2017年07月17日

映画『ヒトラーへの285枚の手紙』

04940d21.jpg映画『ヒトラーへの285枚の手紙』を見ました。

ストーリーとしては単純ですが、緊迫感をもたらしてくれる内容でしたので、深い余韻が残りました。一人息子を戦死で失った夫婦は、しばらくは喪失感に打ちのめされます。その気持ちは、十分伝わります。

ところが、ある日を境に夫婦は、時のヒトラー政権に刃を向ける行動を静かに始めるのです。その行動とは、「総統は私の息子を殺した。あなたの息子も殺されるだろう。」などと書いたポストカードを、ビルの中の階段にそっと置いて立ち去ることでした。政権批判は、今の私たちの社会ではまだ自由に発言できると言えますが、言論が暴力的に封殺されている時代には、自由な意見を発し伝える方法は少なく、簡単なことではなかったようです。とりわけ、この行動は見つかれば死を免れないものであることを承知の上でなされています。組織的な抵抗とはまた違った勇気を伴っていたことでしょう。実話をベースにした小説が原作ということです。観客としても、かなり緊張感を味わいながら鑑賞しました。

主人公のオットーは軍需工場で働く職工です。アパートで暮らし、質素な日常生活を営む庶民であることが描かれていますが、そのアパートの住民にはナチ党員や、密告常習の男がいますし、ユダヤ人の女性が隠れ住んでいます。そのユダヤ人女性が迫害されるシーンがあるのですが、痛ましい結末を迎えます。女性を助けようとしていたアパートの住民である判事も、なすすべがありませんでした。密告の男の振る舞いには、人間のおぞましさを感じますが、対照的に主人公夫婦はすがすがしいほどに、ポストカードを書き、配布を続けています。見ていてハラハラさせられますが、映画のタイトルにある通り285枚のカードを配ったことが最後に明かされています。

当時のドイツの庶民の苦しみをよそに、特権階級の優雅な暮らしぶりの一端も描かれています。オットーの妻アンナは国家社会主義女性同盟のメンバーでしたが、脱退して夫に協力するために一芝居をうつシーンが面白い。親衛隊の中佐夫人の家を他のメンバーとともに訪れたさい、「なぜ軍需所工場で働かないのか」と詰問するのです。それはタブーともいえる行動だったので、脱退を余儀なくされます。権力中枢にいることによって、国民としての義務も免除されるというのは、いつの時代でも同じなのでしょう。日本の現状を見ればよくわかります。

映画は理屈っぽさが全くなく、淡々とポストカードに政権批判の文章をつづり、配っていく夫妻の姿は胸を打ちます。捜査する警部ですが、真相に近づいていたものの、部下が誤認逮捕したことを指摘し、容疑者を釈放したことでかえって屈辱を味わう場面も印象深い。ナチス政権下のドイツの病巣が、わかってくるシーンが続いています。

夫婦の情愛が伝わる、とても味わいのある映画でした。

sawarabiblog at 20:06│Comments(0)

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