2017年07月12日

小説『鳩の撃退法』を読んで

e0de65fc.jpg佐藤正午さんの小説『鳩の撃退法』(小学館、2014、上下2冊)を読みました。図書館で、何か面白そうな小説はないかと探してみて、変わったタイトルに魅かれて手に取りました。最新作『月の満ち欠け』が直木賞候補となっているようですが、未読です。

「幸地家の幼い娘は父親のことをヒデヨシと呼んでいた。」という文章で始まります。そして、娘の父親である幸地秀吉の2月28日の行動が描写されます。この日こそ、物語の重要な出来事が凝縮されている一日ですが・・・

ところが物語の主役は、秀吉ではありませんでした。肩すかしされた感触を覚えますが、秀吉がその日の明け方、ドーナツショップで出会った男、津田伸一が本当の主人公になります。その津田が、思いもよらない出来事に遭遇していくことになります。

津田は、かつて「直木賞を2回も取った」と言われるほど著名な作家だったのですが、今は落ちぶれて、ある地方都市で「女優倶楽部」という名の無店舗型性風俗特殊営業(デリヘル)の送迎ドライバーとして暮らしています。ドーナツショップで会った幸地秀吉さんとは、津田が持っていた本『ピーターパンとウェンディ』をめぐって会話が弾みます。

面白いのは津田が、しおり代わりに千円札を挟み込む癖があることを読者も知らされます。この癖は、実は物語の伏線にもなっています。『ピーターパンとウェンディ』は古本なのですが、購入した古本屋の店主である房州老人との関係もまた物語を膨らませます。

さて秀吉さんですが、その日の夜を境に妻と幼い娘ともども忽然と姿を消してしまったのでした。この事件は、「神隠し」事件として週刊誌をにぎわす話題にもなりまが、人々の記憶から薄れていきます。それから1年2ヶ月ほど後、房州老人が亡くなるのですが、津田のもとには老人の形見であるキャリーバッグが届けられます。鍵がかかっていたものの、何とか開錠ができたて中身を確認すると、数冊の絵本と古本のピーターパン、それに加えて大量の一万円札が入っていました。

ストーリー展開がスピーディーで何かが起こりそうなワクワク感が満載なのですが、それに加えてこの物語の中で随所に、会話の面白さを堪能できます。たとえばドーナツショップの店員・沼本との会話のさわりです。

「ぬまもとの顔を見たくなったんだよ。」「ぬもとです。」「元気そうで何よりだ。」「こっちだって心配してたのよ。」・・・・「いまのは社交辞令だ。今夜はぬまもとの顔見にきたんじゃなくて、ここで人と待ち合わせだ。」「ぬもとです。許せないね、あたしの目の前で、ほかの女と待ちあわせなんて。」「社交辞令の返しだな?」・・・・

かなりだらしない主人公の性格を表現しているのでしょうか、何ともかみ合わない会話が楽しめます。津田が手にした数千万の札束の中から使った一枚が、偽札だったことから生じるドタバタ、その偽札事件には黒幕が存在しているらしいことがわかってきてにわかに犯罪の色合いが濃くなります。房州老人からのせっかくの贈り物も偽札の疑惑が晴れない限り、使うことができません。ミステリアスな謎がちりばめられていて、どんどん物語に引き込まれます。

主人公が作家であり、再起を図ろうとの心境変化も起こってきたものの、困窮生活のゆえにパソコンを持てず、鉛筆で書き始める設定も微笑ましく感じられます。なぜ人は小説を書くのか、というテーマにも言及されていて、作者である佐藤正午さん自身が投影されているかのようです。

「虚構、現実、物語的現実がないまぜになった小説」と評価されていますが、物語の最初の文章は、作家・津田伸一が書き進めている創作ノートの書き出しらしいこともわかってきます。

「小説を書いてだれに読ませたいのかがわからなかった。だれかに読まれるかを期待して書いていたのかどうかもわからなかった。」

「幸地家の幼い娘は父親のことをヒデヨシと呼んでいた。となぜ三人称で断定口調で書いてしまえるかがわからなかった。小説はたいていそう書かれているとしても、それはわかっていても、自分がなぜそう書いてしまうのかわからなかった。実を言えば、今もわからない。」

第6回山田風太郎章を受章した作品です。

sawarabiblog at 15:13│Comments(0)

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