2011年11月

2011年11月27日

蒜山高原

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 蒜山高原は戦後の国の食糧増産の為に昭和21年から開拓された地域です。
 ちょうど私たちが住む昭和村の赤城高原や黒石市の沖揚平と同じ時に開拓された地域です。
 私も開拓3世に当たり、昭和39年の生まれですから開拓碑を見ながら開拓地の苦労を感じていました。
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 そして、開拓碑を書いた人が群馬県出身の総理大臣だった中曽根康弘さんでした。
 何となく縁を感じました。
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2011年11月26日

蒜山焼きそば

 昨日、夜に岡山に入り今日蒜山に入りました。今回は、いろいろと畑巡りをしながら先日B級グルメグランプリに輝いた、蒜山焼きそばを食べました。
 やまな食堂の蒜山焼きそばは、地元でも美味しいと人気があるようです。
 流石、グランプリを取っただけあって、蒜山の食堂は皆行列が出来ていました。
 私はグランプリになる前に、蒜山でこの焼きそばを食べて、美味しいと思っていたので今回の受賞は当然だろうなと感じていました。
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 大盛りの蒜山焼きそばにはたっぷりのキャベツと鶏の頭肉、そして特性のたれで美味しかったです。
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 食べた後で、来年の4月にこの蒜山焼きそばに使用される(わからないが・・・)キャベツ畑を見ました。群馬では無い作付け体型で、なるほどと関心をしました。
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 蒜山焼きそばのルーツは、昭和30年代くらいにさかのぼるようです。
 焼きそばに使うソースが無くて、見よう見まねでみそを使ってニンニクなど地元にある香辛料を使ってたれを作って食べ始めたのが始まりのようです。
 その後、地域のおばあちゃんが(当時は若かった)改良に改良をかさね美味しく仕上げていったようです。
 そういった歴史の上に今回のグランプリがあるのだなと納得しました。

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2011年11月23日

防犯大会

 今日は、沼田警察などの主催による防犯大会がありました。
 私が中学生の頃からある大会で、利根沼田の柔道と剣道の小学生、中学生、高校生の大会です。
 私たちの時には中学生は一年生が2人、2年生が3人、3年生が2人で7人の団体戦でした。
 私が一年の時には残念ながら準優勝でした。
 今、相撲界で活躍している琴稲妻が居た新治中学が強くて、そこに負けてしまいました。
 今回、5人制で団体戦がありました。
 昭和中学は、今年の群馬県中体連で3位だった薄根中学に接戦の末内容で勝ち優勝しました。
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2011年11月22日

初氷

 今朝は昨日よりも更に寒い朝になりました。
 家の前の道には氷が張っていました。
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 道路脇の雑草にも霜が降りて白くなっています。
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 北にある谷川岳も雲をかぶっていて雪が降っている様子です。
 こう寒くなっていると、鍋が食べたくなりますね。

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2011年11月21日

大霜の朝

 今朝は冷え込んで大霜になりました。
 今から20年前は10月20日にはこのような大霜がありましたが、10年くらい前から霜の降りる時期がどんどん遅くなり、一ヶ月ずれ込むようになりました。
 農業をしていると、気候変化を植物を通じて感じることが出来ます。
 たとえば20年前と比べて作物の状況がどうかというと
 レタスの場合
 20年前
収穫開始  5月連休明け
収穫終了  10月第一週目(これはその時期に霜が降りてレタスの品質が下がるため。
栽培法法  レタスには虫がつかないために、5月6月はほとんど無農薬栽培で栽培されていました。

 現在
収穫開始  4月下旬
収穫終了  11月第1週目
栽培法法  葉もぐりバエ、大タバコガなど、それまで見たことのない虫がレタスに付くようになり防除しなければまともなレタスが出来なくなりました。
        そして、真夏の収穫時期が長雨や高温で20年前のように安定的に収穫できなくなってきました。私たちのところでは、10年前からそのことを予想し、青森で生産を始めて安定的に出荷できるようになってきましたが、以前に比べ昭和村だけの生産では不安定になってきています。

 ほうれん草の場合
 20年前
収穫開始  4月下旬
終了時期  11月下旬

 現在
収穫開始  4月上旬
終了時期  雪が降るまで(12月でも雪が降らなければ収穫が続いています)

 コンニャクイモの場合
 20年前
栽培法法  マルチ栽培が多く行われていました。標高700m以上のところは気温が低く特にその効果がありました。
        有機栽培を始めたときですが、当時はボルドー液から木酢液で防除を初めて、それでも葉が日焼けすることなく順調に育ちました。

 現在
栽培法法  マルチ栽培を行うことで根腐れ病が多く発生するようになり、現在はほとんど見られなくなりました。また、標高800mのところでも十分こんにゃく栽培が出来るようになりました。
        有機JAS法で木酢液が登録外農薬として使用できなくなったこともあり、有機栽培で利用できるボルドー液を使用できるようになりましたが、一昨年からの夏の高温と強い日射によりこんにゃくの葉が焼けて枯れる被害が顕著になってきました。有機栽培でも現在では、こんにゃくの葉を石灰で白くし強い日光を遮らないと栽培が出来ないようになりました。

 このように以前と比べて大きな変化が出てきました。私は原発推進論者ではありませんが、このように植物の変化を見ていると原発が危険だから化石燃料を使用して発電し、二酸化炭素を多く排出することが本当に良いことなのか疑問を持ちます。
 タイの洪水や日本でもあった台風や集中豪雨は温暖化の最たる例だと10年前に神戸大学の先生に聞きました。自然は徐々に変化し、自然に接してない人にとっては大きな問題には感じないかもしれませんが、地球の歴史から見てこれだけ急速に変化していることも今回の原発事故同様に驚異に感じています。

 耕作放棄値に太陽光発電パネルを設置できるように来年以降なるようです。それ以外にも水力発電や地熱発電など農村は新たなエネルギー供給資源もたくさんあるように感じています。そういったところに予算をとって発電に化石燃料を使用しないようにしていくことが重要だと思っています。 

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