2017年11月29日

シューマンを「読む」

6f3fc476.jpg体調は相変わらず不安定ですが、外出をためらわないように努めることにしました。その矢先、近隣で一人住まいの義母が緊急入院することになり、可愛がっていた犬(ペキニーズ 7歳)を、我が家で引き取ることになりました。幸い、義母は快方に向かっていますので一安心ですが、いきなりペットと暮らすことになり、日常生活も変わりました。朝夕の散歩のおかげで、運動不足がいささか解消したかもしれません。

『シューマンの指』(奥泉光著、集英社、2003)、図書館で借りで、面白く読みました。
全編を通じて、シューマンのピアノ曲が流れています。音楽を読むという体験は、『蜜蜂と遠雷』にも言えることですが、不思議なときめきを味わうことができます。

物語は、里橋優という人物の手記としてつづられています。

里橋が初めて永嶺修人と出会ったのは、音大進学を目指していた高校生だった頃でした。30年前のことです。2歳年下の永嶺はピアニストの藤田玲子の息子であるとともに、小学4年生の時には新聞社が主催する権威あるコンクールで入賞するほどの才能に恵まれていました。永嶺との交流は「僕らのダヴィッド同盟」を立ち上げます。同盟には、もう一人、鹿内堅一郎が加わります。

里橋はピアニストを目指し、音楽大学に進学することができたものの、断念せざるを得なくなり医学部に入り直したのですが、その3年目のことでした。

事故で指を失い二度と演奏することができないはずの永峰修人が、シューマンの故郷ツヴィッカウでピアノ協奏曲を弾いたのを見たという、友人の鹿内堅一郎から便りをもらったのでした。それが1984年12月のこと。そして翌年には、音大時代の知人からもたらされたシカゴ交響楽団のコンサートを報じた新聞記事の切り抜きによって、シカゴ交響楽団のコンサートで永峰修人が演奏したことを知ったのです。演目はシューマンの《ダヴィッド同盟舞曲集Op6》でした。

永嶺の指が再生されて、ピアノを弾くことができたことを疑えないという、思わせぶりな出来事を記すところから、手記は始まっています。物語はミステリーであり、女子高校生が殺されるという事件が起こるのですが、謎ときにはシューマンの楽曲を理解することが求められていました。

「鼓膜を震わせることだけが音楽を聴くことじゃない。音楽を心に想うことで、僕たちは音楽を聴ける。音楽は想像のなかで一番くっきりと姿を現す。」という永嶺の持論も再三、語られます。演奏しなくても音楽は聞こえるという。

事件の夜、里橋は永嶺の演奏するピアノ曲を聴いています。それは、シューマンの《幻想曲ハ長調》Op.17でした。

この作品は、当初ソナタとして構想され、各楽章に標題が付されている予定でしたが、出版された際には、シュレーゲルの詩句だけがモットーとして冒頭に置かれています。

   色彩々の大地の夢の中で
   あらゆる音をつらぬいて
   ひとつの静かな調べが
   密かに耳を澄ます者に響いている
        (小説の中で引用されている詩句の訳文)

まさにこの音楽こそが、「色彩々の大地の夢」のなかから生まれた密やかな調べであり、シューマンは、自身の一番内奥に隠された秘密を、ここで明らかにして見せていると感じると、里橋の思いを伝えています。

シューマンの生涯に、少しふれておきます。手を痛めたことでピアニストになることは断念したものの、作曲家、そして音楽評論家への道を選びとります。ピアノの師であったヴィークの娘で、ピアニストとして有名だったクララと恋に落ちたことはよく知られています。結婚までには、父親の反対もあり険しい道のりでした。

若きブラームスがシューマン夫妻と出会い、シューマンはこの青年の才能を認めます。ブラームスの出現は、妻クララとの仲を疑う原因ともなります。こうした状況は、シューマンの精神にダメージを与えたと言われています。ライン川に投身自殺を図りますが、一命をとりとめたものの、精神病院で最後の時を迎えたのです。作品の陰影を象徴する生涯です。

この物語はシューマンの実人生と重ねるかのように登場人物たちの活動が、心象風景とともにが描かれています。

sawarabiblog at 19:33│Comments(0)

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