2018年04月12日

川上弘美『森へ行きましょう』で読む多彩な人生

1bebb9e3.jpg川上弘美さんの『森へ行きましょう』(日本経済出版社、2017)を一気に読み終えました。

不思議な構成で作り上げられている作品です。主人公は、二人の女性、それぞれ「留津」と「ルツ」と名付けられています。生年月日も同じ、母親の名も同じなのですが、生活環境が微妙に違っています。交互に、二人の物語が年代を追ってつづられているのですが、登場人物が重なっていることも多く、一気に読まないとかなり混乱します。実験的な構成ですが、どう受け止めるかはもちろん、読者の自由なのでしょうが、作中にヒントとなる記述も出てきます。
  
「無数の岐路があり、無数の選択がなされる、そのことを「運命」というらしいけれど、果して「運命」は一本道なのか。・・・・ルツは知らない。ルツがそうであったかもしれないもう一人の自分が、こことは異なる世界のどこかにいるかもしれない、ということを。」

人生の岐路で選択をした結果しか私たちは知れないわけですが、違う選択をしたとして、どのような人生が待っているかを、この作品の中では横目に見ることもできるということになります。パラレルワールドとしてこの作品が描かれていると示唆されています。

「留津」にとって、小学校はコワイ場所で居心地が悪く友達が出来なかったのですが、私立の中高一貫の女子校に通いことができ、そして父親の薦めていた女子大の文学部に入学することになります。あるきっかけで出会った林昌樹くんと親しくなります。卒業後は中堅の薬品会社に一般職で入社しますが、「会社は働くところであって、友達をつくるところではない」ことを知らされます。そして、しばらくぶりで林昌樹くんとコンタクトを取りますが、結婚対象として意識して行動したところ、驚きの告白をされて打ちのめされます。その衝撃もあり、友人の木村巴に紹介された神原俊郎と結婚することを選びます。姑となるタキ乃の希望もあって、専業主婦になる道を選んだのでした。

もう一人の主人公である「ルツ」にとって、小学校は面倒くさいけれど面白い場所でした。視力が悪くなりますが、あこがれの眼鏡をかけるまでにはなりませんでした。区立中学に入ると、クラスメートの森くんと林くんという男の子がいて、関心を持ちます。仲良しの山田あかねちゃんが好きだった林くんから、卒業式の三日前に交際を求められます。あかねちゃんには伝えることができないまま、林くんとは同じ高校に入学して交際が始まったのですが、いつしか疎遠になってしまいました。その後、第一志望の大学の理学部に入学、オリエンテーションで渡辺幸宏と出会います。その頃には、ルツも眼鏡をかけていましたが、渡辺幸宏の印象を「眼鏡ともだち」としてメモします。

ルツは考えます。「選ぶ、ということは、なんて難しいことなのだろうと、ルツはめまいのようなものを覚える。選ぶ。判断する。突き進む。後悔する。また選ぶ。判断する。生きている限り、あらゆる瞬間に選択の機会はやってくる。」

「ルツは知らない。ルツがそうであったかもしれないもう一人の自分が、こことは異なる世界のどこかにいるかもしれない、ということを。」
ルツは卒業後、研究所に勤める技官の職を選択します。

二人は違う人生を生きていますが、二人に親しい友として、林昌樹のように同姓同名で性格もよく似ている人物が登場しています。二つの世界で、彼等もまた、違う人生を生きているわけです。

留津は、親しく付き合うことになった林昌樹から助言を受けます。「一つの場所は、たくさんいる自分の中の一人しか満足させてくれないもんだよ。」

留津は林昌樹のことが好きでしたが、上述した通り、いわば驚きの告白とともに「ごめん」されてしまいます。留津が林昌樹に会ったのは、さまざまな学生が参加するサークルの新歓コンパの帰りでした。一方、ルツの人生にはすでに中学のクラスメートとして登場していた林昌樹でしたが、ジュリアナ東京で再会することになります。バブルと言われていた時代を象徴する場所でのエピソードとして描かれます。こちらの林昌樹は、偶然にも山田あかねと同じ会社に勤めていたのです。

留津とルツに、このように出会い方に違いがあるのですが、林昌樹は、二人の「るつ」の人生の歩みに影響を与え続けていることがわかってきます。読み手としては、この林昌樹がややこしい存在でした。ルツにとっては幼なじみと言える存在ですが、留津にとっては思春期に出会った存在でダイレクトに恋愛対象になったわけです。ただ、結果としては友達としての関係は続いていきますので、特に後半のストーリー展開を読み解くには、かなり紛らわしいのですが、二つの世界を往来しているかのように思えました。村上春樹の『1Q84』のパラレルワールドを思わず意識しました。

終盤になると、何人かの「るつ」が登場するので、さまざまの可能性が人生にはひそんでいるとあらためて示唆されているとも思えますが、実際には人はひとつの人生しか生きられないので、あくまで仮定のこととしてしか考えられないのですが、小説を書くことに喜びを見出した「留津」のように、別人生を構想することは可能だと告げられます。

「森へ行きましょう」というタイトルですが、留津が書いた小説のタイトルとして紹介されています。森へ行くのは、人生の深みへ進むことの象徴のようです。学生のころに参加した文芸サークルで書いた小説は、林だけには評価してもらったのです。しかし恋心をいだいた留津は見事に「失恋」して、思ったのです。「森の奥へ、さらに奥へと、行ってしまいたかった。」

森の奥は深いけれど、味わい深い・・・!

sawarabiblog at 14:36│Comments(0)

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