族は過ごさなくてはなりません。その悲しみのため一度は引き裂かれた家族は、どのように立ち直ることができたのでしょうか・・・・

作品のテーマとなっているのは、パスカルの名言「心は理性が理解できない知力を持っている。」のようです。エピローグでは40年後の場面が描かれていますが、その光景が、美しく胸を打ちます。森司教は、この作品は弱者の視点が鮮明に記されていて、人間の弱さ・悲しみを知る者は他人を責めることがはできなくなることがわかると指摘されました。登場人物の中で、父親の牧師は理想を語りますが、一方、ガスという人物が人生のありのままの姿をフランク兄弟に教えるという形で、いわば両輪となって育ててくれていることに意義があるようです。素晴らしい作品にめぐりあえました。

sawarabiblog at 16:34│Comments(0)TrackBack(0)

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