2018年03月19日

瀬戸内寂聴『いのち』を読む

f49b0f75.jpg瀬戸内寂聴『いのち』(講談社、2017)を読みました。寂聴さんは、現在95歳、高齢であることは今日ではさほど珍しいことではありません。しかし胆道がんを宣告され、手術を受けられたという体力にびっくりさせられます。ガンの告知を受けたとき、宇野千代さんのことがを思い出したということですが、98歳という高齢で、病気というより老衰で亡くなった作家を思い出したのはなぜだったのでしょう。さらに、思い出したのは、宇野さんの秘書だった藤江さんが急逝したときに、彼女が言ったひとことでした。

「人の死というものは・・・人間の思考を倫理的にするものですね」

寂聴さんが50歳代で、くも膜下出血に罹ったときのことでした。そのとき見舞ってくれた男性が「小説を書けないなら死ねばいい」と言ったことを思い返したのです。その男は数年後、ガンになって、死にたくないと訴えたのですが、「執念で宣告された余命の何倍も生き抜き、繊細に美しく寂(しず)かな顔で亡くなった」のでした。このように回想するのは、自らの死を意識してのことなのでしょう。

秘書のモナは「センセってほんとに運が強い」と告げます。見つけにくい胆のうがんが初期で見つかったのは幸運だということを伝えてくれるのでした。

寂聴さんの最新作『いのち』はこの書き出しから、引き込まれます。老いと病に向き合っている現在を立ち位置にしながら、永年に及んだ作家生活の日々を回想していきます。創作した物語のモデルとなった人びとや、かかわりの深かった作家たちとの思い出を幾重にも積み重ねながら、つづられていきます。若い秘書との会話は、効果的なアクセントとして、対照的に生きている喜びを伝えます。

退院して寂庵に帰宅して湯船に身を委ねます。反射的思い出されるのは、湯船で亡くなった岡本太郎の秘書で愛人でもあったとし子さんのことでした。もとより岡本太郎さんとの思い出も蘇ってきます。

河野多恵子と大庭みな子、この二人の作家との交友について語られていきます。

「私は一度友情を結んだら、人が呆れるくらい長くつきあえる。男との仲はどうも全うしきれなくて、無惨な別れ方を繰返してきたけれど、女との友情は、女学校時代や女子大の頃から今も続いている人が数人はいる。」

周知のことだとおもいますが、瀬戸内晴美さん時代には、小田仁二郎氏と不倫の関係になったばかりでなく、複雑な三角関係にもなっています。あけすけに書いてもいますね。ところが、親しい付き合いになった河野多恵子さんの過去を、学生運動家の名残と自称する女性から知らされます。意外なことに、学生運動のリーダーとかつて恋愛関係にあったというのです。知らなかった寂聴さんは、そのことを本人に確認しようとした矢先、画家の卵との結婚話を切り出されました。

河野多恵子さんとは、長電話する関係だったようで、懐かしくつづられるのですが、それほど親交の深かった河野から受けた仕打ちはひどかったとも忌憚なく書かれているのです。寂聴さんが、出家する決意が伝わって、円地文子からの叱責と破門宣言を受けた後、女流文学全集を実現を置き土産にしたいと出版にこぎつけるための努力をしたのですが、それをすべて知っていたはずの河野多恵子が、全く弁明してくれなかったというのです。

取りとめなく、語られ続けているようですが、今は会えなくなった友人との思い出を確かめているようです。それにしても生臭い。河野多恵子その対極の存在として大庭みな子さんが、さっそうと登場します。寂聴さんは、次のような好意のこもった批評を記しています。

「河野多惠子の小説は、読後、「りっぱだな」という感想があるが、大庭みな子の小説は、読んでいる最中から胸が熱くなり幸福感が満ちてくる。どの作品も詩情があふれていて読後、美味しい御馳走を食べた後のような満足感が、腹ではなく胸を満たすのだった。」

その大庭さんがサイデンステッカーさんとの電話中に脳出血で倒れたときのエピソードや、見舞った際に聴いた、大庭さんから放たれた言葉のすさまじさにも驚かされます。

年齢を重ねて人を受け入れる度量が広がったせいなのか、それとも良くも悪くもすべてを書くことで、今生の未練を残さないおつもりか・・・この作品につづられている寂聴さんが体験された人間関係の深みに、一読者として興味が尽きません。

sawarabiblog at 18:21│Comments(0)

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