2017年10月22日

帚木蓬生『聖灰の暗号』は興味深い

67351932.jpg退院して1週間過ぎましたが、まだ体調が安定しません。ストーマを閉鎖したあとは苦労するという経験談を、事前にお聞きしていましたが、確かに回復までには時間がかかりそうです。

ところで、入院していた「がん研有明病院」には、外来のロビーの随所に単行本や文庫けられていて、自由に読むことができます。ボランティア活動の一環とのことですが、診察までの待ち時間が長くなることも多く、しばしば利用させていただいていました。同様に、入院病棟にも多くの図書が常備されていて、自由に借り出すことができますし、ボランティアの方が清潔な状態を保つように心がけておられます。昨年、同じフロアに入院していた体験から7階病棟のデイルームの書庫についても、認識していました。その充実した内容から、術後の回復期の読書には、困ることはないだろうと思っていました。

退院の数日前から読みだしたのが、帚木蓬生『聖灰の暗号』(新潮社、2007)。上下2冊本ですが、退院時には上巻の途中まで読み進んでいました。歴史ミステリーであり、興味深く、せっかくの機会だったので最後まで読み通せたらと、思わされました。退院後にあらためて近隣の図書館で文庫本を借り受け読了しました。

ストーリーは、次のように始まります。作中にベネディクト16世が選出された瞬間も、描かれていますので時期は2005年4月前後の出来事のようです。

主人公は、歴史学者の須貝彰。須貝にとって重要な歴史家であるフェルナン・ブローデルの墓参のために訪れたパリのペール・ラシュール墓地で、精神科医の女医クリスチーヌ・サンドルと出会います。クリスチーヌは近代精神医学の祖、フィリップ・ピネルの墓に花を供えようとしていました。この墓地は、有名人が多く眠っていることで知られているようです。二人の出会いが、物語を膨らませてくれることになります。

須貝は、カトリックから見れば異端であるカタリ派の研究のため、南仏のトゥルーズから帰ってきたばかりでした。トゥルーズでは大きな収獲があったのです。5日間通いつめた市立図書館で、偶然にも発見したわずか2枚の羊皮紙には、カタリ派弾圧を見聞した驚くべき記述があったのです。その文書は、オキシタン語という土地の言葉で記されていたのですが、須貝に読むことができる言語であったことが幸いしました。まさに発見されるのを待っていたかのようでした。古文書の筆者は、ドミニコ会修道士 レイモン・マルティ、1316年という年号も添えられています。

歴史的な背景を考えると、物語に奥行きが与えられますので、よりいっそう興味深く読めました。須貝が研究のために通ったこのトゥルーズには、かつてカタリ派を擁護してきた伯爵の居城があったのです。主に13世紀の出来事になります。当時のトゥルーズ伯であるレモン6世の下で、カタリ派は穏やかな信仰共同体を形成していたようです。レモン6世ですが、自らはカタリ派を信仰していたわけではなかったようですが、領民たちを弾圧することを望まなかったことで、破門されています。

このころは、異端審問を制度化しつつあった時期でもあり、当時のカトリック教会は、異端を厳しく取り締まっていたのです。教皇インノケンティウス3世の時代、サラセン帝国や東方教会を対象に十字軍を差し向けていますが、同時にカタリ派とその擁護者に対してはアルビジョア十字軍を、派遣しています。

カタリ派は、現在は消滅しているため実態がわからないようですが、キリスト教の色彩を伴っていた集団であることは間違いないようです。カトリック教会から見れば異端とせざるを得ない教義を持っていたと見られす。神は天、霊、魂を造り、地、肉体、物質は悪しき神が造ったという二元論の考え方です。肉体(物質世界)という悪しき牢獄を脱して真の故郷である天に還ることが人間の救いだと説いたとされます。

小説は、カタリ派に対する主人公の須貝彰の哀惜の念が、つづられます。トゥルーズでの発見を発表する学会報告においても、その思いが反映されています。新発見の古文書は、ドミニコ会の修道士が秘かに記したカタリ派弾圧の見聞ですが、須貝の発表をきっかけに、古文書そのものを封印しようとして行動を起こす人々があらわれます。殺人事件にまで及ぶその行動の背後には、ヴァチカンの意図があるようです。

カタリ派の思想は、須貝の言葉として記されています。

「仏教でも釈迦の死そのものより、教えのほうが大切なのは論をまたない。釈迦は人の常として当然死ぬ。ところがその教えと言葉こそは、真実を見透す光として、永遠に生き続ける。一方ローマ教会は、キリストの死までも利用する。その証拠に、現代においてもカトリック教会には必ずキリストの磔刑像がある。カタリ派はそうした偶像を徹底的に排除していた。」

あるいは、神は人間の罪の生贄としてキリストを地上に遣わした、これが神の愛だという教えに批判的な須貝の考えとしても記されています。

「人はいくつもの罪を犯すのは確かだ。しかしそれを日々償っていくのは自分たちであり、生贄などは必要としない。日々の生活が償いなのだ。この信仰を実践するには、特殊な場所、つまり大きな教会など必要としない。暮らしの場がそのまま信仰の場だった。」

さらに、興味深く読みましたが、異端審問のやり取りが、発見された古文書の中に記されています。(もちろん、この作品が創造した古文書の一節です。念のため。)

審問官の大司教の問いに、カタリ派の聖職者は答えます。

祈りは、教会の中ではなく、洞窟、小屋の中、森の空き地でなされるべきで、なぜなら「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいる」(マタイ18-20)からであり、「わたしを愛する人は、私の言葉を守る。わたしの父はその人を愛され、父とわたしとはその人のところに行き、一緒に住む。」(ヨハネ14-23)と福音書を引用しつつ、大司教に向かって権威の象徴である衣や帽子、さらに教会や大聖堂に神は宿っていないと諭します。(なお福音書は、作品からではなく新共同訳からの引用に変えました。)

こうした神学論争で挑むのではなく、当時のカトリック教会は武力弾圧を選択したわけです。私自身、一人のカトリック信者として、異端審問という歴史的事実に向き合う必要をあらためて感じました。

ミステリーですので、ストーリーの詳細は省きますが、最後までハラハラしながら読み終えることができました。作品に堪能するとともに、歴史への興味をさらに引き出してくれました。

sawarabiblog at 18:00│Comments(0)

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