2018年05月18日

読書会の課題図書『明暗』

85c6e9b4.jpg真生会館で行われた読書会に久しぶりに参加しました。課題図書は、夏目漱石『明暗』というこれまでは現代作家の作品がほとんどでしたから、古典の名作を対象とするのは珍しいことです。息子が、遺していった文庫本に多くの漱石作品があり、『明暗』もその一冊ですが、私にとっては初めて読む作品です。

『明暗』を朝日新聞に連載中、作者の漱石は亡くなりましたので、未完結となったのですが、作中人物の人間関係に味わいを感じさせられました。漱石が『硝子戸の中』を朝日新聞に連載したのが、大正4(1915)年1月13日〜2月23日のこと、次いで、同年6月3日〜9月14日まで『道草』の連載、そして翌年5月26日から『明暗』の連載という順になります。亡くなったのは大正5(1916)12月9日のことです。大病を克服しながら、充実した作品を次々に手掛けています。

さて、『明暗』ですが、主人公の津田由雄が痔疾の根本治療ため、医師から手術を勧められる場面から始まります。余談ながら、漱石自身が痔の手術をしたのは明治44(1911)年、再手術は翌年(1912)のことのようです、このころに、五女ひな子の急死、池辺三山の朝日退社という事件が続いて起こります。以前にもブログに書きましたが、娘さんの死に直面した漱石に「また娘さんが生まれますよ」と周囲はなぐさめますが、「ひな子はもう戻らない」と、深い悲しみを表したことが伝えられています。自らは死の淵から生還した(修善寺の大患は明治43(1910)年のことです)にもかかわらず、娘の突然の死を受け入れられるのか・・・、漱石の死生観が変わったことだろうと推測します。

物語の世界で、津田は、この病気を発症したのは荒川堤へ花見に行った帰り途だった、回想します。その時の肉体的苦痛を思い、「この肉体はいつ何時どんな変にあわないとも限らない。それどころか、今現にどんな変がこの肉体のうちに起りつつあるかも知れない。そうして、自分はまったく知らずにいる。恐ろしいことだ」と考えるにとどまらず、「精神界も同じことだ。」と心の中で叫びます。

すでにこの作品のテーマが、湧き上がるように提示されています。
「どうしてあの女はあすこへ嫁に行ったのだろう。・・・そうしてこのおれはまたどうしてあの女と結婚したのだろう。・・・偶然?ポアンカレ―のいわゆる複雑の極致?何だか分らない」

津田にはお延という新婚の妻が存在するのですが、心の中に別の女性の存在がわだかまっていることが示されているのです。

切り返すように、そのお延の視点もたっぷりと描かれています。お延が器量よしではないことが何度か語られているのですが、その見返りともいえるのでしょうか、叔父の岡本の影響もあって、話術をみがいてきました。ところが、まだ新婚早々ということから、夫に対しては慎みが優先して、まだ出しきれておらず、物足らなくもありかつ夫を欺いているような気もしているところです。一方で、夫婦円満を装っていますから叔父をも欺いてもいると自覚しています。

小林という人物が登場してきます。東京での生活を支えてくれた津田の叔父の藤井は勤め人ではなく、文筆生活で貧乏な生活をしていますが、その弟子のような存在で、叔父の雑誌の編修をしたり、校正をしたりしていたとようです。小林は、朝鮮での仕事が決まったとはいえ、金に困っているらしく「旅費は先生から借りる。外套は君から貰う」と言ってためらいません。

人間模様は、多角的で津田の妹の秀子が兄に説教する場面や、お延と秀子の対決場面も凄味があり、何ともスリリングで面白く読みました。

作品が未完に終わったため、主人公の津田が結婚目前と思っていた相手である清子と結婚できなかった理由は明かされないままになりました。津田にとっては、裏切られた思いをいだきながら、未練があって清子が療養する温泉に、自らの療治という名目で向います。清子に出会ったのは、風呂場から自室にもどる路を見失い迷っているところに出くわしたという状況です。不意の出会いに、清子も驚いて部屋に戻ってしまいます。さて、津田は清子に何を求めて、この温泉場にきたのでしょうか。妻のお延のことも、思念にはのぼってはいながら、ためらわずにいくつかの嘘もついています。吉川夫人からの津田への差し入れを、清子に対するものだと、平気で偽り、接近の口実にしているところなど、正確に不健康を感じます。

森司教が、いつものように読後感を話されましたが、津田と清子にしてもお互いのbeing(ビーーング)をさらけ出さないことに、二人の関係が深まらない限界を示されました。森司教がお話されるこのbeingとは、一人一人の存在そのものに、意義があるという視点を指しています。対比する語として、doingにも言及されますが、それはむしろ仕事や能力ということに価値を見出す考え方です。人間が本当に向き合うためには、お互いのbeingがぶつかり合うことで、成し遂げられるという視点です。漱石は、生まれた直後に里子に出されと伝えられていますが、決して望まれた存在ではなかったようです。自らの価値を高めるための学問は、社会的地位を高めることで、こうしたbeingの弱さを、補強しようとしたのです。

『明暗』の主人公たちは、知りたいことがありながら、もう一つ踏み込めない中で、日々を過ごしていることがわかります。漱石が描いた間模様は、互いの本音がぶつかり合わないこととで成り立っているつながりの空しさを照らし出していたのでしょう。

sawarabiblog at 17:56│Comments(0)

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