September 09, 2005

50歳の息子と苺ジャム

髭を剃った後、広くなった額に手をあてて息子が鏡を凝視している。後方から彼の妻がこともなげに言う。「あなた、もう50でしょ。髪の薄さはどうしようもないわよ。」息子は無言のままグレーの背広を羽織り、鞄を手に取る。

そんな情景を思い浮かべて苦笑をもらす自分がいる。「ねえママ、おいしいのができるね。」ジャム作りに興じる昼下がり、鍋の苺を木べらで混ぜながら、お猿さんの絵のついたシャツを着た息子が言う。「そしたら、おみせをしてうろうよ。おおきくなったら、ぼくとママ、ジャムやさんをするの。」満面の笑みをたたえて語る彼の向こうに、一人の女性の姿がぼんやりとちらつく。いつか彼と彼女は手を取り合って新しい人生を歩き始めるのだ。4歳の夏のひとときに母と作った苺ジャムも、かわいらしい約束の言葉も、彼の記憶に刻まれることはないだろう。

寂しさが胸をよぎる。男の子の母はどこかで愚かさを引き摺っているのだろうか。娘とは女同士で息の長い付き合いが出来るだろうという淡い期待がある。彼女の花嫁姿を想像し胸を高鳴らせることもある。一方で、息子の巣立ちを素直には喜べない自分がいるのだ。かつて私は、息子に執着する母親を嫌悪さえしていた。私もそんな母になりつつあるのだろうか。苺を煮ながら自問自答する。

そして、こんな光景を更に思い浮かべるのだ。背広姿の50歳の息子がドアを開けようとした瞬間、電話が鳴る。彼の47歳の妹からだ。「お兄さん? あのね、お母さんが亡くなったの。」ひとしきりの会話の後、静かに受話器を置いた彼が妻に言う。「お袋が死んだ。あの年だから、覚悟はしていたけどな。」そして再び鞄を提げて家を出るのだ。

そんな日は確実にやって来る。いや、来てもらわねば困る。子より先に逝きたいというのは親の切なる願いだ。子育てには「哀しい」という形容詞が似つかわしいと思うのは私だけだろうか。我が子の成長を喜ばぬ親はいない。その一方で、成長は巣立ち、そして自らの老いを意味する現実から目をそらす訳にはいかない。

「お袋は書くのが好きでさ。そういや、新聞に育児エッセイの連載もしてたっけ。」母の死後、50歳の息子が語る。涙ひとつこぼさず淡々と。そうであって欲しい。そして彼の傍には温かい家族の姿があって欲しい。「ママとジャムやさん」では、やはり困るのだ。

ふと我にかえる晩夏の台所で、息子が歌うように言う。「ママとジャムをつくるのだいすき。」 思わず彼を抱き締める。そうだ、暫くは密月の日々を堪能していたい。50歳の息子は彼方に追いやってしまおう。 大切な共同作品の詰まった瓶を冷蔵庫に入れる。明日の朝は、ジャムをたっぷり塗ったパンが食べられそうだ。





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この記事へのコメント

1. Posted by 未来    September 12, 2005 10:44
子供の対する思いの強さは、なんなのでしょうと、思いながら読ませていただきました。私も、男、女と子供がいます。
子供に関してはいづれ、親を離れてゆくものと思っていますので、寂しくなるだろうとの感情はあまりもったことはありません。18歳で家を出て行けといっているので、それまでに、人間としての最低限のことは教えたいと思っています。
多分私自身が18で家をでて、それからの一人の生活が大変だったけど、楽しかったという経験があるからでしょう。
子供といる生活より、パートナーといる人生の方が本当に長いので、いまは子供よりも、いかにこの長い人生を充実させてゆくか、悩みながら過ごしています。
2. Posted by yukalalala    September 15, 2005 05:02
先日、佐々木かをりさんのブログできよこさんのコメントを拝見させていただき、ここまでたどり着きました。"「ソイソース」にエッセイを”という所に「えっ!?」実は私もアメリカ人と結婚しておりまして今年2月にシアトルへ10年ぶりに戻ってきました。新婚3年間こちらで暮らしていたのですが、家族も3人増え、子供達の学校の事やらで新米ママに戻った気分です!長男のミドルスクール入学が理由でこちらへ戻ってきたのですが、きよこさんの「50歳の息子と苺ジャム」を読み自然と涙がこぼれてきました。体だけどんどん大きくなり、兄弟も増え、私も仕事で忙しかったり、、、いつの間にか「お兄ちゃんだから」と早く早く自立させようということばかり考えていた気がします。きよこさんのこのエッセイのおかげで、もう少し”おふくろ”ではなく「ママ」でいさせてもらいたいなっと感じました。
3. Posted by きよこ    October 08, 2005 04:29
コメントを有難うございました。
すっかりお返事が遅くなりました。

アメリカでは9月は「新年」の到来を意味しますね。
息子は新しい学校に入学。
既によいお友達にも恵まれ、劇の練習にスペイン語にと
張り切っています。
一方、私の最初の仕事は遺言書作成のセミナーでした。

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