2017年06月30日

森絵都さんの『みかづき』に堪能

b4bced16.jpgこの作品を手に取ったきっかけは、作品の舞台が八千代市の学習塾だと知ったことでした。八千代市は転居する以前に住み慣れた地ですし、20年前には受験のため息子が通っていたのが市進学院という進学塾でした。著者の森絵都さんは、市進学院八幡教室に3年に及ぶ取材をしたということですが、このように私にとって身近に感じる舞台背景は、興味を覚えるのに十分でした。分厚い一冊で、読み終えるまでかなり時間を要してしまいましたが、終盤は、物語の最初の主人公の孫の一郎が奮闘するのですが、とても感動的で、一気に読み終えることになりました。充実した読後感があります。

戦後の教育行政と塾の攻防が、大きなテーマで、親子三代(千秋の母親を加えれば四代とも言えますが)に及ぶ格闘を描いています。森絵都さんのインタビュー記事を、読ませていただいたのですが、「家族という縦のつながりを描きたかった。」と語っていました。塾業界を舞台にすることで、人間臭さのある人間模様を描けるのではないか、というのが執筆動機のようです。戦後の教育の光と闇が照らされます。終盤の一郎を主人公としたストーリーでは、現代の教育行政がもたらした「貧困」が描かれていて、読後の満足感にとどまらず、受け止めるべき内容をかみしめています。

主人公が時代の経過に伴い、何度か入れ替わりますので、感情移入しにくいかもしれませんが家族としてのつながりで読み解くと、違和感は薄まります。

お話は、大島吾郎と後に義理の娘となる赤坂蕗子との出会いからスタートです。吾郎は蕗子に「光の暈」を見ます。運命的な出会いを象徴する表現でしょう。あるいは、この二人の相性の良さを伝えるとも読めます。小学校の用務員として働いていた吾郎は、落ちこぼれの子供たちに勉強を、放課後に用務員室を利用して見てあげていました。蕗子もそうした子供の一人として、来ていたのですが実は決して勉強ができない子ではありませんでした。実は、「用務員の神様」と母親たちから評価されていた吾郎の教え方を、その母・千明に頼まれ偵察に来ていた子だったのです。千明の目的は、新しい塾の立ち上げ、教師としてスカウトしようとしていました。昭和36年の出来事です。

千明は、渋る吾郎をある策略で失職させ、塾教師の道の選択余儀なくさせます。こうして「八千代塾」が開塾しました。時代は塾を求めていました。しかし、塾の存在は「悪徳商売」「教育界の徒花」といった否定的評価が多かった時代でした。事業のパートナーにとどまらず、いつしか吾郎は蕗子の父親という存在にもなっていました。物語の展開が早いのは、千明の決断力の速さを象徴しているのかもしれません。

余談なりますが、この当時の京成八千代台駅周辺について、「松林を切り拓いた平野に立ちのぼる人煙がみるみる勢いを増していく。「八千代都民」なる呼称が広まるほどに、この地は東京のベッドタウンとして発展した。」と書かれています。私ども夫婦が八千代市に居を構えたのは、この時代から10数年後になりますが、その頃もさらに発展し続けていました。懐かしい思いがあります。

さて八千代塾は順調に発展していきますが、大手の進出を知った千明は、ほかの個人塾との合併話を勧めます。反対していた吾郎でしたが、合併相手は勝見塾といい、隣駅の大和田にあるので訪ね、主宰者の勝見正明の指導法を間近に見て、非常に感銘を受けたのでした。自分の指導は生との内的な目覚めを待ついわば静的な指導であるのに対し、勝見は巧みな話術と腹からの発声で、動的に攻める指導でした。この出会いを吾郎は喜びます。

こうした塾の経営問題、あるいは家族のさまざまな問題に直面しながら、千明と吾郎は歩み続けます。そして子供の世代、孫の世代へとストーリーは引き継がれます。吾郎が、男女関係に対して潔癖でないことが、キャラクターとして面白かった。子供たちはそれぞれに、問題をかかえながら成長します。孫の世代まで、描くことで、教育問題の意義が照らされます。繰り返しになりますが、充実した読後感が味わえます。

sawarabiblog at 12:08│Comments(0)TrackBack(0)

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