2018年07月18日

村山由佳さんの『風は西から』

ed794d63.jpg村山由佳さんの『風は西から』(幻冬社。2018)を読みました。

主人公の健介は、将来は広島に戻って実家の居酒屋『ふじ』の跡を継ぐつもりで、大学卒業後に実地でノウハウを学ぼうと大手居酒屋チェーン『山背』に就職して5年、現場の店舗で働き始めていました。健介が『山背』にあこがれたのは、業績や成長度合いもさることながら、著名人である社長・山岡誠一郎の〈ことば〉に引き寄せられたからでした。自分たちだけの利益にとどまらず、社会から得た富は社会に還元しなければならない。熱弁をふるうリーダーの姿に感銘を受けたのです。
 店長見習いとして配属された店舗で、すでに異動が決まっている店長から引き継ぎの打ち合わせの際にかけられた言葉に、健介はまだ鈍感でした。「この店は上から監視されている。現状から売り上げがダウンしたらどうなるか。いまだに悪夢を見るのは〈テンプク〉して上に呼ばれることだ。」と。
 〈テンプク〉とは、店舗の売り上げに対する人件費が、あらかじめ決められたラインをオーバーしてしまう事態を指す言葉でした。人件費を節約するために、アルバイトを早めに帰させるなど苦労している実態を聞かされます。
 この店長は、健介の社長に対する敬愛ぶりに冷や水をかけるかのように語ります。「あの社長の熱血ぶりにコロッとまいっちゃうやつがいるんだよな。」
 健介は理想を追い求めます。会社に夢をいだいている社員やアルバイト店員に、無理な負担を強いることなく業績をあげる方法を考えるよう進言したいと考えていたのですが・・・・

 辛い思いを全身で受け止めざるを得ない物語でした。責任感を持ち続け、ついに力尽きてしまった青年の未来を絶ったのは、誰なのでしょう。ご両親、恋人ばかりでなく周囲の人々が、どれほど口惜しい思いをしたのか、そして彼らは健介の勤務実態を探るべく戦いを始めるのです。
言うまでもなく、この作品にはモデルとなる企業があります。今では「ブラック企業」の代名詞のような存在ですが、メディアでのソフトなイメージをもった社長の実像がいかなるものかを、教えてくれました。
芝居がかった謝罪の言葉を述べた社長を評して、「ありゃ、人間じゃないねぇ。人の心を削り取って食らう鬼じゃわ。」
健介の母親は、つぶやくのでした。
 組織の中の人間一人ひとりは確かに弱いものです。そして労働環境の実態はこの作品に描かれているよりも、より苛酷かもしれません。しかし、一人一人の存在を大切にするという正義が貫かれたときの力強さを、この作品は伝えてくれます。

sawarabiblog at 22:48│Comments(0)

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